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パリピ探偵ポア  作者: 吉良 瞳
9/50

殺人アカウント6

 

「成る程。それが『死神』君の本当の顔か」


 物語の佳境に入って、わくわくどきどきとその行方に心躍らせるかの様に、無責任で他人事じみた笑みを浮かべている。

 ーー海堂龍。ベーカリー『わだつみ』の店員。社交上手で異性にも人気のある、モデル並みの美貌を持つ青年。

 そんな彼が、何故この様な醜悪な事件を起こしたのか。

 ポアはこの犯人の態度が気に入らないのか、先程までの勢いを無くし苛立たしげに眉を顰めた。


「…いいよ。話してあげる。けど君、俺の話が合ってたとしたら、確実に死刑だよ」


 何人殺したと思ってるの?


 本来なら己の罪が明るみになれば、動揺し癇癪を起こすか、過ちを嘆くか、何らかの負の衝動を起こすものである。しかしそれでも海堂は堂々と舞台上のポアを、逆に見下ろしているかの様な気配を漂わせていた。

 ポアはその態度が変わる事が無い事を理解し、静かに推理を再開させた。


「ーー海堂龍さん、貴方がどうやって佐々木麻里奈さんを殺したのかーー」


 海堂が佐々木麻里奈に毒を仕込む時間は無かった様に思われる。だが一度だけ、それが可能な時間があった。

 それは、彼女が購買に赴いた時である。

 彼女は、海堂に好意を寄せていた。その事はクラスメイト達も周知の所で、彼に会う為に毎週二度、弁当では無く購買を利用していた。もし意中の相手が「僕のおすすめのパン」「君の為に特別に」などと言って商品を勧めて来たらどうだろうか。喜んでその商品を購入するのではないだろうか。

 ヨモギとクサノオウの葉が酷似しているからといって、ヨモギ茶がすり替えられたーーと考えるのは、誤りである。


「クサノオウは、お茶ではなくパンに混入されていた」


 笹原愛に購買での二人の様子を訊ねた。笹原は困惑気味に当時のことを話してくれる。


「え、ええと。確かに、お兄さんが『いつも僕のパンを買ってくれるから、その御礼』と言って、麻里奈ちゃんに売り物では無い別のパンを渡していました。凄く喜んでいたのを覚えています」


「ヨモギ茶をいつすり替えられたのか…という事ばかり考えていましたが、それ以前の問題だったという訳ですか。…しかし、回収されたお茶の中からクサノオウが検出されたと聞いていますが」


 佐々木の父が、疑問を口にする。ポアは予測していた質問だった様で、頷いてそれに答えた。


「うん。それは自分が間違っても犯人候補にされない為の、言わばアリバイ工作だよ。彼の行動を思い出してみて」


 海堂龍は、佐々木麻里奈が倒れて生徒達が混乱する中現れた。パンを放り投げて必死で彼女を介抱し助けようとする演技をし、タイミングを見計らってヨモギ茶とクサノオウ茶をすり替える。後でゆっくりとぶち撒けておいたパンと一緒に毒入りのパンも回収するーーこれだけで、警察にお茶の毒で死亡したのだと誤認させた。

 そう説明すると、海堂はますます嬉しげに手を叩いて笑った。「見事だよ」と賞賛さえ漏らし、「じゃあリツイートをどうやったのかも分かっていますよね」と言葉の先を促した。


