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パリピ探偵ポア  作者: 吉良 瞳
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【915:か】堕天使の鏡像4

 



 山田のエスの件で衝突こそあったものの、俺達はその後も行動を共にし円滑な関係を築いていたように思う。阿笠を仕事に関与させるなと言ったのも一度きりで、特に詰め寄る事もしなかった。問題を起こして此方まで被害を被るのはごめんだが、その片鱗が無い内は彼に臍を曲げられて目の前の業務が滞る方が問題だった。いつ起こるか分からない自然災害の為に神経質になれと言われても難しいのと同じだ。

 解決した事件の報告を関係者家族に説明し帰宅する道すがら、コンビニの前で何やら問答をしている男女が目についた。日が落ちて顔が判別し辛かったが、すぐに片方は件の阿笠図書だと分かった。女は制服を着ている事から、中学か高校の学生なのだろう。あの制服は、近所の高校のものか。

 場所が場所だけに人目についてしまっている。中にいる従業員も通報すべきかと二人を注視している。


「ざっけんじゃねーよおっさん!あーしの後をつけていたの、分かってんだからな!ストーカー野郎」


 少女が長い足で阿笠を蹴った。彼は無抵抗でその場でよろめいた。


「ち、違う……決して、す、ストーカーでは無い……」


「ハァ?そんな言い訳通用する訳ねーだろバァカ!キモいんだよ!!」


「ち、ちが、ぁ……ウッ……」


 額に脂汗を浮かべ具合が悪そうにしている。彼を知らない者から見れば、ストーカーがバレて必死に言い訳を考え罪から逃れようとしている矮小な小悪党にしか見えない。俺も山田から女性恐怖症である事と精神疾患の事を聞かされていなければ、強引に連行しただろう。事実を知る身では、ただただ哀れで同情を誘われた。


「あー、君達。ちょっといいかな」


 俺は警察手帳を掲げて、興奮する学生を宥めた。


「おじさんが話聞くから。落ち着いて」


「お巡りさん!こいつ!ヘンタイなんだよ!!死刑にしてよ、死刑!!」


 随分物騒な事を言う。


「貴方は……か、勝浦さん………」


 対する阿笠は俺を見て緊張を和らげ、そして懇願するように声を震わせた。以前会った時とは随分様子が違う。勤勉な社会人の雰囲気はどこへやら、精神異常の犯罪者のレッテルを付けるに相応しい見窄らしさを醸し出す。山田が世話を焼く理由が分かる気がした。放ってはおけないし、いけないやつだ。


「何があったんですか。阿笠さん、あんた本当にストーカーしたの?」


 はあ、と大きな溜息が出てしまう。ボリボリと頭を掻く。ちゃんと受け答え出来るんだろうか。


「だからそうだって言ってるじゃん!ジッとあーしの事見てんの。怖すぎ」


「嬢ちゃんにも順番に聞くから。ほら、阿笠さん?」


 ヒューヒューと呼吸が荒い。彼を気遣って隅にあるコンクリートのブロックに座るよう薦めた。それに大人しく従い、身の潔白を話し始める。


「私は、その。仕事で……。彼女のご両親に娘の放課後の様子を報告するよう、依頼されていたんです。事務所に帰れば書面もありますし、ご両親に連絡を取って頂ければ分かると思います」


