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パリピ探偵ポア  作者: 吉良 瞳
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【913:あ】お花見

 

「お早う御座います、阿笠さん、ポアくん!」


 日頃は見向きもしないのに可憐な白い花を咲かせた途端、人々は桜の木の下に集う。美しい振りをして人間の死体を肥料にする様な悍ましい存在と知りながら、それでも集うのはその花に余程魔力がある所為だろうかー…。

 否、これはただの迷信でしかない。そもそも人間はありとあらゆる場所で死んでいる。ただ我々にとって桜の花は、死を連想させてしまう妖花。忌み嫌っても不思議では無いのに、こぞって木の下にレジャーシートを敷き、弁当を並べて、酒を酌み交わす。愚かな事だ。しかし、現在私自身もその愚かな行為に勤しもうとしていた。だって、無邪気にあの子が「お花見をしよう!」と言うものだから。私は花見になど行きたくないとついぞ言えず、とうとうその日がやってきてしまったのだった。

 ーー判沢市の桜の名所。判沢城公園。この季節は市民に無料開放され多くの人々で賑わっていた。


「場所取りを任せてしまって、悪いな。こいつが言い出した事なのに」


「眞理ちゃんおっはよ〜!はいこれ、“あったか〜い”のココア!寒かったでしょ」


「有難う御座います。いえいえ、良いんですよ。身分的には私が一番下っ端ですからね!」


 夜明け前から場所取りをしていたのだろうに、元気な事である。山田の部下である芝崎眞理は自ら一番面倒な場所取りを志願して、このお城と満開の桜を臨める絶好のスポットを抑えてくれていた。

 しかし、はて。芝崎が一番下っ端というのはどういう事なのだろう。それならば、大学生のポアが一番下だろう。


「眞理ちゃんが一番下なの?」


「そうですよ?一番偉いのがポアくん。だって探偵じゃないですか。で、次に阿笠さんと山田先輩。私の上司とそのご友人で、新人の私は一番下です」


 …探偵というのはそんなに偉いのだろうか。寧ろ、本来地味な仕事の多い探偵と探偵助手が一番下の様な気がする。収入だって公務員と私立探偵では雲泥の差だ。物語の世界では確かに偉い様に見えるが…とすると、ひょっとして本当の所、一番の下っ端は私なのではないだろうか。まあ、彼女が私を上に見てくれているのだから黙っておこう。


「だいたい、私は場所取りだけでお花見の準備は全部皆さんに任せてしまいましたからね」


「いーのいーの。俺はみんなでやりたいゲーム思い付いたから、その準備もあったし。買い出しなんてついでだよ!」


「ゲーム?どんなゲームですか?」


 芝崎とポアは歳が近い所為もあるのだろう。せっせとお菓子やお酒の準備を進め乍ら楽しそうにお喋りに興じ始めた。…一体いつの間に仲良くなったのだろうか。今時の若者に振る話題を持ち合わせていない私は、レジャーシートの隅に鎮座しスマートフォンを開いた。小さな液晶に、文字を打ち込んで送信する。


『山田。遅い。早く来い。』


 するとまもなく、返事が返って来た。


『すまん。準備に手間取って居たら遅くなった!もう着くぞ!٩( 'ω' )و』


 …準備に手間取るとは。男の癖に、一体何を手間取ると言うのだ。普段はきっかり時間を守る男なのに、如何して今日に限って遅いのだ。顔文字を選んでいる暇があったら急いで来い。

 私は自撮りをし始める二人を直視出来ず桜を鑑賞している振りをした。


「ね〜、阿笠さんもぼっち決め込んでないで一緒に撮ろ〜!こっち来なよ、このアングルちょ〜フォトジェニックだから」


「撮らん」


「あらあら。ポアくんがちゃんと構ってあげないから拗ねちゃいましたよ?」


「え〜まじか!きも〜!…ごめんて、阿笠さん。帰ろうとしないで」


 若者に当てられてしまった枯れて老木となるばかりの私は、腰を浮かそうとした。が、ポアが腰に巻き付いて引き止める。後で文句を言われても困るので、仕方なくその場に残る事にした。


