【913:あ】ポアロvs怪盗マープル2
指輪を無くしたと騒いでいた眼鏡の男に声をかけ話を聞いた所、彼は高級レストランで恋人にプロポーズをしに行く所だったという。指輪はきちんと箱の中に入れて、内ポケットに入れていたそうだ。
「彼女が受けてくれるか心配になって、気休めに箱を開いたら…入ってなかったんです。出かける前に何度も確認したし、忘れた訳じゃ無い事は確かです。でも無いって事は、落としたとしか…」
「落とすなら、普通は箱ごとだろう。中身だけが無くなるというのは変だ」
「そりゃそうですけど、だったら指輪は何処に…」
「…やっぱり怪盗マープルの仕業か」
「怪盗ですって!?」
サラリーマン風の男は大袈裟に驚いた。山田と芝崎が刑事だと言って声をかけた為、妙な信憑性を持たせてしまったらしかった。
「…怪盗の犯行だとなると、ますます分からない。偶然今日あの道を使った中原のストラップが盗まれるのも、全くの他人の彼の指輪が消えるのも。…他人だな?」
「え、ええ。勿論。初対面です」
一つの推論も立たない焦りからか、阿笠の顔に青筋が浮かぶ。怪盗というだけでも馬鹿馬鹿しいのに、その阿呆の掌で踊らされていると思うと腹立たしい。
彼の気迫に怯えた中原とサラリーマンは、吃り乍も何度も頷いた。
「そんな怖い顔しないでよ阿笠さん。阿笠さんが指名手配犯みたいになってるよ」
「やかましい」
「ここに薬物の売人も関わってくるとなると、流石の俺も検討の付けようが無いな。何かヒントがあれば…」
探偵が怪盗に負けるなんて事はあってはならない。ポアはヒント、ともう一度呟いて山田と芝崎を見た。
「…と言われてもな。怪盗がどうだのという話は初耳だし…。なぁ芝崎君?」
「そうですよ。その怪盗が見つかれば物が戻って来るという事であれば、この子に聞くのが一番有力では…?」
コスプレの少年に水を向けられる。しかし彼は大きく首を振って、俺は何も知りませんと答えるのみであった。
「その格好をしろと言って来た人物の見た目、誘い文句は何だった?目的も何も分からんのか?」
怖い顔で阿笠に詰め寄られて、少年が涙目になる。
「…も、黙秘です黙秘!絶対喋るなって言われてるんですから!!」
「……弱みを握られているのか」
「……うぅっ」
「あー阿笠さん泣かしたー」
よしよしとポアが頭を撫でて、俺の助手がゴメンね〜と軽い口調で謝る。阿笠にそんなつもりはなく、ただただ眉間の皺を増やした。
「…や、やめて下さいよ。君、僕と同い年でしょ」
「え?そーなの??」
皆目検討も付かずお手上げ状態ーーとなった所に、サラリーマン風の男があっと声を上げた。
「じ…潤子ちゃん!」
胸元の大きく開いた赤のレースのインナーに革ジャン、黒のタイトスカートの女性がカツカツとヒールを鳴らして此方に向かって来る。紅い唇が怒った様に吊り上って、此方を睨んで居た。
「金井、あたしずっと待ってたんだけど!」
「ご、ごめん…」
レストランで待ち合わせをしていたらしいサラリーマンの恋人だ。待てど暮らせど彼が来ないので、待ちかねてレストランを出てきてしまったらしい。
「電話も出ないし、どうしたのかなと思ってたらこんな所でぇ…。…あら、この人達は?」
「初めまして。実は私達ーー…」
阿笠が自分達は探偵と刑事だ、と自己紹介する。貴女のダイヤモンドの指輪が紛失した、という話を伝えるとかなりのショックを受けた様で、固まってしまった。
「そ、そんな。あたしのダイヤ…」
「……ねぇ、お姉さん俺達どっかで会った事ある?」
「え、えぇっ?そんなのある訳無いじゃない?」
「…だよね。俺女の子の顔は忘れない筈だし…?」
潤子と呼ばれた女性はポアの問いに首を傾げた。訊ねた本人さえ何故そんな事を言ったのか分かっていない様子で、阿笠を見上げる。
「……何か可笑しな事でも?」
