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パリピ探偵ポア  作者: 吉良 瞳
8/50

殺人アカウント5

 

 ーー西陣高校に訪問した翌日、阿笠は風邪を引いた。酷い頭痛と熱に襲われ、事務所に向かう事も出来ず自宅のアパートのベッドの上で横になっていた。身体が汗でべたべたして気持ちが悪い。シャワーを浴びたくても、動く事が出来ない。

 それでも室内は綺麗過ぎる程手入れが行き届いており、古い建物だがモデルルームの様な清潔さと無機質さを兼ね備え、住人の性格が如実に現れていた。洗面台の下の扉の中には大量の掃除用の洗剤やアルコール、たわしやスポンジ、何処に使うのか想像のつかない形状のブラシが収納されている。目立つ所には洗面台上の蛇口の側にハンドソープが三種類と消毒液、台所にも同じ物が一揃い、ベランダの物干しスペースに防虫剤が大量に並べられカラス除けのペットボトルと使い古しのCDがぶら下がっていた。因みに玄関の側に間取りを取った押入れスペースには業務用の洗浄器具と防護服が片付けられている。

 そんな一室の調和を乱す様に派手なスニーカーが乱雑に脱ぎ捨てられ、安い男性用の香水をさせた男が病床の家主に縋り付く。


「阿笠さん、大丈夫?これって俺の所為?」


「…違うから心配するな。寝ていれば治るッゴホッゴホッ」


「阿笠さんっ!しなないで!!」


「おーい、生きてるか?薬買ってきたぞ」


 勝手知ったる他人の家とばかりにごく自然に幼馴染が家に上がり込んで来る。山田が見舞いに来ると連絡があったので、なんとか家の鍵だけ開けておいたのだ。阿笠とポアの居る寝室の扉を開き、二人の傍に腰を下ろす。この病的とも言える家は最早見慣れたものであるらしく、特に驚く様子も無い。


「序でに至急頼まれていたもの、渡しておくぞ。追加の佐々木麻里奈の事件に関する資料。こっちが園田俊夫の事件に関する報告書と防犯カメラの映像だ」


 ローテーブルの上にばさり、と二つの茶封筒を置く。学校を出た後、用意するようにポアが山田にお願いしていたものだ。


「…なんだ、そんなもの頼んでいたのか」


「うん。推理が推測の域を出ないって話したでしょ。その推測を裏付けてくれるものが欲しかったんだ。それに園田とかいう人の事件に関してはノータッチだったし、多少は知っておくべきだと思って」


 ポアが佐々木麻里奈の事件の方の書類を手に取る。「そうそう。これが知りたかったんだよ」と呟き乍ら紙を捲る。阿笠も身体を起こして、自分にも見せる様促して内容を改めた。


「佐々木麻里奈のクラスの名簿?…これは沢田が付けているものか。それに、学校関係者の履歴書…。よく手に入れたな」


 クラス名簿には生徒達の住所や電話番号、メールアドレスだけでなく成績や友人関係についても記載されている。沢田教諭は熱心な教師の様で、生徒達を一人一人よく見ている様だった。学校関係者の者に関しては教師達のものは勿論、出入りしている業者のものまであった。


「事件の協力をって頼んだら快く見せてくれたよ。なんだ、クリス。お前達が私に頼んだのだろう」


「…私はよく覚えていない」


 学校に居る間中、ずっと不調だった。帰宅する頃には頭痛がしていて人の話を聞いている余裕も余り無かった為、ポアと山田の会話を聞き逃してしまったのかもしれない。


「…本当に身体、大丈夫なんだろうな?」


「まあ、幸い吐き気はしていないし、明日には楽になるだろう」


「なら良いが。この件ももう無理しなくて良い。本来は私の仕事なのだからな」


「ーー阿笠さん、山田さん」


 二人が会話をしている間も、ポアは黙々と書面に目を通していた。そして、とある人物のページで手を止め、顔を上げた。


「どうした、何か分かったか?」


 こちらを見つめるポアに気付き、阿笠が問いかける。山田も空気が変わった事に気付き、言葉の続きを待った。


「………うん、間違いない。連続殺人、都市伝説の首謀者。ーーこいつが、『死神』だ」


「えーー」


 ポアが指差すカラー写真の人物。阿笠はそれを凝視し、動きを止めた。


「こいつか?」


「…そうらしい」


 山田の疑問に、阿笠が短く答える。その余りにも意外な人物に、二人は沈黙した。




 ***




 阿笠が寝込んで更に次の日の朝。日曜日。犯人が割れたからには早期に発表しなくてはならないとポアと阿笠、山田は再び西陣高校に訪れていた。三人の他に、佐々木と園田の家族、赤城の姿もあった。