「ええと、これは一匹狼攻め×魔性受け…?それとも甘え攻め×クーデレ受け……?」


「阿笠さんが帰ったら誰が俺を家まで送ってくれんのさ〜!」と、ポアから居てくれなきゃ困るアピールを受ける。この間芝崎が呪文を唱えて居たが、私は邪魔をする事無く何も見えて居ない聞こえていない振りをした。…仮にも警察官がしていい顔では無い。と、丁度いい所に山田がやって来た。


「待たせたな!諸君!…嗚呼、思い出すぞ。天界で開かれた宴の日の事をな!この桜並木は実に、あのサンクチュアリによく似ている……」


「遅いぞ山田。お前の相棒が悪魔召喚の呪文を唱えているぞ。この世が混沌と絶望に包まれる」


「な、なんだとぉ!?マリエンヌ、まさか貴様、ニャルラトホテプの手先か!?!?」


「…何でそうなるんですか」


 山田の芝居がかった登場に、近くで花見をしていた集団が此方を見た。「あそこもう出来上がってるよ〜」「ははは」…と実に楽しそうである。私は楽しくない。山田は、万年楽しそうな男だが。


「…それで、山田さん。どうしたの?その大荷物」


「…昼飯の準備を頼んでいた筈だが」


 芝崎が場所取り担当。私とポアがお菓子とお酒、催し物担当。山田がご飯担当と事前に割り振ってある。彼は靴を脱いでシートの上に上がり、その巨大な風呂敷包みを解いた。


「無論、お弁当だぞ。調子に乗って沢山作り過ぎてしまってな…それで気が付いたら出かける時間になってしまって。悪かったな」


「ええっ!?これ先輩の手作り!?」


 高く積み上げられたお重を開くと、色取り取りの食材が詰め込まれていた。目出度い色合いの蒲鉾に海老、黒豆。筍の煮物に栗金団。宛らおせちである。

 その下の段にはお弁当らしく卵焼きにタコさんウィンナー、ミートボールにひよこの形をしたポテトが入っていた。そしてさらにその下にはおにぎり。もうひとつ下は赤飯。その下にはー……。


「気持ちが悪い」


「阿笠!?ここは、『すごーい!』とか、『頑張って作ってくれたんだな』とか、『超料理男子じゃん!』と褒め称える所だろう!?」


「……お前が器用なのは知っている」


 これだけの料理を一人で作って来るのは純粋に凄いと思う。褒め称えてあげてもいい。だが、タコさんウインナーやひよこのポテト、ハートや星の串が刺さったベーコン巻き等々、女子力を発揮している点が非常に気持ちが悪かった。山田が一人でこれを作っている姿を想像したくない。この感情は『キモい』ではなく『気持ちが悪い』と表現したい。ーー彼は、今年で幾つだったか。


「えー!やべー!超美味そうじゃん!!天界の料理やぁ〜〜」


「くっ……山田先輩に女として負けた、だと……!?」


「このギルバート・シュヴァルツに不可能は無いのだ!ふははは!!」


 私の反応に愕然とした山田だったが、二人の尊敬の視線に直ぐに機嫌を良くする。いや、不可能はあるだろう。私は彼の弱点を十は知っている。…いや、三つくらいか。……やはり、一つ………。………。


「てっきり出来合いの物を買って来てくれるもんだと思ってたから、悪い事したな〜。山田さんが一番の功労者じゃん。はーい、一番高いお酒あげる」


「うむ。結構結構。だが、私が好きでやった事だ。気にするな。喜んで貰えたのならなにより。おい、喜べ阿笠」


「ああ。喜ぶ」


「無表情で言われてもな……」


 全くお前と言う奴は、と小突かれる。今日の花見を盛り上げようとしてくれた気持ちは、嬉しく思う。ポアが楽しそうにしているので、私はそれで満足である。


「はーい、みなさん!お手元に飲み物は行き渡りましたか〜〜?」


 慣れた調子で、ポアが音頭を取る。


「今日は大いに親交を深めちゃいましょ〜〜うぇーーい!!!かんぱーい!!!」


「「かんぱーい!」」


「…乾杯」


 控えめにビールを傾けると、隣に座るポアがかつんと缶を打つけてくれた。山田も芝崎も缶を寄せてきてくれて、盃を交わす。ちびり、とアルコールを喉に流し込むと、ポアがおお〜〜と御機嫌そうな声を漏らした。


