表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パリピ探偵ポア  作者: 吉良 瞳
7/50

殺人アカウント4


 佐々木麻里奈の家族と面会し当時の状況を伺ったが、新しい情報は特に無かった。

 クサノオウを誤飲したという話は誰も信じておらず、あの日も家の冷蔵庫にストックしてあるペットボトルから水筒に入れ替えて持って行ったのだと話してくれた。そのお茶は母や祖母も飲んでおり、何とも無かったのだという。事故死だと決めつけられるのは納得がいかない。阿笠とポアも、彼女がクサノオウを摂取するに至った原因を突き止めない事には腑に落ちないという事を伝えると、佐々木麻里奈の両親、そして祖母は何度も頭を下げて「どうか麻里奈の為にも、真実を明らかにして下さいーー」と頼まれてしまった。

 警察も調べたらしいが、佐々木家からクサノオウが見つかる事は無かった。台所だけでなく、彼女の部屋も探したが見つかりはしなかった。自殺の線も疑われていたが、遺書らしい物も無い。二人は益々『死神』の殺人を意識せざるを得なかった。


「自殺って…馬鹿じゃないの。何で学校でみんなに苦しんでる所を見せつけ乍ら死のうとするんだよ」


 ポアはご立腹である。警察が無能だとは言わないが、如何しても殺人だとは考えたく無いらしい。確かに、なかなか面倒な案件である。


「とうとう来てしまったな…。ポア、もしもの時は頼む」


 彼女の通っていた西陣高校。現場を見て置かない事には始まらない。被害者の家には行けたが、学校へ行くのを尻込みしている阿笠を無理矢理ポアが引きずり連れて来たのである。比較的新しい校舎からは、生徒達の賑やかな声と吹奏楽の音が聞こえて来る。阿笠にとって懐かしい筈の場所である。


「うちの学校はもっとボロかったけどさ。ちょっとは思い出深いな〜とか無い訳?」


「学校など思い出したくも無い出来事ばかりだ。クソ、二度とこんな場所には踏み入れんと決めていたのに…」


「はいはい、早く入りますよー」


 ぶつぶつを文句を言う阿笠の背中を押して、来客用の入り口へ向かう。阿笠は青い顔をし乍らも、何とか堪えて受付の用務員を呼び出そうとした。


「こんちわーーって、あれ?誰もいないねぇ」


 職員用の玄関と共用になっている来客スペース。受付の用務員も、警備員の姿も無くカウンターの向こうの室内は無人であった。


「これは入るなと言う事だな」


「馬鹿、此処まで来たのに帰る訳無いでしょ。職員室に行って声掛けて案内して貰えば良いじゃん」


 ポアはスタッズの付いた厚底のスニーカーを適当な下駄箱に放り込んだ。中に入っているスリッパを履いて、ぺたぺたと先に行こうとする。


「ま、待て。一人にするな」


 阿笠も革靴をポアの隣の下駄箱に仕舞い、慌てて後を追いかける。追い付くと、ポアの腕に縋り付き周囲を警戒し乍ら目を血走らせた。


「職員室は何階だ」


「さあ。ぶらぶらしてれば誰かにすれ違うでしょ。教えて貰お」


「…誰かと言うのはおん、女じゃないだろうな。しかも制服を着た…はぁ…はぁ…」


 呼吸が荒い。一歩間違えれば変質者である。左手でポアの腕を掴む一方で、右手は自分の胸を掴み必死の形相だ。胸が苦しいのか、胃が痛いのか、はたまた両方か。阿笠の体調不良は既にピークに達していた。


「阿笠さん。女子生徒に会っても南瓜かピーマンだと思うんだよ。怖くない怖くない」


「かぼちゃ…ぴーまん…」


 …そんな応酬をして歩いていると、通りかかった教室の扉が開いた。美術室ーーと確認する余裕も無く、ひらりとはためくプリーツスカートに阿笠が動揺して後ろへ飛び退いた。


「それでね。その時あの子ったらー……って、あら。どちら様ですか……?」


 友人との会話を中断させて、全員が阿笠を見た。ポアはスッと阿笠から距離を取った。


「わ、私は…はぁ、はぁ……此処…女子生徒、が殺……で、来……はぁ……はぁ………」


『此処の女子生徒が殺された件について調べに来た』と言うだけなのに呂律が回らない。上手く呼吸すら出来ず、そもそも目の焦点が合っていなかった。


 ーーはっきり言って、阿笠の様な顔色の悪い長身の男性が息を切らせて『女子生徒』という単語を発しているだけで相当不気味である。阿笠は逃げ出したいのを我慢して会話を試みているのだが、この状況を第三者が見れば逃げるべきは女子生徒の方だと判断するだろう。頼みの綱の名探偵は、離れた場所で「がんばえ、がんばえ〜」と拳を上下させているのみである。先日の「何かあったら俺が守る」発言は何だったのか。


