殺人アカウント2
九人目の被害者について連絡を受けた翌日。阿笠とポアは殺人未遂の被害に遭った人物にアポイントメントを取って喫茶店で待ち合わせていた。昨晩連絡を取って急遽会ってくれる事になったのは地元の女子大学生。もう一人の人物は央阪府聞真市に住む社会人らしく、なかなか予定が合わないという。暫く怪我で入院していた事もあり、忙しいらしい。
「阿笠さん、女子大生は平気なの?」
「制服を着ていないからな」
「ふ、ふーん…」
そういえば事務所によく呼ぶ女の子達へは、拒否反応を示していなかった。飽くまで女子高校生、若しくは中学生が対象らしい。制服を着た若い女の子に限定されているー…此れらの少女達へ何かしらのフェティシズムを抱く男性は星の数程居るが、憎悪を抱いている者は阿笠くらいのものだろう。
阿笠は店員にコーヒーを注文し、時計を見る。まもなく待ち合わせの時間だ。予め持参していた文庫本を読み時間を潰していると、からんからん、と扉に設置された鈴が軽快な音を立てた。ポアはイベントの追い込みだと言ってソーシャルゲームをやっていたが、それを閉じて入り口へ目をやる。そして阿笠の文庫本の頭を指で叩いて待ち人が来た事を告げる。
「あの子じゃない?」
淡いピンク色のワンピースに茶髪をゆるく巻いた、若い女性。きょろきょろと店内を見渡して、困った顔をしていた。阿笠は彼女にアイコンタクトを飛ばし、目が合うと会釈をして自分の向かいの席に来るよう促した。
「あの、貴方が昨日連絡を下さった、阿笠さん…ですか?」
「そうです。突然お呼び立てして申し訳ありません。私が『丸井探偵事務所』の所長・阿笠です。警察から要請があり貴方が被害に遭った事件について、協力する事になりました。」
「は、はい…それはお電話でも伺いましたが…」
「へー、君が被害者の子かぁ。俺は丸井ポア!君可愛いね。彼氏は?」
真剣な話をこれからすると言うのに、ポアが茶化してくる。阿笠がちらりと睨むと、この軽薄を字で行く男は舌を出して笑って誤魔化した。
「…まあ、長い話になるでしょうし、先に注文でもどうぞ」
緊張している様子の彼女にメニューを差し出す、丁度店員が阿笠のコーヒーとポアのパフェを持って来たので、序でに注文を頼む。こんな話の席でスイーツを頼むだけの度胸は無い様で、アイスレモンティーだけを頼んでいた。
「ここ喫茶店なんだけど、スイーツも美味しいんだよ?パフェとワッフルが売りでね、値段の割にフルーツが沢山乗ってるんだ!ほら俺のチョコレートパフェなんだけど、バナナが山盛りでしょ〜!超フォトジェニック!一口食べない?」
「………」
彼女の緊張を解そうとしているのだ、と思う事にした。彼女が困り顔で阿笠を見て来たので、ポアの話を中断させて本題に入る。
「無駄に世間話をして貴女の時間を奪うのも本意ではありませんし、早速事件当時の事についてお伺いさせて頂きます。…赤城美穂さん」
山田から貰った資料を片手に、彼女の名前を確認する。彼女ははい、と頷いてテーブルの上に視線を落とした。
「本当に、突然の出来事だったんです。先月の第一木曜日、大学の講義を受けた後、近日中の課題があったのでそれをやりに近くのファーストフード店へ行ったんです。お店の方が集中出来ますからね。入店した時間は17時だった事を覚えています。
一時間程集中して課題をやった後、途中でお手洗いへ席を立ちました。帰って来てもう一時間程やろうと思ったのですが、注文していたドリンクを飲んですぐに、体調が悪くなったんです。吐き気と眩暈で倒れて、店にいた人が救急車を呼んでくれました。処置が早かったので助かりましたが、警察の人のお話では私が席を外した間に漂白剤が入れられていたらしいんです。防犯カメラを確認して貰ったのですが、犯人の特定には至らない様で…。…何か参考になりますか?」
赤城の話してくれた内容は、ほぼ資料通りであった。人通りの多い店内、カメラが遮られている隙に漂白剤を盛られたのかもしれない。阿笠は、調書には書かれていない『殺人アカウント』の件について切り出した。
「ええ、とても。…ところで貴女はtbutterをやっていますね。殺人アカウント、死神…というものの存在をご存知ですよね」