「本当に急な事で申し訳御座いません。ご都合がお有りだったでしょうに」


「いえいえ。私の息子を突き落とした犯人が分かった、と言うのですから。仕事をしている場合ではありませんよ」


「そうです。麻里奈は他の何にも代えられない、大切な娘ですから」


「私も、やっと殺される恐怖から逃れる事が出来ます。感謝を申し上げたい程なんですよ」


 皆、表情は固いが突然の招集にも関わらず快く集まってくれた。

 ポアの宣言があってすぐ、山田は西陣高校に連絡を入れ事件の顛末を関係者皆に伝える場を設けて欲しいと連絡を入れた。高校は体育館を開けると了承してくれ、佐々木のクラスメイト達とその場に居合わせた者達全員が集まった。


「あの、一つお聞きしたいのですが…。」


「何でしょう?」


「電話では息子の事件と此方のご家族のお嬢さん、そしてこの学生さんの関わった事件とも関係があるとの事でしたが、一体ー…」


「それは後程お話させて頂きますから。落ち着いて下さい」


 園田の家族には『殺人アカウント』の話は言っていない。佐々木の家族も他の事件の被害者だという者達の存在に困惑している様であった。その中で唯一事情を知っている赤城がそんな両者に連続殺人の可能性をそれとなく話してくれる。赤城の話に半信半疑な雰囲気ではあったが納得は出来たらしく、大人しく話を聞く事態度を示していた。山田の腰の低い対応も、功を奏したといえよう。


「…しかし、阿笠。また高校生の前に出る事になるが体調はどうだ?」


 ぼそりと阿笠に耳打ちをする。顔色は良いとは言えないが、昨日よりはましになっていた。


「女子高校生はぴーまん。女子高校生はにんじん、女子高校生はじゃがいも」


「………」


 学校を八百屋さんと見立てて自身を守るのは良いが、間違っても女性を野菜呼ばわりするなよ。と山田は適当な忠告をした。こうなった阿笠に何を言っても無駄な事は実証済みである。

 ーー探偵と刑事、被害者達は誰も居ない校庭を通り、体育館へと移動する。途中で沢田教諭が合流し、挨拶を交わした。


「もう犯人が分かったとはー…。本物の探偵というのは、凄いんですね」


「いや〜、それ程でもあるけどね。しっかし、こんな大勢の前で話すのは初めてだから緊張しちゃうかも」


「ブロッコリーカリフラワーニラネギ大根」


「…あの、大丈夫ですか?」


「阿笠さんの事は放っておいてくれたらいいよ」


 殺伐とした空気を和らげようと沢田が話題を振ってくれるが、阿笠は思考の小旅行中である。相棒の奇行に探偵は辟易とし放置を決め込んだ。


 真新しい体育館はまだ塗料の匂いを残し学生達の汗の匂いを跳ね返していた。いずれ若者特有の匂いをその建物に染み込ませ学校に馴染んで行く事になるのだろう。といっても校舎自体も未だ新しいので、生徒にも地域にも馴染んで行くのはもう少し時間がかかるだろう。

 その体育館には既に二年A組の生徒達が行儀良く椅子を整列させて座っていた。生徒達を中央にした左翼に保護者達が、右翼に誰も座っていない席がある。沢田は被害者達をその席に進め、演壇の隅に他の教師達と一緒に整列した。まるで卒業式でもするかの様な配置である。

 生徒達はポアや阿笠が入って来るのを見るなり、視線を交差させ乍ら体を強張らせた。期待と緊張が伴い挙動が落ち着かない者が多い。

 納屋と言った女子生徒だけは俯いて何かに耐える様にじっとしていた。


「俺達の席……は言わずもがなか」


 ポアは演壇の上を見た。演説台が設置され、当然の様にマイクが鎮座している。緊張していると言った言葉とは裏腹に、軽快な足取りで階段を駆け上り演説台の前に立った。その後に阿笠と山田も続く。