「…海堂龍さん。貴方に質問権を与えた覚えはありません」


 ポアの邪魔をする海堂に、阿笠も不愉快げに目を吊り上げた。海堂は表情一つ変えず、続きをどうぞとばかりに沈黙を保った。

 ーー溜息を一つ付いて、仕方無さげにこの問いに答える。


「リツイートする方法は色々あると思うけど…」


 一介のパン屋の店員に、ハッキングや遠隔操作が出来るとは思えない。出来るとしたら、もっと身近で誰にでも可能な方法だ。


「…直接本人の指をスマートフォンに当て指紋認証を解除させる。そして、リツイートする。何のトリックも必要無い。でもこれが一番簡単で確実なんじゃないかな」


 ポアのざっくばらんとした回答に、阿笠が補足する。


「…彼女が死亡した後、警察や病院、そして両親に知らせる必要がある。海堂は彼女の親に電話するからと言って佐々木さんのスマートフォンを衆目で手に取り、電話をかけた。幾ら友人でも彼女の親の携帯番号を知っている者など居なかったでしょう、彼女のスマートフォンのアドレス帳から電話をかけるのは、極めて理に適った判断と言えます。…海堂さん、貴方はアドレスを探す振りをしながら、例のツイートをリツイートしたのでは無いですか」


「そういえば確かに、麻里奈の電話から若い男がうちの子が倒れた事を話してくれた…」


 電話を受け取った母親が目を見開いて、震える口調で呟いた。海堂も何度も頷いて「よく分かりましたね」と答えてみせる。阿笠は頭が痛いのか眉間に手を当て、揉み解していた。


「………、…………。佐々木さんと親しい間柄、いやそうで無くても人のスマートフォンを覗き見る事は可能だったでしょう。クラス中が混乱する中彼女のスマホを持ち出しリツイートする事も可能。一番合理的で可能性の高い方法を話しただけだ。これはたまたま当たったに過ぎない」


「ご謙遜を。生徒達はクラスメイトが死亡したという恐怖と動揺で使い物にならない、教師達はそんな生徒達から状況を聞き出し、緊急自体の対応に追われている。あの中で一番行動を起こさなければならなかったのは現場に居合わせた大人である僕だ。彼女の両親に電話を掛けなければならない人物といえば、僕を置いて他に居ないでしょう。たまたま当たったのではなく、そこまできちんと推理なさった上で話して下さったのでしょう?」


 目に見える証拠だけで推理を行う事は不可能だ。事件に関与した人物の年齢、立場、性格。全てを把握し脳内でデモンストレーションを行う。この人物なら、次にこの様な行動を起こす筈だ。そして自分はこう行動すべきだ。…と。


「柔軟に思考実験をした結果、僕はこの殺害方法がベストだと踏み、実行に移した。僕の思考をこうも読み解いてくれるとは…素晴らしい」


 ーー探偵の講演が犯人のものへとすり替わる。それを自覚してか、ポアは海堂の話を無視し別の話題を持ち出した。


「麻里奈ちゃんの話はもういいでしょ。後は最後に美穂ちゃん。さっき眞理ちゃんが見せてくれた映像のあの一瞬で、どうやって漂白剤を混入させリツイートを行なったのか。」


「良いよ、後は僕が全部話してあげる」


「なっ!?」


 自分の犯行を言い当てられて上機嫌になった『死神』は、問い詰めた訳でもないのに自供を始めた。犯人の奇行に恟々した空気が蔓延(はびこ)り、推理ショーは瞬く間に薄気味の悪い雰囲気に包まれた。


「後は赤城美穂さん…だっけ?この人の話で最後ですよね?…ああすみません、探偵さんや刑事さん程殺した人の名前や順番まで覚えていなくて」


 赤城は海堂の視線にゾッとして体を両手で包んだ。舞台の上からでも分かる程震え、恐れ慄いている事が分かる。


「彼女はーーそう。偶然、スマホのロックの番号を打ち込む所を見たので、丁度良いと思って選んだんです。それで彼女の後をつけて居たら、ファーストフード店に入っていったので、()()()()()()()()ガムシロップの容器に偽装した漂白剤を、さり気なくすり替えました。彼女の注文していたドリンクがアイスレモンティーだったので、丁度良かったんです。僕が混ぜなくても、すり替えさえしておけば勝手に自分で混ぜて飲んでくれますからね。まあ、ガムシロップが必要なドリンクで無かったとしても、僕が混ぜてもバレなかったでしょうが…。それに、状況的に無理だと分かれば、諦める事も可能だった。別に、僕は彼女に拘る必要なんて全く無いのだから」


