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パリピ探偵ポア  作者: 吉良 瞳
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殺人アカウント1

《登場人物》

丸井ポア…大学生探偵。お洒落と甘いものが好き。

阿笠図書…探偵助手。元教師でトラウマを抱えている。

山田太郎…刑事。捜査一課のエース。

芝崎眞理…刑事。新人乍ら強い信念を持つ。

沼谷亮司…刑事。優秀だが山田とは犬猿の仲。

小林翔太…刑事。芝崎と同期。気が小さい。

赤城美穂…殺人未遂に遭った女子大生。

佐々木麻里奈…謎の中毒死をした女子高校生。

園田俊夫…殺人事件の被害者の男子大学生。

プラネット柏木…売れないストリートミュージシャン

海堂龍…判沢駅近くのパン屋店員

沢田隆史…佐々木の担任教師

原口康介…佐々木のクラスメイト

笹原愛…同上

高木晶…同上

尾崎淳…同上

箕浦楓…同上

納屋加奈子…同上

死神…ネット上の都市伝説的人物。呪いによって人を殺す。


 阿笠は一人事務所で机に向かっていた。先日はたまたま殺人事件という大口の依頼が入ったが、基本的には行方不明のペット探し、不倫調査などが主な仕事である。ーーが、『丸井探偵事務所』の探偵・ポアはそれらの仕事に興味を持たず、全て助手である阿笠に丸投げをしている。これらは大した収入にはならないので、何も無い日はこうしてテストの採点の内職をしているのだった。因みに現在、ポアは大学の講義を聞きに行っている…筈だ。

 手が鉛で汚れるのを避ける為か、ぴったりとたゴム手袋をはめ赤ペンを握る。静かな室内に円を描く乾いた音が響いていた。時折筆を止めてはピッとハネを付ける。そして達筆で何事か書き付けた。…教科書のお手本の様な、見事な楷書体である。


「ず〜しょ〜く〜ん、あっそび〜ましょ〜〜」



 黙々と作業を続けていると、事務所の扉をノックする音と、間抜けな呼び声が聞こえて来た。声の大きさは控えめなので少なくともご近所迷惑は考えているらしい。阿笠は深く息を吐いてペンを置き、扉を開いた。


「おう、来てやったぞ。相変わらず消毒液臭い部屋だな」


 …煩い笑顔が見えてうんざりした阿笠は、何事も無かったかの様にぱたんと閉じる。


「おい!!何故閉める!?…お土産にケーキを買ってきたんだぞ。ちゃんと三人分…」


「え!なになに、ケーキ!?」


 外側からもう一人の人間の声が聞こえて、再度入り口を解放する。全く困った奴だと言わんばかりの呆れ顔をする山田と、山田の右手のケーキの箱を目を輝かせて見つめるポア。大学はどうした、と阿笠が声を掛けると「出席だけ取って帰ってきた」とあっけからんと悪怯れる様子も無く答えた。


「早く入れ。コーヒーを淹れよう」


「ああ、お邪魔させて貰うぞ。…それより早くインターホンを取り替えたらどうだ。一応接客業だろう」


 現在この事務所のインターホンは故障している。この事務スペースを借りた頃から壊れているので、勝手に変えて良いものなのかよく分からない。それ以前に、買い換える金の目処が立っていないのが現状であった。