「みなさーん!こんにちは!……、……。この前も会ったけど、俺がこの事件を解決する名探偵、丸井ポアでっす!よろしく〜!!」


 気の抜ける様な挨拶に誰も言葉を返さない。ポアはそれを気にする事無く話を続けた。


「まだ役者が揃ってないみたいだから、もうちょっと待ってね……と、来た来た」


 体育館の入り口を見遣る。ギイッと扉を開く音がしてその隙間から顔を覗かせたのは、青色の髪をした若者、プラネット柏木ーー今日は気を遣ってか派手な格好をしていない。慌てて引っ張り出したのであろう慣れないリクルートスーツ姿で、入って良いのか躊躇って居る様子だった。阿笠が頷いて此方に来るよう促すと、パッと笑顔を浮かべてやって来る。そしてさらに遅れて、西陣高校の出入り業者の面々もぞろぞろと集まって来た。彼等も戸惑いを隠せない様子で、柏木と同様被害者達の席の後ろへと腰を下ろした。


「…俺、やっぱ場違いじゃねぇかな。阿笠の兄貴ってば何考えてんだか」


 柏木はすっかり阿笠に懐いてしまったらしく、ちらちらと何度も阿笠の立つステージを見ては居心地の悪そうにしていた。どういう訳なのか話して貰いたいが、そんな事を聞ける雰囲気では無い。


「よしよし。これで証言してくれる人達も揃ったね。それでは、これより皆様お待ちかねの推理ショーを始めちゃいまぁす」


 不謹慎な物言いの上に、ポアはイェーイ!と一人嬉しそうな顔をする。この状況を楽しんでいるというよりは、早く自分の話を聞いてもらって驚いて欲しい、賞賛して欲しい、という心理から来るものだ。阿笠は咳払いをして、マイクの前に割って入った。


「皆様、お集まり頂き有難う御座います。この場を用意してくださった教師の方々にも、厚く御礼申し上げます。…早速ではありますが、丸井探偵事務所と石河県警合同で、佐々木麻里奈さん、園田俊夫さん殺害事件、赤城美穂さん殺人未遂事件についての真相をお話しさせて頂きたく存じます。…途中退室は御遠慮下さい。犯人に逃げられては元も子もありませんので」


 阿笠の挨拶に、一同が騒つく。「犯人がこの場に…!?」「それって危なく無いのか」「ていうか麻里奈以外の人達の事件って何?」と多数の声が上がった。阿笠はそれを手で制して、言葉を続けた。


「もしもの事は無い…と断言出来るんだよな、ポア」


 身の危険を感じ始める彼等を落ち着けようと、阿笠はポアに確認を取る。ポアは落ち着いてうんと頷いた。


「だってそれは…犯人の理念に反すると思うから」


 ま、何かあったら阿笠さんが責任取ってくれるっしょ、と小声で此方が不安になる事を言う。

 前もって教師達に刺股をすぐ使える様準備させた事と、この『講演会』の終了と共に警官達がやって来る事を伝えると、一同はなんとか落ち着いてくれた。


「さてーーじゃあ話すとしよう。ポアオンステージの、始まりだ」




 ***




 何処から話したものか…とポアは一拍置いて、神妙な表情を作った。

 そう。先ずは『殺人アカウント』と呼ばれるものの存在。『死神』の呟きをリツイートした者は呪いによって殺される。それは事実であり、リツイートした者の内九人が少なくともその被害に遭っている。



 第一の被害者。中村愛理。石河県判沢市。社会人女性。深夜仕事帰りに歩道橋から何者かに突き落とされて転落死。


 第二の被害者。安宅沙都子。石河県判沢市。女子高校生。部活の帰り道、不審者に遭遇し刺殺される。


 第三の被害者。御堂圭介。央阪府聞真市。社会人男性。同僚と飲んだ帰り、暴漢に金属バットで殴られる。重症を負うも生還。


 第四の被害者。能村悟。石河県小梅市。男子中学生。登校中、マンションのベランダからコンクリートの欠片を落とされ直撃死。


 第五の被害者。花江栄太。差賀県差賀市。男子高校生。深夜自宅が放火され焼死。父親以外の家族全員が死亡。


 第六の被害者。宮浦千恵子。永野県松元市。女子大学生。暫く行方不明となっていたが山奥で拘束され餓死している所を発見される。期間を考えると『殺人アカウント』の本当の最初の被害者は彼女か。


