【913:し】フダニト・ファンタジー4
サイショノ村を出た私達は、『ツギノ街』へ向かっていた。その次の街は、『ソノツギノ町』になるのだろうか?では、その次は?
「マリナちゃん、一体何処に行ってしまったんですかね」
地図を広げて位置を確認する阿笠さんと山田先輩を眺めながら、ポアくんに訊ねた。
「分かんない。思えば眞理ちゃんが召喚されてからおかしな事ばかりだ。安全な筈の街の中で連れ攫われるし、一人の女の子が存在自体無かったことにされてしまうなんて」
宙に浮きながら移動している彼は、困ったように首を傾げた。そして何か思い至ったのか、私を見た。
「……眞理ちゃん、君を連れ出した衛兵さんとマリナちゃんって、元の世界での知り合いだったりする?」
「え?」
確かに二人と出会った時、妙な違和感を覚えた。少なくとも友人や職場の人間では無い。職務中に出会った人だろうか──思い出そうとするが、頭の中に霧がかかったように何も見えてこない。ズキンと頭に痛みを感じた。
「痛ッ………!」
「!マリエンヌ、大丈夫か?」
私の異変に先輩が気が付く。平気です、と口にしようとするがズキズキと突き刺すような痛みが治らない。
「ツギノ街までもうすぐだ。それまで我慢出来るか?」
阿笠さんの問いかけにも反応出来ないでいると、彼は聞き慣れない言語を呟いた。すると空中に光の塊が現れ、その光は精霊の姿に変わった。掌も無い小さな体躯に尖った耳、七色に輝く羽。阿笠さんとその精霊と何かやり取りがあり、私の方にふわふわとやって来る。
「──────」
精霊が私の額に手を当て、魔法を詠唱した。じんわりと温かいものが広がって、痛みが引いていく。
「精霊に頼んで治癒魔法をかけてもらった。少しは楽になったか?」
阿笠さんが再度問いかける。小さな精霊も心配そうに私を見つめている。
「はい、楽になりました。有難う御座います、アガサさん、精霊さん」
そう答えると皆ホッと安堵の表情を浮かべてくれた。心配をかけて申し訳ない。しかし、何故二人の事を考えると頭痛が……?考えると治してもらったばかりなのに再び痛くなる気がして首を振った。
その様子に山田先輩が労るように声をかけてくれる。
「疲れが溜まっていたのかもしれんな。今日中に街へ行って二、三日休んだ方が良いだろう。
マリエンヌ、歩けるか?なんならおぶってやろうか」
「さ、流石に歩けますよ……」
それはちょっと絵面的にも御免被りたい。急な頭痛がしただけで、それ意外はなんともない。
おんぶしてもらった所で、黒き染まりし堕天使の羽根(笑)が邪魔になるのでは。
「宿に着いたら何食べよっかなー?てかお姉さんの居るお店でパーッと一杯やりたい気分」
今日中に街へ行くと聞いたポアくんが、早速今晩の食事の事を考え始めた。いや、食よりお姉さんなのか……。
「おいおい、マリエンヌが居るのにそんな所に行く訳無いだろうが」
阿笠さんが呆れている。別にそういうお店に女性が行ってはいけない決まりは無いだろうが、居心地の良いものではないだろう。
「えー?じゃあ俺一人で行くもんっ」
「その金は誰が出すと思ってる」
ブーブーと文句を言うも、却下されてしまうポアくん。
そういえば、彼は元の世界で名前こそよく聞く人物だが、ここに来て初めて出会った人だ。あちらの彼もこんな性格をしているのだろうか。
不思議な場所だ、考えるだけ無駄なのかもしれない。私は三人と共に町を目指した。
***
ツギノ街はサイショノ村に比べて人も多く活気があった。ハジマリノ街に比べるとやや劣るが、彼処が城下町であった事を思えば仕方がないのかもしれない。城下町は綺麗に地面が舗装されていたが、まだ行き届いていないようで大通りにのみ煉瓦が敷かれていた。その為に途中で溝にはまった馬車とすれ違った。
