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パリピ探偵ポア  作者: 吉良 瞳
32/50

蝋人形奇祭3




 芝崎と聖達が男部屋を訪ねると、ちょうど女将が朝食の準備を整えて出てくる所であった。中には朝からテンションの高いポアと、げっそりした表情の阿笠、既にいつも通りの様子の山田がそろって席についていた。


「うう、二日酔いな上寝不足だ…」


 芝崎達が部屋を覗いた時には、ポアに膝枕をしてもらっていた筈だ。沢山寝たものだと思ったが、そうでは無いらしい。


「眞理ちゃん、聖ちゃんおはよー!よく眠れた?」


「私もいまいち眠れませんでしたね…」


 誰かさんの所為で、と言おうと思ったが何度もほじくり返すのは良くないのでやめておいた。そんな事よりも料理である。昨晩は新鮮な海の幸がメインであったが、今朝は鮎を焼いたものに湯葉、山の味覚の和物、温泉卵と体に優しそうなものが多い。自然と食欲がそそられた。


「あのね、朝から悪いんだけど大事な話があるんだ」


 あ、食べながらでいいよ。と自身も魚に手をつける。そしてチラリと阿笠に視線を送り、代わりに話すよう促した。


「眠れなかった原因の事でもあるんだが…。件の親指の在処が分かったぞ」


「なんですって!?」


 芝崎と聖、そして山田全員が驚く。


「昨日山田が言っていただろう、村には通常出入りを禁止されている場所があると。村人達が寝静まった深夜にポアと二人で捜索してきたんだ」


「そうそう。山田さんは、な〜んか知らないけど部屋に居なかったから、阿笠さんと二人っきりで肝試ししてきたの」


 山田の肩がぴくんと跳ねたが、どうにか平静を装っていた。

 ポアちんちょ〜怖かった、きゃっ!などとおちゃらけているが、肝試しとは、彼の発案なのだろう。付き合わされた阿笠は青白い顔をしている。




 ***





 時間を深夜に巻き戻す。





 ──安眠には煩すぎる虫の声が、酔いの覚めない阿笠の耳にも不快に響いていた。眉間に皺を寄せて寝返りを打つと、顔面に柔らかいものが当たった。薄く目を開くと、旅館の地味な柄の浴衣が見えた。柔らかく感じたのは誰かの腹だ。そして自身が枕にしているのは、些か硬い男の膝であった。


「あ、やっと起きた」


「……私は眠っていたのか」


「そうだよ〜。お酒弱い癖に、現実逃避に日本酒なんて飲むから。ていうか、膝痛いから早く降りてくんない?」


 若干頭痛のする頭を起こすと、阿笠とポア以外には誰もいなかった。食膳は既に下げられていて、布団が二組並んでいる。


「それよか、昼間の話覚えてる?山田さんと眞理ちゃんが言ってた立入禁止区域。今からそこに行ってみない?」


「は?今から?何言ってるんだ、まだ夜中だぞ」


 窓の外は暗い。太陽が登る気配も微塵もない。


「だからじゃんか!人目につかない今がチャンスでしょ。警察の二人は色々手順なんかがあるかもしんないけど、俺達ならそんなのカンケーねーじゃん」


 本来一般人が立ち入る方が問題だろう。阿笠は正直今から外に出かけるなど絶対に嫌であった。頭は痛いし、見えてはいけないものが見えた気もする。幽霊を信じる性格では無いが、幻覚ではなかった可能性もある。幽霊では無く普通の年頃の娘だったとしても問題だ。どちらかといえば、後者の方が恐ろしい。


「やだ」


「やだじゃないよ!いい歳した大人がさ!!仕事で来たんでしょ、忘れたの?」


 特大ブーメランである。昼間、同じ言葉をポアにかけた覚えがある。


「……そこに、親指がある根拠でも?」


「まだ食い下がる気かよ。俺の天才的灰色の脳細胞が、立ち入り禁止区域にあるという蔵が怪しいと言っているんだよヘイスティングズ」


「要はカンか…」


 ため息をついて再び横になろうとする。ポアはそんな阿笠の頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜた。