 第七の被害者。赤城美穂。石河県判沢市在住。女子大学生。飲食店にて飲み物に漂白剤を混入させられる。一時意識を失うも生還。


 第八の被害者。佐々木麻里奈。石河県判沢市出身。女子高校生。ヨモギとクサノオウを間違えて誤摂取し中毒死。


 第九の被害者。園田俊夫。石河県野々宮市出身。男子大学生。駅のホームで何者かに突き落とされる。轢死。


 この内一から六の事件は警察では既に解決済、若しくは進展の余地の無い物として捜査が打ち切りになっている。が、『死神』との関連については調べられていない。

 一人一人調べているとと膨大な時間を要する上、犯人を割り出せば全て明るみに出ると考えられるので、直近に起こった事件……七から九の事件に焦点を置く事にする。


 今回の事件の大前提を丁寧に解説する。しかし保護者や『殺人アカウント』の存在を知らされていない者達は一体何の話だという表情を隠さない。


 ポアはそのまま話を続けた。


 この場に集まった大半の人間の関心所は、何故佐々木麻里奈が死に至る事となったのか…という部分だろう。

 彼女は、自作のヨモギ茶をペットボトルに入れて毎日学校へ持って行き、時にそのお茶を友人達にも振舞っていた。

 ヨモギの葉を自ら採取し、薬草に詳しい祖母が検分する。祖母の確認を得て漸くヨモギのお茶を作る。そしてそのお茶は自宅の冷蔵庫で管理されていた。

 警察の見解では佐々木麻里奈と祖母の見落としで、ヨモギによく似ているクサノオウを使用してしまったという事になっている。しかし自宅から回収されたお茶にはクサノオウの存在は認められなかった。ただ学校へ持って行ったペットボトルのお茶から確認されたのみである。彼女が死亡したのはただの中毒死と判断するには早計ーーよって一部の刑事と探偵が調査を行った。


 彼女のクラスメイト達の協力を得て、事件当日の出来事を再現して貰った。

 その日、移動教室は無く常に多くの生徒が教室に居た。佐々木の机の横のフックに提げられた鞄の中からヨモギ茶を取り出し何かを仕込もうとすれば、当然誰かが気付く。彼女本人も自分の机から殆ど離れなかったと証言を貰った。

 彼女が長く席を外したのはお昼休み、購買へお昼ご飯を買いに行く時であった。五分程友人の箕浦楓とお喋りをし、その後笹原愛と購買へ。戻って来たのはその十分後。その間箕浦楓と高木晶、尾崎淳が自分と佐々木麻里奈の机をくっ付けて二人の帰りを待っていた。箕浦楓は数分お手洗いに席を立ったものの、高木と尾崎が残り佐々木の席に異変が無い事を確認していた。

 ーー五人が集合し食事を取り始めまもなく、佐々木麻里奈は苦しみだす。箕浦楓が彼女を介抱し、周囲ではクラスメイト達が混乱していた。学級委員長の原口康介が保険医を呼びに行き、偶然通りかかった購買の従業員も一緒に呼びかけたり体を摩ってくれた。しかし教師や保険医が駆け付けた時には死亡。


「まず、此処までで疑問に思った事、思い出した事などある方はいらっしゃいますか?」


 ポアがはーい、と手を挙げる仕草をして聴衆に呼びかける。阿笠も「何でも構いません。発言したい方はいらっしゃいますか」と言葉を重ねた。すると生徒の方から声が上がる。未だ指名もされていないのに、箕浦楓は立ち上がり、舞台の上ではなく納屋加奈子を睨みつけて大声で叫んだ。


「麻里奈が倒れた時、納屋が途中で居なくなった話が抜けてるじゃん!探偵なら事実関係ちゃんとしてくれないと困るんですけど」


 納屋は肩を僅かに震わせて、俯いたままだった。


「早く本当の事言ったらどうなの」


 あんたがやったんでしょーーと箕浦と一部の生徒達が納屋を睨む。残りの生徒達は本当にそうなのか判断が出来ず、困惑している様子だった。

 今にも納屋に襲い掛からん口調の箕浦に、沢田教諭が直ぐさま「箕浦さん、落ち着いて、座りなさい」と諭すようにゆっくりとはっきり、しかし強い口調で指摘した。教師の言葉を聞く余裕はあるようで、ふんと鼻を鳴らして着席する。早く続けなさいよ、と言わんばかりの眼光で舞台を睨んでいる。


