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微妙な変化

「ツジユリ、良かったね」

「え、えぇ、まぁ、うん」

 ツジユリをいじめていた主犯格の二人の下駄箱に「予告ペーパー」が入っていた日の放課後。部活の時間がやってきた。

 主犯格の二人は「ごめんなさい、ごめんなさい、許してください、辻本さん!」などと必死でツジユリに助けを求めていた。だがツジユリは何も言わなかった。許してあげないんじゃなくて、ただ単に驚きの連続過ぎて何も言うことが出来なかったんだと思う。

 でもツジユリに謝ったって、睦月先輩の決断は変えられないと思う。私はそんな勝手なことを思いながら、泣き叫び過ぎて声が嗄れたらしい二人が保健室に見送られるのを見届けた。


「ツジユリ、もっと元気だしなよ。あの二人、まあ可哀想だけど、あいつらが悪いことに変わりはないんだからさ」

 さっきからツジユリは、「自分があの二人を追いつめてしまったんじゃないのか」と気に病んでいる。そんな気にする必要ないのに、と思いながら私は慰めてあげることにした。


「そーそー。気にする必要なんてないんだよ? 睦月の決断は誰にも止められないんだし」


 男子の先輩が声をかけてくれる。あぁ、やっぱり最バスの男子は優しいんだなぁ。


 って、黒瀬先輩!


 ツジユリに声をかけてくれた人の存在が黒瀬先輩だと分かると、私は飛び跳ねてしまいそうになった。

 ちょっと日焼けしていて、モデルかと思いたくなるほどのスタイルの良さ、優しそうな瞳も薄く笑いを浮かべた口も、何もかも黒瀬先輩そのものだ。

 夢なんかじゃない。今まで黒瀬先輩が出てきた夢なんて何度も見ているけど、でも黒瀬先輩が今目の前にいるという感覚が、夢なんかじゃないと訴えてくる。


「く、くくくくくく……」


 黒瀬先輩、と言おうとしても、どもりすぎて何も言えない。こんなんじゃ黒瀬先輩に嫌われちゃうよ、と思っていたが、案外黒瀬先輩はぶはっと音をたてて噴き出してくれた。

「やっぱ、やっぱマネージャー面白っ、DJかよ……」

 そのまま笑いっぱなしの黒瀬先輩。私のことで笑ってくれたのが嬉しくて、そのまま黒瀬先輩の笑顔を見つめていた。

 うーん、胸がきゅーって締め付けられるような感覚がして。

 叶わない恋って知ってるから余計に切なくなるよ……。


「ちょっと黒瀬、真理ちゃんを笑わない。真理ちゃんが可哀想でしょ」


 白瀬先輩が黒瀬先輩の腕をつねる。黒瀬先輩は痛がりながらも、「それもそうだな」と納得した様子。

 もうちょっとその笑顔を見ていたかったな、と思ったその矢先。


「ごめん、マネージャー」


 綺麗な、九十度のお辞儀をされた。

 そんなことされたらさぁ、顔赤くなるってことが分からない?

 私の顔は、というか体は、頬から全身にまで熱が帯びたように熱くなった。蒸発するような音が聞こえてきそうだ。

「あ、いいいいいいええ、だ、だだだだだいじょじょじょじょじょぶぶぶぶ……でででで……」

 九十度、ぴたっと停止していたその動きが、ぷるぷると震え始めた。笑いを堪えているような、そんな震え。


「やっぱ、やっぱマネージャー、面白っ!」


「黒瀬ぇぇっ!」


 ◆◇


 白瀬先輩にみぞおちを殴られて、黒瀬先輩はすっかり大人しくなった。

 白瀬先輩は恋に敏感らしいから、もう私の気持ちになんか気付いているのかもしれない。もしかしたら、私がマネージャーになったその日から、気付いているのかもしれない。


 そんなことを気にしていると、ミーティングが始まった。

 もう部活は終わりだ。この後、部Tを洗濯機に突っ込んで、洗濯機を回して、部員それぞれのロッカーに入れなくちゃならない。先輩マネージャー達は「最バス部員のロッカーの臭さは異常」と評すロッカーだが、この前私達もそれを手伝ってみると、なるほど、確かにロッカー付近に行っただけで異臭が漂ってきた。マネージャーが美香先輩一人だった頃は、ロッカーの隅でキノコを栽培していた人もいたという。その人の生やしたキノコを採るのにそれはそれは苦労したと美香先輩が話していた。


 体育担当、バスケ部顧問の本織先生が、久しぶりにうきうきした様子で話し始めた。

「今日は、辻本が復帰してきてくれた。いやぁ、本当に良かった良かった」

 本織先生はツジユリ復帰が何より嬉しかったようだ。ツジユリは私の横で恥ずかしげに下を向いて、頬を赤くしている。

「だけど睦月、予告ペーパーだけは今後一年ぐらい、マジ勘弁だぞ。あれで中等部を震え上がらせたんだからな。恐らく一週間ぐらいは「睦月先輩怖ーい」って色んな奴らに言われるぞ。お前モテなくなったらどうすんだ」

「別に良いんですよー。俺は優ちゃん一筋だから」

 辺りに爆笑の渦が巻き起こる。当の蒼葉先輩は頬を夕焼けぐらいに染めながらも、ぶっ殺さんばかりの視線を睦月先輩に投げかけている。おいおい、彼女から殺意向けられてるけど、大丈夫ですか。


