蝋人形奇祭6
芝崎が侶湧村の中へ戻った頃には、朝を迎え明るくなっていた。戻ってすぐは通信障害が続いている状態であったが、暫くするとそれも解消されていた。阿笠達と連絡を取り合い、合流する。宿で体を休め乍ら昨晩の成果を伝え合った。阿笠とポア、芝崎で膝を突き合わせる。
「おばあさん、昨晩はすみません。事情があって、もう少し滞在させて下さい」
「いいのよ。聖ちゃんのお友達だもの。それにろうそく祭りが終わった後は暇だからねぇ」
他の観光客は、今朝のうちにチェックアウトをし帰っていった。灯火荘に残っているのは、宿泊を延長した我々のみである。
女将は好きなだけゆっくりしていってねと微笑みかけ、客室を後にした。芝崎は昨日の事があり心配したが、問題なさそうで少し安堵した。
「それで、芝崎。応援はどうした?」
「それが、この村の外でも何かが起こっているようで。通報が後を絶たなくて、現場が逼迫しているらしいんです。だからすぐには来られないと……」
「なんだそれは?この件に関係がある事なのか」
「さあ。でも、無いとは言えませんよね。こんな偶然、あるとは思えない……」
一晩が経過してしまった。それだけで、様々なリスクが伴っている。
「……けどこれで分かったね。本当のお祭りは今日。その会場は俺達が見つけた、隠し扉の中。恐らく崖の向こう側に地下道が続いているんだろう。現状証拠から考えれば、蝋人形と誘拐された二人もそこに居る可能性が高い」
勿論、疑わしいというだけで確実な話ではない。全く違う場所に捉えられている可能性も無くは無いのだ。蝋人形が保管されていた場所で人が消えた事を追求すれば、或いは白状するかもしれないが。否させるしか無い。
「ふむ。故意に通信障害を起こし、固定電話も繋がらないよう細工された事を考えると、これは一連の計画に必要だった事ではなく、我々の存在に気付き、捜査の手から逃れる手段であったと判断出来る。我々の存在はイレギュラーだった筈だ。それなのに、これ程手際良く手が回せるという事は素人では無いという事。村人達でこれが出来るかと言われると疑問だ。そして外で起こっている事件を考慮すると、もっとプロの──組織的なものがあると思った方がいい」
「そうですよね……。あ、それからもう一人の被害者についてですが。どうやら宿泊客では無さそうです。身分を明かして、女将に私達以外にチェックアウトしなかったお客が居ないか近隣の宿に問い合わせてもらったんです。この宿を含め、そうした人はいないと……隠蔽されていたら、意味無いんですけど。」
「被害者の素性が分からないというのも、難儀だな。とにかく、その本祭とやらは今日の夕方でいいのか?」
「はい。女将が17時頃外出する旨を話してくれましたから。お祭りの開始にはその少し前に会場へ向かえば良さそうです。」
現在の時刻は10時半。本祭まで少し余裕があった。
「……でも、お祭りの時間にわざわざ合わせてあげる必要は無いですよね。おばあさんには悪いですけど、今年のお祭りは中止。この件に関わった村人達は皆逮捕するんですから」
沼谷には被害者の場所を突き止めるまでだと言われた。しかし隠し扉の先に何があるか分からない。村人達でしか知り得ない場所に、部外者が入ってくればすぐに見つかってしまうだろう。潜伏し調査出来るとは、あまり思わない方が良い。だが向かわなければ、被害者の場所は分かりっこ無い。
「ああ。その通りだ。すぐに乗り込んで──」
「阿笠さん!?」
腰を上げようとした阿笠が、そのまま横に倒れ込む。側に行こうとした芝崎を、ポアが制止した。
「駄目だよ。二人共、徹夜で駆けずり回ってたんだ。相当疲れてる筈。阿笠さんってば、ただでさえ具合悪いのに無理しちゃってさ。そんな状態で行って、犯人に対抗されたらどうするの?山田さんの二の舞だよ」
「ああ、こんな事してる場合じゃ、行かないと……」