「漸く到着したな。先に宿を取って、我等が聖女マリエンヌを休ませてやらねばな。その後はギルドへ行って仲間を募集した結果を見に行こうと思う。次いでに今出来る依頼があれば持ってきて……」
山田先輩が阿笠さんと今後の行動について話している。心配をかけた手前、私は大人しく休んでいる事に賛同した。忘れかけていたが、魔王討伐の仲間を冒険者ギルドに頼んで募集してもらっていたのだった。いい前衛が見つかればいいのだが。今のところこのメンバーでもなんとかバトルをこなせているが、いずれ限界がきてしまうだろう。
「ギルドは明日でいいじゃん。俺お腹空いたよ〜」
我慢出来なーい!とポアくんが二人の間を割って入った。やれやれと阿笠さんが頷いた。
「確かにまともな食事を摂取しておかないとな。……先に夕飯を食べるか」
「やったー!!」
多くの冒険者達が出入りしている大衆食堂へ入る。ポアくんがまだお姉さんのお店……と不服そうにしていたが無常にもスルーされてしまっていた。
「らっしゃい。四人だね?そこの奥のテーブルを使いな」
気の強そうな女性が出迎えてくれる。動き易そうな自然色のワンピースに質素なエプロンと三角巾。しかしその唇には真っ赤な口紅が引かれており艶かしく、その肢体も賞賛すべき曲線を描いていた。
「朱子!」
「ん?なんだい?あたしの事知ってんの?」
「あ、えと……」
この世界では初対面だ。いきなり名前を呼ばれて彼女は眉を顰めた。
「何を隠そう彼女は聖女様だからな!なんでもお見通しなのだ!ハッハ!!」
何故か先輩が誇らしそうに答える。面倒なので、そういう事にしておこう。
「へえ……あんたが噂の聖女様かい。大変なお役回りで、ご苦労な事ですよ。さあさ、ここでは身分は関係無いからね。座った座った!」
憎まれ口を叩きながらも、椅子をひいてエスコートをしてくれた。「ありがとう」と言うと「別に」とニヤリと笑みを浮かべた。顔見知り期間が長かった事もあり、他人同士な対応が新鮮だ。
「おい貴様、私へのエスコートは無いのか!」
この堕天使は通常の先輩より何割か増しで偉そうだ。厨二病のおちゃらけではなく本気で堕天使になっているからだろうか。
「やーね、女の子だけですよ。言ったろ、この店では尊い御身分の方もそうでない馬鹿も皆一緒なんです。騒ぐんならつまみ出すよ」
朱子は怒るでもなく、今入ってきた入口を顎を使って差した。取ってつけたような敬語はどうも使い慣れていないからのようで、多少の配慮はあるらしいと見えた。
「追い出されんのはマジ勘弁。……ところでお姉さん、彼氏いんの?」
ポアくんまで余計な事を言い始める。それは彼女の地雷原だ。
「ああ゛?」
ドスの効いた唸り声。私がすかさずとりなす。今度こそ追い出される、それはごめんだ。肉の焼ける良い匂いが食欲を促し唾液の分泌が増えてしまう。ご飯が食べたい。
「ちょっとポアくん、失礼でしょ。ほらお腹空いてるんなら早く注文しようよ」
「じゃあ俺ビールと、あそこでおっさん達が食べてるやつがいい」
ちょうど私の食欲を誘ったお肉だ。彼が単純で良かった。隣で阿笠さんが申し訳なさそうな視線を私に送っていた。いつもこうして振り回されてきたのだろう、南無三。
──程なくして、美味しそうな食事が次々と運ばれて来た。獣系の魔物肉の串焼き、鳥と思しき生物の骨つきの唐揚げ。とてもワイルドな料理、とりわけ肉ばかりがテーブルに並べられていく。何の肉か分かったものではない。レベリングで倒しまくった相手でもあるアルミラージだけはすぐに分かった。つまるところ兎肉の丸焼き。周りの客達は何も疑問を持たずに食べているので、これが庶民の味というやつなのだろう。ポアくんも喜んでこれを食べている。しかし上流階級らしい山田先輩と阿笠さんは食べづらそうにしていた。カトラリーを頼もうとして朱子に断られていた。