 涙ぐましい阿笠の過去を知らない女子生徒達は、阿笠の言葉を聞いてその顔を恐怖の色に染めた。甲高いよく響く声で、叫ばれる。


「ヒッ……だ、誰かーーっ!!!不審者、不審者よーーー!!!!」


「助けてえええ!!!!」


 違う、と手を虚空に伸ばしかけるも、より怯えられて何処かへ逃げられてしまう。追いかける程の精神力を既に持たない阿笠は、呆然とその場に佇んだ。


「……な」


 …どうして良いか分からず、立ち尽くして居るとどたばたと教師達が刺股を持って現れる。屈強そうな教師を先頭に、じりじりと阿笠に迫った。


「大人しくしろ!うちの生徒達には指一本触れさせんー…!」


「阿笠さぁん!持って来た包丁で抵抗を!!」


「ぽ、ポア!?」


「気を付けろ!何をして来るか分からんぞ…!!」


「はいっ!!!」




 ーーこうして阿笠は西陣高校の教師の連携プレーによって、見事捕縛され、警察を呼ばれる事となった。




 ***




「…誤解を招く様な事をしてしまい、本当に申し訳御座いませんでした…」


「私からも謝ります。もっときちんとお伝えしておくべきでした。大変失礼致しました」


 ーー教師達に捕まった後、阿笠は何とか自身が探偵として事件の捜査をしに来た人間だと釈明した。教師達は事前に警察から近日中に探偵が来る事を聞いていたらしいが、女子生徒に何かしようとしていた(と疑われている)為、確認を取る事になった。スマートフォンに刑事である友人の連絡先が入っているからと伝え、他の警官ではなく山田に来てもらえる様交渉し、現在に至る。

 阿笠は拘束される羽目となったのに、ポアは椅子に腰を掛けてお茶を啜っている。余計な“ちゃちゃ”までしておいて、面白がる様な態度を改めない姿に切なくなった。


「…ポアが私の苦しむ姿を見て喜んでいる……」


「阿笠、泣くな。お前は立派だった。女子高校生が苦手にも関わらず、よく戦ってくれたよ」


「や、山田…」


「ふ…俺達は遠き過去より運命付けられていたら盟友だ。この友情は不滅だ」


「ウッ……」


 縄を解き、よしよしと山田が阿笠の背中を摩ってくれる。「いい歳したおっさんが、気持ち悪い構図だねー」とポアは何処吹く風である。

 先程まで戦々恐々としていた教師達も、この様子を見て毒気が抜けた様に肩を落とした。


「此方こそ、とんだ勘違いをしてしまい申し訳御座いませんでした。…お前達も謝りなさい」


 教師に促され、三人の少女達が前へ出る。きっちりと髪をおさげに結んだ眼鏡の少女は、未だ釈然としない様で、不満げに目を逸らしている。一番大きな声で叫んでいた子だ。

 友人のショートカットの少女とロングヘアの少女がそんな彼女を嗜めて、頭を下げた。


「…よく確認もせずに不審者と決め付けてしまい、すみませんでした。」


「御免なさい」


「………御免なさい」


「いや…もういい。気にしてないからな……それよりも、早く授業に戻りなさい」


 阿笠が弱った声を振り絞って、頭を垂れて目を逸らしたまま答える。その言葉を聞いた三人は、頭を下げてから職員室を出て行った。


「うちの生徒達を許して下さって、感謝します。我々からもよく注意しておきますので…」


「いや、阿笠さんは早く女の子達に消えて欲しかっただけでしょ…」


 体格の良い体育教師が恐縮して阿笠を見た。そしてベテランといった中年女性の教師も、「何事も無くて良かったわぁ〜」と安心した様子で自分の職務に戻り出した。それを横目に、体育教師が言葉を続ける。