「その内にな。…それでどうしたんだ?こんな時間に来るなんて。未だ職務中だろう」


 阿笠はゴム手袋を外し、インスタントのコーヒーを用意して無造作にお湯を注いだ。…フィルターの下に薄い茶色の液体が溜まる。


「実は、お前とポア君に仕事を持って来た。どうせ暇なんだろう」


 山田はソファに腰掛け、持って来た茶封筒を向かいのテーブルに乗せる。長い足を組んで、やれやれと顳顬を手で摘んだ。


「あれ?何だか山田さんお疲れ?」


「山田が疲れている?底抜けの体力が自慢じゃ無かったのか」


「そんな自慢はした覚えは無いが…」


 苦笑いを浮かべて溜息を吐く声は確かに覇気が無い。阿笠は山田とポアの前にコーヒーとお皿を置いて向かい側に着席した。


「俺苺タルトね」


「私はモンブランを頂こう」


「どうぞ召し上がれ」


 ポアは阿笠の隣に座り、わーい!と喜びを体全体で表現しスマートフォンで写真を撮り始める。現代っ子め、と言われても真剣な眼差しで様々なアングルからケーキを撮影する彼にはまるで聞こえていないらしかった。

 山田には残りのチョコレートケーキを皿に乗せてやる。フォークを受け取り、上に乗ったチョコマカロンを先に食べる。


「あーあー。仕事じゃなく本当に遊びだったら良かったのに。久々にテレビゲームでもやるか?」


「職務放棄をするんじゃない。用件は。」


「急かすなよ。…アレだ。殺人事件だ…多分」


「多分?」


 はっきりしない山田の物言いに、阿笠は首を傾げた。


「先日、判沢市内に住む女子高校生が学校内で死亡した。『クサノオウ』という植物を摂取した事による中毒死だ。ヨモギと見た目が似ているので、間違えてしまったんだろうと判断された。彼女はヨモギがダイエットに良いと知って、普段から手作りのヨモギのお茶を飲んでいたらしい。」


「…それの何処が殺人なの?」


 ポアが気に入った写真を加工し乍ら問い掛ける。阿笠は女子高校生と聞いて顔色を悪くさせていた。開きかけた資料を閉じ、机の上に戻す。額に嫌な汗が浮かび、何かに耐えている様な表情をしていた。


「彼女自らヨモギを採取して作っていたらしいのだが、祖母が孫が取ってきた植物のチェックをいつもきちんと行なっていたのだという。そんなものを間違えて孫に飲ませる筈が無いー…と涙乍らに話してくれたよ。それに、自宅にストックされていたヨモギ茶は正しくヨモギ茶であったのだ」


「…それで?」


「中身をすり替えられた可能性がある。事故と見せかけた何者かによる殺人の疑いが、」


「悪いがその依頼は受けられない」


 山田が話終わらない内に、阿笠が即答した。一文字足りとも目を通していない書類を突っ返し、明後日の方向を向く。


「…お前が女子高校生が苦手なのは分かっている。分かっているが、私は何かと忙しいのだよ」


「それでも警察の仕事だろう!お前達で何とかしてくれ」


「話はまだ終わっていないんだ。聞いてくれ、阿笠」


「いやだ!」


 食べかけのモンブランすら山田に返却し、立ち上がって事務所から出て行こうとする。ポアが「聞いてあげようよー」と宥めるも耳を塞いでまるで聞く耳を持たない。手汗で滑るドアノブをなんとか捻り、外に出る。


「わっ!?」


「!」


 ーー出ようとすると、今まさに訪問しようとしていた芝崎とかち合った。阿笠の胸板に芝崎の鼻っ柱が直撃する。


「痛った〜!あ、阿笠さんこんにちは…。どうしたんですか、急に飛び出して。……え、何ですかこの部屋」


「ちっ」


「え、今舌打ちしました?」


 芝崎がやって来た事で出て行くタイミングを失った阿笠は、仕方なく事務所に戻り落ち着き無く室内を徘徊し始めた。芝崎は暫しの間整列させられたマネキンや石膏像、ドール人形…等を眺め、視線を阿笠に戻した。


「…何かあったんですか?阿笠さん、凄く機嫌が悪そうですけど」


「まあ、予想はしていたが…」


 この案件は彼には不向きだ。それを承知で来た山田は、苦虫を潰した様な顔をする。阿笠は新たな客人に茶も出さず、彼女に八つ当たりをし始めた。阿笠は女子高校生の事となると、どうにも子供染みた癇癪が止まらなくなる。