「今は、少しでも体を休めよう?お祭りが始まるまでは猶予がある。お祭りをする為に拘束したのならそれまでは殺されない筈。蝋人形に親指を入れる事が目的なら、外に持ち出される事も無い筈だ」
「………………」
芝崎は黙って押し入れから布団を出した。阿笠をそちらに誘導し、掛け布団をかける。
「……少しだけ、休みましょう」
ポアはホッと息を吐いて、阿笠の隣に寝転がった。
「ほんと、俺がいないと駄目なんだから……」
ポアも疲れていたようで、目を閉じてすぐに寝息が聞こえてきた。芝崎は少しの間壁に背中を預け、目を伏せた。
「…………、……………」
二人を起こさないよう、物音を立てない様気を付け乍ら部屋の外に出る。女部屋に戻り、汗まみれになった体をタオルで軽く拭いた。そして、新しい服に着替える。
彼女はひとり、神域へと向かった。
***
阿笠達に教えられた祭り会場へと続く道は、すぐに見つける事が出来た。というのも村人達の手により開放されていたため、すんなりと通れるようになっていた。マンホールを開ける道具に心当たりが無かったため工具をこっそりと拝借してきたが、不要だったようである。拳銃や警棒は所持していないので、ひとまず幾つか護身用として懐に入れておくことにする。
周囲に誰もいない事を確認してから、中へ突入する。階段を降りた先に、大きな木の板が立てかけてあった。先に誰かが下に降りて階段に設置しスローブにする。その後、台車を走らせたのだろう。土で汚れているが、よく調べればタイヤ痕が残っているのだろう。
その先は古い鉱山のような地面を掘り削ったような道が続いていた。電気も通っているようで、薄ぼんやりとした灯りがチカチカと点滅している。10分程一方通行の道を歩いた頃だろうか。登りの階段に辿り着く。警戒しながら外に出る──そこには、隠し里のような、村が。
「……こんな場所が……」
芝崎の眼前には、夥しい数の奇怪な姿をした蝋人形達が祭壇に祀りあげられていた。女将が所持していた等身大の造形とは違い、手足がちぐはぐで頭部もある筈の無い場所に存在していた。吐き気を催す様な化け物じみた生物。今にも地獄の叫びが聞こえてきそうな冒涜的な光景だ。
これの何処が神聖な祭事だと思えようか。
「……………っ!」
集落の構造が祭壇ありきである事が一目瞭然だ。蝋人形達を取り囲むように、木造の住宅が弓形整列して建てられている。どの建物もかなりの築年数である事が分かる。地下通路の出入口は生い茂る木々を背に開通しており、遠く向こうには突き抜けてきた小高い山が頭を覗かせていた。
村の人間に見つからないよう、隙を伺って一番端にある近くの家の塀へと姿を忍ばせる。
(先輩達はこの何れかの家の中に閉じ込められている可能性が高い。他に、隔離しておけるような場所は無い筈だし……ううん、考えるよりも行動だ)
一番怪しいのは集落の真ん中にある大きな家。お屋敷と呼んだ方が良いかもしれない。しかしあそこまで辿り着くにはかなり無理がある。祭りの支度をしている村人達が行き交っている最中を通り抜ける必要があった。居る筈が無い余所者は必ず人目につく。力付くで行動出来ない以上はこそこそする他無い。
(とりあえずこの家に入ってみよう。大勢に囲まれるよりは誰か一人に協力者になってもらえば或いは……)
村の人間のお墨付きがあれば探し回れるかもしれない。遠方に住む親族、山田達の様に攫われてきた人間のふりなど。取れる行動はある筈だ。
警戒心を高めつつ家に侵入する。ベランダの扉を引くと施錠はされておらず軽い力で開いた。昼間だからか明かりはついていない。出払っているのだろうか。
昔ながらの和室。ちゃぶ台に、既に見かけなくなったブラウン管テレビ。現役の様で、側にはデジタル放送用のチューナーが備え付けられていた。