「うちの親が?」


 彼女は心当たりがあるのか、ゲッと声を漏らして顔を顰めた。何もなければ今の証言も否定する筈だ。俺は彼女を見た。


「この人、お巡りさんも知ってる人なんだよ。家の人にお話し聞けるかな?」


「や、やだ……」


「やだって」


 おいおい、と肩をすくめる。彼女は仕方無さそうに重い口を開いた。


「今、親と喧嘩してて。彼氏んとこ泊まってんの。彼氏の名前と家、話してないし……。たぶん、あーしが何処に居るか、知りたかったんだと思う……」


 そういう事だったのか。やれやれ。ひとまず事件性が無くて一安心だ。少女は「すんませんっした」と不満そうではあるが阿笠に謝った。彼もまた彼女に謝罪を返す。


「……こちらこそ、不快な思いをさせた。……す、すまなかった……」


 ちょうどその時、コンビニが通報したであろう、近くの交番の者達が駆けつけてきた。俺は事情を伝え、少女を家に送ってもらうよう頼んだ。ちゃんと仲直りするんだよ、と言って名刺を渡すと「ッス、」とお礼のつもりらしい相槌を返してくれた。多分、大丈夫だろう。

 そして残された阿笠を見る。未だ項垂れて具合が悪そうだ。そもそもこいつはなんで女性恐怖症なのにこんな依頼を受けたんだ。


「阿笠さん、女性恐怖症だってあいつから聞いてますけど」


「……正確には、未成年の……女子学生が苦手なんです」


 随分ピンポイントなんだな。


「分かってるならなんでこんな事してるんですか。……もう敬語やめていいすか。はっきり言って、こっちは大迷惑だ」


 敬語は苦手だ。本音を話すなら素がいい。阿笠は不快に思うでもなくただ申し訳なさそうにしていた。


「………すみません。言い訳ですが、彼女と接触しなければ、耐えられると思ったんです。今、他に受けている仕事が無くて……収入に不安があったので、つい……」


 話を聞いた俺はおや、と思った。山田が阿笠にエスの仕事を振っているのでは無いのだろうか。


「最近、山田が回せる仕事が無いと。その分金銭面の支援をすると言ってくれたんですが、それはちょっと……」


 ──山田は俺の警告を律儀に守っているらしかった。完全に切った訳では無いのだろうが、少なくとも真剣に考えてくれているのだろう。

 だからと言って病状を悪化させていては世話は無い。


「……悪かったな。それは多分、俺の所為だ」


「え……?」


「あいつに言ったんだ。お前に仕事に関わって欲しくないと」


 相手を傷付けようが変に隠すのは嫌だった。いちいち一人一人の心情を慮っていたらキリが無い。俺の仕事は犯罪者のケツを追い回す事であってカウンセラーではない。案の定阿笠は動揺を示した。


「何故そんな事を」


「あんた自覚あるか?自分が山田に介護してもらってるって」


「介護………」


「分かるだろ。あいつは優し過ぎる。情の深い奴だ。だからあんたの仕事にメンタル管理も嫌な顔ひとつせずやってのける。

 だがそれでは成長しない。あいつも、あんたもだ。

 ──せいぜいその厄介な病気治して、一人立ちするんだな」


 そこで暗い話は終え、気分を切り替えるように声の調子を変えて「家まで送るか?」と尋ねた。阿笠は「独り……」とまだ何か呟いている。そんな彼の肩を叩き、駐車した車へ案内した。


「………そういう風に、見てるんですね。私と、山田の事……」


 彼の表情は依然として重く、険しい。


「大丈夫です、私は独りじゃない。あの子が居ますから……大丈夫……」


 俺に話しているというより、自分に言い聞かせるような。

『あの子』。例の丸井という妄想の人物か。もうなんと声をかけてやっていいか分からない。そもそも山田がお前の妄想を肯定してくれているから、丸井(なにがし)の存在が成立しているんじゃないのか。その山田が側からいなくなったら、否定されるばかりになり、妄想を維持するのが難しくなるんじゃないのか。

 それで妄想癖が治るなら良い。だが心の病とはそんなに簡単にいくものなのか。


 ふらふらと覚束ない足取りの阿笠を車に押し込み、自宅を訊ねる。場所は俺でもすぐに分かる場所だったので、聞き出す事に苦労は無かった。それ以外に会話は無く、居心地が悪い。


「──仕事なら、俺が振ってやろうか。だが山田のようにはいかねぇぞ。犬猫探しとか……そうだな、通報があった不審者の身元調査とか。安全課の手伝いみたいな事なら少しは」