「君の灰色の脳細胞はまだおやすみなのか?ヘイスティングズ。…って、阿笠さん!マジ寝すんなよ!!阿笠さん!!」


 いつもの小芝居にも乗ってこないので、髪を引っ張る。これは流石に毛根の死滅を恐れて再び起き上がるしかない。


「…っ、分かった、分かったってポア。髪を引っ張るな」


「目、覚めた?」


「覚めた覚めた。…で、これで何も無かったらどうなるか分かってるんだろうな?」


 芸術的になった髪型を撫で付ける。じろりとポアを睨むと、無垢な表情を態と作って首を傾げていた。


「この名探偵のお願いがきけないの?どうなるかってどうなるのかな?」


 阿笠は一瞬考えるような素振りをしてから、彼に視線を戻す。


「お前のその派手な金髪を山田の如きヘアスタイルで黒染めにしてやる」


「チャー」


 ポアは態とらしく猫のくしゃみのような声を漏らして、不服げに頷いた。




 ──二人は軽装に着替えて、旅館を出た。刑事二人が話していた立ち入り禁止区域はそう遠くなく、すぐに見つかった。住人達は既に消灯しており、起きている様子は無い。


「こそ泥になった気分だ」


「そんな事無いさ。かの名探偵エルキュール・ポアロも人をちょろまかして犯罪の証拠を掴みに潜入してたじゃないか」


 木々に覆われた小道を進むと、聖域の境界線…しめ縄が貼られていた。しかし、これを跨いで素通りする。


「…そうかもしれないが、罰当たりだぞ。物凄く」


「でもこの先に親指コレクションがあるとしたら、そっちの方が罰当たりでしょ。神様に褒められこそすれバチを受ける言われは無い…何?阿笠さん、ひょっとして怖いの?」


「…お前の方が怖がると思ったが…」


 そんなの、みんなの気を引く為のポーズじゃん。と至極真面目に答えられてしまう。阿笠はそれに答える言葉を持たなかった。そのあざとさは計算か。

 ………暗い夜道を宿から拝借した非常用の懐中電灯を照らす。灯りは最小限で、足元や視界を確認する際のみ使用する。聖域を通ってから少し歩いた所に、村の住人が話していたという蔵が確かにあった。瓦葺きの屋根で、純和風の古い蔵である。


「随分古いみたいだな。鍵は…流石にかかっているか」


「阿笠さん、探偵七つ道具は持ってる?」


「なんだそれは?初耳だな」


 ポアは肩から胸にかけて下げたウエストポーチからごそごそと何かを取り出した。


「小さな証拠も見逃さない!虫眼鏡!

 ピッキングをする針金!

 凶悪犯と戦う仕込み杖…は無いから防犯ブザー!

 細かな情報も忘れない。メモとペン。

 それからあんぱんと牛乳」


「……あんぱんと牛乳、好きだな」


「色々事件に関わる中で、あれば良かったと思う物とか色々あってね。俺も学習してんの。ほら、この針金でそこの扉開けられそうじゃん」


 ドヤッと自慢げな顔をしているが、ピッキングは阿笠の仕事らしい。針金を渡して来たが、彼はこれを拒否した。


「いらない」


「なんで!?んだよ、今日は嫌に反抗的じゃん」


「よく見ろ。蔵は古いが錠前は新しい。ダイヤル式だ。地道に回すしかない。それから落とし閂だな…この細い穴から鉤爪型のような鉄の棒状の鍵で、開ける必要がある。」


 二重ロックになっているという事らしい。時間がかかろうものなら不法侵入が発覚するリスクも高まる。村人達が起き出す時間の前には帰らなくてはならない。


「うげ〜」


「村で使用する蔵なのだろう?ならばダイヤルの番号もそう難しいものでは無い筈だ。アタリをつければそれ程はかからんだろう。…4桁か」


「それくらいならチョロいけど。落とし閂だっけ?よく知らないけどその鍵無しであけられんの?」


「鍵ならある。要は田舎の村だぞ。その辺を探せば……ほら、あった」


「マジ!?!?」


 蔵の側面の柱に貼り付けられた鍵。色も材質も似ている事からこれが鍵だとは部外者には気づく事も出来ないだろう。しかも草木が生い茂っており、隠すようにこれを囲んでいた。