「…それで、佐々木の件で来て下さったんですよね。案内は彼女の担任がする事になっておりますので、暫く此方でお待ち頂けますか」


「それは、もう」


 阿笠と山田もお茶を貰って、担任が来るまで待機する。阿笠は余程疲れたのか、一息にお茶を飲み干すと暫く目を閉じて瞑想していた。




 ***




「お待たせ致しました」


 程なくして、佐々木麻里奈の担任が職員室へ戻って来た。黒縁眼鏡に白のワイシャツに紺のネクタイを締め、グレーのスラックスを履いた真面目そうな男性教師だ。歳の頃は阿笠と変わらなさそうである。

 先程の騒動の事を再び謝罪され「もう結構ですから」と頭を上げさせるも彼は困った様に眉を下げて疲労の色を濃くしていた。先程の少女達は奇しくもこの教師ーー沢田隆史教諭の生徒で、佐々木麻里奈のクラスメイトであったらしい。次々と問題が起こるその心労は如何程のものだろう。阿笠は目の下に隈を作り元気の無い彼に同情した。


「現場となった教室を確認させて頂きたいーーうぷ。……失礼。確認させて頂きたいのですが、その前に佐々木さんが亡くなった当時の状況を教えて頂けませんか」


 阿笠の体調は未だ万全では無い。何とか気持ち悪さを堪えて、本題に入る。


「…え、ええ。勿論ですとも。あの日のお昼休み、彼女はクラスの友人と購買へご飯を購入しに行ったらしいです。その後、佐々木と四名の友人達と机を合わせて食べ始めたのですが、程なくして急に苦しみだしたのだそうです。余りの苦しみ様に教室は一時騒然となり、クラスの委員長が保険医を呼びに行ってくれましたが、間に合わず、皆に囲まれ乍ら息を引き取りました。

 近くに居た私や他の教師達が生徒を教室の外に出る様指示し、保険医が佐々木の状態を確認し救急車も呼びましたが…。佐々木の姿を見ていた生徒達の中にはショックで今も休んでいる子も居ます」


「その佐々木さんのお茶に、何かしている、しようとしている者は居なかったのか確認はしましたか?」


「はい。…ですが、誰も何もしていないし見ていないとの事でした。佐々木は自分の机の横の鞄にお茶の入ったペットボトルを入れていたので、席を離れる時、教室を出る時しか何かするタイミングなんて無かった筈です。しかも購買に買いに行った時は仲間達が彼女の机の周辺でお喋りをしていたらしいので、見逃す訳がない、と」


 阿笠はポアを見た。ポアは沢田の話を聞いて考え込んでいる様子であった。

 二人が答える代わりに、山田が口を開く。


「…直接生徒達に話を聞く事は出来ますか。すみませんが、先生は死の間際佐々木さんの側に居た訳ではありませんから。当事者の証言は必要です」


「彼等に聞いてからでないと…あの、拒否権はありますよね」


「無論、無理にとは言いません」


「有難う御座います」


 本当の所は、生徒達にあの日の事を思い出させたくないに違いない。沢田は緊張した表情をほんの少し緩めて、礼を述べた。

 話し合いが上手く行き、佐々木が亡くなった教室へ案内して貰う流れとなる。もうすぐ昼休みになるので生徒達へは直接、話して貰えるか交渉する事となった。がーー阿笠は依然として顔色が悪い。


「…阿笠、大丈夫か?」


「大丈夫ではないが…」


 行かねばならんだろう、と山田に答える。無理はするなよ、と返すと力無く頷いた。


「…ちょっと阿笠さんを揶揄い過ぎたかな。…うん。生徒さん達の話は俺と山田さんメインでやろう。だんだん可哀想になってきた」


 いつまで経っても回復せず無気力な阿笠の姿に、流石に悪いと思ったのか、ポアは居住まいを正して阿笠を見上げた。ごめんね、と阿笠の頭を撫でると彼は力無く頷いた。


「…早期解決を期待しているぞ、名探偵」


「はいはい、頼りにしててよワトソン君」




 ***




 ーー佐々木麻里奈の教室は、六階建ての校舎の三階にあった。階段の直ぐ隣、二年A組。沢田教諭の案内で教室に向かう頃には、丁度午前の最後の授業が終わる所であった。お昼を取りに行こうとする生徒達を一旦引き止めて、現場検証と事情聴取を行う。