「お前、未だ山田と一緒に居るんだな。もう辞めた頃合いかと思っていた」


「舌打ちの次は暴言!?ちょっと失礼過ぎやしませんか」


 初対面の時との余りの変わり様に暫し呆気とし、軈て怒りが湧いてきたのか眉を吊り上げてどすんとポアの隣に座る。苺のタルトをがぶりと手掴みで食べ始めた。漸くSNSの投稿を終えて食べようとしていたポアがフォークを握りしめ「あー!?」と大きな声で叫ぶ。


「ちょっと眞理ちゃん!?それ俺のだし!!」


 どうどうと山田が芝崎を嗜めるが、つんと外方を向いて拗ねる。


「確かに山田先輩とコンビを組むのは強力な忍耐力と精神力がいると専ら評判ですが。誰も組みたがらない貧乏籤ですが!!」


「ま、マリエンヌ…?」


「やっと念願の刑事になったんです!こんな先輩如きで辞めるなんて絶対にしません」


「ふええ」


 山田が流れ矢を受けてショックに固まっている。阿笠は阿笠で、ほう…と意地の悪い声色で上から見下した。


「いつまでその強情が続くか見ものだな」


「…ねー。殺人事件の話はいいの?」


 芝崎に苺のタルトを奪われたポアはしょんぼり落ち込んで、仕方無さそうにモンブランに口を付ける。そこで阿笠はやっと事態が何も進んでいない事に気が付いて、此方を睨む芝崎から目を離す。


「…山田の依頼は、受けない。女子高校生は私の敵だ。他を当たれ」


「じゃあ俺一人でやろっか?」


「駄目だ。お前はちゃんと大学に行っていろ」


「えー」


「私は貧乏籤私は貧乏籤私は貧乏籤」


 事務所に嫌な空気が流れる。一番空気の読める男は部下の暴言に愕然とし、未だ立ち直れそうに無い。芝崎は不愉快を隠そうともせず、しかし一応は会話をする気がある様で今の阿笠の発言に反応した。


「女子高校生は敵って、何でなんですか?」


「………」


「あー、それは阿笠さんの地雷だから」


 阿笠もポアもはっきりと答えない。芝崎は答えを求めて山田を見た。


「………、…阿笠はこの探偵事務所を開く前、高校の教師だったんだ。しかし女子生徒に猥褻な事をしたとして、クビになった」


「最低じゃないですか」


 芝崎の視線を受け、元気の無い声で答える。芝崎は「そんな人間だとは思いませんでした」と阿笠を軽蔑した。


「ち、違う。あれは冤罪だ。嵌められたんだ。私が子供に性的な感情を抱く筈が無いだろう。あんな姦しい粗雑な存在に、猥褻行為など有り得ん。本当に私は何もしていない!!!」


 今更釈明した所で、もう過ぎた事である。例え冤罪だとしても、そういう噂が学校という狭い社会で広まった時点でそのコミュニティでは生きてはいけない。瞳孔が開いて白目が血走る。わなわなと震える手は、何物も掴めない。


「うん。俺が高校生の頃の現代文の先生が阿笠さんでさ。あの事件の事は知ってるけど、教師虐め的なアレだったね」


「大丈夫だ阿笠。お前は無実だ。それが原因で恐れているのは理解しているが、今回ばかりは私の願いを聞いて欲しい」


「そ、そんな過去が…」


 カッカと煮え立った頭が冷えていく。芝崎は一転して憐れむ様な視線を阿笠に向けた。そんなトラウマがあるというのに、女子高校生が関わる事件を持って来られたなら取り乱しても仕方がない。少々、尋常では無い気もするが…。普段は落ち着きを払った人なのだから多少の事は大目に見てあげるべきだと飲み込む事にした。