 孫の手のようにも見える不思議な形の鍵だ。阿笠で無ければ、とても見つけられないであろう。


「………いや、純粋に凄くない?」


「そりゃお前に代わって失せ物調査も沢山やったからな。私も学習しているんだ」


「そこ張り合うなよ…。で、後はこのダイヤルか。これは流石に俺の仕事でしょ?侶湧村…蝋燭…十中八九6や9が含まれる番号でしょ。それかこの村の記念日や関連する年…。だから適当にぐーるぐーるしたら……ほら、空いたじゃん、結局素人の考えるロック番号なんてこんなもんでしょ」


 似たような事を言い合いながらも、数回回しただけでカチンと鍵が音を立てた。落とし閂も慣れないながらもすぐに解錠させる事が出来、扉を開く。俺達結構名探偵レベルが上がってきたんじゃない?と嘯いた。


「…お邪魔しま〜〜っつ!?!?」


 些か探検気分でポアが懐中電灯を蔵の中に向ける。

 ──そして、光源の先を見て喉の奥からヒュッと声にならない声が漏れた。





「ナ……に…………?」


 頭の奥がジン、と染み付くような痙攣。

 彼の手から懐中電灯ががしゃんと音を立てて滑り落ちた。


「ポア!」


 しっかりしろ、と阿笠が彼の肩を掴む。恐怖の滲んだ瞳を見つめて、阿笠は大きくは無いが強い声で呼びかけた。


「せん…せ…」


「落ち着け、アレは、本物ではない」


「………へ………?」


 阿笠が懐中電灯を拾い上げる。


 その光の先には、等身大の不気味な奇形の蝋人形が所狭しと並んでいた──。




「……あ、あは。なんだぁ。ただの人形か。ポアちんびっくりしちゃったじゃん…」


 ポアの顔に汗が滲む。笑ってみせようとするも、顔が強張り声も震えてしまっている。

 阿笠は努めていつも通りに感想を述べた。


「そうだな、私も驚いた…ただの蝋人形では無い。顔も肉感も目では分からないくらいに精巧。手や足、胴体の位置が可笑しい以外はな。神聖なものだかなんだか知らないが、私には冒涜的に感じるな…。

 こんなものを祭りに出したら色んな意味でSNS映え、日本の奇祭として取り上げられそうだ」


 いつも通りの阿笠の姿に、幾分か落ち着きを取り戻したようだ。或いは、無理をして平常通りを装っているのかもしれない。しかしそのお陰でポアは呼吸を整えてる事に意識を向ける事が出来た。頬をバチンと叩いたかと思うと、決意をして周囲を物色し始める。


「こんなん撮りたくないし、夢に出て来そうじゃん、ヤだよ。今はろうそく祭りの蝋人形?の事なんかよりも指だよ指。俺達が探してるのは本物の……あー、やっぱ気分悪くなって来た」


「おいおい」


 こんな気色の悪いものを見せられて、まともな精神状態でいられる筈が無い。

 手足の曲がれた老人、背中合わせに下腹部が繋がれた若い男女、胸がある筈の場所から伸びる老人の手、生首。足の集合体。有り得ない方向に手足がねじ曲がった笑顔の少年──

 それらをかき分けた先にある戸棚に、『それ』はあった。


「この箱…」


 両の掌程の大きさの桐箱。ショックを受けていたポアの視界に入れるのは酷だろう。阿笠は黙って自分の目で確認する事にした。


 中には、指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指──




 葉巻のように整列され、びっしりと、その箱の中に納められていた。




「……ポア、見つけたとして、持って行く訳にはいかないよな?」


「ん?そうだね。無くなったと知れば何をするか分からない。まだ泳がせておく方が賢明だ。なんならこの蔵を見張っておく?」


「それは無理だ。明日は祭り。祭事用にあの不気味な蝋人形を使うなら犯人以外の村人達も来るだろう。それに…」


「それに?」


「指の方を持ち出したり確認したりするならば、祭りで皆が出払っている時刻。祭りを楽しまずにここへやって来た者が犯人だ」


「…阿笠さんの言う通りだ。ならもう帰ろうか」


「ポア?」


「見つけたんでしょ、親指」


「………………ああ」


 二人は鍵を元通りに戻してから、来た道を戻った。足取りは酷く重い。嫌な汗が噴き出して止まらない。


「あ〜あ〜。宿に戻ったら、お風呂入ろうかな。ポーズじゃなくて本当に怖かったからさ…一緒に入ってくんない…?」


「勿論そのつもりだ。私だってあんなもの、恐ろしいに決まっている。お前の間抜けな顔を見ていないと悪い夢に魘されそうだ」


「間抜けは余計だっつの」


 今回ばかりは面白おかしく笑いながら推理するのは難しいだろう。憧れのあの名探偵だって、あんなものを見てしまえば恐ろしいに決まっている。ひょっとして、とんでもない事件に遭遇してしまったのかもしれない──。