「う〜ん。俺、何か大事な事忘れてる気がするんだよね。それが分かれば解決するような、しない様な…?」
「訳が分からん」
やれやれ、と肩を竦める。お前は少し黙って考えていろ、と言うと「えぇ〜」と唇を尖らせた。
「…でもぉ。会った事が無いのに会った事がある気がするなんて、運命っぽくない?」
「じゅ、潤子ちゃん?」
「ダイヤが盗まれたのも、こういう引き合わせだったのかなぁって思うんだけど」
頭の中がまとまりきらない側から、潤子がポアの腕を絡め取った。金井が止める間もない。
豊かな胸が彼の腕に接触し、インナーから覗く谷間に嫌でも目が行ってしまう。
「…えーと?お姉さん、そこのリーマンさんとカップルなんじゃ?」
「勝手に盛り上がってプロポーズなんて言ってるだけで、あたしの心は別だもん。あたし、君みたいな可愛い男の子チョータイプ」
「ちょっと待ってよ、潤子ちゃん!」
「もしダイヤが見つかったら、ポアくんからあたしにプレゼントしてくれる?」
「おいおい…」
あざとい仕草でポアに色仕掛けをし始める。今日プロポーズする筈だった男は、諦めきれずに考え直してくれ、と引き剥がそうとするが抵抗虚しく軽くあしらわれてしまった。
「……女って怖いですね」
「君も女だろう、芝崎くん」
「……このやり取り、前もしませんでしたっけ」
この痴情の縺れの張本人達以外は一歩引いてその行方を見守っていた。他人が口を出すなど恐ろしくて出来そうに無い。
「あたし、割と尽くすタイプだよ?」
女の子に誘われたならホイホイ乗ってしまいそうなポアの事だ。サラリーマンの金井を裏切って彼女を寝取るくらいの芸当は簡単にやってのけるだろう。
そうなるかに思われたが、ポアの反応は意外なものだった。
「…いや、お姉さん俺のタイプじゃないし」
「…な、なんで…!」
「あー、俺思い出した。君ってさ…」
あまり嬉しくなさそうな表情で、潤子の色仕掛けを拒否する。「おっぱいは良いんだけど…」などと失礼な事を口にし乍らやんわりと体を離すと、とうとう彼女は激昂した。
「い、良いわ!後からあたしの事好きって言っても付き合ってあげないんだからね!!私の真の姿を知っても、同じ事が言えるかしら!?」
「し、真の姿だと…!?」
「山田先輩は話に乗ろうとしないで下さい」
何故か嬉しそうな顔をする山田。余計に話をややこしくしそうなので、芝崎はぴしゃりと黙らせた。と、彼のスマートフォンのバイブが鳴った。
「なんだ、今良い所……はい。………はい。な、なんだと!?」
「え、なんですか!?」
画面から耳を少し離し、芝崎に今の電話の内容を伝える。
「チャン・チュウソンが見つかった。星は傘舞方面へ逃走中…」
「すぐそこじゃないですか!?」
チャン・チュウソン。先程山田達が話していた違法薬物の売人の名らしい。コスプレの怪盗や色恋沙汰に首を突っ込んでいる場合ではない。
「すまないが、行かなくては!何かあったらまた連絡してくれ!」
通話を切って、慌ただしくこの場を去ろうとする。その山田の背を、阿笠が唐突に掴んで引き止めた。
「なんだ。優先順位は悪いがお前達が下ー…」
だから先に行かせろ、と口にする間もなく阿笠が早口で捲し立てる。
「ーー今気が付いた。ダイヤとは、覚醒剤の隠語ではないのか?」
その言葉に、山田の目がカッと見開かれる。そんなまさか、という動揺を隠し切れない。しかし、それには一理があると足を止めて向き直った。
「…覚醒剤の隠語にアイスというものがある。iceは氷、結晶。結晶が転じてダイヤ…そういう事か!」
「え!つまりどういう事ですか先輩!!」
「…ヒップホップの用語でも、ダイヤは覚醒剤の意味を持つ。覚醒剤は高額だ。高い結晶、つまりダイヤ。恐らく怪盗の正体がチャン・チュウソン…じゃなければ、次の被害者となろう」