「ーー実はこの事件、どうも妙なのだよ。この被害者の女子高校生、死の直前にとある呟きをリツイートしていてね」


「呟き?それってtbutterの事??」


「『死神の呟きをリツイートした者は呪いによって殺される』とtbutter上の都市伝説があってな。『殺人アカウント』などと呼ばれている。」


「…私に依頼して来たのは、女子高校生に関する事件、というよりはその都市伝説を確認して欲しいという事か?」


「そうだな。過去にもこの都市伝説の犠牲者と呼べる者達が存在する。だが警察がそんなオカルト話信用する筈も無いし、未だこれを決定付ける材料も無い。

 私はこの件を明らかにさせる必要があると思う。実際に死人が確認されているのだからな。ただの噂ならそれでいいが…」


 山田は、別の事件現場へ向かわなければならず、忙しいらしい。真偽不明な都市伝説の解明に当てる時間は余り無い。これで何も見つからなければ早々に彼女を事故死として処理しなければならない。

 しかしもしもこのアカウントが事件に何らかの関与があるのならば、明確な情報を掴み捜査線に上げて貰う必要がある。


「それで先輩。言われていた件調べて来ましたよ。突然阿笠さんの事務所だって言うから道に迷いましたよ」


 芝崎は鞄からごそごそと書類を取り出した。彼女が遅れてやって来たのは山田に何か頼まれていたかららしい。


「ふむ、どうだった」


「先輩に言われた時はただの噂…都市伝説なんて存在する筈が無いって思ったんです。立て続けに皆一様に同じ呟きをリツイートして死んでいるのも、偶然だって。でも見て下さい。亡くなった方達のアカウントを全て洗い直した所、投稿された呟きや写真から彼等の所在地をある把握する事が可能です」


「物騒な世の中になったね〜」


 書類を受け取り内容を改める。tbutterを印刷したもので、被害者の居所のヒントになる箇所に彼女の手でペンが入れられていた。


「一つ一つ確認するのに凄く時間かかりましたよ…被害者のアカウントの共通点も調べましたし…結局よく分からなかったんですけど。寝不足です」


「御苦労だったな。後で幾らでも寝て良いから」


 ポアは山田が持っているtbutterの印刷を覗き込み、目を通した。そして一つの呟きに目を止める。



『死神@xxxxxx

【リツイート抽選企画】このツイートをリツイートして下さった皆さんの中から抽選でお迎えに上がります。良い結末をお待ち下さい。』



 その死神というアカウントのリツイートの次に、被害者が『これが噂の殺人アカウントwww』『意味不明。さっさと通報されたら良いのに』と否定のコメントを投稿している。他の被害者もほぼ同様のツイートをリツイートしており、これに『やれるもんならやってみろってーの!』と煽る様なものもあった。


「運営に問い合わせた所、何度削除しても別の端末からまた新たな『殺人アカウント』が作られているそうです。もし本物なら今後も殺人が行われる可能性があります」


 これはただのオカルトー…それで片付けてはならない様な気がする。ポアは指を組んで顔を伏せている阿笠の顔を覗き込んだ。


「ねー阿笠さん。俺は協力して上げた方が良いと思うんだけど。女子高校生って言っても死んでるし?害は無いでしょ」


 不謹慎な言い草である。が、彼の説得はこの男が最適である。案の定、阿笠は視線を上げて迷う様な素振りを見せる。


「し、しかし」


「何かあっても俺が守ってあげるからさあ。ね?」


 眉を下げ、上目遣いをし小悪魔的な表情を作る。じ〜っと見つめればどんな女も母性を擽られ虜になる『いたいけな可愛い弟』スタイルだ。阿笠は男だが。


「………。芝崎さん。先程は、年甲斐もなく八つ当たりをしてしまってすみませんでした……。その、調べて下さった資料、私にも貰えませんか」


 …芝崎と山田は顔を見合わせた。ポアの『お強請り』が効いてしまったのである。


「もう今更、敬語使わなくて構いませんよ…。ええ、二部ありますからお渡しします」


「助かる」


 ポアのお陰と言って良いのだろうか。恐慌状態から脱し、頭を下げられる程度にはなった。芝崎は乾いた笑いを零し、資料を渡す。山田も「これも持っていけ」とそこそこの量の紙の束を上に乗せた。過去『殺人アカウント』の被害に遭った可能性のある事件の詳細が書かれている。どうやらお疲れ気味の原因はこれを作成していたからの様だ。芝崎は「先輩もお疲れ様です…」と頭を下げた。

