蝋人形奇祭2
山田と芝崎は、マップを広げ観光客のふりをして村を歩いていた。芝崎は縞のTシャツにジーンズ、スニーカー。日差し対策にアームカバーを身に付けていた。山田は『へけへけハムカー』のプリントがされた半袖のパーカーに、カーゴパンツ、ベージュのチューリップハットという方向性は違うものの浮かれ野郎コーデである。
これなら住居区域に入ったとしても、不審に思われる事は無いだろう。因みに、先程道を間違えたらしいお客とすれ違ったばかりである。住民にとってもよくある事なのかもしれない。
「それにしても、どうして親指がこの村にまだあると思ったんですか?」
芝崎は周囲に話を聞かれない事を確認してから問いかけた。
「犯人像を考えろ。コレクションだよ。そういうものを集めて喜ぶ、快楽犯。今までも実際に被害者の慰留品を集める連続犯も居たな。殺害現場の写真を大量に押収された事例もある。ただ今回は、殺人があった訳では無い。そういうマイノリティの性癖か、何か目的があるのか…とにかく、そういった者はなるべく自分の身近に置きたがる。わざわざ遠い場所に隠したりはしない。何度も見返したいからな。」
「という事は、外部ではなく村の人間の犯行だと踏んでいる訳ですよね」
「そうだ。例えば海堂が石河県に集中させて連続殺人を行ったのは、誰かとゲームを楽しみたかったからだろう?今回は違う。ただ親指を持って行くだけでは、警察は動かないし村人達も余り問題にはしてくれない。問題にしたいなら、指が無くなる事で騒ぎそうな人間の所へあちこち行くだろう。人の不安を煽る様な何かを、もっとするだろう。問題にされないことを知っていて、こんな事を繰り返している…つまり、単独にせよ複数犯にせよ、騒がれない事を都合が良いと思っているという事だ。」
海堂龍──芝崎はあの事件の事を思い出した。海堂は身内内外から愛情を一心に受け、不足なく何もかもを与えられた、恵まれた人間であった。しかし彼の何がそうさせたのか、殺人という非日常を好み、楽しんでいた。
快楽犯という人種は、理解し難い。
「ああ、やはり。見給え。あの家、玄関が開けっ放しだ。これが常なら簡単に人に入られてしまう」
築年から長いのだろう、木造家屋の引戸。土間に畑作業用であろう泥塗れの長靴があるのが見えた。
田舎あるあるの風景に、芝崎は苦笑いを浮かべた。自身の実家も施錠という概念が薄く、知らぬ間に近所の人が野菜を置いて行くなどあるような所なので親近感を覚えてしまった。
「…先輩、あそこの家。喪中なんですね。今時珍しい…玄関先に貼り紙がしてあります。なんて分かりやすい」
野菜を置いて行く感覚で、遺体の指を持っていく事など容易いであろう事が想像出来てしまった。しかし、この家の間隔、垣根の少なさだと他の住民の目に留まる可能性は否めない。
見知らぬ人間が喪中の家に何度も忍び込んで見つからないというのは流石に違和感がある。そう二人が感じ取った所で、背後から声がかかった。
「──その先に行ってはならん」
畑作業用姿の初老の男性。引いている手押し車には、沢山の農作物が積んであった。
「おや、そうでしたか。…この先には何が?」
3人の見据える方向には、家は無く木々が生い茂り、人一人がやっと通れるような細い道が開けられていた。奥に見えるのは、昼間でも暗い闇。
「村のお祭りに使われる道具が奉納されている蔵だ。神聖な場所だから、住民でも普段は行ってはならん事になっておる。」
──この侶湧村では年に一度『ろうそく祭り』が開催される。蝋燭の灯りで村中がライトアップされるのだ。幻想的な風景を見に、この時期に観光に来る者が多い。SNS映えのするシチュエーションなので、ポアもどうしても来る時期を合わせたいと言っていたのだ。
「ちょうど、明日の夜ですよね。楽しみだなあ!