行くぞ!と再び山田が背を向ける。先程と違うのは、この一連の事件は全て繋がっていたという事ーー。探偵達も、刑事達に続いた。
「ーーーえ」
中原、コスプレの少年、サラリーマン、そして潤子は開いた口が塞がらずその場に立ち竦む。いち早くトリップから帰って来た潤子は、慌てて彼等を指差して大声で叫んだ。
「とっ、兎に角追うわよ!!!」
***
「ねぇじぇんたん。あのリア充に一矢報いるったって、どうするつもりなの?」
ミステリ研究会の部室。ミス研の姫こと富永ジェーンは頬杖をついてむくれていた。
「どうするも何も、彼の事ちゃんと調べて来てくれたんでしょうね?話はそれからだよデブ」
すっかり可愛こぶるのをやめてしまったジェーンは部員に暴言を吐き、貢物であるポテトチップスを両手で掴んでばりばりと食べ始めた。部員達はすっかり萎縮してしまい、独裁政権が敷かれてしまっていた。
「う、うん。調べて来たよ。彼の名前は丸井ポア。今年うちの大学に入学して来たばかりの一年生」
「それは知ってるっつの」
「ヒィッ!!…あ、あれからどのサークルにも入ってないみたいで、授業もサボり気味。友達は多いみたいで、身内で飲み会とかはやってるみたい。あと女性関係も派手だね。今現在三股してるって」
「とんでもないクズじゃないの」
一瞬でもそんな男に媚びようとしてしまった自分が馬鹿みたい、と眉間に皺を寄せる。そして、女なら誰でも良いという様な軟派な男に『イマイチ』と評価された事が余計に許せなかった。
「それだけ?」
「う、ううん。実はまだあって…学校にもあんまり来ないで遊んでるだけかと思ったら、普段は探偵として仕事をしているらしいんだ」
「探偵!?」
仲間内でも話題らしいよ、と脂ぎった顔をくすんだタオルで拭き乍ら答えた。なんでも、警察に協力して殺人事件を解決した事があるとかーー。
「あの丸井って男の友達、ウェーイって感じで凄い怖かったんだからね!俺、頑張ったんだ。じぇんたんの為に」
「はいはいご苦労さん………あの見た目で探偵ね……」
ジェーンの目がぎらりと光る。冴えない部員達は嫌な予感に身を震わせ乍らも、彼女に嫌われたくない一心で笑顔を作った。
「どうせそんな話、眉唾だよ。大学生で探偵ってどんなファンタジーって話ですな」
「そうそう!じぇんたんが気にする程の男じゃないって!あいつの見る目が無かっただけで、じぇんたんは世界一可愛いんだから…」
痩せぎすの男とチェックシャツの男がうんうんと頷きあう。他の部員達もそうだそうだと言い合うが、彼女にとってポアに『可愛い』という評価が得られなかった事は地雷と化していた。
「うっせーな!イケメンにモテなくてどうすんだよ!アンタらにモテたってなんの得も無いわ!!ケッ!!!!」
「そんなぁ…じぇんた〜ん…」
「それにしてもあいつ、エルキュール・ポアロのつもりなの?馬鹿っぽいし……良いわ、相手がその気なら同じ土俵で勝負を付けてやろうじゃないの!!!!」
貪り食べていたポテトチップスを食べきり、粉をざらざらと袋から流し込む。ダンッ、と机を叩くと部員達はビクリお肩を震わせた。
「いーい?相手が探偵ならこっちは怪盗よ!!奇しくもあたしはジェーン…即ち、ジェーン・マープル。怪盗マープルとして、挑戦状を叩きつけてやったるぜ!!!」
お、おお〜と歓声が上がる。彼女の気迫に若干引き気味ではあるが、なんだか面白い話になってきた…という感情が一人一人の中に芽生え始める。これはすぐに後悔へと変わるのだが、姫の決定を覆すなど不可能。腹を括って、協力をしなければなるまい。
「この間は薄化粧だったし、出会いの状況もイマイチだったもの。もっと可愛くして、運命的で刺激的な出会いにしちゃえばきっとポアくんもあたしに振り向いてくれるに違いないわ!!」
「…じぇんたん、やっぱりまだあいつの事が好きなの?」