 阿笠は余り気は乗らなさそうだが、それに目を通し始める。山田はホッと表情を緩めて、冷めてしまったコーヒーを飲み干した。


「全く、サイバー関係はうちの課じゃないだろうに…頭の固い連中は困る。さて芝崎君。次の現場だ。野々宮駅から要請があったのは伝えたな。未だ死体処理に苦戦しているらしいから手伝いに行くぞ」


「ええ…私、未だ死体って慣れないんですよ。それにお昼ご飯だって食べてないし休んでない…」


「ケーキを食べたんだから良いだろう。車の運転は私がするから、到着するまで休んでいろ」


「え、先輩は大丈夫なんですか?」


「私は一日や二日寝なくても平気だからな」


 死体処理も刑事の仕事である。駅での事件と聞いて、死体の状態が良くないだろうという事が容易に察せられる。しかも一課の人間が呼ばれるという事は、つまりそういう事なのである。ポアは芝崎が口から解像度を落とした液体を吐き出している様子を想像して「刑事さんって大変なんだね」と呟いた。


「山田、幾らお前でも無理はするなよ」


 部屋の隅に設置されている冷蔵庫から栄養ドリンクを二本取り出し、くれてやる。山田は嬉しそうに「持つべきものは友な!」と笑って立ち上がった。


「ではクリスにポア君。都市伝説の件は任せたよ。それじゃ、常闇に彩られし真実の淵でまた会おう」


 意味が分かりませんよ、と言われ乍ら事務所を去る。普段の輪を掛けて推察不能な言葉を投げかける辺り、やはり寝不足なのだろう。窓を除くと、斜め向かいの有料駐車場へ歩いて行く二人の姿が見える。公用のシルバーの軽自動車に乗り込み、発進していった。


「で?どうする阿笠さん。まずはその亡くなった女子高校生の事件を紐解くのがセオリーだと思うんだけど」


 ポアは、早速自分達も出掛けようと身支度を始めていた。と言っても、脱いだ上着を羽織りスマートフォンとお菓子をポケットに突っ込んだだけであるが。


「…いや、死神とかいうアカウントの法則や仕組みを知ってからでも遅く無い。都市伝説の信憑性をもう少し詰めたい」


 採点途中のテスト用紙を片付け、パソコンを開く。どっかりと椅子に座り、貰った書類片手にデスクワークスタイルだ。


「……単に女子高校生に会う決心が付かないだけじゃ?」


「煩いぞポア」


 彼のトラウマは根深い。探偵は仕方無く、助手のやり方に任せる事にした。



 ーー『死神』について調べる事数刻。このアカウントがどういうものなのか、ある程度の情報が集まって来た。山田と芝崎の資料と合わせて分かった事は、以下の通りである。


 ①ツイートに【リツイート抽選企画】と書かれている通り、殺人はランダムで行われている。リツイートした人間の中には殺されていない人間も存在する。(その中には所在を特定出来る者・いない者両者存在した)


 ②被害者の死亡推定時刻は皆一様にリツイートをした時間と被っている。リツイートした直後の犯行だとすると、所在を特定している時間が存在しない。移動をしている時間も無い。当然、被害者がその時刻にリツイートをする事など知るのは不可能。


 ③山田によって確認された被害者の数は件の女子高校生を合わせて八人。八人中四人は石河県在住であった。しかも内四名は石河県判沢市在住。しかし他の都道府県にも点在。所在こそ分かれど顔を公開しているのは二名のみ。被害者の共通点は十代〜三十代の男女の若者。これに意味があるのかは不明。


