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パリピ探偵ポア  作者: 吉良 瞳
43/50

【915:か】堕天使の鏡像3




「勝浦さん、此方にいらしたんですか」


「なんでェ、誰かと思ったら山田か。あんたが此処に来るなんて珍しいじゃねえか」


 ──署内の喫煙室。俺こと、勝浦恵三は読んでいた新聞から視線を外し、後輩を見上げた。

 最近組む事になった、山田太郎という男。刑事部に配属されてまもない頃は大物政治家の息子だという事で、坊ちゃんの接待に皆辟易とさせられたものだった。しかし、仕事をさせてみるとなかなか物覚えが良く、すぐに頭角を現した。


「ご挨拶をと思いまして。勝浦さんの側で仕事が出来るなんて光栄です。あ、煙草一本頂けます?」


 そう言って山田が隣に座ってきた。箱の中から一本取り出し、火をつけてやった。上司に煙草を強請(ねだ)るなんてと思う反面、嬉しそうにお礼を言う姿が憎めなかった。

 何年も新調していないセール価格で購入した大量生産品のスーツを着ている俺と違って、彼の身なりは実に上等だ。恐らくは誰もが知っているビッグネームのハイブランドのジャケットにシルエットの美しい揃いのパンツ。ネクタイも嫌味なくらい上品な布地のもので、袖からチラリと見える腕時計は札束の幻覚に襲われるほどであった。いつもの俺ならセレブをひけらかす気障(キザ)っぽいボンボン、クソガキャアとでも言ってそのハリの良い顔をシワシワになるまで虐め倒してやる所だ。


「お前、煙草吸う奴だったか?」


「いいえ?でも勝浦さん、しょっちゅう喫煙室にいらっしゃるじゃないですか」


 不慣れそうに煙草を吸い、咽せた。ゲホゲホとえずいて、それなのに再び挑戦しようとする。


「別に付き合ってくれなくて構わねぇよ」


 俺は短くなった煙草を捨てて二本目を口に咥えた。


「そう言わないで下さいよ。上手くやりましょ、私達」


 屈託なく笑っているように見える──が、彼は先日相棒を失ったばかりだ。暴漢を取り押さえようとした時に、大怪我をし現場に復帰出来なくなってしまったのだ。署内の事務課へ移動という話もあった筈だが、彼はそのまま辞職していった。その場に居た山田はさぞ責任を感じた事だろう。連携不足、信頼関係の脆弱。そういったものを今度は克服しようと、彼なりに努力しているように見えた。この件に関しては同情を禁じ得ない。俺の嫌味を間に受けてポッキリいかれても困る。流石の俺も優しくしてやろうという気になっていた。


「へいへい、まー、期待の山田クンのお手並み拝見といこうかな。この後の巡回、お前に任せる」


「はい!よろしくお願いします!」


 威勢のいいこった。権力を盾に威張る者が多い中、それをひけらかさず素直な姿には好感を持った。

 この後の巡回というのは、近郊で集団窃盗団が動き回っている件についてだ。次に窃盗団が現れる場所の目星をつけて、逮捕を視野に入れた見回りをする事になった。落ち込んでいるであろう彼を自信を付けさせるのに、丁度良い案件だろう。振り分けられた区域を周り、対象のドラッグストアやスーパーを警戒する。今までの様子だと犯行現場の下見を行なっているようなので、適宜店の防犯カメラを見せてもらう。俺は山田がそれをする様子を見守り、時々指導する役だ。

 ──とはいえ、彼の今までの仕事ぶりを見るに俺が口を挟む事なんて無いだろう。まだまだ若手とはいえ、既に何度も手柄を立てている。


「ククク。待っていろ窃盗団。この私から逃げられると思うなよ……」


 ……額に手を当てて何やら決め台詞のようなものを呟いている。


「……お前時々変なスイッチ入るよな……」


「オエッ、ヘッ、エホエホッッ!!」


 含みのある変な笑い声が、嗚咽に変わる。また煙草で咽せたらしい。やれやれ。


「そのくらいでやめておけ」


 少し短くなったそれを奪い、灰皿に捻った。燃え滓がジュッと音を立てて底に落ちていった。




 ──巡回はつつがなく行われた。今の所、極めて平和だ。被害に遭った店には悪いが、窃盗団が動き出さない限りは逮捕のしようが無い。防犯カメラに顔が映っていれば話は別だが、当然顔を隠している。車もカメラの映らない場所に停められ、ナンバーも分からない。