私もなんだかよく分からない鳥の骨つき肉を素手で掴みかぶりつく。味は極めて普通の、否非常に美味しい手羽先の唐揚げだった。
「道中はずっと保存食でしたから生き返りますね」
「うまうま。おかわり〜」
慣れない旅は思った以上に疲労が溜まるものだ。私はそれをしみじみ感じて皆で食事を楽しんだ。
***
「ご馳走様でした〜!」
お腹いっぱいにお肉を食べて、そろそろお暇しようとしていた頃。他の客に接客をしていた朱子が、少し焦った様に此方へ駆け寄って来た。
「あんた達ちょっと待ってくれない?」
「え?お代ならちゃんとここに……」
そうじゃなくて、と首を振る。どう言葉にすべきか考えを巡らしている様だったが、まとめられずに徐に話を切り出した。
「聖女様御一行を見込んで頼みがある」
「……話してみてくれ」
只ならぬ空気に阿笠さんが続きを促した。朱子の緊張が僅かに緩んだ。
「実はこの町ではゴーストの目撃情報が多発していてね。今までは実害が無かったんだが、とうとう被害者が出たんだ。……ここからはさっき冒険者の旦那から聞いた話なんだが……。被害に遭ったのは調査に出ていたこの町きってのやり手の魔術師でね。あわや命を落とす寸前で逃げ帰って来たそうだ。自分よりも高位でベテランの冒険者を呼ぶべきだとギルドに訴えにきていたとかで……。」
「それで俺達の出番って訳だね!」
私達はまだ駆け出しの部類だが、曲がりなりにも魔王対峙の為に国の期待を背負っている立場だ。ゴーストくらい軽く倒さなくてはならない。ポアくんが得意げに口から火の粉を吐き出した。確かに、私達が駄目でもポアくん自身のレベルはかなり高いので多少の無理は効くだろう。
「他所から呼ぶにも時間がかかる。被害が出た以上、早く解決すべき問題だ。頼まれてくれないか?」
「マリエンヌはどう思う?」
当然引き受ける、と誰かが言い出すのだろうと思えば、阿笠さんが私に問いかけた。山田先輩とポアくんも此方を見ている。
「えっ?私?」
「当たり前だろう」
ひょっとして、これはRPGでよくある『おつかい』『ミッション』と呼ばれるものではないだろうか?前回のゴブリン対峙はいつの間にやらやる事が決まっていたが、今回のはわざわざ承諾の確認をとっている。
詳しくは無いが、こういうイベントはスルーすると後々回収できなくなるアイテムがあったり、経験値が足りずにゲームオーバーになるイメージがある。
なんにせよ断る理由は無い。私は朱子の頼みを快諾した。
「引き受けてもいいよね?暫くこの町のお世話になるんだし……」
まさかここまで来て反対されないよね?と反応を伺う。すると先輩が感動して声を張り上げた。
「マリエンヌッ、なんという慈悲深さ……!おい女、聖女様に感謝しろッ!!」
声がでかい。周囲の視線が嫌でも集まってしまう。
「フフッ、安心したよ。詳しい話はギルドで聞ける筈だよ。なる早でお願いね」
周りの冒険者達は「おお〜」「これでこの町も安泰だな」「流石聖女様だ」と話していた。自分達も頑張れよ。
「分かった。朱子……さんも、大変だね。お店の仕事に町の事まで気にかけて」
「え?ま、まあここで暮らす人間の一人として当然の事だよ。ほら、分かったんならさっさと行きなッ!」
私の言わんとする所に気付いて、彼女は慌てて目を逸らした。
*****
サブキャラクター
アカコLv.21
♡:10/100
種族:ヒューマン
職業:戦士・食堂の店主
HP:261/261
MP:46/46
スキル:片手剣Lv.10、棍Lv.13、斧Lv.11、鞭Lv.17、料理Lv.20、接客Lv.6
固有スキル:憤怒の睥睨