忍足で隣の部屋を覗く。床の間のようで、掛け軸がかかっておりその前には高炉が飾られている。その隣には大きな仏壇。なかなかに立派なもので、黒の漆塗りに金箔を貼った装飾がなされている。備えられた花は新しいものでまだ瑞々しい。阿弥陀如来の前には家族写真が置かれていた。
(……この人、何処かで……)
場所は遊園地だろうか、観覧車の前で仲良くピースサインをしている。少し疲れた笑顔の両親、幸せそうな満面の笑顔の少年と少女。その少年の顔に見覚えを感じるが思い出す事が出来ない。人の顔を覚えるのは得意な筈だが、何処で見たのか。
理想の家族だ、と芝崎は思った。なんて羨ましい。かつての自分もこんな顔をしていたのだろうか。今となっては、もうどうでも良い話である。
(……嫌な事を思い出す)
この家は、何処か実家を思わせた。瓦屋根の古い家。歩けばギシギシと音を立てる廊下の音でさえも、田舎特有の閉塞感を放っている気がした。購入すればかなりの値段がつきそうな仏壇も尊いものには思えなかった。一体誰に向けた裕福アピールなのだろう。
──ごとり、と。
向かいの部屋から、物音がした。ごくりと息を飲み、襖の前に腰を落とす。深呼吸をしてから覚悟を決め、そっと扉を開いた。
「──聖さんっ……!!」
「………ま、りちゃ…………」
聖が手足を拘束され横たえられていた。優雅なツインドリルは解けてしまい、畳の上に広がっていた。
「今縄を外しますね!もう、大丈夫ですから、大丈夫ですからね……」
か弱い肌をこれ以上傷付けないよう注意して解く。抵抗したようで縛られていた部分が赤黒くなってしまっている。頭部も殴られたのか、怪我をしているが不思議と手当てされており包帯が巻かれていた。
しかしまさか攫われていたもう一人の人物が彼女であろうとは。
「…………聞いてちょうだい。私を此処に連れて来たのは、狩谷さんという人よ。ほら、蝋燭の土産物屋さんで会ったでしょう」
「!!あの人が……」
先程の少年は狩谷の少年時代だ、と合点が行く。しかし二人は親しげな様子であった筈だ。
「帰りがけに、狩谷さんに引き止められたの。帰る前に、見せたいものがあるって。どうしても今日じゃないといけないって言うものだから、着いて行ったわ……。結界を越えて蔵に案内された時はまさかと思ったのだけれど、そこで誘われたの」
「誘われた……?」
いやらしい意味かと思ったが彼女の口振りから察するにそういう雰囲気でも無さそうだ。
『我らが救世主様に会いに行きましょう。かの方は一切の苦悩から逃れる術をお解きなされた。解脱へと至るには、我々の意思が必要。──西のお嬢さんなら、この偉大な行いをご理解くださいますでしょう?』
「──新手の宗教勧誘かしら?救世主様という人物に共に会いに行こうと誘われたんですの。その手には私達が探していた、親指が入った箱がありましたわ……」
…………眩暈がする。
少ししか言葉を交わしていないが、怪しい宗教の人のようには見えなかったが。つまり、親指を集めていたのは狩谷。その目的は、救世主とやらに捧げる為といったところだろうか。
「それで、断ったんですか?」
「それはそうよ。私は曲がりなりにも葬儀会社の人間で、仏教徒よ。その人は救世主様なんかじゃない、それを持って全て警察に話しに行きましょうと伝えたら……この様ですわ。
兎に角、詳しい話は後。恐らくですけれど、あれは……山田さまかしら。意識が朦朧としていたから断言は出来ませんが、一緒に此処へ運ばれてきたの」
動揺しないよう我慢するもぴくりと肩を揺らす。やはり、彼も此処に居る。しかし一緒にいないという事は別の場所に捕らえられているのだろう。
「そう、山田先輩です。先輩も居なくなってしまって、探している所だったんです!何処にいるか分かりますか?」
「村長さんのお宅じゃないかしら。狩谷さんがもう一人は村長の判断に任せる、と話していたような……」