「えっ?」
警察からは聞かれもしなかった事なのだろう。如何してその事を、という顔である。事前には事件の解決の手伝いとしか伝えておらず都市伝説について調べている事は伝えていない。下手な言い方をすれば怪しまれるかもしれないと思ったからだ。
「え、ええ…。『死神のリツイート抽選企画に当選してしまうと呪いで殺される』という都市伝説の事ですよね?警察の方へは、相手にして貰えないと思ってお話ししていないのですが…」
「私に協力を依頼して来た友人の刑事が調べたのですよ。他にもこのアカウントの被害者と呼べる人間が実在します。実は、この都市伝説を追っていて、貴女の事を知ったのです」
「そ、そうだったんですね…」
注文していたアイスレモンティーが運ばれて来た。円柱状のグラスにストローが刺され、輪切りのレモンが浮かんでいる。赤城は納得した様で、そして伝えたくても伝えられなかったのであろう不可解な出来事を話し始めた。
「こんな嘘みたいな話、調べてくれている刑事さんが居たんですね。それならもっと早く警察に言えば良かった…。
……『死神』の都市伝説については、以前から知っていました。tbutterのユーザーなら、大抵は知っていると思います。私はお化けや宇宙人と同レベルのオカルトだと思っていましたから、信じてはいませんでした。でも本当だったら怖い、とも感じていたので、わざわざ検索してリツイートしてみようなどと思った事は一度もありませんでした」
「…では何故リツイートなさったんですか?」
「…私はリツイートなんてしていません。気が付いたら、いつの間にかリツイートされていたんです。スマホにはパスワードと指紋認証を設定していた筈なのに……」
ポアはバナナを頬張り乍ら、テーブルの上に乗せられた彼女のスマートフォンに目をやった。ポアの使っている物と同じ機種の色違いだ。この端末はパスワード六桁か、持ち主の指紋の認証をしなければ操作する事が出来ない。
「そのスマホは、お手洗いには持って行かなかったの?だとしたらその隙に漂白剤を混入させた犯人が…でもパスワードを解除する時間なんて無いよなぁ」
彼女の家族や友人ならパスワードを知っているだろうか。…否、例え親しい人物だとしてもパスワード教える事はまず無い。それに被害者が他にも居る事を考えると、犯人が彼女の身内だとするのは間違いだ。
「リツイートされていた時刻は?」
「…阿笠さんはtbutterはやらない方なんですか?その呟きが投稿された時間は記載されますが、リツイートされた時間は載らないんです」
阿笠は鞄から芝崎がくれた方の資料を取り出し、赤城のtbutterの画面が印刷されたページを開いた。
「あ、あの…その紙……」
「ああ、友人の刑事が持って来てくれた資料です。お気を悪くされたら、すみません」
「いえ、私の事件を調べて頂いてるんですし…」
誰だって知らない人に自分のtbutterを見られるのは嫌だろう。本来、このアプリは匿名でやるものだ。自分がこんな呟きをしているという事は伏せたい筈だ。…本名を明かして居る者も存在はするが。
「守秘義務は守ります。お嫌でしょうが、我慢して下さい。
…本当だ、これではリツイートされた時間が分からないな。ただこの『死神』のツイートの投稿時間は事件より少し前の日付けになるか。」
「リツイートに気が付いたのは、漂白剤を飲まされた翌日、病院でです。私の持ち物は駆け付けた家族が管理していてくれたので、直接リツイートされたのなら私がファーストフード店でお手洗いに席を立った時。乗っ取りならやはり私が席を立った時間から私が病院でスマホを開くまで…でしょうか」
「芝崎の言う通り、リツイートされたのは犯行時刻前後…という以上の詳細情報は無し、か」
赤城の瞳が不安げに揺れる。握り締めた手は震えていた。犯人は彼女を殺す積もりであったのに未遂で終わらせてしまった。再び狙ってくる可能性もある。それを分かって居たからこそ、こうしていきなりの連絡に応じて来たのだろう。
「乗っ取りだとするなら、詳しい人に調べて貰えば一発なんだろうけど。今はそれは問題じゃない」