称号:肉料理マスター、オーク殺し
備考:普段は食堂の店主だが、店を介して町内外の情報を収集している。前ギルドマスターで今でも密かにギルドの後方支援をしている。
*****
──食堂を出ると日が沈みかけていた。依頼を受けた私達は、店を出て別行動を取る事になった。山田先輩はギルドへ、私とポアくん、阿笠さんは宿へ向かう。私は一人で宿くらい取れると言ったのだが、やはり体調を気遣ってか、拒否されてしまった。ゴーストが出るかもしれないという事で、護衛も兼ねるらしい。
「それにしても、町の中でゴーストが出るなんて、妙な話だな」
朱子に教えてもらった宿への道を歩きつつ、阿笠さんが疑問を口にした。
「妙なんですか?」
「ゴーストは廃墟や洞窟、人気の無い暗がりを好む。こんなに活気のある町の中に現れるなんて有り得ない」
「つまりそれって……」
私の言葉の先を分かって、彼は頷いた。
「そうだ。人為的に仕組まれた事だろう」
「誰かがゴーストを呼び寄せたって事?何の為に??」
ポアくんも首を傾げるが、現段階ではそこまでは分かりそうもない。先輩が持ち帰る予定の情報を頼りにしておこう。
「しかし、これも聖女の仕事とはいえ大丈夫か?到着次第休む予定が、こんな事になって」
阿笠さんが心配そうに私の顔を覗き込む。今まで無かった距離感に心臓が飛び出そうになった。ポアくんが明後日の方向を向いて我関せずを決め込んでいた。
「え!?あ、大丈夫ですよ。今は本当になんとも無いですし……」
「そうか?……無茶だけはしてくれるなよ。町の事よりも、お前の身の方が大切なのだから」
「へ?……えっ!?」
そんな歯が浮きそうな言葉を言う人だったか?確認するのが怖いが、何処で好感度が変わってしまったのかもしれない。え、どこで??
前回の先輩の事もだが、何かのバグの可能性もある。私は赤面して黙ることしか出来なかった。
「マリエンヌ?」
優しい声色に甘さが含んでいる気がして、必死な冷静さを保とうと気持ちを落ち着かせる。
「そっ、そういえば!!」
「ん?」
「ポアくんの首元のあのマーク?文字って、契約の時につけるものなんですか?」
阿笠さんは一瞬きょとんとしたが、間を置いて「ああ」と頷いた。ダシにされたポアくんは気まずげに髪の襟足を捲った。
「これのこと?」
【913:あ】。何処かで見たような、無いような。
「そうだな。私が契約を交わしている精霊や、ポアにはこの契約紋が刻まれる。精霊使いや魔物使いはそれぞれで紋の形は変わるようだ」
「なるほど。でも数字に平仮名の組み合わせって何か意味が……」
例えば車のナンバーや映画館や劇場の座席。場所や物の在り処を示す場合に使われる文字列だ。
「──ぎゃああああ!?!?」
──私の言葉を遮る様に、人の叫び声が聞こえて来た。ハッとして声がした方向を向くと、暗い裏路地が続いていた。私達は顔を見合わせて助けに向かう。ひょっとしたら、先程朱子が話していたゴーストかもしれない。見過ごす訳にはいかなかった。
「ヒィッ、誰か、た、助けてくれ……!!」
声の主はすぐに見つかった。この町の住人の男で、武装もしておらず冒険者ではなく一般人だと分かる。彼は黒い影のような脚のない人型に囲まれていた。この先は突き当たりで逃げられる場所は無い。
「ポア!」
「はいはい。ホーリーライト!」
阿笠さんの指示でポアくんが技を放つ。暗がりが眩い光に包まれ、私も思わず目を細くする。光を浴びた黒い影──ゴースト達が低い唸り声を上げながらじゅわじゅわと消滅していった。
「おじさん大丈夫?ポア様が退治したから、もう大丈夫」
未だ恐怖が滲む男に声をかける。しかし彼が落ち着く様子は無く、寧ろ顔色をさらに悪くさせて腕を持ち上げた。その指先は私達の後方に向かっていた。