ところでおじさん。私達、ここへ行きたいのですが」
山田は笑顔を作って男性に地図を見せた。「ああ、そこならこの道を…」と案内を受けてお礼を言ってその場を立ち去る。芝崎は、黙って上司の後に続いた。
「……あの、ひょっとしてなんですが」
「ああ。ひょっとするかもしれんな…」
ちらりと振り返ると、男性は二人を見ていた。彼の、妙に張り詰めた空気。あれでは、何かあると言っている様なものだ。
「それに…気づいたかい芝崎君」
「はい、これはちょっと異常ですよね」
「そうだな…」
開けっ放しの玄関。カーテンの無い窓。木々の影──多くの視線が、こちらに向けられていた。
「居住区に入ってすぐだ。先にすれ違った観光客も見られていたから、常に余所者を警戒しているのだろう」
この怪事件に本心では村人も警戒しているのかもしれない。それとも、知られてはならない何かがこの村にはある…。後者の可能性が高いような気がしてならない。
「ともあれ、日が落ちて来た。一応ここに立ち寄ってから宿に帰ろう」
先程男性に訊ねた、観光スポットの侶湧神社。教えてもらって行っていない事を知られたら困るだろう、との事だ。
「今はお祭りの準備中かもしれませんね。沢山の蝋燭の祭壇に灯りを付けて、鎮魂・無病息災を祈るんでしたっけ」
「最近では恋愛成就の祈願でも有名らしいぞ。芝崎君は蝋燭を貰っていたけれど、やるのかい?」
聖に貰ったハート型の蝋燭の事を言っているらしい。お祭りでは村で作った蝋燭を祭壇に上げて、お祈りが出来るのだ。
何気ない山田の問いかけに、芝崎は過剰に声を荒げた。
「や、やりませんよ!!遊びに来た訳じゃ無いって言いましたよね!?」
「良いと思うが、そのくらい。どうせお祭りに行くのだろう?」
大声をだして慌てる後輩に面食らう山田。君のような年頃なら好きな男の一人や二人…と言い出す山田に、芝崎はなんとも言えない気持ちになってしまった。恋愛に興味が無い女など存在しないとでも言いたげだ。
──結婚したら、こんな大変な仕事はやめろと言われてしまうかもしれないのに。それで辞めちゃっても、先輩はいいんですか?
「…………」
…とは言えなかった。そんな事まで考えてはいないのだろう。
「なんだ、怒るなよ……ハッ!そうか、君は聖女マリエンヌ…聖女たる者、純潔で無ければ」
「それ以上はセクハラです」
どうせやるなら、全ての同性愛者の恋愛成就を祈る。そう適当に返事をすれば、おお、流石は聖女!深遠なお考えだ!!と戯けられ、芝崎は思わず上司の足を踏み付けた。
***
──夜。それぞれの探索を終えて、夕食の前に風呂に浸かる。折角の温泉旅館で、入らない理由は無い。日々の疲れが洗い流される…。
「……と、言う事なんだ。だから芝崎君は今すこぶる機嫌が悪い」
「それは山田が悪いな」
「ええっ!?」
「デリカシー無さすぎじゃん」
男三人、お湯に浸かって歓談中だ。山田は、好きな男がいないのか、恋愛祈願しないのかという事を芝崎に訊ねた事を探偵とその助手に話した。
「芝崎は二十代で捜査一課に入ったのだろう。才覚はあるのかもしれん。しかし、女性としてはおぼこいというか…男性経験が余り無さそうだ」
「それは分かっている。だが、興味が無い訳では無いだろう。女の子なんだから」
「山田さんそういうとこはアホだよね。」
ポアが顔の前でバツを作った。友人二人に駄目だしをされるも、山田はよく分からないと首を振った。
「警察は男社会だ。有能な男が沢山居るぞ。出会いも多い」
「そうじゃない。芝崎の気持ちを考えてやれ。彼女は…田舎の出身だそうだな」
「そうだ、能戸市出身だと聞いた事がある」
能戸は石河県でも自然豊かで農作や漁業も盛んな土地だ。都会的な店などは無いが、食べ物は県内の何処よりも新鮮かつ美味しいと言われている。
「田舎を出た年頃の娘と言えば…色々あるだろう。実家から女の幸せは結婚だと説かれ、良い人は出来ないのか、まだかと急かされ。帰ってこいとまで言われているかもしれんぞ。折角努力して刑事になったのに、辞めろと言われている可能性すらある。それで芝崎が男性に積極的になれると思うか?」