 苦し紛れに余計な事を言っちまったな、と思った。山田にあんな事を言っておいて自分が業務外の仕事を増やしてどうする。

 だが二人の中を引き裂くような事をした手前、放ってはおけなかった。


「………お気持ちは有難いのですが、」


「断わんのか」


 収入に不安があると答えていたので乗ってくると思ったが。阿笠はこれを断った。


「はい。それでは貴方を山田の代わりにするのと変わりませんから」


「いや変わるだろ。エスにする気はねーし、俺はあいつみたいに優しかねーよ」


「そうですか」


 そうですか、じゃねーんだよ。その後は話題も尽きて、また無言になってしまった。

 自宅のアパートの前で頭を下げる阿笠を下ろして、自分も家路につく。何かあったら言えよと伝えると、頭を下げてお礼を述べてくれたが、もうその連絡は来ないだろうという気がした。

 折角早く帰れる日だったのにと舌打ちした。




 ***




「あ、勝浦さん」


 とある日、見当たりに外へ出ていると見知った顔に出会った。怪我が原因で退職した元捜一メンバー・茂呂徹平(もろてっぺい)。以前はお腹周りにめいっぱいの脂肪をくっつけていつも汗だくで働いているイメージがあったが、現在は少しスリムになっていた。しかしダイエットが成功したと言うよりはより不健康になった印象を受けた。


「お?おー!お前、元気にしてたかよ!……って、景気悪そうなツラだな。大丈夫かよ?」


 茂呂はやつれた顔を微笑ませて「そこでセーブしていきませんか」と街中で数少なくなった公衆喫煙所を指した。


「いやぁ、私も歳ですからね。それにしてもご無沙汰ですね。一年……はまだ経ってないか」


「そうだよ。怪我の調子は?」


「生活に不便が無い程度には」


 彼もまた煙草を吸うタイプでは無かったのだが、俺と連むついでに覚えたらしい。一日一箱吸ってしまうようになり、健康診断が怖いと笑って話した。煙草以外にも引っかかる項目は多そうだが。そんな雑談を交えながら、近況を窺う。


「今はスポーツ用品メーカーの営業の仕事をしているんです。あちこち出向いて商品を売り込んでるんですけど、これがまぁなかなか大変で。もう文字通り走り回る事は無いんですけど、接客とか、笑顔とか……一度もやった事が無かったのもあるんですが、難しいもんです。毎月成績も張り出されちゃいますし」


 茂呂は、愚痴になってしまいましたねと頭を掻いた。仕事の話になるとつい出てしまうのは俺も分かる。しかし彼が普通の会社勤めで営業をしているという話は新鮮だった。


「へえ、茂呂が営業ね」


「私の話なんていいんですよ、勝浦さんはどうですか?相変わらずですか」


 お互い話をするのが久しぶりで、なんとなく話が弾んだ。


「まァな〜、そういや、お前の相方、今俺と組んでるぞ」


 煙草の煙の輪をポコポコと作り、それをふっと自分の息で吹き消す。そんな遊びをしていると、彼は「えっ」と言葉を詰まらせた。


「………」


「?なんだ?」


「……あの、それって山田くんの事ですか」


「そうだけど」


「勝浦さん、今山田くんと組んでるんですね?」


「そうだって今言っただろうが」


 茂呂は山田の話になった途端、表情を曇らせた。そして何か迷うような素振りを見せてから、口を開いた。


「辞めた私が言うのも……って感じなんですが。勝浦さん、あの人はヤバいですよ。早いところ外してもらった方が身の為です」


 山田が変人なのは今に始まった話では無い。たまに言動が痛々しいのは周知の事実であるし、少々行き過ぎた献身もあったが、それは欠点であり美点でもあるだろう。どちらかと言えばヤバいと言われるべきは山田では無く阿笠の方だ。