「普段から殺害する対象を吟味していなければ出来ない行動ですね」


 偶然見かけた人物に“()()()()持っていたガムシロップの容器に入った漂白剤”を使わせるなど、いつでも実行に至れるよう備えていたとしか考えられない。。そして、彼の物言いから普段から人のスマートフォンを意識していた事が伺えた。


「そして、ガムシロップをすり替えた僕はタッチペンでスマートフォンのパスワードを解除しました。彼女が僕の定めた規定の人物か確認し、リツイートを行うのに10秒程度かかったでしょうかね。僕を気にする者は居ませんでした。何せ極めて堂々と、彼女の席でこの作業を行ったものですから。友人や恋人、兄弟であるかの様な態度で自然にその空席に近付き、スマホを操作する。誰かがその様子に気付いても、可笑しい行動である筈なのにそうだとは認識出来ない。…そして僕は仕込みが終わるとまた他人の振りをして席を探す仕草をして、自分で注文した飲み物を適当に飲んで、好きな時にその場を去るだけです。…尤も、余りゆっくりし過ぎて急病人が出たゴタゴタに巻き込まれるのも勘弁ですから早々に帰りましたけどね」


「…それじゃあ私は、たまたま貴方にパスワードを知られて、居住地区を公開しているtbutterユーザーだったから殺されそうになったって事…?パスワードを見られていなければ、tbutterをしていなければ、居場所を公開していなければ、何もされずに済んだって事なの…!?」


「そういう事になりますね。一人で外出をする時は常に、知り合いに特定されない格好をして、殺人の道具を隠し持って。で、ターゲットを見つけたら無茶せず殺害を試みる。…今まで殺して来た人達も、だいたいそんな感じですよ」


 赤城の唇がわなわなと震える。海堂の柔和な笑顔がかえって彼女を恐怖に陥れる。山田は静かな声で二人の会話を中断させた。


「…海堂さん。貴方は何故、縁も所縁も無い人間を何人も殺害しようと思ったのですか」


 誰もが思っていた事だろう。この無差別殺人犯は、理性を失った狂人でも無ければ、絶望に打ちのめされ人を巻き込んで死んでやろうという自殺志願者でも無い。こうして会話が成立している事さえ、不可解であった。


「愚問ですね。…僕は未だ24歳の若造だけども、世の中の楽しい事は大抵やって来たと思ってる。勉強も運動もそこそこ出来て、教師にもよく褒められた。こうして笑顔で気さくな人間で居れば友達も大勢出来たし、女性にも困らなかった。実家のパン屋も繁盛していて特に生活にも困らないし、この仕事を手伝う事も苦じゃない。そう、あの店は僕の両親の店なんです。近くで一人暮らしもさせて貰って、何も不足する事の無い人生を歩んで来たと思っています。でも、満ち足りた生活ってつまらないものですよ。友達と馬鹿騒ぎしていても、女の子とデートをしていても、両親に自慢の息子だと言われても、僕の心は乾いたままだった。

 ーーそんな時、ふと思ったんですよ。人を殺すのって、一体どんなものなんだろう?と」


 懐かしむ様に目を閉じて当時の事を思い返す。


 ーー最初に手にかけたのは、永野県へ一人旅行に行った際に知り合った女性だった。彼女は家族と喧嘩をし、丁度家を飛び出して来たのだと海堂に話した。帰りたくないと話す彼女を見て、海堂は『丁度良い被験体が手に入った』と思った。彼女を監禁し、どんな事をしたら人は怒るのか、泣くのか、苦しむのか、絶望するのか、狂うのかー…様々な『実験』を繰り返した。そして最終的に餓死させる事にした。彼女の死を見届けた海堂は、“人間の死”そのものに魅入られた。


「最初に人を殺した時は、興奮して全く寝られませんでした。この感動を多くの人に知ってもらいたい!と思い、あの『殺人アカウント』を思い付いたんです。『死』は、人々に興奮と恐怖と、快楽を与えてくれる。