やはりあの大きなお屋敷に居るのだ。
「眞理ちゃん、行くなら私も連れて行ってくれないかしら」
「それは危険です!安全な場所まで連れて行きますから、今は落ち着いて……」
「あら。一刻も早く助けに行きたいって顔に書いてありますわよ。……それに狩谷さんは私をどうしても救世主様の元へ連れて行きたいらしいの。時間になるまで此処に居ろと言われていたから、少なくともそれまでは危害は加えてこないはず。逆を言えば危害を与えてはいけないのよ」
狩谷さんったら、打たれちゃったけどこの通り、優しく手当なんかしてくれちゃって。殺す気は無いのよと力なく戯けて見せた。
「っ!それって」
囮にしろという事だ。彼女の命が惜しければ此処を通せと脅せば村人達が道を開けてくれるかもしれない。彼女は村人達と顔馴染みだ。少なくとも進んで傷付けたいとは思わない筈だ。
「……でも、それで聖さんに万一の事があったら……」
「これ以上、悪い事なんて起こらない。そうでしょ?山田さまはきっと私を助けようとしてくれた。だから力になりたいの」
芝崎の手を包み込むように聖が握る。大事な友人を巻き込みたくない。しかし、一人で何かを成すには限度がある。実際猫の手も借りたい。
「一人より二人。私、守られてるだけのお姫様じゃ嫌なの。騎士様」
「…………絶対に無茶はしないと約束してください」
警官としては、きっと良くない判断だ。一人では何も出来ない。だが一人でなければなんだって出来るという勇気が湧いてくる。阿笠の信頼が嬉しかった。山田もきっと私を信じて待ってくれている──。
私には頼っていい仲間が居る、この選択は間違いでは無い筈だ。
聖は大きく頷いて、共に立ち上がった──
「そこで何をしているんですかねえ?お嬢さん方」
そこに第三者の声がかかる。明るい髪に、アロハシャツ。蝋燭屋のエプロンを腰に巻いた、狩谷だ。
「狩谷さん……!」
「これ以上手荒な事はしたくないんですよ。お嬢さんには、俺と一緒に救世主様の元へ来て頂きたいんです。貴女ならきっと彼の方の行いに賛同して頂ける筈だ。だから会いに行く時間になるまでは大人しくしていてください」
眉を下げて懇願する狩谷。両の掌を掲げてみせてくれる。聖が話した通り少なくとも今は何もする気は無いらしい。
「……狩谷さん。その救世主様とやらに、私も合わせて頂けませんか。そして、聖さんと一緒に連れて行った男性が居ましたよね?彼を、山田先輩を返して頂きたい」
「勿論大歓迎ですよ!賛同者は多ければ多い程良い。しかし……その山田という男に関しては俺の預かり知らぬ所っすね」
手をひらひらと動かし、心酔した様子で嬉しげに語っている。狂信者、という単語が脳裏に過ぎる。山田に関しては乾いた笑いを溢すのみ。芝崎はその姿に苛立ちを覚えた。
「それはどういう意味ですか」
「居場所って意味なら教えてやってもいいですよ。でも今頃は生きてないんじゃないですかね〜?」
あのじっさま、怖いからなぁ〜と独りごちる。
「何処に居るの!?答えなさい!!」
「確かに男の方は村長とお屋敷に運んであげましたよ。その後は、屋敷の更に裏……山林を進んだ先の地中深く下。ぽいっと捨ててきちゃいました。村長が何もしていなければ、穴の底に居るんじゃやないですかね?」
それは一体何時行われたのだろう。一晩経っている事を考えると、かなり不味い状況だと考えられる。どの位深い穴なのか分からないが、かなり冷え込む筈だ。
「……成る程。誘拐に監禁、暴行。貴方方がした事は罪に問われるとお分かりですよね?そしてその親指──物証が出た以上、死体損壊罪に相当する可能性が極めて高いです。
村長さんに、その救世主様とやら。今回の件について、皆さんにお話をお伺いしなければなりません」
「……そういう話ならちょっとごめんだなぁ。不合格。君の親指はいらない」