 茂呂も俺と同じように山田から阿笠を紹介されたのだろうと思い「ああ」と彼の忠告を勝手に解釈した。


「ひょっとして、山田のエスの事か?あれなら俺も注意したぞ。公私混同は良くない」


「あ、そうではなくて……それもあるんですけど……」


 煮え切らない態度だ。彼の意図を図りかねて、首を傾げる。


「なんだ。はっきり言え」


「………。勝浦さん。実は、私の怪我……職務中の事故、じゃないんです」


 どくん、と心臓が跳ねた。





「山田くんにやられたんです」





 ──そんな、まさか。


 驚愕ですぐに言葉が出てこなかった。吸うのを忘れられた煙草の先の灰がぽとりと地面に落ちる。


「……冗談だよな?」


 まだ日は浅いとはいえ、彼の性格や人間性は理解したつもりだ。そんな事をするとは考えられない。


「私と山田くんが捕まえた暴漢──あれがそもそも仕込みだったんですよ。夜の繁華街で暴れていた男、彼を落ち着かせる為に人通りの無い裏路地に入った所で、やっと二人の様子が可笑しい事に気がついたんです。」




『山田さん、本当にコイツやっちまって良いんですか?』


『ああ。死なない程度に頼むよ』




 暴漢に襲われる私を、山田くんは黙って見ていた。


 ──茂呂は、そう俺に伝えてきた。




「………いや、待ってくれ。そんな話──」


「信じられませんか?でも、勝浦さんに同じ目に遭って欲しくありません。だからこうしてお話しているんです」


「……理由は。なんで山田はお前にそんな事を」


 そうだ。理由だ。明確な理由があろうとなかろうとその行いを肯定出来る筈も無いが、理解出来る事情が知りたかった。


「彼のエスを傷付けたからでしょう。私はエス──阿笠さんに存在しない人を見えると言うのはやめよう、と話しました。勿論、彼を思っての事です。ですが、聞き入れてもらえないどころか混乱させてしまったみたいで。それが山田くんの耳に入ったという訳です」


 そんな理由で…………?

 そう思ってしまう俺に欠陥があるのかどうか分からない。だが率直にそんな理由でここまでするか?というのが素直な感想だった。

 茂呂は現場に復帰出来なくなる程の怪我を負って、警察官である事すら出来なくなった。こうしてやつれた顔をしている原因が全て山田の所為なのだとしたら常軌を逸している。


「最初の内は上手くいっていると思ったんですけどね……。勝浦さんも私みたいにならないよう、気をつけて下さいね」


 茂呂はとんでもない爆弾を落として「それじゃあ」と喫煙所を後にした。

 きっと俺は今、細い平均台の上を竹馬で歩いているような、そんな場所に居るのだろう。

 信じられない──そう感じながらも、嘘を吐かれる理由が無いと思っている自分も確かに居た。




 ***




 山田だ。


「勝浦さん」


 そう名前を呼ばれて俺はドキッとした。別に何かされると思った訳ではない。ただ反射的に体が反応した。


「……なんだ」


「なんだじゃないですよ。聞きましたよ、阿笠から」


 あんな話を聞かされたからだろう、彼の口から阿笠という名詞が出た途端肝が冷えた。

 山田はいつも通り煩いぐらいの笑顔で俺に話しかける。


「女子に絡まれている所を勝浦さんに助けてもらったって。それに仕事の斡旋もしてくれたとか。感謝していましたよ。しっかし、あいつはすぐ不審者と間違えられるから……困った奴ですよ。あはは」


「そ、そうか……」


 悪い話じゃなくて良かった。ホッと安堵して胸を撫で下ろす。


「?………どうかしましたか……?」


 歯切れの悪い俺の態度を可笑しいと思ったのだろう。山田は不思議そうに首を傾げた。体調良くないんですかと問われるが違うと首を振る。


 茂呂に聞かされた話を、山田に訊ねるべきか。


 一瞬そう過ぎったが、それは勿論NOだ。外部の人間を雇って警官を襲わせただなんて不祥事、露見したと知れば速攻で潰しにかかる筈だ。俺は何かしらの手で口封じを受ける事になるだろう。