「勿論、混乱の中納屋加奈子さんが教室を出て行ってしまった事は承知しております。後で触れますので、もう暫しお待ち下さい」


 阿笠はポアの話の段取りを把握しているらしく、丁寧な口調で司会進行をした。探偵へ視線をやると、彼はうんと頷いてくれる。未だ状況把握の為の話の段階だが、破綻は無い。

 ポアは他に無ければ続けるね、とマイクに声を通した。特に反応が無い様なので、そのまま続きを語り出す。


「それじゃあ次に、園田俊夫さんの話だけど」


 ざわ、と空気が乱れる。佐々木麻里奈の話の続きではないのか、という顔が沢山並んでいる。しかし園田の両親はハッとした顔になり、固い面持ちでこちらを見つめていた。


 園田俊夫は実家である野々宮市から電車を使って判沢市内の月宮大学に通っていた。彼は真面目に授業には出るが、終わればもう大学には用は無いとばかりに帰宅していた。若しくは、ゲームセンターに居着いて居た。同じ大学の同級生の証言あり。友人トラブルも特に無く、人付き合いもあまりしない性格だったとの事。

 それにも関わらず、某日彼は野々宮駅のホームから突き落とされた。覆面に黒のレインコートを着た人物。周囲の人間は自分の事に気を取られて居たか、若しくは周囲に関心を持って居なかった為、不審人物が居る事に気が付かなかった。気が付いたのは、園田俊夫が突き落とされた直後。何が起こったのか分からず、分かっていたとしても相手は殺人犯。追い掛ける勇気のある人間など存在せずまんまと取り逃がした。防犯カメラによるとホームの端に設置されたエレベーターを使い地上階に降り、自由通路となっている場所を通って外へ逃走した。エレベーターの防犯カメラは犯人によって壊され、その間に覆面やレインコートを脱いだものと思われる。自由通路は人気がない上にカメラも無い。特定には至らなかった。


「と、此処で出てくるのが先に言った『殺人アカウント』だよ。この佐々木麻里奈さんと園田俊夫さん、亡くなった二人はこのアカウントをリツイートしていた。説明した様に八番目と九番目の被害者になる。このアカウントには、法則性の様なものがある事が分かった」


『死神@xxxxxx

【リツイート抽選企画】このツイートをリツイートして下さった皆さんの中から抽選でお迎えに上がります。良い結末をお待ち下さい。』


 問題のツイートの文面は上記の通りである。ランダムで当選者を決めているという風に取れるが、実際被害者の半数以上は石河県の判沢市近辺の人々がターゲットとされている。tbutterは日本中の人々、否世界中の人々が利用しているにも関わらず、である。死神の呪いで殺されるーーというが、石河県に住む犯人による、無差別殺人だと考える方が理にかなっている。

 このツイートがリツイートされたのは被害者が死亡した時刻の前後。被害者の共通点は『大まかな居住地が分かる事』だ。

 だが、九番目の事件でその法則は覆された。園田俊夫は『死神』の批判を何度も行なっていた。『死神』が何を思ったかは分からないが、園田の存在が邪魔だった、不愉快だった…理由は何でも考えられる。兎に角殺害する必要性を感じた『死神』は今までの法則を自ら破り、居住地も顔も、何もかもを秘匿にしている園田俊夫を殺害した。

 つまり、居住地の公開やターゲットとなる人間を割り出せる材料がそこに無くてもその人物を殺す事が出来る。『死神』にとってこの法則はこだわりの様なもの、またはカモフラージュだった。『死神』は自分に課したルールを破ってまで、園田を殺した。無差別ではない、確実な殺意を持って彼を選んだ。