長髪の部員がおそるおそる訊ねる。聞きづてならないジェーンは般若の如き迫力で唾を飛ばした。
「ち、違うに決まってんだろーが!!メロメロにしておいて、後から思いっ切り振ってやんだよ!!!」
「さ、さっすがじぇんたん!!」
野郎共!作戦会議だ!!…部室中に姫らしからぬ力強い声が響く。この現場に出くわした不運な部活見学の新入生は、男性部員達に両肩を掴まれ中へ引きずり込まれてしまう。
「お、お邪魔しまし、」
「ちょうど良い所に新入部員だ!心強いなあ!」
「ま、待ってください!僕はただ、見学に…」
「可愛い顔してんじゃない。良いわ、うちに入れてあげる」
「え、ええっ!?」
「さぁ☆元気よく今日も活動始めよ〜☆今回は探偵と怪盗の直接対決っていうオリエンテーションやっちゃうぞ!おーっ!!」
思い出したかのようにアニメキャラの様な声でぶりっ子ぶってみせる。本性が露見した時点で無駄のように感じるが、男子部員達は全く気にならないのか、気にしないようにしているのか、貴重な女性部員であるジェーンを取り囲んで祀り上げた。
「じぇんたんサイコー!」
「怪盗少女☆マープルちゃん、萌え〜〜!!」
「きゃーっ☆みんなありがと〜〜!!」
作戦会議は連日連夜行われ、何度も調整が行われた。これも全て、丸井ポアーーかの探偵に復讐する為に。
***
ーー時刻は既に零時を指そうとしていた。傘舞方面へ走ると、既に捜査員達が集まってきている所であった。山田と芝崎はスーツ姿だが、多くの捜査員達は私服だ。どうやら彼等が見当たり調査員というやつなのだろう。スーツを着ている者達は一課の人間のようだ。連絡手段をトランシーバーに切り替えて、全員で情報を共有している。
『此方沼谷。犬角神社付近で不審人物の目撃情報有り。急行願います』
「ゲ…沼谷くん…」
トランシーバーから聞こえてくるいち早く情報を掴んで居たのは山田の不得意とする後輩の沼谷であった。思わず顔を顰めるが、仕事の最中だ。私的な感情はさておき『了解』と声を通す。
「チャンの奴、神社で一体何を…?」
犬角神社の付近は住宅地で、他に向かう宛は無い筈だ。住民に用があったとして、身元をバラし自宅へ売人を招き入れる者が居るとも考えにくい。消去法的に、手配犯の向かう場所は神社だと推測された。
だが、逃走が目的ならそんな場所へは向かわず判沢駅、若しくは県内唯一の空港である小梅空港へ向かうべきだ。実際多くの捜査員がそちらへ割かれていた。
「私達の追跡に気付いていないとしたら、そこで薬物の取引をしようとしているのかもしれません」
芝崎の意見に、皆も頷く。阿笠はあの場所の立地を頭に浮かべて確かに彼処なら取引にぴったりだと思った。
「…その可能性が高そうだな。あの辺は人通りも少なくなる。人気がないからと油断したな」
「犬角神社はすぐそこだ。阿笠達は良いがーー君達は此処で待っていなさい。確保の邪魔だ」
後から追って来た怪盗の被害者達は「そんな」と口を揃えて山田に歯向かった。
「ま、待って下さい!俺達も連れて行って下さい!そいつが指輪を持ってるかもしれないんでしょ」
「俺のダイヤちゃんも!」
「そ、そうよ!あたし達には見届ける義務がーー」
「一般市民は巻き込めませんから」
芝崎が三人を落ち着かせる。彼女はちらりと横目で「行って下さい」とアイコンタクトを飛ばした。それだけで山田は伝わったのか、頷いて現場へと走った。
「そういう事だから、ごめんね」
ぽんと潤子の肩を叩く。彼女の表情が歪む。ポアは阿笠に「早く行くぞ」と声をかけられ、二人もその場を後にした。
ーー犬角神社近辺は捜査員達によって見張られていた。一帯は恐ろしい位に静まり返っている。境内に一人の男の影。チャンである。ちょうど神社の中に入ってくる所であった。
『どうする。すぐ確保に移るか』
『いや…誰かと待ち合わせをしている可能性が高い。少し待った方がーー』