「…皆、引き留めてすまない。だが大切な話があるんだ。佐々木が亡くなった件で、刑事さんと探偵さんが来ている」


 沢田の話を聞いていた生徒達がざわざわとし始める。阿笠を不審者扱いした三つ編みの少女が、居心地悪そうに窓の方へ目を逸らしていた。

 改めて話を聞かせて欲しい、という言葉に反論する生徒は居ない。人一人死んでいるのだ、当然だろう。


「…でも先生、俺達が話せる事は全部警察にもう話したよ。佐々木のお茶に何かした奴なんて見てねぇし」


「そういうのはもう分かったから良いよ。俺達が聞きたいのは、当時の様子。些細な事でも良いから、その時会った事を詳しく教えて欲しい」


「…そうだな。その時の様子を再現して貰うのが良いかもしれないな。その時誰がどんな風にしていたのか見せて欲しい」


 ポアの言葉を受けて山田が提案する。そんなの覚えてねーよ、と再び教室がざわざわするも、沢田が「佐々木の為にも協力して欲しい」と言うと反論出来ない様で文句を言う者は居なくなった。


「良いね。子供の覚束無い言葉で証言されるよりは、見せて貰った方が早い」


「…こら、大きな声で言うんじゃない」


 ポアも子供だろう、と続けようとしたが、阿笠は何とかそれを飲み込んだ。見た目は此れでも成人しているのだ。また子供扱いして、と機嫌を損なわれては解決する事件も解決しない。


 ーー生徒達が当時の様子に近付けるべく、机を動かし始める。

 クラスの委員長の男子・原口が指揮を執ってくれている。

 昼休みはだいたい決まったグループで食事を摂っているらしく、誰も迷う事無く移動した。普段教室の外で食事をしていて事件当日も不在だった生徒達も、廊下側へ集まって様子を伺っている。


「机はだいたいこんな感じか。休み時間になって直ぐ弁当を食べていた人は座ってくれ。」


 原口がそう言うと、何名かの生徒が着席した。


「あたし達、後ろでこの子達と立ってお喋りしてたんだけど。此処に立ってたら良い?」


「俺は中村と田村の席を行ったり来たりしてたっけ?」


「私は暫く麻里奈と少し話してからトイレに行ったっけ?」


「…あー、みんな待って待って」


 思いの外、教室内を出入りしたり彷徨いている者が多い。原口はどうしよう、と沢田教諭を見た。沢田の代わりに、ポアが仕切り出す。


「じゃあ先ず。休み時間直ぐ佐々木さんと会話した彼女」


 ウェーブがかった髪をした女子生徒を指す。阿笠も釣られて彼女を見た。彼女は阿笠と目が合い、表情をひくつかせた。


「……な、何?」


「佐々木さんとは、どの位、どんな話をした?その後彼女はどうした」


 阿笠に早口で捲し立てられ、挙動不審になりながらも何とか答えてくれる。


「…お昼ご飯、今日はどうするのって話したんだよ。麻里奈はいつもお弁当なんだけど、週に二回は購買に行くんだ。あの日も購買に行く日だったみたいで、先に食べてて良いよって言われたんだ。で、麻里奈は愛と購買に行って、私はトイレに行った。食べてて良いって言われたけど、トイレが済んだら席に座ってスマホ弄りながら待ってたよ」


「ふーん、彼女が戻って来て一緒にご飯食べてたら、佐々木さんが苦しみ出したって感じかな」


「佐々木さんと一緒に食事を摂ったメンバーは?…前も聞いたけど、確認ね」


 山田は袂から取り出した手帳を見て、質問する。


「私と、愛、晶と、淳。麻里奈を合わせて五人で食べたよ」


 共に食事を摂ったという生徒達が前に出る。ロングヘアを下で二つに括った、小柄な少女・笹原愛。

 頭をスポーツ刈りにした筋肉質な少年・高木晶。

 長い前髪をヘアピンで留めた、背の高い少年・尾崎淳。

 そして証言してくれたウェーブ髪の派手目な少女・箕浦楓。


「麻里奈ちゃんと楓ちゃんがお話している時に、私が早く買いに行こうって声をかけたんです。それで楓ちゃんがトイレに、私と麻里奈ちゃんは購買に行きました。十分程で教室に帰って来たと思いますけど…」