 では黙って心の中にしまっておくのはどうか。それも山田の一挙手一投足に神経をすり減らされる事になる。この話が何かの間違いだった場合完全に取越し苦労の大儲けだ。

 答えが出ないまま、山田をまじまじと見る。

 にっこりと微笑む顔が、最早胡散臭くて仕方がない。とってつけたような、上辺だけの笑顔に見えてしまい心の中を覗く事が出来ない。これが取り調べなら根掘り葉掘り半ば恫喝になってでも聞き出すのだが、分が悪過ぎる。


「……そういや、阿笠に仕事振ってないんだってな」


 仕方なくもう一つ気になっていた事を質問してみる。


「あ、阿笠の暮らしぶりを気にして下さってたんですね。勝浦さんに指摘された時は飲み込めなかったんですけど、仰る通りだなと思いまして……。

 社会復帰させる手伝いをしなくちゃって思ってたのですが、もっと心のケアをしてあげるのがそりゃ優先ですよね。私は分かっていなかった。有難う御座います」


 そう言って嬉しそうに頭を下げる。こうしていると、善良な人間なのだが……。


「あいつ、あんなじゃなかったら良い奴なんです。優しくしてあげてください」




 ──分からないなら、調べればいい。

 茂呂の話と、俺が見てきた山田。どちらが真実なのか確かめてやろうと思った。もし茂呂の話が本当なら政治家の息子だろうとなんだろうと償うべき罪は償わせるべきだ。

 山田と茂呂が担当した暴漢騒ぎの報告書を確認する。捕まった男は一年の懲役と罰金を受け、現在も塀の中にいるようだった。秘密裏に釈放されているものと思ったが、警官を病院送りにした事件、そして罪を帳消しにするのは流石に組織の一部を動かす事だ。難しいのかもしれない。金で懲役を買う人間も居ると言うのだから、これを見越してその手の人間を雇ったと考えられる。勿論、これだけでは本当にそうなのかは分からない。知り合いの口利きで、その男の面会に行く。証言さえ取れればこっちのものだ。


「────」


 結果は、クロだ。

 聞きたく無かった、といえば嘘になる。約束された筈の金が支払われない事をチラつかせてみれば、知恵の働かなそうな男は簡単に口を割った。山田はもっと賢い人間を雇うべきだった──とうに片付いた事件を調べる人間が現れる事を見越していなかったのだろう。前金として受け取った金の入った口座も抑える事が出来た。釈放された際に報酬と見舞金が追加で払われる事になっていたらしい。羽振のいい事である。

 一介の若い警察官がやる事にしては随分と老獪で陰湿だ。後輩にこんな形で引導を渡す事になろうとは思わなかった。

 俺の見てきた素直でやる気に満ち溢れたあいつはなんだったのだろう?