「苦労してやりたい仕事に着いたのに、男に構ってる余裕なんて無い!って反発してそうだよね…モテなさそーだから余計拗らせてるよアレは」
阿笠は流石にそこまで言うと可哀想だろう、とポアを叱咤した。つまり、阿笠もそう思っているという事である。山田は目から鱗だったようで、目を丸くした。
「成る程。確かに、私も実家からの見合い話はウザい」
なら分かってやらないと駄目だな、と諭した。
「私は、ただ……。知っておきたかっただけなんだ。芝崎君に好きな男がいるのかどうか」
自分は悪くないとも言いたげに目を逸らす。阿笠とポアは顔を見合わせ、そしてにやにやと同じ顔をして彼に詰め寄った。
「ふーん?でもそれを知ってどうするつもりだったの?野次馬根性っしょ。」
「芝崎君に好きな男が居るなら…場合によっては消しておかないとならないだろう?」
「え?今なんて?」
突然の物騒な発言に、今度は此方が目を丸くする番だ。至極真面目な口調で話すので、いつものジョークでは無いようだ。温泉の温度が下がった様な錯覚を覚える。
「あれは私のだ。やっと見つけたベストな相棒だ。それをポッと出の男に?私達の時間を裂かれるのは我慢ならない。邪魔をする者は…許さない」
「え、ええ〜…」
山田さん、眞理ちゃんの事好きなんじゃ〜ん!と茶化すタイミングを伺っていたポアは、二の句が告げなくなっていた。阿笠もドン引きである。
「とんでもない事を言うな。芝崎はお前の物では無いぞ」
「物の例えだ。芝崎君には、私のお眼鏡に敵う、然るべき相手とで無くては」
「………父親か!」
よく自分に対して行なっているツッコミを、まさか他者にする事になろうとは思わなかった。力説する山田は「なんだかすぐ悪い男に騙されそうじゃないかあの子…」などと呟いている。納得のいかないポアは、別の作戦に出る。
「ポアちんが思うにさ〜、第二の可能性もあるよね」
「第二の可能性?」
それはなんだ、と阿笠が訊ねた。山田もまだ何かあるのか、と首を傾げた。
「………え?おっさん達本当に分からないの?」
教えてくれるのかと思えば、ポアは有り得ないと言いたげに顔を顰めた。
阿笠は暫く考えてから「ああ」と彼の意図に気付いた。
「……確かに、そうだ」
「なんだ、なんなんだ阿笠。早く教えろ」
さっぱり分からない、と首を捻る。
ポアは大きな溜息と共に「もー無理だから先に上がってるね」と温泉から上がった。
「山田。あいつ…お前に気があるんじゃないのか?」
「……………はん?」
山田の口から聞いた事もない間抜けな声が漏れた。
***
──芝崎と聖が温泉から出て来ると、男部屋では既に酔っ払い三人が出来上がっていた。
「眞理ちゃん聖ちゃん遅かったじゃーん!先にやっちゃってるよーん」
「あらあら…」
机の上には、日本酒の瓶が五本も空いていた。食事は二人を待っていたらしく、肴を別で注文し料理は待ってもらっているようだ。
ポアはお猪口を片手にレジェンダーズセカンドシングルだと言って(尚CDは一枚も出していない)歌い始め、阿笠はこっくりこっくりと舟を漕いでいた。山田はというと、何故か浴衣を裏返しに着ていて、難しい顔をし乍ら無心に枝豆の皮と身の仕分けをしていた。
「……どういう状況?」
「…おや、やっと来たか。先に飲んでいたぞ」
「えっと…大丈夫ですか?」
「うん?何がだ?」
全員、とても大丈夫そうには見えない。特に山田は口調こそはっきりしているもののいつも以上にに挙動が可笑しい。タイミングよく女将が料理を運んできてくれるが、男性陣は既にまともに食事が出来る状態ではない。
「あらあら…阿笠さままで、酔っていらっしゃるとは。少し意外ですわ」
「運悪くいつもの発作が始まったのだ。窓の外に女子高校生の幽霊が見えるとか言い出して…それで…」
「…本当にそれいつもの発作なんですか?幽霊は流石に、精神的疾患じゃ…」
「確かにこのお宿にはそういういわくもありますけれど…でも悪い霊は見た事が無いので大丈夫ですわよ?」