 訪れたドラッグストアに今後も注意するよう伝えてから、俺達は駐車場に戻った。


「うーん、焦ったいですね。この辺りに潜んでいる事は間違い無いのに」


 無味乾燥な職務に、退屈そうに口をへの字に曲げていた。同感だが、仕事というのはそんなものだ。特に刑事など地味で退屈な捜査の繰り返し。その果てに犯人逮捕があるのだ。


「待つしか無いだろ。今の所防犯カメラも空振り。手がかりなんて、何もないんだからな」


「………あの、それなんですけど」


 山田が手帳を開いて、ペラペラと捲る。覗き見ると沢山の書き込みがされていた。まさか自分で調べた事を書き留めていたのか。


「今まで被害があった店。経営者が同じなんですよね。襲い易い店舗が近くにもあるにも関わらず、別の場所を襲っている。金銭が目的なのではなくて、怨恨の線はありませんか?」


「はあ?そんなの、偶然じゃないのか?」


 たかだか田舎の窃盗事件でそんな事まで調べるなんて。真面目を通り越して呆れてしまった。


「偶然、かもしれません。でも気になるんです。私の調べた所だと、この人の経営する店でパワハラで自殺した人が居たみたいで。だから……」


「パワハラって、その経営者がやったのか?」


「あ、いえ。その店の店長って話で……」


「だったらそれは関係ねぇだろ。だったらその店長の居る店にだけ押し入ればいい話だろ?なんもしてねー社長を恨む奴があるか」


 反論すると、山田は言い返さず黙ってしまった。


「……生意気言ってすみません」


「いや、事件が動かなくて苛つくのは分かる」


 手帳から見えた文字に、巡回区域外の店の名前が並んでいる。俺は少し考えてから口を開いた。


「──野々宮弓作店、古庄店、あー、その書いてあるやつ、行ってみるか」


「え?か、勝浦さん?」


 並の刑事なら、兵隊のように言われた通りの仕事をこなすだけだ。だが並以上になるならば、

 言われた以外の事もしなくてはならない。俺もそうやって時に褒められ、時に怒られて、手柄を立てたり立てなかったりした。その結果としてそこそこ周囲から認められている。山田にもそういう経験が必要だと思った。


「お前に任せるつっただろ。当たると良いな、刑事の勘」


「っはい!」


 困り果てて居た顔が、みるみる嬉しそうに綻んだ。余計な事をしたと怒られたら、一緒に怒られてやろう。




 ***




 結果として、山田の読みは半分当たっていた。山田が行きたいと言った店の防犯カメラに下見をする件の窃盗集団が映っていたのである。数日以内に決行に来るだろうと分かった。見回りのエリアを見直し、各班情報を共有する。すると他の店でも窃盗団の痕跡を見つけた。次の出現場所がかなり絞られた。


「──各員に次ぐ。………店から入電──………」


 とある日の巡回中、とうとう窃盗団が動いた。俺達は急いで現場に急行する。急げども慌てる事はない。予見していた店で実際に犯行が行われた、となれば皆迅速に行動が取れる。


「井上班は店員や客を非難!篠原班は確保──………」


 幕引きはあっけないものだ。俺達は篠原班だったので、犯人を取り押さえに行く。


「クソッ!もうちょっとだったのに!!」


「俺達はアイツを懲らしめたかっただけだ!!悪くない!!」


 暴れる犯人達に手錠をかけて車に押し込んでいく。勝手に叫ぶ言葉に、俺はおっ?と片眉を上げた。山田を見る。


「…………おお?」


(なんでだよ)