溶けかかったチョコアイスとコーンフレークを柄の長いスプーンで混ぜ合わせる。ポアはそれを口に運びつつ阿笠を見やった。
「と言うと?」
「美穂ちゃんとアカウント、ハンドルネームは『まめうさ』。顔を公開している訳でも無いから美穂ちゃんと『まめうさ』が同一人物だと知る事は不可能だ。判沢市在住だとプロフィールに書いてある事と風景の写真から居所を絞り込めたのだとしても…特定にまでは至れない。犯人はどうやって美穂ちゃんを知り、あんな真似が出来たのか。それから昨日の山田さんからの電話…」
ああ、と阿笠は思い出して頷いた。彼曰くー…野々宮駅で電車に轢かれて死んだ男性。彼もまた『死神』のツイートをリツイートしていた。赤城の話を聞く限りでは、『死神』自身がリツイートした可能性もあるが。
今までの被害者はtbutterからある程度の居場所が判断出来た。だが彼のアカウントは完全に匿名、居住地も未記載、写真も一枚も投稿されていなかった。他所のアカウントをリツイートし感想を呟いているだけのアカウントだ。感想の内容は攻撃的なものが多く、幽霊や宇宙人、怪奇現象に関するツイートをこき下ろしている。所謂中傷アカウントというやつだ。『死神』に対しても『新しい怪談を作ろうとしている暇人。引っかかるのは低レベルな連中くらいだろう』『こんな馬鹿な事よく思い付くな』などとコメントを残している。
何にせよ芝崎の言っていた『被害者はある程度居場所を特定することが出来る』という結論は崩壊してしまった。
「……被害者の共通点。ある様で無いんだよね。石河県在住が五名、うち四名は判沢市在住。他県三名。不明一名。
所在の公開は八名公開。一名非公開。因みに顔出しは三名公開、非公開六名なぁ。うん、分からん!」
食べ終わったパフェの容器にスプーンをからんと放り投げる。確かに、これだけの情報では分からなくても仕方がない。まだtbutterのアカウントと都市伝説について調べ、被害者のうちの一人に話を聞いたに過ぎない。
「本当に、どうやって私を見つけたのか分かりません。警察には誰かに恨まれていないかとか、ストーカーが居たりしないかとか聞かれましたが、身に覚えがありませんし。それに他にも被害に遭った方がって考えると、本当に呪いなんじゃって思えてきて…」
「呪いなんて無いよ。否、証明は出来ないから絶対とは言わないけどさ。でもこの『殺人アカウント』はどうも臭い。本当に呪いなんだとしたら、如何して君の飲み物に漂白剤が入っているの。線路に突き落とされるの。毒草とすり替えられるの。どれを取っても人為的なものだ。呪いなんて人智を超えた力を使えるなら、超能力で人を殺して貰わなきゃ」
ポアはそこまで言ってはた動きを止めた。瞬きをせず数秒、固まる。
「…ポア?」
阿笠が呼び掛けると、ゆっくりと顔を上げて目を合わせた。
「…あった。共通点。みんな人為的に殺されているんだ。これは呪いなんかじゃない。…連続殺人だよ、阿笠さん。山田さんの考えは正しかった様だね」
「…今更、何を言う。山田が間違った事を言った事なんて一度も無いぞ。私は最初から『死神』は黒だと思っていた」
「そうなんだけど、そうじゃなくて。つまりはこの『殺人アカウント』なんて名前のついた都市伝説は、生身の人間がバックグラウンドに潜んでいる。……ちゃんと探偵すれば、真実に辿り着くんだ。それに『死神』は一つミスをしている。」
「何か分かったのか!?」
ポアは山田の纏めた被害者の事件記録を一枚一枚並べて「もう一度これ読んでくれる?」と指し示した。
まず、第一の被害者。中村愛理。石河県判沢市。社会人女性。深夜仕事帰りに歩道橋から何者かに突き落とされて転落死。
第二の被害者。安宅沙都子。石河県判沢市。女子高校生。部活の帰り道、不審者に遭遇し刺殺される。
第三の被害者。御堂圭介。央阪府聞真市。社会人男性。同僚と飲んだ帰り、暴漢に金属バットで殴られる。重症を負うも生還。
第四の被害者。能村悟。石河県小梅市。男子中学生。登校中、マンションのベランダからコンクリートの欠片を落とされ直撃死。
第五の被害者。花江栄太。差賀県差賀市。男子高校生。深夜自宅が放火され焼死。父親以外の家族全員が死亡。