 呪いによって殺される人間は、態と石河県に集中させました。“この条件下にある僕は私はこのツイートをリツイートしてしまえば殺されてしまうのか?”と、多くの石河県民はこのオカルト話に傾倒するでしょう。全国各所で万遍なくだと如何しても他人事になってしまいますが、同じ県、市町村で頻発しているとなると無視する事が出来ない。『死神』は都市伝説のオカルトの皮を被った殺人鬼。いずれは『死神』を捕まえようとする人間が現れる…。事実、そうなった。

 だって、ただ殺しをするだけではまだつまらない!殺人鬼は正義の名の下に捕らえられ、裁きを受けなくてはならない!そう、僕は全うでは無い人生を歩んでみたかった、もっともっと人生経験を積んで、世の中の“愉快なもの”を見たかった!!」



 ーー計画は、上手くいきました。とても楽しかったです。皆さんもお楽しみ頂けたでしょ?



 死神は、自身がエンターティナーだと言わんばかりに両手を広げて笑っていた。大成功だ、と高らかに喉を鳴らしている。されど彼は至って冷静で、その瞳は理性に満ちていた。

 常軌を逸脱した光景に、誰も指を一本たりとも動かす事が出来ない。口に溜まった生唾を飲み込む事さえ躊躇われる。

 そんな中、探偵はゆっくりと口を開いた。


「…誰が身の上話をしろって?山田さんは殺害した理由を聞いただけだろ。

 つまりは、『人を殺してみたかった。』

 月並みな、実に陳腐な動機だ。何もウケねぇよ。…クソ野郎、黙れよ」


「…ポア、落ち着け。きちんと話をまとめろ。この男は、自身の殺人欲求の他に、居場所を公開している人物を狙う事で人々に色んな憶測をさせる事を主目的としていた。自分の殺人を自慢するかの様に、死の象徴たる『死神』としての自分に陶酔するかの様に。そうして八人もの死傷者を出して来た。だがある時『死神』を扱き下ろしてくる人物が現れる。『殺人アカウント』こそが最高のエンターテイメントだと自負していた海堂は、その人物ーー園田を許せなかった。そうして、自身の規定を破ってまで殺した。…そんな所か」


 阿笠の推察に、海堂は何度も頷いた。「お見事です」と嬉しげにさえしている。不愉快以外何物でもないが、誰も文句を言う者も、怒りを露わにする者も現れなかった。


「因みに、一体何処で僕が犯人だと気付いたんですか?」


「…麻里奈ちゃんを殺せるのは、どう考えても君のポジションの人間しかいない。あの混乱した状況下での飲料のすり替えは他の生徒達にも可能ではあった。けど証拠隠滅は出来ないし、他の食品から毒を食べさせる事も不可能だ。園田さんの件に関しては、防犯カメラの映像だね。事件があった日以外の映像も見たら、君が居た。麻里奈ちゃんの件は兎も角、園田さんと美穂ちゃんのは山田さんと眞理ちゃんの貢献が大きいかな。ざまあみろ」


「…答える義理は無いぞ。こいつは話せば話す程付け上がるらしい」


 海堂は肩を落とすが、残念がる様子は無い。ーーサイレンの音が体育館へと近付いて来る。『講演会』は、もう終幕だ。ポアは後味が悪そうに、特に閉会の言葉も無く演壇を降りた。そんな彼を、阿笠が肩を叩いて励ます。


「もうこんな推理ショーは懲り懲りだよ」


「それは、同感だな。確実に風邪が悪化した」


 山田が海堂に手錠をかけ、警察待ちムードの中二人は体育館の隅に腰を下ろした。犯人を当て、真実を導き出したにも関わらず負けてしまったかの様な気持ちにさせられる。「ステージを乗っ取られるなんて俺もまだまだだなぁ」と頭を掻きむしった。


「…ちょっと待ってよ、ねえ、納屋は一体何だったの!?」


 後で触れる、と言って話されなかった少女の話題を、箕浦が唐突に持ち出してきた。同級生を犯人扱いしてしまった所為か、その声に先程までの自身は無い。張本人の納屋は、はらはらと涙を零してプリーツスカートを握り締めていた。