 じと、と見つめると、気付いた山田が笑いながらガシガシと頭を搔いていた。あんな風に俺に言っておきながら、一番意外そうな顔をしている。


「まさか本当に怨恨だとは」


「持ってるじゃねぇか、刑事の勘」


「は……はは。ハ、ハーッハッハ!!この私の手から逃げられると思ったか!!」


 照れ隠しか、なんなのか。わからん奴だ。嬉しそうにする彼の顔が、犯行動機を聞いて歪むのが少し面白かった。詳しい事は割愛するが、パワハラの店長は一切関係が無く、経営者の男が実は詐欺師であった。犯人達は金を取られた腹いせに高額商品を盗んで店を潰そうとしたらしい。情状酌量はあるだろうが、彼等のした事は犯罪だ。ついでに、被害者である経営者の男も捕まった。

 



 ***




「まあまあ、結果オーライだろ」


「勝浦さぁ〜ん………」


 いつもの喫煙室。今日は山田は自分で煙草を買ってきており、慣れない手付きでライターの火を着けた。


「私は未熟だ。知り得た情報のみでしか物事を考えられない。他の可能性を自ら捨ててしまっていた。了見が狭いのだ。あーあ、犯行予告でも出してくれたら幾らでも挑戦するのに。体力なら負けないのに」


「そんな奴いねーよ」


 こいつは漫画の読み過ぎかなにかだな。


「この私がッッ!!こんな小さな事件で躓くなんてあってはならんのだ!!!」


 よっぽど恥ずかしかったらしい。一瞬ついた筈の自信がすぐに打ち砕かれたのだ。分からんではないが、そのでかい声はなんとかならんのか。耳がジンジンする。


「エリート様は完璧主義だねぇ。いいじゃない、お前の主張で早く事件が片付いたようなもんだろ。誇れ」


「しかし、」


「誇れよ山田〜」


「あはっ、あは、こっち来ないで下さいよ煙草臭い」


 揶揄(からか)ってやると、山田もまた軽口で返してきた。


「言ったなお前、お前もそのうち煙草臭が染み付いて女から嫌われるぞ。仲間だな」


「いやな仲間ですねッ!?」


 少しは元気が出ただろうか。そんな俺の気遣いを他所に、態とらしく距離を取ってみせた。


「逃げるなよ。そうだ、今夜飯でも行こうぜ。先輩が奢ってやるよ。……あ、坊ちゃんには奢りなんて別に興味ねえか、金持ってるんだもんな」


 打ち解けた雰囲気に、特に考えもなく提案してみる。すると山田は忠犬のように尻尾を振って離れた距離を詰めてきた。


「え!行きます行きますよ!!ふふ、嬉しいです。ご馳走様です、勝浦さん」


「おー」


「……でも坊ちゃんって言うの、やめて下さい」


「小さな事件で躓かなくなったらな」


「ちょっ、勝浦さんっ!!!」




 少し風変わりだが良い後輩だ。この頃までは、そう──思っていた。




 ***




「あの、勝浦さんにお願いが。……会って欲しい人がいるんですけど」


 コンビを組んで暫く。俺達はなかなか上手い事やっていた方だと思う。俺が何か言う前に察して行動してくれるし、手際もいい。痒い所に手が届く、期待以上のものを持ってきてくれさえする期待の星。すぐ俺の手柄なんかより大きなものを取って、昇進して、後輩が上司になる日も遠くないだろうとまで評価していた。

 そんな男が、俺に会って欲しい奴が居るという。自分のエスで使える人物だが、これがまた扱いが難しいから助けて欲しいのだという。


「別に構わないが。だが良いのか?俺に大事な独自ルート教えて」


「勝浦さんだからですよ。他の人だったら教えませんよ」


 先輩を気持ち良くするのが上手い奴だ。しかし山田が手を焼くと言うのだからよっぽど面倒な相手なのだろう。


「実は、そのエスというのは私の幼馴染でして。頭はキレるんですが、精神的に不安定なところがあって……よく不審者と間違われたり、職質とか……」


 視線を彷徨わせながら、決まりが悪そうにしている。


「成る程な。ま、それなら力になれん事はない。うっかり捕まっても、俺が口を挟めば釈放してもらえるだろうよ。……因みに幼馴染って本当だろうな?クロじゃねーだろうな?」