「それと、あともう一つ大切な話がある。区対抗の大会に自然ヶ丘男子バスケ部が出ることになった。おめでとう」


 本織先生が拍手をすると、辺りにも先ほどの爆笑と同じように拍手の渦が巻き起こった。チームワーク良すぎでしょ。それが優勝の秘訣かもしれないけど。


「お前ら、特に高等部は全国制覇してるからって、調子乗ってるかもしれないけど、調子乗って真面目に練習しなかったら、区対抗でも優勝出来ねぇから、気をつけとけよ!」


 本織先生が高等部の顔触れを一つ一つ確認していく。高等部の先輩達、もちろん黒瀬先輩も「はいっ」と大きな声で頷いた。


 なるほど、区対抗のバスケ大会か……。小学校の頃のクラブには大会なんてなかったからな。せいぜいあると言えばクラブ内で行われた学年対抗実験大会ぐらいだったから、区対抗なんて大層な大会、出ることすらも出来なかった。

 自然ヶ丘学園のある(むささび)区は、陸上競技やテニス、サッカーなど、主に外で行う部活が強い。体育館で行う運動部で唯一全国にまで行っているのは、最バスぐらいだった。

 だから区対抗なんて余裕のよっちゃんでしょ、と竜成が調子乗っていた。私は見たぞ、お前が練習試合で何度もゴールをはずしている姿を。


「そして、その大会に、マネージャーも出席する。自然ヶ丘学園には中等部にまでマネージャーがあるのかと、大会の主催者が興味を持ってくれてるらしい。お前ら、辻本、進藤、稲垣も行くんだぞ」

 は?

 ちょっと、何を言っているの。

 バスケの大会なんて、マネージャーだけど行ったことないし。っていうかどんな様子かも分からないのに、大会に行けだなんて。

 しかもそれが朝早くだったら本当に終わってるからな。今の時間よりも早く学校に行きなさいなんて話になったら軽く死んでやる。


「白瀬、蒼葉、黒瀬は確実に行くとして、中等部マネージャーは自由参加。だが、参加しないと、内申に響くからな」

 本織先生はニヤニヤと笑いながらマネージャー一人一人を見つめる。そんな脅し方して、いいんですか?


 ◆◇


 その次の週の水曜日。

 水曜日は基本的に最バスは緩くやって終わり。去年までは月火水木金と毎日練習していたらしいのだが、体育館は冷房機能などが一切ついていないため、熱中症になった最バスメンバーが続出。最バスの練習時間が見直されたので、一週間のちょうど半分の水曜日は、緩くストレッチや筋トレなどをやって終わりの比較的楽なメニューになっている。

 だがここが先輩達にとっては大事らしい。背筋百回や腹筋百回なんてものは平気でする。おかげで中等部でイメチェンしようと最バスに入部した元インドア系男子なんかは、木曜日、筋肉痛で学校を休んだ。

 高等部の先輩達は「日々の練習も大事だけど、体を作る基礎的なトレーニングは、毎日お風呂上りにやっておいた方が良い」のだという。これはどの運動にも当てはまるらしいが、流石にお風呂上り毎日腹筋背筋それぞれ百回する中学生男子は中々いないよ。


「ごじゅういーち、ごじゅうーに、ごじゅうさーん、ごじゅうしー、ごじゅうごー」


 宇島海斗(うじまかいと)先輩の声が体育館にこだまする。

 水曜日の最バスはもっぱら高等部の教室を借りて練習をする。高等部の空き教室。部活かなんかに使っていいですよーと学校側が認めてくれているので、最バスは水曜日ここを借り切って緩い部活をする。


 そして今は、腹筋百回の時間。それを三セット。つまり合計三百回。

 腹筋合計三百回とか絶対腹筋バッキバキになるやつやん、と思わず呟いたものだ。

 竜成がひぃひぃ言いながら腹筋している姿を見ると、何だか笑えてくるから不思議だ。宇島先輩の掛け声と竜成の上げるタイミングが全然合っていない。

 へへぇー、ざまぁざまぁ、だのと罵ってやりたかったが、竜成よりも疲れている人がいたので言わないでおいた。中等部でイメチェンを試みた元インドア男子、顔が真っ赤っ赤で今にも吐きそうな顔をしているが大丈夫かい。やめたいときはやめていいんだよ、私が言っておくから。


「ななじゅうさーん、ななじゅうしー、ななじゅうごー、ななじゅうろくー」


 宇島先輩の掛け声は、遅れると言うことを知らないぐらいテンポが良い。一回目からテンポが下がっていないように思える。おまけに息も切れてないし、宇島先輩化け物かよ。

 竜成が元インドア男子と同じように顔を赤くしている。いや不細工すぎだよ、笑いそうになる。

 それでも笑っちゃいけないので、私は「最バスファイトー」と声を張り上げる。ブスに応援されてもただただ辛くなるだけど、応援したいから応援した。それだけだ。


「きゅうじゅうはーち、きゅうじゅうきゅー、ひゃーく! 終わりー! 片付けてー」


 宇島先輩が言うと、中等部メンバーからは、喜びとも疲れともつかない雄叫びのような声が響き渡る。やっと終わったぁ、という安堵の声が聞こえたかと思うと、その声の主であろう男子が床にべたっと貼り付いて動かなくなった。あぁ、ミーティングの時まで寝てるんじゃないぞ。


「ん?」


 何だか今、ものすごく冷たい視線が浴びせられたような気がする。

 ハッとして辺りを見渡してみても、周りにいるのは、ぐったりとへたり込んでいる最バス中等部一年と、スポドリの入った水筒を疲れ果てている皆の横に置く、ぶりっ子が消え去ってしまったツジユリ、そして人数分のタオルを皆の頭に貼り付けていく稲垣先輩。


 いつもと何ら、変わりない光景。

 だけど今、確実に何かがあった気がした。

 私の知らない、何かが。

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