「阿笠さんがお酒飲んでる〜。めずらしー」


「あれ、阿笠さんはお酒飲まない方なんですか?」


「普段はな。酒を飲むと頭がくらくらして思考が定まらない。飲む時は、体内を消毒する時だ」


「消毒?」


「ああ。こんな外での食事だぞ。黴菌が沢山に決まっている。それに手作り弁当など雑菌の温床だ。だから酒でアルコール消毒し乍ら食べるのだ」


「あ、山田さんがちょっと切ない顔してる…」


「いや、いいんだ。いつもの事だから」


「…別にタローくんが悪いとは言ってない」


 見た目を楽しむでもなく、がぶりとクマを象ったハンバーグを食べる。山田は感激して私を見た。


「図書…!」


「…阿笠さん酔うの早くない?」


 そんなに早く酔う奴が居るか。缶ビールの三分の一程しか口を付けていない。ただ、酒が入ると言葉の取捨選択や判断が鈍ってしまうので忌々しい。


「さぁ〜て、場もあったまった事だしゲームやる?」


「やりましょ!やりましょ!早くルールを教えてください!」


 出したくて出したくて堪らなかったらしく、早速お手製の箱を取り出すポア。箱の側面にはクエスチョンマークが描かれ、上の部分には片手が突っ込める穴が空いていた。それから、白紙の紙を数枚皆に配る。


「この紙に問題を書いてね。クイズでも良いし、自分で作ったなぞなぞでも。大喜利でもオッケー」


「何でもありだな」


「その方が面白いでしょ?書き終わったらこの箱に入れて引く!当たった問題をみんなでやろうって訳。

 正解者に一ポイント、全員不正解の場合内容によっては問題作成者に一ポイントね。点数の高かった人には豪華景品をプレゼントしまーす!」


 むふふ、と笑い乍ら自分の背に置いたラッピングされた包みを見る。芝崎と山田は「おおー!」とやる気を見せた。…事前に会費だと言って五千円もふんだくっていったのはこういう訳か。


「えー、何書こう。ルール的に難しい問題にした方が有利だよね」


「絶対誰にも解けない問題は駄目だよ眞理ちゃん」


「分かってますって」


 ポアは何を書くか事前に決めてきた様で、すらすらと書いている。私達三人はやや時間を要して問題を作成した。


「はーい!じゃあまずは俺から引きまーす!引く人は交代でやるから心配しないでね。まず一投目!じゃんじゃじゃ〜〜ん」


 箱の中に入れた紙をぐるぐるとかき混ぜて、一枚の紙を引っ張り出す。折り畳まれた紙を開いて、問題を読み上げる。


「『問題です。さとし君はお菓子屋さんへクッキーを買いに行きました。その後、ひろし君がキャンディーを買いに行きました。更にその後、さちこちゃんがクッキーを買いに行きましたが売り切れていたのでアイスクリームを買いました。お菓子屋さんには何が残こっていますか?』…誰これ、小学生の算数みたいな問題文書いた人」


「あ、それ私です」


 芝崎が手を挙げて名乗りだす。ポアはしらーっと目を細めて「あのさあ」と呆れた声を出した。


「せめてもう少し良いなぞなぞ思いつかなかったの?」


「え?私の周りでは正解率の低い良いなぞなぞなんですけど」


「まじか…」


 ポア的にはがっかりの問題だったらしい。「とりあえず、答え書いて一斉にドン!するよー」と言って自分の用紙に答えを書きつけた。私も、多分こういう答えなのだろう…という事を書いてゆく。山田も考える様子もなくすらすらとペンを動かしていた。