第六の被害者。宮浦千恵子。永野県松元市。女子大学生。暫く行方不明となっていたが山奥で拘束され餓死している所を発見される。期間を考えると『殺人アカウント』の本当の最初の被害者は彼女か。
第七の被害者。赤城美穂。石河県判沢市在住。女子大学生。飲食店にて飲み物に漂白剤を混入させられる。一時意識を失うも生還。
第八の被害者。佐々木麻里奈。石河県判沢市出身。女子高校生。ヨモギとクサノオウを間違えて誤摂取し中毒死。
ーー書面は無いが、第九の被害者。身元不明。男性。駅のホームから突き落とされて轢死。
「ーー…件の女子高校生だけ、妙だな」
似た様なものもあるものの、それぞれ異なる死を迎えている。中には凄惨なものまである。…が、阿笠は中でも八番目の被害者、佐々木麻里奈の死因に違和感を覚えた。
「その通り。その、妙な理由は?」
「それはよく分からないんだが…上手く言えない」
「…阿笠さんのもやもやの正体。山田さんの言葉、思い出してみて。」
「…………」
ーー昨日、判沢市内に住む女子高校生が学校内で死亡した。『クサノオウ』という植物を摂取した事による中毒死だ。ヨモギと見た目が似ているので、間違えてしまったんだろうと判断された。彼女はヨモギがダイエットに良いと知って、普段から手作りのヨモギのお茶を飲んでいたらしい。
ーーー彼女自らヨモギを採取して作っていたらしいのだが、祖母が孫が取ってきた植物のチェックをいつもきちんと行なっていたのだという。そんなものを間違えて孫に飲ませる筈が無いー…と涙乍らに話してくれたよ。それに、自宅にストックされていたヨモギ茶は正しくヨモギ茶であったのだ。
ーーーー中身をすり替えられた可能性がある。事故と見せかけた何者かによる殺人の疑いが、
「ーーー偽装工作している………?」
阿笠の呟きに、ポアはにやりと笑った。くりくりとした目を細ませ「ご名答」と小さく拍手を送った。
「そう。他の人達は明らかに他殺という手段を取っている。にも関わらず、この子に関してだけは他殺だと思われない様、事故死を装っている。まぁ山田さんに勘付かれちゃったんだけどね」
「事故死にしたいなら、何故『死神』のツイートをリツイートする必要がある。しない、させない方が良いのでは無いのか?」
「違うよ。『殺人アカウント』は『その呪いによって人を殺す』んだ。事故死だろうが他殺だろうがターゲットが死ねばそれで良いんだ。」
「…だったら何故…」
「……『死神』にとって、佐々木さんの場合“のみ”において、他殺だというのは不都合だったんだろうね」
「その不都合というのは?」
「それはまだ分からない。でも、ヒントがあるとしたらそこでしょ」
阿笠は沈黙した。腕を組んで、何か思案している様であった。それを黙って見ていた赤城であったが、軈て痺れを切らして口を開いた。
「…あの、阿笠、さん?どうかしましたか?他にお話する事が無ければ、私……」
怪訝そうな顔をする赤城に気付き、はっと意識を浮上させる。途中で彼女が居る事を忘れていた様で、気不味げに冷え切ったコーヒーを啜った。
「すみません、考え事をしていて…。ええ、またお伺いする事があるかもしれませんが、今日はこれで結構です。貴女が安心して過ごせる様尽くしますから、気をしっかり持って下さいね」
珍しく、阿笠の頰が少し緩む。仏頂面で気難しそうな顔が幾らかましになる。赤城は目を丸くした後、少しばかり頰を赤らめて「有難う御座います」と頭を下げた。
赤城の去った店内。純喫茶然とした店だが、かかっている音楽はヒップホップ。お客の年齢層は広く一貫性が無い。折角のレトロなアンティークを全て台無しにした、些か騒がしい店。誰も人の話など耳に入らない、ある意味密談をするにはもってこいの店だ。…また、女性の好きそうなスイーツも沢山揃っている。
「ねえ、阿笠さんってああいうお嬢様っぽい雰囲気の女の子がタイプなの?」
ごろり、とポアが机にだらしなく身を倒す。阿笠は「それはお前だろう」と言って眉を顰めた。先程まで被害者の彼女を口説こうとしていた男はそっちだろうという意味を込めて相棒を見る。
「まぁ…悪くはなかった」
「きゃームッツリスケベーー!!」