「違いますよ!会ってもらえば分かる筈ですから」


 山田の案内で、その幼馴染とやらに会いに行く事になった。情報提供者を合わせるというよりは、自分の友人を合わせるのが嬉しいような、緊張しているような雰囲気で、高揚する気持ちを隠せないようだった。大人なのに子供みたいな所がある男だ。面白い奴だ。


 自動車に揺られて少し。閑静な住宅街の中にある、静かで小さな商店街。まだ昼だというのに店舗の多くはシャッターが落とされており、物悲しい雰囲気が漂っていた。狭い駐車場に車を停めて少し歩くと、そこそこ年季の経った雑居ビルに入っていく。些か急斜面の階段で三階まで登り、狭い廊下を通る。やっと足を止めた扉の前には『丸井探偵事務所』と丁寧な文字で手書きされた看板が飾ってあった。


「なんだ、お前の知り合いって興信所なのか」


「……先に言っておくんですけど、彼が可笑しな事を言っても否定しないであげて欲しいんです。会話を合わせて頂ければ大丈夫ですから」


 急に神妙な顔をするので、思わず面食らう。会ってもみないのに否定は出来ず、取り敢えず頷いておく。


「え?まぁ……分かったけどよ……」


 返答を聞いた山田は頷き返してから、扉をノックした。そしていつもの様に快活に「おーい、私だ。来たぞ〜」と言って、向こうの様子も伺わずに徐にノブを捻った。それではノックをした意味が無いんじゃないのか。


「阿笠!今日も辛気臭そうな顔だな!元気か?」


「……辛気臭そうに見えるのなら、元気では無いのだろうな」


 仕事中と(おぼし)く、デスクで書類仕事をしていた男が顔を上げた。抑揚の薄い声色。顔色も確かに余り良くは見えなかったが、後ろにきっちりと撫でつけた髪と糊の効いたワイシャツから真面目で几帳面な性格が滲み出ていた。融通の効かない無愛想な上官に似た気配を覚えて、俺の不得意なタイプかもと内心苦笑いした。


「そうなのか?じゃあ今度飯でも行こう!お前はもっと精をつけないと」


 相手の了承も得ぬまま黒の革張りのソファに腰を掛ける。


「勝浦さんも座ってください」


「家主かお前は」


 阿笠と呼ばれた男は山田に溜息を吐いて、此方に来て俺に丁寧に挨拶をしてくれた。


「阿笠図書と申します。そこの山田とは長い付き合いでして。……ご噂はお聞きしております。大変でしょう、こいつの扱いは」


「いえいえ、山田はまぁ頑張ってると思いますよ。変な奴ですけどね。勝浦恵三です」


 差し出されたシンプルな名刺を受け取り、此方も名刺を返す。名刺交換も模範的で、性格の不一致は別として山田が言う様な難がある人間には見えなかった。普通に仕事が出来そうな雰囲気の、つまらなさそうな男だ。


「どうぞお掛けください。お茶を淹れますから」


「すみません、おかまいなく」


 彼は備え付けの小さなキッチンへ移動し、急須にポットのお湯を注いだ。俺はニコニコと口角を上げて微笑む山田の隣に座って、どういう事なんだとアイコンタクトをした。


(大丈夫ですよ)