「はい、みんな書けたね。じゃあ答えオープン!」


『全てある』


『全て残っている。さとし君が買ったクッキーとさちこちゃんが買ったクッキーが同一の商品だとは言っていない』


『全部ある。解答が面白くない。落第。』


「ちょっと、ポア君!落第って何ですか!!」


 順に私、山田、ポア。…確かに、問題としては微妙だった。芝崎は「全員正解って嘘でしょ…しまった、彼等は探偵と刑事…この程度の推理ゲームでは駄目なのか…」とぶつぶつ呟いている。これの何処が推理といえよう。こんな粗末ななぞなぞは初めてである。


「はーい、じゃあ俺と阿笠さん、山田さんに一点、眞理ちゃんマイナス一点」


「マイナスってそんなルール聞いてませんけど!?」


「はい次〜」


 芝崎の非難を無視して山田に箱を渡す。山田は苦笑いをし乍ら、紙を引いた。


「…。『恋バナ大会!一番面白かった人が勝ち』………。誰だ?」


「お、一番引いて欲しいやつキターー!」


「ポア、お前か」


 そうでぇ〜す!と缶酎ハイを持ったまま万歳動きをする。…私に少し中身がかかる。勘弁して欲しい。


「ほらほら、誰から話す?」


「え、ええ〜…」


 紅一点の芝崎が余り乗り気では無さそうだ。こういうのは女子が一番好きなのだと思うのだが…。


「人の話は聞きたいですけど、自分の話はしたくないですね」


「それはまあ、同感だな…」


「早く早く!」


「じゃあそういうポアからやれ」


 こういうのは言い出しっぺの法則だと古来から決まっている。別に良いけどさぁ、と酒を飲んでから語り始める。


「この間大学の女の子に告られて、まあまあ美人から付き合ってたんだけど〜、サークルにすっげー可愛い子が居てさ。二股しちゃったんだよね〜。で、それがゼミの先輩のオネーサンにバレちゃって、黙ってる代わりにってやっちゃった!そしたらそのオネーサンともなんやかんや仲良くなって、そのオネーサンが呼んでくれたコンパでまた別の女の子二人を食べちゃったんだ!そしたら一応彼女の子にコンパの事バレちゃって〜。めっちゃ怒られた〜。でもその子も二股してやんの。しかも教授とエンコーってやつしててさぁ、俺ハゲのおっさんと同じ穴で擦「全然面白くない」「公共の場でそういう下ネタは良くないぞポア君」「リア充怖いリア充怖いリア充怖い」


 …ポアが碌な女づき合いをしていないのは知っていた。いたが、これは聞きたくなかった。父さんは心配だ。人生経験の積んでいる私も山田もドン引き、芝崎に至っては怪談話でも聞いたかの様に真っ青である。