ふわふわと揺れる栗色の髪と上品な顔立ちを思い出す。ぼそりと呟いた言葉を思いがけなく拾われ、ポアにばしーんと背中を叩かれた。阿笠の否定の言葉は、もう聞き入れては貰えなかった。
***
「それで、次は何を調べに行く?今回の捜査の主導は阿笠さんだからね」
会計を済ませて喫茶店を出た。散々阿笠を揶揄い満足したポアは「ご馳走様でぇ〜す」と頭の上で手を合わせた。阿笠の奢りである。
「……やはり、佐々木麻里奈の事件を解決させる事が一番の近道なのだろう。『死神』が隠蔽したかった事実を突き止めさえすれば、その他の事件の事も芋蔓式で判明するだろう」
「最初からそう言ってるのに」
「煩いぞ」
極力女子高校生と関わりを持ちたくない阿笠は、重い溜息を吐く。未だ訪問しに行く約束も取り付けて居ない為、後で被害者家族に連絡するとしぶしぶ宣言した。
「じゃあ今日明日辺りはフリーかぁ。…いや、序でに彼処当たっとくか」
「彼処?」
ポアは何か思い出した様にポンと手を打った。そしてズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、阿笠に画面を見せる。
「……『未来のスーパーミュージシャン・プラネット柏木活動報告』…なんだ、この個人ブログは」
宇宙を彷彿とさせるテンプレートを使用した、チープな雰囲気の無料ブログ。プロフィールの欄には頭の悪そうな若者がキメ顔をして写っていた。
「阿笠さんが『死神』について調べる時俺も少しは調べてたんだよ?そしたら気になる記事を見つけてさ。ほら、ここ」
先月の書き込みのページを開く。タイトルは『yootubeコラボ出演!!』となっている。yootubeとは無料動画投稿サイトの事だ。こんな記事が今回の事件と何の関係が…と思うも、読み進めて行く内に阿笠の表情が変わる。
「漢字ミス、言葉の使い方が可笑しい。こいつはちゃんと義務教育を受けたのか?」
「違うでしょ!ちゃんと読んでったら」
「冗談だ」
内容は以下の通りである。
『yootubeコラボ出演!!
地球の皆さんおはこんにちばんはー!☆実は本日は報告があります!!
なんと、某yootuberさんの番組に出えんさせて頂きました!!ひゅーひゅー!!
一体俺に何があったのかってゆーと…。。。
いつもの様に、横町のストリートで路上ライヴをしていたら、その某yootuberさんが俺に声をかけてきてくれたんだ!
何でも“年伝説ドッキリ”を仕掛けたいらしくてぇ。
商才は番組の完成と共に教えてくれるって事らしいから詳しくは分からないんだけど、俺の曲の紹介とかえっこに協力して欲しいって話だったのよ。モチのロンでオッケーした☆ミ
仕掛けるターゲットはyootuberさんのお友達。俺とyootuberさんと同じ、石河県の人だから、今噂になってる『殺人アカウント』をモデルにするんだとか…。
どんな番組になるのか楽しみ楽しみ!
んぢゃ、まったね〜〜』
yootuberとは、yootubeに様々な動画を投稿する事で収入を得る事を生業にしている人達の事を言う。近年新しい職業として認知され、『子供の将来なりたい職業ランキング』に上位に入る程の人気の職業だ。とはいえ収入は安定せず長く続けられるものではなく、高額な収入を得られる者は数限られるが。
「…これに何かあるのか?」
「うん。後こっちの記事も読んで」
今度は比較的最近の記事を開く。タイトルは『騙された』となっている。
『地球の皆さんおはこんにちばんはー☆
みんなー、この間yootubeにコラボ出演するって話したじゃん?俺、すっげー楽しみにしてたんだけどさー。全然登校されねぇの。
で、yootuberさんにメールしたら、俺が会ったyootuberさんとその人別人だったんだよ!!どういう事だってばよ…。
なんか、そのyootuberさんの事をふりしてる違う奴に、騙されたって事っぽい!まぢ凹むわー。
yootuberのフリして悪さするって、なんかそういうの多いらしいよ。コワいねー。
…でも、俺が会った偽物は悪い事はしてなかったし、yootubeっぽい企画だなって思ったんだけど。何がしたかったんだろ?分かんねえや!