「う、後ろ……」
『オオオオオ………』
ハッとして振り返る。すると来た道が大勢のゴースト達に塞がれており、こちらにゆらりゆらりと向かってきていた。
「精霊よ────」
阿笠さんが新たに精霊を呼ぶ。呼び出す為に時間が要るため、ポアくんが先陣を切って応戦する。
「なんなんだよッ!いきなり!!フレイムバースト!!」
炎がゴースト達に襲いかかる。火属性の魔法は効きが悪いのか、先程のように一撃という訳にはいかないようだ。
「ポアくん!さっきのやつ!!」
「やってもいいけど、MPの消費が多いんだよ!あいつらぞろぞろ湧いて来てんのに連発出来ないの!!」
確かに何体居るのか把握出来ない段階で無駄撃ちは危険だ。ゴーストの動きを止めつつ精霊を呼ぶ時間を稼ぐべきだ。私もMP回復の呪文を唱えて後方支援する。これもいつまで持つか分からない。
「──────!!」
阿笠さんの呼びかけに応じて、三体の光属性の精霊が現れた。彼の今の能力ではこれが限界のようだ。
攻撃を精霊達とポアくん、支援を私と阿笠さんで袋小路での殲滅戦だ。
『オオ……』
攻撃をすり抜けて来たゴーストが此方に攻撃を放つ。黒い影を纏った鎖。これをポアくんが尻尾で叩き落とした。
「うざいうざいうざい!!」
光属性の攻撃で接近して来たゴーストを消滅させる。ギリギリ倒せてはいるが、これではジリ貧だ。
先輩と別行動を取った事が悔やまれた。時々こちらの攻撃をすり抜けて交戦してくるゴーストが鎖を放ち、背後の煉瓦の壁を撃ち壊していた。壁の先は崖。下には深い森が広がっていた。
「クソッ、精霊を一人ギルの所へ向かわせるか?一時的に戦力は減るが……」
「でもそれじゃ保ちませんよ!」
何処からやって来るのか、ゴーストが減る様子は未だ無い。増援を呼ぶ余裕も無い以上、私達でなんとかするしかなさそうだ。
「……仕方ない。ポア、私の残りのMPを全て使え。そうすればお前なら一掃出来るだろう」
「でもそれをしたらアガサさんが何も出来なくなっちゃうよ!?精霊も消えちゃうし、それにまたゴーストが来たら……」
「その前に一時撤退だ。それなら道はある」
あまり気乗りしないようだが、ポアくんの契約者は阿笠さんだ。不承不承頷いた。
「……マナドレイン」
マナとはMPの別称だ。発動した瞬間、阿笠さんのMPが減ってゆきポアくんへと還元されていく。
その間精霊達は召喚が解除されるまで健気に守ってくれていた。
「っし!じゃあ二人とも下がってて!!ホーリーサンクチュアリ!!」
光属性の高位の範囲魔法。ポアくんを中心にして聖域が展開されていく。その中に入ったゴースト達は一瞬にして消滅していった。
「やった!」
やはり彼だけ抜群にレベルが高いだけある。阿笠さんはかなり無理をしたようで、疲労の色が濃く見える。
「……あんた達のお陰で助かったよ。礼を言う」
男性が頭を下げてお礼を述べた。相当恐ろしかったのだろう、足はまだ震えていた。
「当然の事をしたまでです。まだゴーストがやってくるかもしれません、早く此処を立ち去りましょう」
のんびりしている余裕は無い。私達は急いで路地から出ようとして────足元を何かに掬われた。
「!?」
ゴースト達が使った技と同じ、靄を纏った鎖が私や阿笠さんの足に巻き付く。ポアくんだけは宙に浮いていた為に免れた。彼を狙って鎖も上昇したがすぐに察知して躱す事が出来た。
「こんなに早く!?」
無理に解こうとすると尚更食い込んでくる。
「いや、これは────」
「……本当に助かったよ。こんなに簡単に釣られてくれて」
襲われていた筈の住人の男。彼から何本も伸びる鎖は、いつの間にか蜘蛛の巣のように辺りを張り巡らされていた。その男の顔に、私は見覚えがあった気がする。──またしても思い出せない。思い出そうとすると、再びあの頭痛が襲って来た。