「えー?面白くない?教授と俺は反りが合わないけどアッチのソリは合うってはなし」


「そういうオチだったのか…悪い、今の話は聞かなかった事にしよう」


「………次だ。次、山田」


「え、ああ。ああ…」


 ポアは思った反応が来ず不満そうな様子であったが、私が山田に振ると話を聞く姿勢に入った。芝崎も気を取り直してご飯を食べ乍ら山田を見る。


「面白い恋愛話…と言われると困るのだが。…以前お付き合いをした女性で「先輩にも彼女って出来るんですか」マーリエンヌゥウ!?!?」


 …話出そうとして、芝崎がチャチャを入れる。その疑問は分からなくも無いが、一応この男は『モテる』のだ。一先ずは。山田は心外だとばかりに彼女の渾名を呼んで非難した。


「私はこれでも、捜査一課で一番の功績を上げている、エリート刑事だぞ!?」


「エリートって自分で言っちゃうんだ」


「私の父は元政治家だし、結構偉い方々とも知り合いだし、高い店も知っている」


「それってまさか…」


 芝崎が知らなかった、とごくりと唾を飲み込む。その嫌な予感は恐らく当たっている。


「金目当ての女が寄って来るやつだ」


 復活したポアが元気の良い声でずばり言い当てる。山田は神妙に頷いた。


「それで…その。お付き合いした女性がな?始めの内は私の趣味を許容してくれていたんだ。『少年の心を忘れない男の人って素敵ー!』とさえ言ってくれた」


「先輩の場合は度を超え過ぎていますけどね」


「…だが、ある日父に世話になったという若手議員のパーティに参加する機会があって一緒に行ったんだ。そうしたらその後」


「その後?」


「寝取られた」


 真顔。タコさんウインナーを齧り、足を捥ぐ。


「怖い話するお題でしたっけこれ!?」


「私のスマホに映像が送られてきてな、議員に×××を××られた彼女が『私この人と付き合う事になりました。オタクなあんたなんかもう沢山。まじきっしょ。どうせ童貞だったんだから私と付き合えて良かったでしょ?さようなら』と言って喘いでいたんだ。エロ同人みたいに。エロ同人みたいにだ!!」


「ちょっと、山田さんも下ネタじゃん」


 話の佳境で当時の事を思い出したのか、くっと唇を噛んで目を伏せる。そして「私は童貞ではないぞ…!」と呟いた。

 ポアは薄情にもイカの燻製と焼酎を手に自分の話と同類扱いをした。…もう少し一緒に悲しんでやれ。


「一体幾ら貢いだと思ってる!!」


「ええ…」


「山田はいつもこんな感じだ」


 まあ、山田の恋愛話は毎度こんな具合なので私にとっては今更である。


「…じゃ、次だ。次は阿笠だ」


 自分の話は以上だと此方に順番を回す。といっても、彼程浮いた話も無いので口籠る。


「聞きたいです!阿笠さんの話。一番大人の恋愛してそう…」


 二人が駄目駄目だったからといって、私に期待するのは良くない。芝崎から目を逸らし、斜め下を無意味に見つめる。


「………。私は、別に………」


「無い事は無いんでしょう?」


「私が気になった相手は」


「うんうん」


「気が付くとだいたいポアのものになっている」


「…………、…………。」


 しぃんと私達の花見スペースだけ静まり返る。他の花見客の笑い声がより一層虚しさを際立たせていた。


「……うん!なんかごめん!」


 ポアが謝ってくれるが、私は別に気にしていない。君が性欲が有り余るくらい健やかでいてくれるのなら、それで良いのだ。……空を見やると羊雲がゆったりと流れていた。平和だ。


「阿笠さん!阿笠さん!帰って来て下さい!!」


「クリス!精霊との交信は後にしてくれ!!」


 芝崎と山田に肩を揺すられて、現実に還る。ええと、無常観について議論していたのだったか。


「…気を取り直して、次、眞理ちゃん」


「は、はい!私が小学生の時「はい今回は全員0点!次のお題引いて下さーい」無視!?」


 小学生の頃の恋愛話を始める辺りお察しである。心優しい私達は何も聞かなかった事にし、彼女に新しいお酒と伊勢海老を勧めた。

 そして、私がお題を引く番が来たので箱を受け取り、一枚取り出す。


「……わらしべ長者対決。持ち寄った食べ物や飲み物を、二十分以内に一番凄いものに交換して貰った人が勝ち。……誰が書いたんだ?」


「私だ」


「面白そーじゃん」


 やっと私のが出たな!と山田が嬉しそうにしている。確かに遊びとしては申し分の無いお題である。一部コミュニケーション障害の人物を除いて。


「じゃーみんな時計を確認して、二十分後に戻って来ること!かいさーん」


「わわ、ちょっと待って」


 どれを持って行くのが良いのかゆっくり選んでいる暇は無い。皆手近にあるものを手に持って方々へ散って行った。…さて、私はどうするかな。取り敢えず大袋のチョコレートを持って、その辺をぶらぶらする。

 …気軽に話しかけられるそうな人間がいない。周囲は友人や仕事仲間、家族と楽しそうに会話を楽しんでいる。そんな場に突然見知らぬ人間が声を掛けたら困惑するだろう。皆、どうやって交渉するつもりなのだろう。


 ーーわっと大きな声が近くで聞こえる。見やると、ポアが何やらガッツポーズをしていた。


「お兄さんマジありがとー!!俺絶対勝つから」


「おー!頑張れよ!」


 ポアと同じくらいの歳の青年達のグループだ。ポアのパックのワインと日本酒一升瓶と交換して貰っていた。同じ酒だが、大分金額差があるのではないだろうか。気前の良い若者である。