「…ああ。それならもう彼女が話してくれるんじゃないか」


「納屋ー…?」


「本当は私、お兄さんが犯人だって知っていたんです」


 納屋の告白は、痛ましいものだった。

 海堂が佐々木麻里奈パンを持ち去る瞬間を見ていたのだという。そして別の“食べかけの様なパン”をその場に置き去りにして。


「ーーーー」


 …それだけでは、海堂がやったのだとは分からなかった。“毒はお茶から検出されたものである”から彼は関係無いのだと言い聞かせた。しかし、疑問は残った。


「可笑しいなって思ったんです。みんなは気付いていなかったみたいだけど、お兄さんから貰ったって自慢する佐々木さんが羨ましくて、私、彼女の方ばかり見ていたの。そうしたら、お茶を飲んだ直後というよりは、パンを食べて苦しそうにしてるし…。でも、そんなの分かんないじゃん!?お兄さんが、殺人犯だなんてどうして私が言えるのよ!?」


「納屋……」


 箕浦は、納屋の前へ移動して頭を下げた。勝気な彼女の瞳にも涙が浮かんでいる。


「私、一番麻里奈の側に居た筈なのに、全然分からなかった。大して仲良くもない、あんたの方が気付いちゃうなんて。馬鹿みたい。もしあんたじゃなくて私が気付けて居たらこんな事には…」


 少女達が肩を寄せ合って泣いている。

 体育館に警官達が押し寄せ、海堂を連れて行く。

 彼女達の姿を見た海堂は、ぽつりと言葉を零した。




「さてーー次は、刑務所からの脱出ゲームですか」




 ***




 海堂龍が逮捕されて数日。前代未聞の連続無差別殺人に忙殺されていた捜査一課も、漸く落ち着きを見せ始めた。山田と芝崎も御礼に事務所に来るだけの余裕はあるようで、阿笠は珈琲を振る舞った。普段飲むものよりも、上等な珈琲だ。ローテーブルには様々なフレーバーのプリンが並べられ、ポアは例に倣ってネットに掲載する用の写真を撮っている。


「なあ、もう食べても良いか」


「もうちょっと!このカラフルなプリン達を一枚の写真に可愛く撮ってあげないと、プリンが泣いちゃうよ」


 プレーン、チョコ、抹茶、苺の生地を瓶に詰め込んだ、有名パティシエのプリンだ。これを自慢しなくてどうするんだ、と豪語した。


「…………はい!おっけー!後は自分が食べる用のやつを別に撮って…。俺苺味ね!」


 芝崎が抹茶、山田がチョコ、阿笠がプレーンを貰って舌鼓を打つ。有名というだけあって、普通のプリンとは比べ物にならないまろやかさである。


「先輩って美味しいスイーツのお店よく知ってますよね。女子なんですか」


「人に貰ったり送ったり、そういう事をよくしているのでな」


 事務所に行く前、山田の案内で買ってきたのだ。普段は一人で買いに行っているんだろうか…と、芝崎はあのきらきらしい店内を思い出し苦笑した。


「それにしても、今回は本当に助かったぞ阿笠。一時はどうなる事かと思ったが、無事逮捕出来て良かった」


「お前の頼みなら聞いてやらん事も無いが、今回みたいなのは勘弁してくれ」


 プリンを口に運びながら、げっそりとした顔をする。心なしか(やつ)れて見える。というのも、海堂が連行されて集まった面々も帰路に着こうという頃、阿笠は体育館の隅で蹲ったまま動けなくなった。風邪が悪化し高熱と悪寒、被害妄想に取り憑かれ、沢田教諭の介抱で病院へ担ぎ込まれた。当然内科へ連れて行かれたが、その後精神科へも回された事も此処に報告するしておく。