 ④死神の犯行だと思われるが、軽傷で済んだ人間も存在。被害者八人中ニ人は未遂に終わっている。一名は判沢市民、一名は央阪府の人間。調書に『死神』の存在についての記載は特に無し。直接会って聞きに行く必要有り。


 ⑤芝崎がtbutter運営に問い合わせた事の詳細。ツイートの文面こそよくある冗談の類いだとして暫く対応していなかったが、殺人予告の可能性があるとの通報から『死神』のアカウントを削除した。しかしその後何度消しても数日の内に新しいアカウントが作られるとの事。


 ⑥ネット上の推察の域を出ないが、アカウントはフリーアドレスで登録され、端末は個人のものでなくインターネットカフェや公共機関のパソコンから作られている可能性がある。個人の端末からであれば、運営側がその端末からのアクセスそのものを断ち切る事が出来る。アカウントを消される度に新しい端末を用意しているとは考え難い。


 ⑦『死神』本人では無い死神のアカウントも存在。ユーザーの悪戯だろうが、本物はこれに反応を示している様子は無い。過去ダイレクトメッセージを送って返事が来たというユーザーも居たらしいが、その情報に関しては信憑性が希薄である。


「よし、明日は未遂に終わった被害者に会いに行くぞ」


「阿笠さんって本当に往生際が悪いよね」


 何とでも言え、と口答えをして時計を見る。時刻はもう夕食時である。そういえば空腹かもしれない、と阿笠は冷蔵庫を開いた。ーー入って居たのはペットボトルの水とポアの酒、栄養ドリンクにサラダ用のドレッシングと脱臭剤。


「あー、何も入って無いね。食べに行く?」


「いや、この時間帯は学生の下校時間…」


「…ねぇ、いつも思うけどそれって生き辛くない?」


 阿笠は無言で引き出しから出前のチラシを取り出した。




 ***




「ああ、よく来てくれましたね。いやぁ助かりますよ山田さん」


「なあ、これは私への嫌がらせか?それとも止むに止まれぬ事情でも?」


 ーー時を少し遡る。野々宮駅に到着した二人は、バリケードテープを潜ると、先に作業を行なっていた刑事に声をかけられた。さっぱりとした短髪に爽やかな笑顔。ブルーのネクタイと水色のシャツがよく似合う、御婦人受けのしそうな男だ。沼谷亮司。キャリアは芝崎より上で山田より下。友達が多くて皆の輪の中心に居る様な、イケメン君である。


「どっちでも無いですよ〜。山田さんがクサノオウで中毒死した女の子の件を調べていたのは知っていますけどね。でもあれは調べるだけ無駄ですよ。課長にも言われていたじゃないですか、ネットの書き込みに踊らされる刑事が何処に居るって。有名なアカウントが不特定多数にリツイートされている事を考えたら、こんなの偶然の範疇を出ませんって」


 爽やかな笑顔で毒を吐く。もし初対面であったなら顔と言葉の不一致から混乱した事だろう。


「…私の捜査はどうせ無駄なのだから、此方を手伝えと。随分とコケにされたものだなあ、なあ芝崎君」


 山田は貼り付けた笑顔を崩さず、揚々と答える。…ただ言葉のトーンは普段より幾ばくか低めだ。


「そ、そうです!少しでも誤捜査の可能性があるなら、確証を得られるまで捜査すべきです!私もただの中毒死と判断するのは軽率かと思います」


「…そんな事をしていたら、無駄に解決が遅れるよ。ただ仕事が増えるだけ。状況判断は大切だよ?まあ、芝崎ちゃんはまだ新人だから仕方ないけど…山田さんは僕よりこの仕事長いんだから、ちゃんとしてくれないと困るよ」