「うっ……」
「眞理ちゃん!?」
「マリエンヌ!!」
阿笠さんのMPは残っていない。ポアくんも彼に召喚されている身であるため効力が消え、この場に留まれなくなってしまった。体が透けて、消えかかっている。
「や、ヤベーってこんな時に!アガサさんのMP回復させて再召喚してもらわないと!!」
お願い眞理ちゃん!と言われるが私自身もMP回復の『マナヒール』を使える程は残っていない。回復系はMPの消費量が大きいのだ。
「ぎゃ〜〜」
「ポア!!」
召喚解除される際痛みを伴う訳では無いだろうが、悲鳴をあげてポアくんは消失してしまった。この状況は不味い。
「頼みの綱は消えた!死ね!!」
何を、という言葉は出てこなかった。両足に巻きついた鎖が私達を持ち上げる。
────この世界でもやられてしまえば、死ぬ。嫌な汗が身体中から流れる。
「アハハハハッッ!!!」
男が狂った様に笑い声をあげている。私達の体は何度も宙を旋回し、砕かれた壁の向こう、深い深い森の中へと投げ捨てられた。
この高さから落下して、生きていられる筈がない。
それ程に小さく小さく見える木々。
「あああああッッッッ………!!」
ゲームオーバーだ。
頭の片隅で最後に思ったのはそんなつまらない事だった。
***
────死んだ。死んでしまった。意識が浮上してくる。もう阿笠さんにも、ポアくんにも、山田先輩にも会えない。朱子の依頼も達成する事が出来なかった。元の世界にも戻れないまま、三途の川を渡るのか。
私は頭に痛みを感じながら身を捩った。全身が痛い。
「……………?…………………?」
死んだ筈なのに、痛いなんて事がある筈が無い。すぐ側でパチパチと焚き火が焚かれる音と匂いがする。
重たい瞼を、なんとか持ち上げた。
「マリエンヌ!?気が付いたか……」
「アガサ、さん……?」
私は地面に仰向けに寝ていたようで、阿笠さんがそれを見下ろしていた。阿笠さんは全身ボロボロであちこちに傷を作っていた。
「良かった。もう目覚めないかと思ったぞ」
酷く心配していたようで、声が少しばかり震えていた。微笑みを浮かべているが未だ悲しみが滲んで見える。
「……私達、生きてるんですか?ものすごい高さから落ちた筈じゃ……」
頭上を見上げてみるが、日が落ち切って何も見えない。星も見えず暗闇が広がっていた。
「駄目元だったが、助けてくれと森の精霊達にお願いをしたんだ。使役していない精霊は気まぐれだから、無理だろうと思ったが……運が良かった」
ほら、と促された視線の先に小さな森の精霊達が眠っていた。なんでも森の精霊の働きで風を起こし落下速度を軽減した上で、木々にクッションになってもらったらしい。
「とはいえダメージを受けなかった訳では無い。痛む所は?」
ここのところ、阿笠さんに心配されて、精霊に助けられてばかりな気がする。色んなところが痛むが、気を遣わせないよう大した事無いと答えた。念の為、ステータスを確認してみる。
*****
マリエンヌ Lv.16
種族:ヒューマン
職業:聖女
HP:4/183
MP:3/61
スキル:聖属性魔法Lv.4、柔術Lv.5
固有スキル:ステータス閲覧、聖女の祝福
備考:異世界より召喚された聖女。
*****
*****
アガサ・クリストフ Lv.22
♡34/100
種族:ヒューマン
職業:精霊術師
HP:1/141
MP:0/306
スキル:精霊術Lv.8、召喚術Lv.6、精霊語Lv.83、古代語Lv.92、土属性魔法Lv.5
固有スキル:荳也阜縺ョ縺ュ縺、騾?、聖獣ポアの加護
召喚獣:ポア
称号:探求者
備考:フダニト王国お抱えの精霊術師。古代語の研究者でもある。