トランシーバー越しに警官達が見守る中、星は落ち着かない様子で同じ場所を行ったり来たりしていた。夜空に雲がかかった事で闇が深くなっており、顔は全く見る事が出来ない。が、毒吐くように吐かれる声は日本語では無い。彼で間違いないだろう。
『っ、誰か来るぞ!!』
警官達はタイミングを見計らい固唾を飲んでいた。現場に急行して来た急拵えの包囲である為、指揮官は存在しない。一番にチャンの所在を突き止めた沼谷が暗黙の了解の元、号令係を買って出ている。「まだだ」と声を落として、様子を見守った。
「あ、あれは……」
「っポアッッ!?貴様ぁっもごもご!?!?」
「馬鹿阿笠、声がでかい!!」
ーーチャンの元に現れたのは、イギリス紳士風のチェックコートにハンチング帽の男。
つい先程まで阿笠の隣に居た筈の丸井ポアであった。
「ーーとうとう見つけたよ、チャン・チュウソン」
「誰ダ、お前ハ!?」
「俺の名前はポアーー探偵さ」
フッ、と格好つけているように見受けられるが、何分視界が悪い。外の該当の明かりが僅かに二人の姿を照らしているのみである。
沼谷は出鼻を挫かれ、トランシーバーを握る手を震わせた。
「俺の頭脳が、今日この時間にお前が現れる事を推理してくれた。年貢の納め時だな、お前の悪行も此処までだ!!」
「馬鹿野郎が……」
阿笠がポアを連れ戻そうと、茂みの影から出ようとする。それを山田が引き留めて、思い切り息を吸い込んだ。
「あー、あー!お前は既に包囲されている!!情状酌量の余地を少しでも広げる為、速やかに投降してください!」
「あんのクソ山田……!!!!」
沼谷のトランシーバーがぐしゃりと不快な音を立てる。山田が独断で投降を喚起する言葉を発してしまった。これでは、問答無用で確保は出来ない。焦って突入したなら、ポアに危害が及ぶ可能性がある。それを避ける為に、時間を稼いでくれたのだ。これで形式上、ポアが交渉人という立場になる。
「クソッ、ジャパニーズポリスめ…!」
「チャン。此処にお前の取引相手は来ないよ。何故なら、これは全て仕組まれていた事だからだ」
「なんだと!?!?」
チャンの言葉と警官達の心の声が重なる。阿笠と山田も、どういう事だ、と顔を見合わせてからポアを見上げた。
ポアは、口を歪ませて不敵に微笑むのみであった。
「ちょっとーーなんでこんな面倒な役回り、あたしに押し付ける訳!?」
ざり、ざり、と砂をヒールで引っ掻く足音。不機嫌そうな女の声が、静かな神社に大きく響き渡る。
「先に俺をダシにしようとしたのはそっちじゃん。それに山田さん達が君達を指名手配犯の居る場所に連れて行くとは思えなかったし」
「あんたこそなんで許されてんだよ…」
本来ポアがこんな危険な場に立ち入る事は許されていないのだが、この無鉄砲玉を止められる者が居ないのだから仕方がない。
警官達の潜む間を掻い潜り、チャンとポアの立つ境内に入って行く女。ストレートの黒髪を靡かせた、タイトスカートの女だ。
「お前ハーー」
「あたしは怪盗マープル。貴方のダイヤ、確かに盗ませてもらったわ!!!」
「さっすが姫!」
「じぇんたんの部長やってて良かった…!!」
彼女の隣に立つ、チェックシャツに大きなリュックを背負った男。
サラリーマン風の男。
彼女を守るかのように、後ろに控えていた。二人の他にも真っ白な怪盗のコスプレ姿の男が二名、そして大きな機材を持った男が更に二名。幼い顔立ちコスプレの少年が、自分のマントを外し潤子ーージェーンの肩に羽織らせた。
ばさりーーとマントを翻した女怪盗。
その隣に探偵が並ぶと、なかなかの絵になった。
「お前はこの神社に隠された薬を回収し高飛びする予定だった。こんな警察に狙われてるタイミングじゃ取引があっても現場に現れる筈が無い。それなのにそのリスクを犯してこの場に来たという事は、取引以上の価値のあるものが、この場にあったという事ーー」