 こんな先輩と組まされて可哀想、と言外に芝崎に伝え、山田に挑発的な言葉を放つ。山田の口の端がひくひくと痙攣し、表情が今にも崩れ出しそうである。芝崎は隣で「抑えて下さい」と小声で服の袖を引っ張った。しかしその効果は余りあったとは思われない。更にドスの効いた声が彼の口から漏れる。


「年上を敬う事も知らない若造が。ウチで一番の成績を修めているこの私に向かって、よくそんな口が効けたものだ。そういう事はもっと偉くなってから言うんだね」


「一番って言っても、相棒の犠牲の上での功績じゃあね。芝崎ちゃんも気を付けなよ、この人と組んだ人は皆、捜査一課を辞めて行くんだ」


 ちらりと山田の横顔を見る。口角は弓形で笑顔を模しているが、目が笑っていない。その目が、芝崎の方へと泳いで来て思わずびくりと肩を跳ねさせた。


「…辞める辞めないは個人の勝手だ。私は相棒に無茶を言った事も、君の様に嫌味を言った事も無い。ただ彼等にこの仕事が向かなかっただけさ。私が嫌ならパートナーを変えれば良いだけの話をだからね。…因みに、彼女とは長くやっていけると思っているよ。何せ気持ちの良い啖呵を切ってくれたからね。なあマリエンヌ」


「ヒィッ」


 とんだとばっちりである。先輩で相棒である山田の味方をしていた筈なのに、今になって怒りの矛先が芝崎にも向く。


「そうなのかい?まぁ精々僕に追い抜かれない様にね?山田先輩?…芝崎ちゃんも頑張ってね」


 沼谷はそれだけ言うと、居合わせた駅の利用者達に話を聞きに行った。先程とは違う人好きする笑顔で、蒼褪めていた女性達もたちまち朱に染まる。…電車によって滅茶苦茶に潰れてしまった死体の始末に現場検証は丸投げである。


「いけ好かん男だ。前世は悪魔だったのだろう。君もあれには近づくな」


「…リア充は怖いので頼まれても近づきません…」


 怒りを鎮める為、深呼吸をする。そして山田は「よし」と呟くといつもの余裕のある表情に戻した。もう顔に引きつっている箇所は無い。


「さあ、仕事だ。まずどういう事件なのか教えて貰わない事にはな」


「そ、そうですね…。あの、先輩」


「うん?」


「さっきは貧乏籤だなんて言いましたけど、沼谷先輩よりは山田先輩の方が良かったって思ってます」


「…妙に嬉しく無い言い方だな」


 …二人は事件の起こった線路上で黙々と作業をする小林刑事を見た。芝崎と同期で入った童顔の小男だ。ポアと並んでも違和感の無い見た目である。彼が沼谷の相棒だ。相棒と言うより、腰巾着と呼ぶ方が相応しい。穏やかな性格で小林自体には害は無いので、彼に詳細を訊ねる事にする。


「小林さーん!…うぷ。これは酷い……」


「あ、芝崎さん。お疲れ様です。山田先輩も。」


「うむ。小林君もご苦労。死亡した男性は何者かに線路に突き落とされたー…という話は聞いているが。進捗はどうなった」


 白手袋を嵌め線路に降りる。粗方死体処理は終わっている様だが、夥しい血は健在でよく目を凝らすと体内の何処かの臓物と思しき破片が散らばっている。…これは大変そうだ。電車も、今日の所は運行不可能だろう。出来たとしても、夜遅くになるだろうか。都心ならば未だ早く片付くのだろうが、此処は地方のローカル線。警官の人数も足りなければ駅員も少ない。市民には他の交通機関を利用して貰う他無い。


「事件があったのは本日早朝。未だ何処の誰なのかは分かっておりません。死体の破損がかなりありましたから。電車に轢断されてバラバラです。分かっているのは年齢は二十代男性。目撃者によると突き落とした犯人は覆面で黒のレインコートを着ていたそうです。身長180cm前後。電車が通過する直前、突然現れて男性に向かって体当たりをしたそうです。その後構内のエレベーターに乗って一階へ降り、自由通路を通って逃走した様です。現在他の班が犯人の足取りを追っています」