「でもそれが完全に『死神』の手落ち、判断ミスだったんだよねぇ」


「一体、どういう事なんですか」


 園田の父親がつい声を上げる。誰も注意するでもなく、同じ心持ちで話の続きを聞き出そうと耳をそばだてた。


「実はこの園田俊夫さんの事件と佐々木麻里奈さんの事件、どちらにも関わっている人物が居ます」


 ポアは山田を見た。山田はじっと考え込んでいる様子であったが、「おい」と阿笠にせっつかれ顔を上げた。


「お前が裏を取ってくれた事だ。話せ」


「あ、ああ…。しかし、このタイミングで、か?良いのか、芝崎君からの連絡が未だだ」


「いいから話せ」


 確かに、そろそろ来る筈だが…と躊躇っている間も、聴衆の視線は此方にある。余り自信の無い所を見せて、推理に穴があると思われては厄介だ。山田は覚悟を決めて、ポアからマイクを借りた。


「園田俊夫さんが利用して居た電車の時刻とほぼ毎日居合わせて居た人物が居ます。…………海堂龍さん。貴方です」


 山田が、黒髪の長身の男を指名した。歳は大学生ぐらいだろうか。ラフだがモノトーンで教育の場でも邪魔にならない服装をした、優男である。


「えっ?僕?…と言われても、毎日乗り合わせてた方とはいえ、知りませんよ。意識して車内を見ている訳でも無いし」


 彼は驚いた表情のまま、立ち上がった。一斉に視線が彼の方に集中する。しかし山田からの報告はこれだけでは無かった。


「貴方は、西陣高校の購買に出入りをして居ますね。月曜日と木曜日、ベーカリー『わだつみ』のパンを売りに来る。佐々木麻里奈さんが殺害された日もやって来て、しかも彼女の介抱をしていた」


「…いやいやいや。それは乱暴でしょう。たまたま園田さん?という方と電車で乗り合わせていて、佐々木ちゃんが亡くなった現場に居たからって。殺人犯扱いなんて困ります」


 事実、その通りである。それだけで犯人だと断定する事は出来ない。海堂と呼ばれた男は驚きはしたものの、動揺した素振りは見られない。本当に困惑している風に取れる。所詮は年若い未熟者の推理。そう周りの者達に思われせるには充分過ぎた。


「あの…龍さんが犯人だなんて、そんな筈がありません。だって龍さんが来たのは麻里奈ちゃんが苦しみ出して倒れてから。教室に入ったの自体、あの日が初めてです。普段は購買でパンを売っているだけなんですから。女子ならみんな龍さんの事は知って居ますし、訪ねて来たらそれだけでクラス中の噂になります」


 そう話すのは笹原愛だった。おずおずと挙手し、しかし確信めいた口調で証言してくれる。二年A組の他の生徒達も同意を示し、その通りだと声が上がった。


「同じ電車に乗ってたからとか学校に出入りしてたからって犯人扱いするつもりは無いよ。判沢市を中心として起こっている事件だ、偶然だと言える範疇だと思うよ。ーーたとえ三件連続で被害者の近くに居たのだとしても」


 その時、山田のスマートフォンが震えた。失礼、とマイクから離れ電話の主と会話を始める。大切な話の最中に何をしている!と苛立った保護者から野次が飛ぶも、山田に通話を切る様子は無い。騒つく中、彼は「ああーーそうだったか。ご苦労様」と労いの言葉を相手に伝えていた。そして一人舞台を降り、用意していた鞄を手に取り、沢田教諭にプロジェクターの用意を頼んだ。


「一体何を始める気だ?」


 山田は通話状態にしたままのスマートフォンをスピーカーモードにしてマイクの前に起き、鞄から取り出したパソコンを用意してもらったプロジェクターに繋いだ。程なくして、舞台の上からスクリーンが降りて来る。


「今から皆さんには映像を見て頂きます」


 沢田教諭からもう一本マイクを受け取り、そう一言告げてから阿笠に渡した。阿笠は準備が整うと、無言でノートパソコンのキーボードを叩いた。するとパッとスクリーンに動画が再生され始めた。


『これは、とあるファーストフード店の防犯カメラの映像です。皆さん、よく見ていて下さい』


 山田のスマートフォンから、女性の声が聞こえて来る。ーー芝崎だ。

 ファーストフード店の一角を映し出した防犯カメラには、赤城美穂の後ろ姿が半分映っていた。画面の右端、辛うじて栗色の長い髪の女性が座って勉強をしているのが分かる。テーブルの上にノートや本が広げられているのが確認できるが、注文したドリンクは画面に入りきらなかった様で映っていない。また、彼女の背後にある通路には観葉植物が並べられており、何かが起こっても判別し難い映像だった。