*****
私もヤバいが阿笠さんの方がヤバい。死にかけだ。スライムに体当たりされただけで死んでしまうのでは無いだろうか。
そして、今それどころでは無いのだが、本当に今言う事では無いのだが、好感度の種類を示すアイコンが赤色に変わっている事に気が付いた。──赤色は、愛情を示す色だと教わった覚えがある。
「……暫くはHPとMPが回復するのを待った方が良いだろう。下手に動くと危険だ。……動ける気力が無いとも言うが」
「それは、そうですね……」
私の気持ちを他所に、状況把握させようと話してくれる。精霊を召喚出来るようになるまで回復したら、先輩を呼びに行ってもらうとのこと。森の精霊には先輩が誰で何処に居るのか分からない為、頼む事が出来なかったらしい。命を助けてもらってその上あれこれ言うのも、彼等の反感を買うので良くないとも教えてくれた。
「夜の森は寒い。こっちに来い」
「えっ」
阿笠さんが自分の隣を薦める。私は好感度の事もあり露骨に反応してしまった。
彼は気まずげに顔を晒した。
「……こんな時に何もしない。早く回復したいなら、暖を摂って休むべきだろう。……私の体温なんて気持ちが悪いだろうが、我慢して欲しい」
「そ、そういう訳では……」
上手い言い訳も思い付かず尚更居た堪れなくなる。緊急事態だと割り切って、私は阿笠さんの隣に腰を下ろした。
──阿笠さんの着ていたローブを私にかけてくれる。そして寄り添うように、ぐっと体を密着させた。
「………………」
「………………」
何を話して良いのか分からない。心臓の音が聞こえやしないかと不安だ。
黙っていると、阿笠さんの方から話し始めた。
「……初めてお前に会った時、私はこんな事なら勇者達と旅に出ていれば良かったと思っていた」
何を話し始めるのかと驚いたが、その言葉の内容は別に特別な事でもなかった。彼からしてみれば当然の事だ。旅の足手纏いになりそうな女がパーティーの要石だと言われて、しかもメンバーの職業のバランスも悪い。その点勇者ともう一人いたらしいメンバーは盾使いだという。精霊術師である阿笠さんと魔法メインの堕天使の先輩が加われば、非常にバランスよく戦えたに違いない。
「ギルが我儘を言ったりしなければこんな事には……と何度も思った。だが、お前は曲者の彼とも、ポアとも仲良くし始めた。出会う人達、お前を貶した人達にさえ、優しく接していた。成る程、これが聖女なのだと感心していたんだ、これでもな」
「い、いや。そんな事は……」
老若男女、万人に優しく出来るかと言われれば否だ。私にだって嫌いな人の一人や二人、憎い人間だって居る。
「魔王を討伐するまでに、沢山大変な思いをする事になるだろう。心が荒む時も来る。……そんな中でお前のような存在は希望になる。だから──」
阿笠さんは一端そこで言葉を切って、私を見つめた。
「ずっとそのままのお前で居て欲しい。私達の側に居て欲しい」
甘く、痺れる様な。半ば無意識に頷くと、彼は柔らかく微笑んだ。
「ふふ。よろしくな」
成る程、これが乙女ゲーでいう所のキャラ別イベントか!と低俗な事を考える。そうでもしていないと、どうにかなってしまいそうだった。
暫くすると、小さな寝息が聞こえてきた。体を休めて、明日迎えに来てもらえるよう体力を回復させなければならない。
私は無理矢理目を瞑った。
早くいつもの楽しい日常が戻ってきますように。
瞼の裏に映るのは、アガサさん、ポアくん、そして山田先輩────否、堕天使の方の先輩。ギルバートだった。
ステータスやファンタジー設定がザル。すみません。知識が無い中これでも頑張りました。
番外編と見せかけて番外ではない。無駄にまだ続きます。
読者様の感想・推理の回答もお待ちしております。