ポアがジェーンに目配せすると、彼女は右手を突き出して開いてみせた。
手の中には、複数のの御神籤が握られていた。彼女がひとつそれを開くと、中から白い粉の入った小さな袋が現れた。袋は御神籤に貼り付けられ、取れないようになっている。
「神様に失礼だと思わないの?御神籤の中に薬を隠して、木の枝に結んでいた。これなら人の目を誤魔化せるもの」
「な、何故分かった!!」
「あたしの目は誤魔化せないわよ。夜に取りに来る事を想定してたのね、紙の縁に蛍光塗料が塗られている。これで他の御神籤と差別化していたのね。…ああ、そういう事じゃないって?このクソ探偵に言われたのよ。先回りして回収するようにって」
芝崎に止められ置いてけぼりを食う直前、ポアは彼女に耳打ちをしていた。
帰る振りをして、犬角神社にある薬を見つけるようにーーと。
「本当に見つけられるかはあんまり期待してなかったけどね。優秀優秀」
「賽銭箱とか、手水の辺りも見たりしたけどね。でもサクッと隠してサクッと持って帰れる場所と言ったら、御神籤かな…ってね」
「普段持ち歩くのはリスクが高い。だから商品はこの神社に隠していた。立地的にも、この神社は駅に近くて人気も少なく便利だったんだろう。もし警察がこの事に気付かないで君を逮捕して撤収しちゃってたら、後からお仲間が回収に来るか、そうでなきゃ神社の人が御神籤と一緒にお焚き上げして証拠隠滅してもらうつもりだったんだろう。わざわざ開いて見たりしないだろうし。」
「そうなってたら、手元には何も無い訳だし証拠不十分って事も有り得た訳だ」
「う…嘘ダ。この事を誰から聞いタ!!」
「あんれー?仲間を疑ってんの?それは安心してよ。俺は探偵だ。俺の素晴らしい脳細胞達による身技だよ」
「…この人、犯人の写真と、犬角神社に現れるって情報しか知らなかった筈だよね?それなのに此処までの事が分かるなんて…」
中原が尊敬の眼差しで、ポアを見た。怪盗から手紙が来たと喜んで、自前のコスプレをしてのこのこと出て来るくらい無邪気で頭の弱い所もあるが、彼の推理力には目を見張るものが確かにあった。
「えへん。直ぐに逃げないリスクを犯すなら、それ相応の準備をしていて、捕まっても証拠不十分で出てこようって腹積もりなんじゃないかと思ってね。太ぇ野郎だよ」
「そんな…こんナ、事が…」
種は明かされた。周囲には、この話を聞いていた警官達。最早逃げ場も、言い訳の余地も残されて居なかった。
「クソ、くそぉお!!!」
「総員、確保!!!」
チャンの絶叫。それと同時に、闇の中から待機していた警官達が飛び出して来る。一人の警官が、地面に崩れる彼の腕を取り手錠を掛けた。
「これで一件落着、だね。」
「そうみたいね…」
警官達が忙しなく職務を遂行している中、交渉の役割を終えたポアは安堵の溜息を零した。ジェーンも緊迫した空気から解放され、ホッと肩を撫で下ろした。
「君の華麗な手腕、大したもんじゃん。やるじゃん」
「えっ…?」
街灯の明かり。パトカーの赤いライト。先程までの暗闇が嘘の様に、雲に隠れていた星々が顔を覗かせ一帯は仄かな明かりに包まれていた。
ポアが彼女に握り拳を突き出す。顎で同じ様にするよう促すと、その拳同士をこつんと打ち付けた。
「次の挑戦も、受けて立つから!」
小悪魔的な挑発的な笑顔。ジェーンは、その返事を返す事が出来なかった。
「こら、ポア。またお前は勝手な事をして…」
「あ、阿笠さん。ごめんて〜怒んないでよ」
様子を見守っていた阿笠も、漸く安心したのか、先程より幾分か落ち着いた様子で現れた。山田は遅れてやって来た芝崎に、何か小言を零している。彼女達を引き留めるべき所を何故逃した、いや後から知らない男の人達がーーなどと問答が聞こえる。