 笹原愛が挙手して、話を引き継ぐ。箕浦はそうそう、と頷いた。


「俺とじゅんじゅんは皆の机合わせて、座って喋ってたよ。そん時佐々木の机も動かしたけど、それだけで何も触ってねーよ」


「ああ。それは俺が保証する」


 高木晶と尾崎淳が肯き合う。二人は学校に来る前にコンビニでお握りやサンドイッチを買っていたので、そのまま先に食べていたのだという。


「それで、トイレから戻って来たあたしが何で食べるの待っててあげないのって怒ったんだっけ」


「そーだったな。箕浦がずっとスマホしてるのも俺達が見てたし」


「他の奴らが佐々木の机に近付こうとしたら気付くもんな」


 先に高木と尾崎が合わせた机に座っていて、次に箕浦が来る。そして笹原が佐々木と戻って来て、食事を開始。という流れになる。


「佐々木さんが購買へ行ったのも、箕浦さんがお手洗いに行ったのも、習慣的な行動では無い。事前に君達がそう行動すると知っていて細工を試みようとしている人物が居たーーとも考え難い。ふむ…」


 山田がそう呟くと、箕浦がぴくんと反応する。「それは違うよおっさん」と発言し、証言する。


「おっさん……」


「麻里奈は毎週月曜日と木曜日、出張のお店が来る日だけ購買へ行くんだ。まぁ、お昼ご飯よりイケメンが目当てみたいだったけど」


「そうそう。あのお兄さん、格好いいって麻里奈ちゃんきゃあきゃあ言ってたもの」


「それはあんたもでしょ」


「楓ちゃん…!」


 箕浦の言葉に、笹原は顔を赤く染めた。確かにそうだけど…と小声で呟き、恥ずかしそうに顔を包んでいた。数名の男子生徒が、何とも言えない表情を作っている。ポアはははぁん、と目を細め、男子と笹原を交互に見た。また余計な事を口走りそうになるポアを、阿笠が咳払いで牽制する。名探偵は仕方なく、推理に戻った。


「ほ、ほいじゃ、佐々木さんが教室を空ける日は決まってた訳だ。他に佐々木さんがどっか行ってる時間帯ってあったりする?」


「…昼休み以外に毒を盛られた可能性はあるか」


「…あの日は移動教室も無かったし、多くの生徒は教室に居たよな。佐々木さんもずっと教室に居た気がするし…」


 原口が当時の様子を思い出し乍ら、考察する。どのタイミングでも毒を盛るのは不可能。「やっぱり事件じゃなくて佐々木さんのミス、事故だったんじゃないか?」と呟くと女子達からブーイングが上がった。主に佐々木からヨモギ茶をお裾分けして貰って居た女子達である。原口は居た堪れなくなって、ごめんと謝ったきり口を閉じた。


「…まぁ、原口の言う事は分かるよ。あたし、麻里奈の席の後ろだし、休み時間はずっと麻里奈と一緒に居た。席を離れはしたけど、だいたい近くに居たし。何かしようとしていたら気付く筈だよ」


「そうだね…」


 佐々木達の近くに席を陣取っているグループも、箕浦に同意する。

 教室は、しんと静まり返ってしまった。


「待って。そんな暗い顔すんなよ……って無理か。佐々木さんが倒れた時、みんなはどうしていたか教えてくれる?」


 ポアの言葉に誰も反応を示さない。同級生の不審な死がら重く伸し掛かる。暗い影を落とす彼等の姿に、阿笠は手を打ち鳴らした。皆の視線が、阿笠に集中する。


「ーー未だ終わった訳ではない。必ず解決の糸口が見つかる筈だ。私達が絶対に犯人を捕まえる。…佐々木さんが倒れた時の再現、してくれないか」


「阿笠さん…」


 阿笠が頭を下げると、生徒達は友人達とアイコンタクトを交わし、迷った末に行動し出した。


「…僕は、佐々木さんの具合が尋常じゃないのを見て直ぐに保険の先生を呼びに行ったよ。箕浦さん達に、彼女を頼むって言って」


「……うん。あたし、一生懸命背中を摩ったり、声を掛けたりしたよ。でも麻里奈、喉を掻きむしって苦しんだままで」


「私、どうしたら良いのか分からなくて、椅子から立ち上がったまま何も出来なかった」


「俺は、喉に何か詰まらせたのかと思って水を飲ませようとしたんだ。けど、飲めなくて、」


「俺も、声掛けるだけで何も……」


 教室の何処からか、嗚咽が聞こえてきた。次第にそれが伝播し、何名かの生徒の目に涙が浮かんでいる。佐々木麻里奈はクラスの生徒達と良い関係を築いていた様だ。彼女の人間性が彼等のその表情から伺えた。