 二人はなんとか軽口を叩き合い乍ら、宿へと帰っていった。




 ***




 昼間の侶湧神社の境内は、大きな賑わいを見せていた。地元住民や旅館の従業員を中心とした出店が祭壇を取り囲むように設営され、祭壇の正面には小さなステージが出来ており、伝統舞踊のデモンストレーションを行なっていた。

 ポアは昨夜の事を忘れるかのように浴衣姿で遊び回り、『ちいめろちゃん』といううさぎのキャラクターのお面を頭の後ろにくっつけていた。


「おい、はしゃぐな大学生」


「いーじゃん!阿笠さんだって久しぶりでしょ?俺とお祭り来るの。折角来たんだし遊んでいこ〜よぉ〜」


 はい、阿笠さんの分!と言って『シロミちゃん』のお面を彼の頭の上に乗せた。シロミちゃんは、ちいめろちゃんのお友達という設定の女の子である。


「ブッ!!思った通り、似合わね〜!!!」


「ならやるな!返金してもらってこい!」


「ヤダよ。折角オソロじゃん?ねーねー、それよか射的やりたい!」


「お前なぁ…」


 誰かとお揃いだなんて女のやる事である。男はあまりやらないものだが、彼はそれが嬉しいらしい。

 阿笠は不意に、彼がクラスの女子生徒たちとブレスレットをお揃いにしていた事を思い出した。何名かの男子達がこれに文句をつけたが、その後クラスの大半が同じブレスレットを付ける事に発展していた。男女関係の無い、友情の証だと言わんばかりに。それをわざわざ自慢しにきた時の、彼の表情が阿笠の頭に過ぎる。


「………う」


「…阿笠さん?ひょっとして具合悪い?大丈夫??」


 原因不明の焦燥感。祭囃子が遠くなる。もしかすると昨夜の事がまだ応えているのかもしれない。しかしそれを楽しもうとしているポアに態々言う必要は無いだろう。阿笠は競り上がってきた胃液を飲み込み、安心させる様に穏やかな口調で話した。


「いや…大丈夫だ。射的がしたいんだったな、何の景品が欲しいんだ?」


「…………、景品にサンテンドーのゲームが出てるんだよ。あれ取れたら凄くない?」


 ポアは阿笠の様子に何か気が付いたようであったが、それ以上追求するのはやめて「こっちに射的の屋台があったんだ」とその手を引いた。周囲を眺めながらゆったりとした歩調で歩く。

 目的の射的には、山田の姿があった。現役警官による華麗な技で次々と景品を撃ち落としている所であった。その隣で芝崎がおろおろしている。


「ふはははは!!我に死角無し!!!」


「せ、先輩…、やり過ぎるとまた出禁になりますよ!!」


「ファワッハッハ………え?」


 屋台の店主が深刻そうな顔をして山田を見ていた。その様子に気が付いた山田は、状況を理解し「け、景品はいらないので…あっ、この小さいマスコットだけ頂けますか?」と小さくなっている。


「山田さんマジハンパ無いよね〜つか!どうせ貰うならゲーム貰って欲しかったなあ」


「………」


 それなら普通に買えば良いだろう。阿笠はそう答えようとして、それを口に出来ずに居た。


「……あんなの見たらやる気無くすわ。阿笠さん、舞台の前でジュース飲もう。太鼓のステージも意外と面白いかもよ。」


 ずっとお祭りを楽しみにしていた筈なのに、ポアが気を遣ってくれている。いつもの彼ならつれなく置き去りにするのだろうが、”いつもの”では何かを感じ取ったらしい。

 ステージの前に設置されたベンチに腰をかけて待っていると、お茶とコーラを持って来てくれた。お茶が阿笠のものでコーラがポアだ。


 ──あの時も人混みに酔った私を、文句を口にしながらも休ませ、いちごのかき氷を差し出してくれた。その時、彼に何か言われたのだ──


『阿笠先生にお願いがあるんだ』




 ***




 本祭の蝋燭の点灯式まで、あと3時間程度といった所だろうか。日没に合わせて火が灯され、幻想的な風景を作り出す。その美しさは異世界に足を踏み入れたかのよう。──しかし、その裏側では奇形な蝋人形が作られていた。分かっていた事だが、会場のどこにもその蝋人形の姿は無かった。あれは一体なんだったのか。