宿に着いた時にポアが幽霊の一つでも出そうと言っていたが、本当に出るとは思えない。女子高校生の幽霊など、ピンポイント過ぎる。
聖が何か言い出した事は、全員聞かなかった事にした。
「…あ、あはは。マジでしょーがない人だよね。まだ早いけど先に布団敷こっか」
部屋の物置には、布団が二組収納されていた。料理を運んでいる途中の女将が私がと言ってくれたが「ばーちゃん重たいからいいよ」とポアが笑顔で答えていた。ほろ酔いで陽気な気分になっているようだが、まだまだ元気そうだ。
「ほら、阿笠の事はもう良いから君達も座って食べなさい」
眉間に皺を寄せ乍ら眠る男の姿に、なんだか可哀想な人だな…と芝崎は視線を送った。布団を敷くのを手伝う次いでに掛け布団をかけてやり、食膳につく。色とりどりの豪勢な料理が所狭しと並んでいた。
「ん〜!おいし〜!!普段はジャンクフードが多いからこういう贅沢なご飯は骨身に染みるよ」
ポアはこれ何?山菜?わかんないけどうめ〜と能天気だ。そうだな!と山田も相槌を打っていたが、目が虚ろである。
「……先輩も、そろそろ寝たらどうですか?明日早く起きなきゃいけませんよね?」
「何故だ、私は元気だぞ芝崎きゅん!」
「いや呂律……」
「いいじゃありませんか。明日無理矢理起こして差し上げれば。それより眞理ちゃん、これ美味しいですわよ」
聖は楽しそうに和牛を勧める。料理に罪はない。様子の可笑しい人達は放っておくべきだと判断し舌鼓を打つ。
「本当だ…こんなの初めて食べました!」
「でしょう?眞理ちゃん、あ〜ん…」
「なっ!お行儀が悪いですよ!?」
「……………」
差し出された箸を引っ込めさせる手段が分からず、文句を言いつつもぱくりと食べる。嬉しそうに微笑む聖に、芝崎も照れるしかなかった。少し辛辣な一面もあるが、黙っていれば美少女だ。美少女に「あ〜ん」をしてもらって嬉しくない人類など居る筈も無い。
「嫌ですわ山田さま…そんなに見つめられてはイチャイチャ出来ないじゃありませんか」
「い、イチャイチャって!」
べったりと聖が芝崎にくっ付く。彼女からは薔薇のとても良い香りがした。
「み、見つめてなどいない!ただ、仲が良いのだな、と…」
朱染まった顔で否定されてもあまり説得力は無い。ばちりと芝崎と山田の視線が合ったが、気不味げに彼の方から視線を逸らした。
「う………私も相当酔っているようだ。今夜は早く眠ろう……む、なんだこの枝豆の山は」
自分で剥いたんじゃないですか。ツッコミを入れても理解が出来ないようで、動揺と困惑の表情を浮かべていた。先程まで元気にしていた少しポアも眠そうである。
芝崎と聖はなんだか居た堪れなくなり、早々に食べ終えて男部屋の消灯をしてやった。
***
──豪勢な食事を頂いて、夜も深まった頃。芝崎は、僅かな物音に目を覚ました。隣を見ると、聖が眠っている。彼女がトイレに起きたという訳では無いらしい。
「………?」
耳を澄ますと、誰かがこの客室に入って来た事が分かった。鍵は閉めた筈だ。不審者かと思い、警戒し布団から身体を起こす。まさか聖や阿笠の言っていた幽霊ではあるまい。
「ん〜………」
「せ、先輩?」
部屋の襖を開けて現れたのは、眠そうに目を擦る上司であった。つい先程まで寝ていたらしく、浴衣が着乱れている。月明かりに照らされて彼の手元が見える。互いの部屋の鍵を一本ずつ分けていたので、それで入って来たのだろう。
「あの、こんな夜更けに何か…」
訊ねようとするも、ごろりと山田が彼女の布団に寝転がる。その拍子に押し倒されて、身体が密着した。
「ちょっ…寝惚けてるんですか!?先輩の部屋は隣ですよ!ウッ、酒臭…」
聖を気にして、大きな声で起こす事ができない。そもそも他のお客も泊まっている。防音の設備もない古い旅館なので騒げば全て筒抜けだ。
「………ふふ、芝崎君の夢か……、まぁ、悪くは無いな…………」
そう言って胸に抱かれて頭を撫でるので、何も言えなくなってしまった。職務上同じ部屋で寝た事はあるし、馬鹿な事ばかり言う彼の背中を叩いた事だってあった。──だが、こんな風に抱き締められた事は無い。