 かなり深刻な状況だったようで数日入院を余儀無くされたが、現在は回復し毎晩に女子高校生の悪夢を見る程度である。…それもどうかとは思うが。

 然るに、今日は阿笠の退院祝いでもあった。


「一生分女子高校生と同じ空気を吸ってしまった。これ以上は命が危うい」


「冗談でなく本気な辺りヤバいですね」


 駆け付けてきた芝崎も地に伏せる阿笠を見たが、あれは極度の女子学生アレルギーだと認識させられた。弱々しい声で「また私を不審者扱いしている…」「そんなに私が憎いのか。死ねというのか」と唱え続ける姿は異常であった。二年A組の生徒達が遠まきに見ている視線には、堪え難いものがあった。


「…そうだな。もう女子高校生関係の話は持って来ない」


 余りに悲痛な願いに、山田は頷くしかない。幼馴染の不得手を知っていたのに依頼してしまった後ろめたさからか、治療費は山田が出していた。お見舞いにも何度も足を運び阿笠の譫言に付き合っていたので友人思いであるのは間違いないだろう。


 ーーそうしてお茶の時間を過ごしていると、事務所の扉をノックする音が聞こえた。きっちり三回音があった後、すみませんと若い女の声がする。


「はっ……!この声は………!」


「早速阿笠さんの命がピンチだ」


 ビクッと青褪める阿笠と、呆れ顔のポア。推理するまでもなく、訪問者は女子高校生だ。

 所長である阿笠は応対しようとしない。首を振って開けるな、と山田と芝崎に伝える。だが鍵のかけられていない扉は、容易に訪問者の手によって開かれた。ーー三つ編みおさげの、納屋加奈子だ。現在は制服姿ではなく、橙色のチュニックに白のカーディガンを合わせていた。


「あ、良かった。此処で間違いなかったんですね」


 部屋の中を覗き、ホッとした様に微笑む。面接の様なきびきびとした動きで中に入り扉を閉めたかと思うと、居住まいを正し深々とお辞儀をした。


「この度は私のクラスの仲間、佐々木さんを手にかけた犯人を捕まえて下さり、本当に有難う御座いました。それから、きちんと捜査に参加せず、申し訳御座いませんでした。自分勝手な思いで、みすみす取り逃がす所だったと思うと恥ずかしいです。反省しています。御免なさい」


「あ、ああ…」


 一同はぽかんと口を開いて驚いていたが、一番先に我を取り戻したポアが納屋に歩み寄って、ぽんと肩を叩いた。


「わざわざそれを言いに来てくれたの?有難う。でもこれは、探偵である俺の仕事。ぜーんぜん気にする事無いんだよ」


「それで、箕浦さん?とは和解出来たのか?」


「え?」


 制服では無いお陰か比較的真人間の状態を保っている阿笠は、唐突な質問をした。一瞬何を言われたのか分からない顔をしたが、直ぐに理解すると勢い良く頷いた。


「は、はい。私が犯人じゃないかって疑っていた事を謝ってくれましたし、私が言った酷い事も、許してくれました」


「それは良かった。数奇な目に遭ってしまったが、君達には曲がったり捻れたりせず、健やかに過ごして欲しいと思う」


「……!有難う御座います…!」


「阿笠さんが教師みたいな事言ってる」


 穏やかな空気が流れる。納屋は言いたい事も言えたので帰ろうとするが、芝崎がそれを引き止めた。


「そんなに急いで帰らなくてもいいじゃないですか。その後、学校の様子はどうなのか教えてくれませんか。」


「そうだな。……阿笠、平気か?」


「……ああ。彼女は年齢よりも年上に見えるから、制服姿を思い出さなければいける」


「…………一歩前進と思って良いの?それ?」


 山田に心配されつつも、ポアの悪態に「煩い」と応答する余裕はあるらしい。

 学校で佐々木さんの追悼式があった事や彼女の席は残したままにしようという事など、日が落ちるまで様々な話をして帰路に着いた。




 ***




「ーー海堂さんは、やはり死刑になるんでしょうか?」


 丸井探偵事務所を出て、山田と芝崎は一度署へ向かっていた。今日は芝崎の運転で、公用車の前と後ろに若葉マークを貼っていた。


「普通に考えれば、そうだろう。…ただ、彼は逮捕されても尚面白がっている節があった。それに八人目まで赤の他人を狙っていたのに、自分に近い佐々木さんをターゲットにした事が気にかかる。態と付け入る隙を作ったとしか考えられない。また何かあるのかもしれない、という気がするな」