「ポアのコミュ力は高過ぎて参考にならんな」


 何やらもう意気投合した様で、散らし寿司までご馳走になっている。…二十分だぞ。分かっているのか。

 気を取り直して判沢城の二の丸まで歩いてゆく。だがこの浮かれた花見の空気に馴染みきれない私は、誰に声をかけるでもなくタイムオーバーでも構わないか、と溜め息を吐いた。別に、ただの遊びなのだからそこまで真剣にやる必要も無い。

 残り五分。もう皆の所へ戻るとするか。ーー踵を返すと、今にも泣き出しそうな表情の少女が私を見ていた。……保護者の姿は、無い。


「……ん、んんっ。君、父親か母親は」


 咳払いをして、少女に話しかける。ーーが、首を横に振られた。そして目に溜めた塩水をだらだらと顔にこぼし始める。嗚咽を漏らし、今にも大声を上げてしまいそうだ。…待て、この状況だと私が不審者扱いを受ける事になるのでは。


「な、泣くな。……これをやるから」


 苦し紛れにチョコレートを三つ差し出す。すると、涙が止まった。全く現金な餓鬼である。


「…一人で遊んでたら、パパとママ、場所、分からなくなっちゃった」


 小さな声でぽつりぽつりと話し始める。…矢張り迷子らしい。放ってはおけないので、迷子センターまで…否、この公園にそんな場所は無い。警察に行…丁度いい事に友人が警察官ではないか。痒い所に手が届く良い友人を持ったものだ。


「自分の名前と、親の名前は言えるか?」


「…四月一日(わたぬき)はる。パパは晴夫でママはさくら」


 何とも春らしい、タイムリーな名前だろう。四月一日。珍しい苗字だ。


「よし。探してやるから着いて来い。警察官の私の友人も来ているから、安心しろ。すぐ見つかる」


「ほんと?」


 泣きベソをかいていた顔が嘘の様に華やぐ。笑うと子供らしい愛らしい顔付きをしている。くりくりとした大きな瞳に、柔らかそうな髪をサイドテールにした少女。こんな少女を一人にさせるなど、監督不行き届きも良い所だ。

 はるは早速チョコレートの包み紙を開いて口に放り込む。そして手招きをする私に手を伸ばし、繋いだまま歩き出そうとした。


「おじさん?」


「……。…ああ、行こう」


 私の心中など察する術のないはるは、きょとんと首を傾げて此方を覗き込む。考えるだけ無駄だと判断した私は、花見場所まで急ぐ事にした。




 ***




「おっそーい!遅刻だよ阿笠さん!早く戦利品見せ合いっこし……よ………」


 私が戻ると、既に三人が帰って来ていた。それぞれスタートした時とは違う物を抱えている。ポアは先刻見た時よりも高価そうな酒、山田は花火のセット、芝崎はお寿司を持っていた。