「芝崎くん、私は一度例の場所を確認してくる。日も高いしまだブツは持ち出されていないとは思うが…念の為だ」


 射的の景品の『ジンくん』を芝崎にプレゼントした山田は、周囲を気にしながら耳打ちした。マスコットの頭を撫でて口元を綻ばせていたが、きゅっと引き結び仕事スイッチに切り替える。


「そうですね、私も行きます」


「いや、私一人で行こう。君はお祭りを楽しんでて」


 え、と目を丸くする芝崎と、山田は笑顔で別れた。確かにまだ何かが起こるような時間ではない。だからこそこうして物見遊山をしているのだが。何か気付いた事があるなら相談してくれる筈だ。慎重になっているのだろうと納得した。


「…と言っても一人にされても食べ歩きするくらいしか…」


 とはいえ履き慣れない下駄ではあまりうろうろするのも疲れてしまう。

 周囲を見渡すと、舞台前の観覧スペースに阿笠とポアの姿を見つけた。阿笠の表情はどこか暗く、顔色も良くない。


「………あの、阿笠さん大丈夫ですか?」


 芝崎が阿笠に声をかけてきた。真っ青ですよ、としゃがんで目線を合わせる。


「…昨晩の話の事ですか。私も、ショッキングな現場に居合わせた時は具合が悪くなるから分かります。まだ昼ですし、夜まで休んでは如何ですか」


 今の芝崎は旅館の地味な浴衣ではなく、藍色の紫陽花柄だ。鮮やかな赤い帯と髪飾りの造花が上手く締め色になっている。緩めのお団子ヘアでメイクも洗練とされており、なかなかに美しい。これは、宿を出る前に聖が準備してくれたものだ。こんな気の滅入る依頼をしてしまったお詫びだと言って阿笠達にウインクを飛ばしていた。そんな魔法使いの彼女はどうしても仕事に行かなければならないからと一足先に帰って行った。絶対に無理はしないでください、とも残して。


「……それは?」


 彼女の手に握られたマスコットに目が行く。


「あ、これですか。さっき先輩が射的で取ってくれたんです。うたのナイトさまっていうゲームの男の子なんです」


 嬉しそうにマスコットの頭を撫でる。アーケード品のチープな作りのものだが、なかなか味のある顔つきをしている。こういう物が今の女性のオタクにウケているらしい。


「お前達、仲良いんだな」


「い、いえ!阿笠さんと先輩程じゃ無いですよ」


「そんな事はない。最近はお前のお陰で、あいつも楽しそうだ。私とではああいう顔はしない」


 少し赤くなって否定する彼女が微笑ましい。芝崎の事を見ていると、幾分か気持ちが落ち着いてきた気がする。阿笠と背中合わせでコーラを飲んでいたポアがいつ口を挟もうかニヤニヤと笑っていた。


「も、もう!変な事言わないで下さい。心配して損しました。宿には一人で帰って下さいね。……ちゃんと帰って休んでて下さいよ?」


「わぁ〜おツンデレ眞理ちゃん〜〜!」


 かわいいじゃ〜んと声をかけるとますますその頬が朱にそまってしまった。


「分かった分かった。私は宿に帰る。後は皆で楽しんでおいてくれ。」


「あ、でも山田先輩は…」


「そういえば、山田には言ってもらえたか?」


 阿笠はちらりとポアを見た。

 軽薄でペラッペラな笑顔。女とみれば誰にでも言っていそうな甘言。


「似合っている、可愛いじゃないか…ってやつをだ」


 阿笠の意地悪な微笑に、芝崎は耳まで真っ赤にして驚き、尻餅をついてしまった。

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