狩谷は薄ら笑いを引っ込め、感情の無い表情になった。その瞬間──芝崎に彼が殴りかかった。
「眞理ちゃん!?」
聖の叫び声。
「お嬢さんは下がってて!」
芝崎はその拳をギリギリで横に躱した。こうなる予感は何処かにあった。伸びて来た腕を両手で掴み、そのまま捻り上げる。
「そうはいきやせんよッ!!」
敢えて捻られた方向に逆らわず、体を回転させ背後を取ろうとする。反対の腕で彼女の首を掬いかかる。
「ッ!そっちこそ、舐めんなッッ!!」
半ば羽交締めの体勢。捕らえた腕を離さずに、ぎりぎりと締め続ける。力を緩めないよう、腰に挿していた護身用のスパナを素早く片手で掴み、鳩尾に突き刺した。
「グッ!?」
首に巻きついた腕が衝撃で緩む。それをすかさず振り解き、翻って回し蹴りで追い討ちをかけた。
「……眞理ちゃんすごい」
「手錠が無い!聖さん、ロープを!」
「は、はいっ!!」
畳の上で悶絶する狩谷に馬乗りになり、先程聖を縛っていたロープで拘束する。狭い一室での乱闘は、彼女の勝利であった。
「クソッ、離せ!彼の方の、彼の方の元に行かなくてはならないのに!!」
「後でちゃんと合わせてあげますよ。警察署でね」
離せ、離せと踠き続ける狩谷。しっかりと拘束したために動ける筈も無いのだが、必死で抵抗する姿を見せる。その調子ではすぐに血が滲んで怪我になってしまうだろう。
「あああ、女如きに……こんなは筈では……ッ、今宵は、折角直接お会い出来る機会だと言うのに!!許さん、許さんぞッ!!!尊者の行を邪魔する仏敵め!!!クソッ!!クソッ!!!」
目を血走らせて呪詛を述べる狩谷。尋常では無い様子に二人は後ずさった。
「せめて親指を、親指を……」
芋虫の様に地面を這いずろうと試みるもそれも難しい。彼の視線の先には、文机があった。宗教、哲学的な本が何冊か置かれている。芝崎が引き出しを開けると桐で出来た小箱が入っていた。
「それよ、親指が入っているわ」
「これが……」
持ち上げてみるが、意外にも軽い。中を改める為に蓋を開くとそこには確かに親指が詰まっていた。水分が抜けてからからに乾燥した為に軽くなっているようだ。芝崎はふっと息を吐いて、すぐに閉じた。
「……こうしましょう。私は山田先輩の救出に向かいます。聖さんは阿笠さんと連絡を取って迎えに来てもらって下さい。これまでの事の報告と、狩谷さんの引き渡しをお願いします。阿笠さんならより詳しい話を引き出して推理してくれるかもしれない。」
「眞理ちゃんはそれで大丈夫なの?」
「狩谷をこのままには出来ませんしね。先輩の居場所が分かったんです、なんとかなりますよ。先輩と二人で戻って来ますから、阿笠さんと待っていてください」
「……そこまで言うなら、分かったわ」
「すみません。……万が一、救世主様が訪ねて来たら刺激はしないで、安全の為にも居留守で構いません。顔や服装など、可能な範囲で記憶だけしておいて下さい。その先は、此方の仕事ですから」
本当は早く聖を病院に連れて行ってあげたい。狩谷の事など放り出して、山田を見つけたらそのまま家に帰ってしまいたい。しかし、そういう訳にも行くまい。共犯の村長。そして、謎の人物・救世主様。この二人も捕らえて、何をしようとしていたのか吐かせる必要がある。
「眞理ちゃんが強いのは分かったわ。でも、無茶だけはしないで」
「聖さんも」
親指を聖に託し、芝崎は狩谷の家を出た。
山林へと向かう。屋敷を通り抜けて向かう事は人目がある為に難しいが、山の中だと分かった以上迂回する事は可能だ。木々の間を縫って歩き、屋敷の裏側を目指す。
人が通った場所ならば何らかの痕跡がある筈。それを辿れば、きっと山田の居る穴へ辿り着けるだろう。──そうだと、思いたかった。
「先輩、待っていて下さい。必ず、助けますから」