「怒るに決まっているだろう。今日のお前の推理、ちゃんと私に聞かせろ。置いていくな」
「ひょっとして、いつもは一緒に推理するのにしなかったから怒ってる?ねぇ怒ってる??」
「分かったから、もう帰るぞ。私は疲れた」
「はいはい。じゃーねー、怪盗さんっ!」
「あ…」
ポアは元気よく、手を振った。自由奔放でお気楽、しかし抜け目の無い名探偵。それはもう、声も出ないくらいにーー格好良く、彼女の目に映ったのだった。
***
「は〜ぁ。ポアきゅん、本当に格好良かったなぁ。私達の正体も気付いてたみたいだし、本当の犯罪者を捕まえちゃうなんて!!ほぁ〜〜」
白のオフショルダーに、スイーツ柄のスカート。しましまニーハイソックス。ピンクのリップ。頭にはハートの髪飾り。
ジェーンは先日の夜の出来事を思い出して、一人余韻に浸っていた。
「あの日から俺達のじぇんたんの様子がおかしいんだが」
「あの探偵かっこわらいに、惚れてしまったようですな」
「やめて俺受け入れられない…!」
ジェーンは上の空で虚空を見つめていた。既にミステリ研究会の活動時間だというのに、号令も挨拶も何も無い。
「あの…じぇんたん。そろそろ活動始めよう…?」
声をかけ辛い雰囲気だが、メンバーの代表として金井部長が話しかける。ジェーンは、一拍遅れてその声に気が付いた。
「…ふえ?もうそんな時間?」
「そうだよ、いつもの挨拶、お願いしますっ!」
「うん、ごめ〜ん☆でわでわ、いちどー、礼!!」
甘ったるい声色で宣言すると、部員達は嬉しそうに礼をした。一人、新人部員の少年を除いて。
「……?あの、富永先輩って、そんなキャラでしたっけ…?」
「おまっ、これが姫のデフォだろ!こないだのあれは、その…」
「やだ〜☆演技に決まってるじゃない。一度会った事ある人をない風に思わせるには、全然違うタイプの人間になりきった方が良いと思って」
「中原はそのままだったけどな」
「影薄いから覚えられて無かったけどな」
「うるせーよ!」
何か拘りでもあるのか、今日もチェックのシャツを着ている。色は違うので、同じ服という訳ではない。
「…結局、俺達の自作自演がどのタイミングでバレたのか、そもそもどれだけ分かってたのか疑問なんですよね。まさか本物の犯罪者が現れると思ってませんでしたから、あやふやにされたような…」
「どのタイミングかは分からないけど、全部お見通しなんじゃないかなぁ?ポアきゅん、怪盗参上のスポットライト係が突然出てきても驚かなかったし」
ジェーンの作戦はこうであった。『怪盗マープル』とはあくまで自分の事を指すものの、この実像を作り上げる為には他の人間の協力が必要であった。
①怪盗登場の演説をする人間。
これは、長髪の男子部員が務めた。
②③演説のスポットライト係。
ニキビ面の彼と、ボサボサ頭の彼。
④被害者役。
これは中原の役割だ。本当に人様の物を盗む訳にはいかないので、マスコット『ダイヤちゃん』を盗まれたと虚偽の被害を告白する。
⑤逃走する怪盗の役をする人間。
新入部員の役だ。本来は怪盗の姿で走り去るだけであったが、山田達に捕まってしまった。
⑥被害者そのニ。
一番貫禄のある部長の迫真の演技であった。サラリーマン姿で、ポアも一度会ったとは当初気付く事が出来なかった。ダイヤを無くしたというのも、勿論嘘である。
⑦彼女役
最後に、ジェーン。全部が嘘だと気づく事の出来ないポアを、嘲笑う為の位置に居た。そして、自分が解決するシナリオを実演し、惚れ直させ、プライドをズタズタにするーー予定であった。
「ーーで、次はどうしよっか?」
「え?」
「だーかーらー!次の予告状だよお!!何か良いネタ無いの??」
「ま、またやるんですかぁ!?!?」
えへ、と可愛く微笑む姫に、逆らえる者は居ない。
「もっともっと面白い謎を考えて、ポアきゅんに褒めてもらうの!あたしもう決めたもんっ!!」