 ──とでも言いたげな視線が返ってくる。程なくして戻ってきた阿笠は、俺、山田の順に湯呑を置き、対面に自分の分を二つ並べた。


「あれ?」


「今日は顔合わせをしておきたかったんだ。これからも阿笠に頼みたい仕事があるだろうし、私の上司、勝浦さんにも話を通しておいた方が何かと円滑だろう」


 俺の疑問を遮るように、山田が発言した。


「大した事は出来ないが……頼まれた以上は最善を尽くす。報酬ももらっているからな」


「謙遜するな!お前の尽力によって悪を挫いた回数は最早一度や二度ではない。フフ、流石は我が盟友、偉大なる叡智の番人よ」


 阿笠はやはり慣れているのか、いつもの山田節に反応を示さない。俺は最近『天衣無縫(てんいむほう)の導き手』という謎の称号を貰った。


「はあ。なに、私だけの力ではないからな。誇れる事は何もしていない」


 そういえば、と俺は口にした。二人の視線がこちらを向く。


「阿笠さんは、丸井さん?って方と此処をやってらっしゃるんですか?他の職員さんは……」


 そうなのだ。此処は『丸井探偵事務所』であって『阿笠探偵事務所』ではないのだ。デスクが一つしか無く間取りも狭いので個人運営なのだろうが、少なくとももう一人職員が居る事になる。


 隣の山田から何故か緊張の気配を感じた。


「職員は私と、この丸井だけです。うちの探偵はあくまで彼で、私は助手ですよ」


 表情の無い顔で、阿笠が自分の隣に視線を送った。そこには空いた席と冷めてきたお茶が置かれているだけである。


「この、丸井……?」


「こら、ちゃんとしろ。お客様の前だろう」


 ”ちゃんとしろ”──子供を叱る時のような態度で、彼はそう口にした。俺は状況が分からず呆然としてしまった。


「すみません、礼儀知らずな奴でして。後で注意しておきますから」


「い、いえ……?」


 大丈夫だと返すと、阿笠は安堵してお茶に口をつけた。やはり、湯呑みの数が気になった。

 この場には三人しかいないのに、何故四人分の茶を出したのか。この丸井。ちゃんとしろ。礼儀知らずな奴──……。


 まるで、そこに見えない誰かが座っているようだ。


「────」


 俺は絶句して、山田を見た。


『……先に言っておくんですけど、彼が可笑しな事を言っても否定しないであげて欲しいんです。話を合わせて頂ければ大丈夫ですから』


 先程のあの言葉は、そういう意味か。

 こういうの、何と言うんだったか?超能力者?いや、霊能力者か。幽霊が見えちゃうタイプの人という事か。そういうオカルトは信じない方なのだが、余りにも自然な様子に納得してしまった。否、納得させられたといえよう。


「──阿笠はこの大学生探偵・丸井ポアくんの相棒でね!実に見事な推理活劇を見せてくれるんですよ!所轄もお手上げ状態だったあの事件の糸口を見つけたのも、私が皆さんに褒めて頂けるのも一重に彼等あっての事なんです!!」


 声高に(のたま)っているが、その瞳に切実さが滲んでいた。彼を否定しないで欲しい。受け入れて欲しいのだと、作られた笑顔がいっそ悲壮的であった。


「……大学生で探偵なんて、すごいんだなあ」




 絞り出された言葉は、二人の満足に足りた様だったが、俺は急ぎの仕事が出来たと嘘をついて、山田を置いて退出した。




 ***




 飛び出してきて、急速に頭が冷えてきた。事務所に居た時は「あっ、そうか、幽霊の探偵が居るんだなぁ〜」と理解しかけていた。とんでもない話である。そんな訳、あるか。ただ単に、頭の可笑しい奴である。煙草に火を着けて、煙を吐き出し気持ちを落ち着かせる。

 初対面の印象が『仕事が出来る理知的な堅物仕事人間』だっただけに、居ない者がそこに居るという言動が余りにも突飛で、ユーモアで片付けられるものではなく不気味さが先行した。

 一人で出てきたのでバスを使うかタクシーを捕まえるか考えてぶらついていた所で、携帯電話が震えた。山田の名前が表示されているのを確認して決まりが悪くなる。たっぷり五コール分悩んで、電話に出た。


「……もしもし」


「あっ、勝浦さん!良かった。今、私も事務所を出ました。まだこの辺りに居ますか?」


 今の話がしたいのだろう。近くにチェーンの寿司屋があると答えて、お預けだった昼食を兼ねて会う事にした。


 ──リーズナブルな値段の割に良いネタが出ると人気の回転寿司。賑やかな店内の一番端を陣取り、山田が来るのを待った。彼の友人を悪く言うのは気が引けるが、今後の職務に差し障っては困る。関わる事をやめろとは言わない・言えないが、余り此方に干渉させるべきではないと伝えるべきだろう。頭のネジが弛んだ人間は何をしでかすか分からない。思考を巡らせていると、山田が入店してきた。手を掲げて此方へ呼び寄せる。