「ちょっと、変なフラグ立てないで下さいよ」


 海堂は取り調べには素直に応じており、寧ろ自慢でもするかの様に過去の犯罪を話していた。まだまだ聞き出すことは多く、彼の件が片付くのはかなり先の事になるだろう。


「そこ、左折禁止だ。右に曲がって遠回りをして大通りに出ろ」


「はい」


 未だ運転に慣れているとは言い難いが、安全運転で車を走らせる。走行に注意を払い乍ら、芝崎は海堂の事を考えていた。

 初めて会った時は、人を殺す様な人物だとは全く感じなかった。寧ろ万人から愛されるような、好感の持てる人物であった。……それなのに、実際はとんでもない凶悪犯。人間は見た目で判断出来ないというが、正しくその通りだと実感させられた。


「ーーそうだ、今回は君も頑張ったからな。何かご褒美をあげようじゃないか」


 不意に、助手席の山田がそんな事を言い出した。


「え、本当ですか!何をくれるんですか?」


 ふふん、と笑って先輩面を吹かす。シートに身体を預け寛ぎ乍ら戯けてみせた。


「そうだなぁ。君は何が良い?現金はナシだぞ」


「じゃあ、今日食べたプリン、また買って来て下さいよ。あれ凄く美味しかったです」


「分かった、買ってこよう」


「あ、そういえばーー」


 信号が赤に変わる。芝崎は、山田の方を向いて首を傾げた。


「先輩は如何して、納屋さんが来るって分かったんですか?」


「……え?」


 素っ頓狂な質問に、山田は答えを持っておらず一緒に首を傾げる。芝崎もそんな反応をされるとは思っておらず、目を丸くした。


「…いや?全く知らなかったが?何故そう思ったんだ?」


「だって、プリンが()()()()()()()()()()()()()()()じゃないですか。彼女が来なかったら一つ余ります」


「一体何を言っているんだ?私達の分しか購入していないぞ。勘違いしてるんじゃないのか?」


「そんな事は…」


 ーーほら、信号が青だぞ。

 そう言われて芝崎は前を向いてアクセルを踏んだ。自分の思い込みか、勘違いか。考えるも答えは出そうに無い。


「そんな事より、聞いてくれ。今日はソウル・アート・オンラインのナスナちゃんのフィギュアの発売日なのだよ!三体予約してしまってな、帰りにアニマートに取りに行くんだが君も来るかい?」


「えっ!あのクソクオリティの高いフィギュアを!?かなり高いんじゃありませんでしたっけ…」


「ふふふ…これが大人の力だ」


「わー!是非見せて下さい!序でにご褒美に薄い本も追加して下さい!」


「だが断る」


 彼女の頭から、先程の疑問が抜け落ちて行く。二人でアニメソングを聞き乍ら、警察署へと走らせ続けた。



 ーー『殺人アカウント』は、世間に公表される事無く、少しずつ人々の記憶から消えていった。どんなに面白おかしいエンターテイメントも、いつかは『オワコン』となり姿を消す。もう、何度検索をかけても死神は見つからない。


 海堂龍は何をしたかったのか?


 それが真実分かる者は、何処にも存在しなかった。







殺人アカウント編・完




作中でも語っている通り、海堂とはまたいつか、何かある予定です。

そして、最後の謎かけ(プリン)は読者様自身で解いて頂きたく。これから読者様が推理しなければならない展開が何度も起こります。解けなくて困る事は特にありませんが…。何かにお気付きになられたら、教えて下さい。にやにやさせて頂きます(笑)

次回はまた日常のターン。頭を使わない話になってます(笑)


感想・評価お待ちしております。

また、推理の穴や矛盾がきっとあると思うので、御指南下さると助かります。



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