「………納屋さんは?あの時、納屋さん、何してた?」


「………え?」


 ーー不意に、誰かが一人の生徒の名前を出した。納屋と呼ばれた女子生徒…お下げ髪の少女が、顔を上げる。


「…納屋ちゃん、教室に居たのに、佐々木さんが倒れた時どっか行っちゃってたよね。……何してたの?」


「そ、それは…」


「っ!あんた、あんたが麻里奈に何かしたの!?」


「ち、違…」


 箕浦が納屋の胸倉を掴む。切れ長の気の強そうな瞳を伏せて、箕浦と視線を合わせない。


「箕浦!やめなさい」


「先生!でもっ…!」


 沢田教諭が仲裁に入り、何とか今にも暴れ出しそうな箕浦を抑える。納屋は乱れた胸元を直し、人目を避ける様に俯いていた。


「………何してたか、教えてくれない?納屋さん?」


 ポアがなるべく優しく声をかける。暫く押し黙っていたが、軈てぽつりぽつりと自ら話し始めた。


「……あの時、偶然購買のお兄さんも駆け付けて来てくれたでしょ。大事な商品を投げ捨てて、必死で佐々木さんを助けようとしてた。箕浦さんと一緒になって背中摩ったり、何か吐き出そうとする手伝いしたり。」


「…それが何?」


「…私も、あの人の事好きだったの!こんな女の為に必死になってる姿、見ていたく無かった。このまま死んじゃえば良いって思った!!」


 納屋の目に、憎悪と悲哀の色が滲んでいた。瞳の色彩が滲み、そこからぽろぽろと涙が溢れる。喉を震わせて、悲鳴に近い声で叫ぶ。


「納屋あんた…!!」


「でも、そんな風に思っちゃう自分が嫌で。だから教室を出て行った。…でも本当に死んじゃうとは思ってなかったの。何か悪い!?」


 誰もが納屋を非難の目で見た。それが余計に彼女の憎しみを増大させる。


「あの女は私の欲しいもの、全部持ってた。顔も可愛いし、女子力があって、スポーツも出来て、人気もあって。私とはまるで大違いよ!僻みだって分かってるけど、そう思わずにはいられなかった。あんな子が彼の事好きになるなんて、私じゃ勝ち目無いじゃない、だからーー」


「…だから殺したの?」


「違う!それだけは違う!!私は何もーー。…そう、あれは呪いよ。みんなも聞いてるでしょ、あの女のtbutterに『死神』のツイートがリツイートされてたって!!」


 ーー休憩時間が終了する、予鈴が校内に鳴り響く。死神という言葉を聞いて生徒達がまたざわざわと騒ぎ出す。沢田が泣き叫ぶ納屋の肩を抑え「先生と話をしよう」と窘めた。

 納屋は未だ何か言いたげに、唇を噛み締めて箕浦を睨んでいた。


「…もう話を聞ける状態じゃないな。どうする?」


「…いや。だいたいの事は分かったよ。そろそろ、連続殺人解決編をしないとね」


「…それじゃあ、」


 犯人が分かったのか、と阿笠はポアを見た。しかし彼は首を横に振る。


「ただ、まだもう一つパズルのピースがいる」


「何?」


「推理が推測の域を出ない。確実な根拠が足りないんだ。もう一つだけ、確認したい事がある」


 そうは言うが、ポアは真剣味を帯びた色をその目に称えていた。もう真実が明らかにされる時は近い。それを感じ取った阿笠は「分かった」と頷いた。


「天衣無縫のお茶目な名探偵、ポア様にかかればこんな事件どうって事ない


 ーー此れからが俺のターン。見ていろよ、“死神”」





 事件は佳境に入った。ポアは口を三日月に吊り上げたまま、教室を後にした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