 私に気付いたポアが大声で声をかけるが、次第に声が窄まり、青褪めた顔になる。山田と芝崎も目に見えて動揺していた。


「阿笠さん!?何をどうわらしべったら女の子と交換出来るの!?!?人身売買は犯罪なんだよ!?!?」


「すまんクリス。友と言えど、日本の司法は守らねばならん。お前にワッパをかける日が来ようとは…クッ!!」


「ノータッチイエスロリの精神に反する事は重罪です。観念して下さい」


「……迷子だ」


「「「は………?」」」


 三人共酔いが回っているのだろうか。そんなにドン引きされるとは思わなかった。繋いだ手を離し、はるを山田と芝崎の方へ押し出す。


「え、本当に…?」


「四月一日はるです、パパとママを探してください!」


 チョコレートを食べて元気が出たのだろうか。先程よりはきはきとした声で山田と芝崎に自己紹介をする。


「このおじさんに誘拐されて来たんじゃ無くて?」


「ん?ん〜?おじさんにはチョコ貰ったよ!」


「知らない人にお菓子貰っちゃいけません!!」


「阿笠さん、貴方……」


 やっぱり誘拐じゃないですか!という顔をするのはやめろ。誘拐ならお前達の所へ連れて行かんだろうが。…ポアは愉快そうに一連のやり取りを静観している。お前も何か言え。


「女子高校生が苦手なハイジコンプレックスおじさん。……業が深すぎる……」


「黙れ」


 誰がハイジコンプレックスか。アリスでも無ければロリータコンプレックスでも無い。言うことにかいてこれとは。

 彼女は兎も角、ポアにおじさんと呼ばれると少し辛い。


「はあ。兎に角、そういう事なら早く見つけてやろう。

 芝崎君、君はこの子と一緒に一番近くの交番へ行ってくれ。両親が来ているかもしれん。ポア君、阿笠、我々は虱潰しに探すぞ」


 芝崎が「お姉ちゃんと一緒に行こうね」と彼女の手を引く。はるは頷いて一緒に交番へと歩いて行った。…途中で、此方に振り返る。


「おじさんありがと!」


「………ああ」


 手を振ってくれたので、私も辿々しく振り返す。慣れない動作に、体が強張るのは仕方ないと思って欲しい。


「…わらしべ対決の勝者は阿笠さんかぁ。女の子の笑顔に勝るものは無いってね」


 きらん、と星が出そうな良い笑顔で私を見る。ポアはいつもこういう笑顔で女性を落としているのだろう。少年の様な子供っぽさの滲む甘いマスクだが、チャラいの一言に尽きた。




 ***




 その後、ポアが仲良くなった若者達の協力も得て、無事はるの両親を見つける事が出来た。此方が恐縮してしまうくらい御礼を言われ、親子仲良く帰っていった。特に芝崎は『リトルウィッチゆめみちゃん』という日曜日の朝にやっている女児向けアニメの話題で盛り上がり友達になっていた。はるを芝崎に任せたのは、同じ女性という事もあるが良い判断だったのだろう。彼女はもう一つも泣く事も無く、始終楽しげにしていた。


「けっかはっぴょーーーー」


 ひと段落着いたので、花見スペースに戻り宴を再開する。ウェーイ!とポアが盛り上がっていた。私は動き回った所為か体が重い。山田も笑顔で拍手をしている所を見ると、少なくとも歳の所為では無いらしい。


「結局全部のお題はこなせなかったけど、時間も時間だしね〜。俺一点、山田さん一点、眞理ちゃんマイナス一点、阿笠さん二点で、阿笠さんの優勝でーす。優勝者には豪華商品が送られまっす!イェーイ!!」


 ポアに大きな包みを渡される。桜色のラッピングに赤のリボン。リボンにはメッセージのタグが付いていて二つ折りになったその紙を開くと『優勝者は阿笠さん。俺は何でもお見通し!日頃の御礼でーす(はぁと)』と書かれていた。…山田と芝崎が優勝していたらどうするつもりだったのか。それとも、本当に見通していたのだろうか。


「…開けても良いか?」


「どうぞどうぞ」


 何にしても、こんなメッセージを付けるくらいだから私の為に選んでくれたのだろう。むず痒い気持ちになり乍ら包みを開ける。すると何やら硬くて長い、ゴム素材のものが出て来た。


「………?」


「クリス。猥褻物陳列罪だ。現行犯逮捕だ」


「ホッ、、、っっ!!!」


 山田の無機質な声と、芝崎の声にならない悲鳴を無視して更に中身を漁る。…まだ何か入っている様だ。


「????」


 ドレッシングの容器の様な入れ物に透明の液体が入っている。また、更に漁るとボールに紐が付いたー…。


「何時も俺ばっか遊んで阿笠さんに事務所の事とか任せてるからさぁ。ちょっと悪いなーと思って。それでストレス発散してよ」


「……帰宅したら両親の仏壇に供えておこう」




 私は考える事を放棄した。




 ーー子供の成長とは早いものだ。どんなに遊んで暮らしている若者も、いつかは目上の人間を敬い感謝する。新しく開封したビールを喉に流し込み、感慨に耽る。

 遠くで山田と芝崎が騒ぐ声が響いていた。


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