 映像の内容自体は、実に呆気ない。何人ものお客達が彼女の背後を通り過ぎて行く。赤城は黙々と課題に取り組んでいるのみ。暫くすると彼女は手ぶらのまま何処かへ歩いて行った。相変わらず様々な世代の人達がその通路を歩いて行く。それを所々早回しにして見せ、阿笠は映像を一時停止させた。


「芝崎。この送ってくれた映像についての説明してくれ」


 スマートフォンに向かって呼びかける。すると芝崎は「はい」と答え解説を始めた。


『これは、七番目の被害者である赤城美穂さんが毒を盛られた時の映像です。この後、お手洗いに立った赤城さんが戻って来てまもなく、彼女は昏倒します。画面右端に映る後ろ姿の女性がそうです。…間違いありませんね、赤城さん』


「はい、確かにそれは私です」


 皆に聞こえる声ではっきりと赤城は答えた。


『赤城さんが席を立った後、其方にいらっしゃる誰かが通った事にお気付きですか?注文した商品を持って何処に座ろうかとしている様子で映っています。赤城さんの席の側で数十秒間立ち止まっていますね。…もう一度流します』


 阿笠がもう一度再生する。


「あれ、この人…」


 いち早く気付いたのは納屋だった。だがハッとして口元を押さえる。


「なに、納屋。何か分かったの」


「いやその…」


 箕浦が問うも、納屋は答えない。代わりに芝崎が答え示す。


『青色のジャージに茶髪、スポーツバッグを持った男。髪型こそ違うもののこの横顔…海堂龍さんですね』


 だから、なんだ。生徒達はやきもきしていた。尾崎淳が耐えられなくなって「まどろっこしい話はもううんざりだ!早く教えろ!」と叫んだ。馬鹿、と前に座っていた高木が振り返って頭を叩いた。


「三つの事件が起こったすぐ近くに、この兄ちゃんが居た。だから怪しいって話だろ?」


 海堂は偶然だ、と静かに主張する。


「電車も、ファーストフード店、この学校もそれ程遠くない場所にある。判沢市、野々宮市に住む人間なら普通に行動範囲の内です。僕以外にだって現場近くを彷徨いていた人間が居る筈だ。殺しをした現場が映ってたなら兎も角、どれもこれも居合わせていた事の証明しかなされていない。証拠不十分も良い所です」


 この映像だけでは赤城のドリンクに毒を仕込んでいる事が分からない。充分誰にも気付かれずに海堂が犯行に及ぶ事は可能だが、可能だというだけでやった証拠は無い。


『まだあります。阿笠さん…ポアくん。私が個人的に気が付いた事なんですが、話しても宜しいでしょうか』


 芝崎がポアに確認を求める。ポアはきょとんと目を丸くしたが「いいよー」と軽く返した。


「話してくれ」


 両者の承諾が取れた所で、芝崎は電話越しに海堂に語りかけた。


『先日、私は貴方の勤めるベーカリーで園田俊夫さんの事件についてお話しましたよね。その時貴方はこう言ったんです。“黒のレインコートに覆面の男、捕まえるのは大変だね”と』


「…ああ、何処かで聞いた事のある声だと思ったら、あの時の女刑事さんか。それが何か?」


『我々警察は園田さんを襲った犯人を男だと断定出来ていません。180㎝の高身長だとはいえ、男と決め付ける材料にはならない。体格も、レインコートですっぽりと包まれて分かりませんでしたから。私は一度も犯人の事を男だと言った覚えは無いんです』


「君の話の感じから、勝手に男だと思っただけだよ」


『もう一つ!』


 芝崎は食い下がらない。海堂はやれやれと肩をすくめて「次は何?」と薄く微笑んだ。


『貴方が教えてくれたゲーム専門店。つい先程行って来ました』


「それで?」


『確認ですが、そのお店は“ゲームソフトを販売しているお店”で間違いありませんか?』


「詳しくは知らないけど、そうなんじゃないの?」


『実は、横町に最近ゲームのお店が出来たという事実はありませんでした』


 海堂だけでなく、全員の頭に疑問符が浮かぶ。たった今、その店に行って来たと話したばかりではないか。


『その代わり、“RPG”という名前のスタジオが出来た事が分かりました。その他にここ最近開店したお店はありません。貴方が何故そんな勘違いを起こしたのかーーそれは、園田俊夫さんのtbutterにあります。…先輩、今園田さんのアカウントを印刷した資料は持っていますか』