んま、気を取り直してこれからも横町でライヴしていきま〜す。みんな聞きに来てね〜☆んぢゃばい☆ミ』
「この人、何時もだいたいこの時間に横町に居るみたいだよ。無駄足かもしれないけど、一応確認しとく?」
『横町ストリート』は此処から歩いて10分とかからない。頭が痛くなる様な文面に、これを書いた人間の人物像が想像に難く無い辺りが悩ましい。会いたいかと言われれば会いたく無い人種だ。しかし外出した序でだ、と思い阿笠は頷いた。
「『殺人アカウント』は何度削除してもまた復活する。個人で新たなアカウントを何度も作るとなると特定されてしまうし、他人を利用してアカウントを作らせてるのだとしたら、随分と用意周到だ。…俺の考え過ぎならそれで良いんだけど…」
自信は無いが、一応この可能性を潰しておきたい。という所の様だ。少しでも不安があるなら解消させるべきだろうと連れ立って横町へ出る。喫茶店のある双町の裏通りは比較的静かだが、表の大通に出ると途端に騒がしくなる。カラオケ店やファッションビル、飲食店が雑多に並ぶ歩道を数分歩き、スクランブル交差点を斜めに渡る。すると其処が『横町ストリート』の入り口である。
「お前は、よく此処へ来ているんだったな」
「うん、此処によく服を買いに来るよ。今日の服もこの先の店で買ったんだ」
今日のポアの服装は黒のシースルーシャツに、中に薄気味の悪い表情を浮かべたテディベアがプリントされているTシャツ姿だ。ダメージ入りのズボンには沢山のファスナーが付いている。そのファスナーは開閉は出来ないのでただのデザインらしい。
「この辺りは奇抜なデザインの服屋が多いからな。…それ、格好良いと思って買ったのか?」
シースルーのシャツから見え隠れする不気味な熊に注視する。
「?そうだけど?でもこの熊は格好良くってよりは可愛くて買ったんだ」
阿笠にその感性は分からない。因みに阿笠はいつものカジュアルジャケットに、グレーの縞模様のカッターシャツだ。…普通だ。最近の若者の思考は、複雑怪奇である。
ーー洋服店ばかりが並ぶストリートを暫く歩くと、軽快な音楽が聞こえて来た。遠目にも目立つ、宇宙柄のパーカーにジーパン姿の、髪を青く染めた男の姿がある。ギターを手に歌っているが、足を止めて聞いている者はいない。時折通行人がちらりと彼を見るが、すぐに通り過ぎて行ってしまう。広げられたギターケースの中には、一円玉と十円玉が数枚入っているだけであった。
話を聞いたらさっさと帰るつもりであったが、阿笠は無性に彼が哀れに思え、懐から財布を取り出し千円札を入れてやった。
「おお?阿笠さん太っ腹〜」
派手髪の若者も驚いたのか、わざわざ演奏を止めて阿笠を見る。そして「嘘!?まさか兄さん、俺の…ファン!?」などと宣っている。
「全然違う」
「俺もちがーう」
「なんだ、違うのか…」
二人が無表情にそう答えると、若者は分かりやすく肩を落とした。が、切り替えが早いのか直ぐに人懐こい笑顔で話しかけて来た。
「でも、こんな大金入れてくれるなんて、マジ感謝!!あざまーっす!!良かったらリクエスト聞いちゃうよ!!」
「いや、お前の曲一つも知らないし…」
阿笠は丁重にお断りし、用件を男に伝えた。すると彼は「ああ」と頷いて渋い顔になった。当然良い思い出では無いのだろう。
「あれねー。あの日も今日みたいに此処で演奏してたら、突然yootuberだって話しかけられて、番組の企画に協力して欲しいって言われたんだよね。特に断る理由も無いし、面白そうだったから乗っかる事にした訳」
「具体的には何をさせられたんだ?」
「近所の公共施設やネカフェから、『死神』の偽アカウントを作って欲しいって言われたんだ。俺は頼まれてすぐ、そこのネカフェから作ったんだけど〜」
「それだけか?」
「うん、それだけ。あとは俺のライブ映像も撮って貰ったぐらいだ」
ポアは何とも言えない表情で「まさか本当に…」と呟いた。そして自分からも質問を重ねる。
「その偽のyootuberってどんな人だったの?」
「その人物の特徴を教えてくれ」
若者ーープラネット柏木は思い出すまでもなく、すらすらと偽yootuberの事を答える。
「普通の兄ちゃんだったよ。俺みたいな派手髪で、緑色の短髪だったな。服装はSUGAR BOYのカットソーに蜘蛛柄のボトムだったな」
「それ俺の着てるブランドと一緒じゃん!!」
ポアは自分のTシャツの熊を見せびらかす様に前を広げた。こんな雰囲気の服装なのか…と阿笠はポアを頭から爪先まで見て、序でにプラネット柏木を見た。
「普通とは、なんだ…」
阿笠の脳内に宇宙空間が広がる。宇宙の神秘は人類には荷が重い様であった。