「お待たせしました。勝浦さん、今日は阿笠と会って下さって有難う御座いました。中座なさった理由はお察ししますが……」


「まあ、なんだ。まずは寿司を食ったらどうだ」


 ちょうど回ってきた皿を(おもむ)ろに取る。よく確認をせずに取ったが、アボカド乗せのサーモンであった。あまり選ばないネタだ。


「……………サーモンは嫌いだったか?」


「……いえ、勝浦さんはそういう女性っぽいものも食べるんですね」


「いや、ああ……」


 気まずい。先程頭の中でまとめた事を彼に伝えるべきだと思いつつもなかなか切り出せずにいると、サーモンを飲み込んだ山田の方から口を開いた。


「……心中お察しします。彼、阿笠は精神的に不安定だと言いましたが、少し妄想癖というか……はっきり言いますと、統合性失調症なんです。本人に自覚症状があまり無く、否定されると過呼吸になったり、錯乱状態になったりしてしまうんです。病院にも通わせているんですが、なかなか……」


 少しどころではない。それはかなり重い症状なのではないだろうか。


「それじゃあ丸井さんというのはやっぱり架空の人物なんだな?」


「一応実在する人ですよ。丸井ポアに関する事以外は健常者も同じ様に受け答え出来ますし、女性恐怖症な所以外は普通の人と変わりません」


 それはそれでどうなのだろう。


「こんな事、最初に伝えてしまうと会ってもらえないでしょう?でも、勝浦さんなら分かって頂けると思ったんです。丸井を否定しない限り、阿笠は私達に貢献出来るだけの頭脳と実力があるんです」


 彼の事を見守ってくれませんか、と頭を下げられてしまう。顔を上げてくれと言うと不安げな瞳とかちあった。やり辛い。


「山田の言い分は分かる。そうだな、先にも言ったが誤認逮捕や職質を受けるような事があれば助けてやってもいい。お前がプライベートで誰と親しくしていようが俺には関係ねぇ。だが、それ以上は駄目だ」


「…………と言うと?」


「……仕事が関係するなら話は別って事に決まってんだろ。頭脳明晰で使えるってんなら他にも良いのが居るだろうが。

 お前は彼を長期的にエスとして使うつもりでいるんだろ?普通は余程で無い限り情報が漏れるのを避けて手頃な所で切る。

 山田が彼に拘るのは、おトモダチだから、だな。私情は挟むな」


 山田の顔色がサッと悪くなる。分かっていて俺は続けた。


「友達をやめろとは言わん。阿笠はもう使うな」


「そんな!」


 山田は反射的に立ち上がった。声が大きかったのか、近くの客が此方を見た。その様子に気が付いて、会釈をして静かに座り直した。


「阿笠が今働けているのは私が目をかけているからだ。抜け殻だった状態のあいつに、さり気無く少しずつ出来る事を増やさせて、やっと以前の様に戻ってきて──力を出せるようになってきた所なんだ。

 それをやめたら、あいつはまた……」


「それがお前の職務なのか?」


 冷酷に聞こえたかもしれない。ギリ、と歯を食いしばっている。だが俺の言葉は間違っていない自信がある。


「勝浦さんは、阿笠が嫌いですか?」


「ガキみたいな事を言うな。好きか嫌いかじゃない。ケアしてやりたいなら、他の方法があるんじゃないのか。

 どうするかはお前が決めろ。ただ、忠告はしたからな」


 話は終わりだ、と流れる寿司に視線を向けた。彼はまだ何か言いたげな面持ちだったが「分かりました」と確かに答えた。

 美味い筈の寿司の味は、あまり分からなかった。




更新が遅く申し訳ありません。

夜行巡査、殺人アカウントの終盤の伏線回収、謎かけの答えの一部を提示させて頂くお話となりました。

……気付いていた方はいらっしゃるのでしょうか?

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