「…ああ、持っている」


 山田がパソコンを取り出した同じ鞄から茶封筒を取り出す。「その二十三ページ目を皆さんにお見せしてあげてください」と指示があり、それをプロジェクターに映し出した。


『園田俊夫さんが亡くなる二週間前のツイートです。

 “Y町にゲーム専門店が出来たらしい。掘り出し物があれば良いが。所詮田舎だから期待はしないけど”という呟きがあります。地名こそ伏せられているものの、園田俊夫さん本人を知っていて石河に住む貴方は、当然横町の事だと気付いたでしょう。そして、園田さんの勘違いをそのまま鵜呑みにした。日常ツイートをあまりしないアカウントでしたから、余計に印象に残っていたのでしょうね。事実かどうか確かめる事もせず、つい私にゲーム専門店が出来たのだと話してしまった。』


「へえ、眞理ちゃんやるじゃん」


 ポアは芝崎に賞賛の声を漏らした。海堂の余裕に満ちていた表情は固まり、反論する事が出来ずにいた。


『私からの報告は以上です。ご静聴有難う御座いました』


「足で稼いだ甲斐があったな。芝崎君、よくやってくれた」


 山田も部下の成果を褒め称える。彼女はむず痒そうに御礼を言い『では後程署のみんなと其方へ合流します』と残し通話を切った。


 ポアは、嬉しい誤算にご満悦でマイクに向かった。


「園田さんの事を知って居なければこんな話は眞理ちゃんにしなかった。これはつまり、自分が『死神』だと言っている様ならものだ」


「そうだな。ーーああ、一つ忘れていた。柏木君」


 阿笠は急に何かを思い出した様に、派手髪のミュージシャンの名を呼んだ。呼ばれると思っていなかった柏木は「ふへ?」と間抜けな声を上げて阿笠を見た。


「Yootuberだと名乗って来た男、格好こそ違うものの、彼と同一人物だとは思わんか?」


 そう言われて、海堂へ視線を移す。彼はうざったそうに柏木から目を外し、そっぽを向いていた。


「…確かに。雰囲気も違うしぜんぜん気がつかなかったけど、そんな気がする!!マジかよ!!」


 派手な姿の人間を見た場合、大抵その人物の顔よりも奇抜な髪や服装に意識がいってしまう。普通の服装であったならそんな事は無いのだろうが、強く印象に残る箇所があればそちらばかりに注意が行き他へは散漫になってしまう。

 それ故に柏木は近くに座っている男に気が付く事が出来なかった。一度しか会っておらず日も経てばそんなものだろう。況してや話し方や態度も変えていたのならば、柏木で無くても気が付かない。


「もし自宅から犯行に使われた覆面と黒のレインコート、柏木を撮影したデータが見つかればクロだな。だが、ポア。園田俊夫さんの事件はこれで解決と言えるが佐々木麻里奈さんと赤城美穂さんの問題は片付いていない」


「それはこれから話す所だったんだよ」


 話の焦点が再び佐々木麻里奈の事件へと戻る。話が前後するけどちゃんと付いて来てよー?と戯けてみせた。


「まず麻里奈ちゃんは如何にして亡くなったのか。これは人間の“思い込み”を利用した犯行だ。つまりー…」


 ーー遂に核心の部分が語られる。誰もが固唾を飲んで見守っていた。しかし、それは下卑た笑い声によって、中断させられる。


「ふ、ふふふ。あはははは!!あの刑事の女も、探偵だとかいう君も、よくやるじゃないですか!!やっと面白くなって来た」


 先程までの落ち着いた雰囲気は霧散し、海堂の整った面が醜く歪んだ。体育館に異常な空気が立ち込める。聴衆は殺人犯の理解し難い発言に恐怖の色を滲ませた。


「ーーそれで、僕はどうやって佐々木ちゃんを殺したの?ねぇ、教えてよ。探偵さん…?」


 愉快だと言わんばかりの態度で、舞台の上を見上げる。海堂ーー『死神』は、ひたりと探偵の喉元に大鎌を宛てがい、その口から語られる言葉を待っていた。

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