見上げると、昼間見るよりも幼く無防備な寝顔があった。ただし、その吐息のアルコールが成人した男を意識させる。
「何考えてるの。こういう展開は、阿笠さんとおほもを…」
現実逃避をしようにも、寝ようにも次第無理な話である。
夜が終わったら、何を話せば良いのか、どんな顔をすれば良いのか。
経験不足の彼女には、到底答えの出ないものであった。
***
「うう〜ん、おはよう阿笠………」
「おはよう御座います、先輩」
「うん?」
所謂朝チュン。…ではなく、山田が目を覚ますと布団ごと簀巻きにされていた。状況を把握しようと周囲を確認すると、正座でお説教モードの芝崎と、仁王立ちをするロリィタ娘が居た。
「山田さま。女子の部屋に無断で入るとは何事ですか?酔っ払っていた、では済まされませんよ」
「え!?ここ女子部屋!?」
全く昨日の記憶が無い…としらばっくれようとしたが、聖の笑みが恐ろしくて言葉が引っ込んでしまった。
「あの、こういうの良くないと思うんです」
「…そうだな、あのえっと、ごめんなさい…?」
「取り敢えず謝っておけば良いと思ってはいませんか?」
ゾッと背筋が凍る。しかし逃げ出そうにも布団のホールドによって文字通り手も足も出ない。
「思ってない!本当にすまなかったと思っている!」
「………そうやって人との距離感を間違えるから、今までの相棒と上手くいかなかったんじゃないんですか?」
「芝崎くんごめ…………って、ええ?」
芝崎は至極真面目に山田を見つめていた。正確には、睨んでいたといえる。聖も友人へのセクハラに怒り浸透だったが、被害者の彼女が斜め上の事を言い出すのできょとんとしている。
「先輩が上下関係無く、フレンドリーなのは知ってます。でもそれも過ぎれば毒です。」
「…ちょっと話が見えないんだが…」
「先輩の事は、とても信頼出来る上司だと思っています!だからと言って私のプライベートに踏み込まれるのは嫌ですし、酔っていたとはいえ過度なスキンシップも困ります。分かります?」
「……うん」
恋愛経験値の無い芝崎は、まさか自分と上司が親密な関係になるとは考えが及ばず、ただ距離感が分からない人という結論に至ったらしい。
態とでは無いにしろ照れるなりいじらしい反応を期待していた山田は、お陰で冷静になってきてしまった。阿笠がポアが風呂場で言っていた事は全くの検討外れだったのだなと思う。
「…何ほっとしてるんですか?」
聖に突っ込まれてぎくりとする。いやいや、と首を振って否定しつつ「もうしないから、解放してくれないかい?」と懇願する。
「まあ、これから調査に行かなければなりませんし…」
「眞理ちゃんが良いならいいですけれど…次は許しませんわよ」
簀巻をなんとか解いてもらい、男部屋でみんなで朝食を摂る為身支度をする。山田は一度部屋へ戻っていった。
「…芝崎くん」
「な、なんでしょう?」
去り際、芝崎に一言耳打ちをする。先の一件でまだ動揺気味なのか、どもっている。
「……こんな風に接するのは、君だけだよ。今までの人達とはもっとドライだったからね」
「えっ?」
「私には親御さんから大事なお嬢さんを預かっているという、責任がある。だからあれこれ気になってしまうんだ。……であれば尚更こんな事はいけなかった。今回の事は私の過ちだった。悪かった」
「は……」
「ではな。また後で」
パタンと閉じられる扉。芝崎の中で父親、という単語が反芻されていた。本心なのかは分からない。けれど、私が嫌がる事はしない人だという信頼が一悶着の直後だというのに、未だ揺らがない事に自分自身でも驚いていた。
「……嫌ですよ。こんな手のかかる父親は」
──余談だが「ハッ…先輩は起きた時おはよう阿笠と言っていた…つまり、抱きついた相手は阿笠さんだと思っていたという事…?やはりあの二人は出来て………名推理か?」と灰色の脳細胞が活性化し聖に報告して「そんな訳ないじゃない」と一蹴されていた。