***
阿笠が目を覚ましたのは、充電器に繋いだスマートフォンの通知の音であった。どの位眠っていたのだろう?と時刻を確認すると、ちょうど正午12時。空腹感はまるで感じず、むしろ胸の辺りにぐるぐると気持ちの悪いものを感じていた。通知は聖からの連絡のようで、アプリを開いて確認する。思いがけない内容に、重たい頭がすっと冷えた。
「おはよぉ〜阿笠さん。何?誰から?」
「……西さんからだ。今まで、蝋燭屋の男に捕まっていたらしい。芝崎が助けにきたとある。あいつ、私を起こさずに一人で行ったのか。全く仕方が無い奴だな」
既読をつけた直後、聖から電話がかかってきた。詳しい事情は会って伝えるから此方に来て欲しいとの事。阿笠はすぐに行くと答えて、ポアと共に宿を出た。
「阿笠さん、体調は大丈夫?」
「元気とは言えないが、随分回復した。ずっと寝ている訳にもいかんだろう。それに、不調の原因はこの場所だ。早く解決して帰りたい」
ポアが心配げに阿笠の服を引っ張る。寝癖が付いた金髪を撫で透かしてやると、少しは安心した様ではにかんだ。
「そうだね。早く帰ろう。こうなるまでは楽しかったけど……なんだか嫌な感じがするよね。この場所の雰囲気がって言うよりは、俺達にとって良くないっていうか……上手く、言えないんだけど……」
言葉を選んで何かを言おうとしたが、不意にポアが足を止めた。聖域を跨ぐ直前。結界の内側に待ち構えていたかのように、老人が立っていた。
「お前さんがマッポさんの連れだな。あんたもそうなのか?」
──まさか向こうからお出ましとは。二人は警戒を強めた。
「わしは侶湧村の村長、石山悟。随分とこの村を嗅ぎ回ってくれたようだな。それで、どうなんだ。このわしを捕まえるつもりなのか?」
「……私達は探偵です。警察ではありません。ですが、友人達をいきなり捕まえたのは貴方がたでしょう?」
「いきなりではない。お前達が勝手に祭具殿へ侵入し村の伝統を穢したからだ。知ったからには、生きて帰す事は出来ん。」
老人の目には怒りに燃えていた。彼の言葉に嘘は無いようだ。
「人間の指を収集する非人道的な行いの何処が伝統ですか」
「……チッ、バレたのはあの狩谷の坊主の所為かい。悪いが、その件と祭りの事は別物だね。あの坊主は新手の信仰宗教かなんぞの教主に唆されて伝道師の真似事を村でしていたに過ぎない。
伝統ある村の風習を絶やさず続けて行く事だけが、わしや村人達の願いだ。信仰は国の勝手な法律で縛れるものではない。だからあの坊主の事も見逃していたが……いや、そんな事はどうでも良い。死人に口なし。お前達、分かっているな」
茂みの中から、数人の村人達が顔を出す。その手には農具に工具、フライパンや包丁。身近に使われている生活必需品が凶器として此方に向けられていた。
「ま、不味いよ。一旦逃げないと……」
「そ…そうだな」
後ろを振り返るが、既に退路は絶たれていた。囲まれている。
「おいおい……」
とんだ藪蛇だったのではないのか。冗談では無い。親指の件と、本祭の件は別物──その祭りでは、法律で禁止されるような事が行われていた。芝崎が報告してくれた宿の女将の話では、臍の緒や髪、爪といった体の一部を蝋人形に納めてお焚き上げするという風習があるという事であった。しかし一部の村人達の間では、それに留まらない、親指ですら済まない何かを用いていたのでは無いだろうか。
推測は半ば確信となっていた。
「阿笠さん、どうしよう。俺達殺されんの……?」
ドクン、と心臓が跳ねる。
複数の武器を構えた者達から、無事に逃れる術などある筈もない。阿笠の頬に冷や汗が伝う。せめて、この少年だけは……とポアを側に引き寄せた。
「──お待ちなさい」
──一陣の風が通り抜けるような。
極めて穏やかで、涼やかな声がその場にかけられた。
緊迫した雰囲気にそぐわない、虚脱感さえ感じられる様な声色に全員の動きが封じられた。
「な、何者だ!?」