「エレベーターの防犯カメラの映像は?」


「それが、ご丁寧に破壊されていました。恐らくカメラを破壊した後覆面とレインコート脱ぎ、悠々と逃げ果せたんでしょう。自由通路にカメラはありませんし、電車が止まる時間以外は歩行者も余り居ませんからね。計画的犯行ですよ」


 殺された男性の素性が分かればもう少し進展があるんでしょうけど…と頼りなく笑う。司法解剖を待つしか無さそうである。また面倒な…と山田の口から不満がつい漏れる。芝崎は鞄からビニール袋を取り出し隣で吐いていた。


「おぼろぉおお…」


「…遺留品はさっき鑑識が持って行きましたけど、未だその辺に居る筈です。もし気になるのなら其方から調べては如何ですか」


「そうか…ならば、そうしよう。有難う小林君。気を遣わせたな」


 芝崎を横目に遺留品の話を振ってくれる。彼女を気遣っての提案なのだろう。山田が代わって礼を述べる。


「お掃除、後で手伝いますから…」


「…無理しなくて結構ですよ。大分キツいですからねこれ」


 小林に頭を下げて、鑑識の元へ向かう。気持ち悪さが治らない芝崎の背中を山田が摩り乍らその場を後にした。


「大丈夫かい」


「うう…御免なさい苺タルトちゃん……」


 こういうのは慣れだから、慣れ!と励まされてもいまいち気力が回復しない。汚れた口元を山田から借りたハンカチで拭き「洗って帰します…」と項垂れた。


 ーー鑑識から借りた遺留品は、トートバッグと小銭入れ。スマートフォン。ペンケースとルーズリーフであった。年齢とこの中身から恐らく学生。学生証や免許証は入っていなかった。あの一瞬で盗られた可能性は低いので、忘れて来たかほんの少しの外出だったかという事が考えられる。山田はスマートフォンを手にし、ホームボタンを押した。


「…なんだ。このスマホ、鍵がかかっていないな」


 パッと画面に複数のアイコンが現れる。画面の右端に、tbutterのアイコンが表示されていた。それを何気なくタッチし、起動させる。



『死神@xxxxxx

【リツイート抽選企画】このツイートをリツイートして下さった皆さんの中から抽選でお迎えに上がります。良い結末をお待ち下さい。』



「ーーーーー」


「…先輩、これ……」


「死神だ」


 九人目の被害者。二人の喉がゴクリと鳴る。


「あ、阿笠さんに連絡しましょう!」


「そうだな。ポア君ならー…」


 山田は自身のスマートフォンを取り出し、通話ボタンを押す。


「…ただマリエンヌ。一つだけ言っておくぞ」


「?、はい?」


「私が言うのも少し可笑しいが…犯人を捕まえるのは私達だ。頼り過ぎるな。彼等は協力者に過ぎん」


「も、勿論です」


 それは自分に言い聞かせている様でもあった。トップとしてのプライド、友への闘争心ー…何でも無い、彼等は探偵と雖も一般市民。警察官として守る対象だ。相手は連続殺人犯かもしれないーー。何度も殺人を繰り返すという事は、殺人への忌避感が人より希薄だという事。

 何コールかして、端末から阿笠の声が聞こえる。山田はこの顛末を彼に話した。

 日が落ち、時刻は19時を指している。本来なら帰宅する会社員や学生達で賑わうホームが、駅員と警官達の息遣いの中ひっそりと冷たい帳に包まれていた。

今回は全六篇での投稿となります。ほぼ完結まで出来ておりますので、順次更新致します。

誤字脱字等御座いましたらご指摘願います。感想も随時受け付けておりますので、宜しくお願い致します。

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