 暴漢の証言の録音と、口座。そして茂呂が真実を明らかにしてくれさえすれば逮捕する事が出来るだろう。


 俺はこれらを提出する前に話があるとメールを打った。




 ***




「……なんですか、突然こんな所に呼び出したりして」


「まあ座れや」


 署内で話せる内容ではない。今は寂れ人通りの少ない公園に誘った。俺の深刻な態度に気易い内容では無いであろう事を感じ取ったようだった。

 並んでボロいベンチに腰を落として、何から伝えるべきか──と言葉を探した。

 何か発する前に、山田が口を開いた。


「……最近勝浦さんがお調べになっている事の成果、ってところでしょうか」


 自嘲気味に放たれた言葉に、俺は眉を寄せた。


「気付いていたのか」


「まぁ……一応相棒ですから。先輩の様子が可笑しい事くらい、見ていれば分かります」


「お前も大概変だがな……」


 山田の様子は落ち着いていた。知られてはいけない事を知られてしまったのに、焦る様子も無い。どの程度把握しているのか分からないが、それでも余裕があるという事なのか。


「それで?勝浦さんは集めた情報で俺に縄をかけようとでも?」


 なんだろうか、この違和感は。


「お前はやってはならない事をした。何故だ?茂呂は阿笠を思って説得しようとした筈だ。あいつなら俺と違って直接的な物言いはしないし、優しく接してやれる奴だと思うんだが。何故排除した?」


 俺の質問に山田は鼻で笑う。横を向いて俯いている為、その表情は窺い知れない。


「茂呂……茂呂さんね。あの人喋ったのか。あの人のは大きなお世話って言うんですよ。阿笠を思ってくれるなら上部だけでも肯定し、そっとしてやるべきだった。それなのに人はこうでなければならないとかいう自分の理想を振り翳してきた。その理想がどんなに偽善的で押し付けがましいものであったか、あの人は分からないんだ。分かろうともしない。自分の思い通りに更生させなければ気が済まないのかな。他者が自分の思い通りになんて──なる筈が無いのにね」


 山田を塗り固めていたものが、ボロボロと剥がれ落ちていく。落ち着きを払った声に悪意のようなものが滲み、暗い影を落としていた。


「……茂呂は失敗してしまっただけだろう?俺は茂呂の言い分は至極尤もだと思う。いつかはいない人間との対話はやめさせるべきだ」


 茂呂は悪く無い。妄想癖を助長するような山田の行動こそ阿笠にとって有害だろう。助けてやりたい寄り添いたいという山田の気持ちは充分に伝わる。そのやり方が間違っていると指摘されて臍を曲げるのはお門違いだ。

 ──山田は激昂した。


「それが出来るならとっくにやっている!!!」


 突然大きな声で叫ぶので、驚いて彼を見上げる。立ち上がって、俺の前に立ち塞がる。いつもの人懐こい笑顔がどんなものだったのか忘れてしまうくらいに、醜く歪んで見えた。


「幻に縋り続ける事が良くない事くらい当然分かっている!でもそれが治らないどころか傷口を広げる行為だと気付いたからこうしてるんじゃないか!!分かるだろ??普通分かるだろ??馬鹿なのか???みんな頭悪いんじゃないのか???なあ!!!」


「……や、山田。落ち着け……」


「あ゛ぁ〜〜、イラつくなぁ……」


 頭に上った血を下げる事が出来ないのか、腹立たしげに頭を抱えて首を振っている。気圧されそうになるのをグッと堪えて、話を続けた。


「……お前の言い分は分かった。必死に抑えさせていた症状を、自分の勝手な理想論で悪化させた茂呂が気に入らなかった、と。それは、分かった。……だが、お前のやった事。これだけはどんな理屈があっても駄目だ。少し臭い飯でも食って頭冷やしてきたらどうだ。今なら自首って事に出来るんだが」


 山田に黙ってこの件を上に上げる事も出来た。だが俺はそこまで非情にはなれなかった。彼は刑事として期待していたし、今までの全てを偽りで片付けたくなかった。

 上司にここまで言われたら、流石に引き下がると思っていた──が。




「────は?」


 そんな低い声、何処から出るんだ。なんて、


「何を勘違いしてるか知りませんけど──あんたの調べた事なんて簡単に握り潰せるんですよ。私は」


 なんで。


「……もういいです。勝浦さん、貴方には少し期待していたんですが……結局、他の奴と同じか」


 溜息。


 何故溜息を吐かれにゃならんのだ。


「もう、結構です」




 話は終わりだとばかりに、山田は行ってしまった。ぽかんと馬鹿みたいな表情をぶら下げている俺だけが取り残されて、空を見上げた。




「何処で間違えたんだろうな……」




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