「これは…完全にもう…」
もう、ポアに勝つ事は絶対に出来ない。何故なら、一番大切な心【ダイヤ】を盗まれてしまったのだからーー。
「んだよ、何も思い付かねーのかよ!!この役立たず!!!!」
【エピローグ】
「ポア、今日は学校は?」
「ん〜?休みだよ。自主休講」
「…………」
丸井探偵事務所。一仕事終えた探偵は、息をつく暇も無く次の仕事に取り掛かっていた。せっせと画面の中のモンスターを倒すべく、奮闘している所だ。
「だーっ!こいつマジ強過ぎじゃね?もっとレベリングしないと駄目なのかなぁ〜うーっ!!」
「…遊んでいる暇があるなら、たまにはこっちの仕事を手伝わないか」
「無理!今忙しい!」
分厚い紙の束を差し向けるも、此方を見ずにぴしゃりと断られる。阿笠はやれやれと束を自分の作業机の上に戻し、事務作業に取り掛かった。
彼の行動パターンと言えば、仲間達と飲みに行くか、合コンをするか、事務所で騒ぐか、一人の時はこうしてゲームをするか、本を読んでいるかだ。ゲームをしている時が二番目に静かで、問題行動を起こさないので見守る方としてはまだましだ。一番は、読書である。
仕事は面白そうな事しかやってくれない。
「ねー阿笠さん」
「なんだ」
ポアは画面を見つめたまま、阿笠に声をかけた。
「怪盗さん、また予告状送ってくれるかな。またアレやりたいんだよね」
「…何かしてきそうではあるな。この間は決着が付かなかっただろう」
本当はもう何もしないで欲しい、というのが阿笠の本音だ。しかしそうもいかないだろう…と富永ジェーンという女の顔を思い浮かべた。
「え?俺が勝ったよ?あの人達の演技を見破ってたからあの売人を捕まえる為の指示が出せた訳だし」
「しかし、協力無くしては捕まえられなかったと思うと、引き分けではないのか?」
「え〜!?」
そうなの、とポアは漸く阿笠の顔を見た。同時に、画面に『you dead』という文字が浮かぶ。
「…こんな事なら、売人の件は山田さんと眞理ちゃんに任せて関わるんじゃなかった。阿笠さんが『ダイヤは覚醒剤の隠語だ』とか深読みしだすから、こんな事になったんじゃないか」
「私の所為か!?」
実際、この隠語の件は全く関係の無いものであった。ダイヤを盗むと言いだしたのはジェーン達で、売人は無関係の存在だった。彼には、不憫だったとしか言いようが無い。
「そしたら今頃、俺の勝ちって事で終わったのにさ。ま、次も何かしてくれると思えばめっけものだけど…」
私が間違えたからポアにハブられたのか、そうなのか、と頭を抱える阿笠。そんな阿笠にポアは軽く「どんまい」と言って笑う。じとりとポアを見つめるが、稚い笑顔を返されるのみ。これがまた彼の厭らしい所なのであった。完全に分かってやっている。
「…喧しい。今後はちゃんと私にも話せ。」
「そんなに俺の事が好きなの?」
「……しかし、彼女の事を好みでは無いと言ったのは意外だったな。そこそこ整った顔のお嬢さんだと思ったが…女なら誰でもいいんじゃないのか?」
「あ、話逸らした。失敬だな〜、俺は可愛い女の子しか相手にしないの。あれは八割くらいメイクだし。そんな事も分からないの?」
「お前最低だな」
「どうとでも。…ま、一番の理由は性格?オタサーの姫なんてどう考えても地雷じゃん」
あんなのに引っかかる方が馬鹿だよ、と鼻で笑った。余り人を馬鹿にする事は口にするな、と言いたいが言ったところで守られるとは思えなかった。
「そんな事より、阿笠さんもこのゲーム一緒にやろうよ。今登録したらフレンドにも特典があるんだよ」
「はあ?今は仕事中…」
「おねが〜い!!」
「はあ……」
阿笠は握っていたペンを机に置いて、スマホをポアに差し出した。お前が全部やれという意味だ。何にしても、阿笠はポアに甘い。
「わーい!登録は俺がしてあげるから、チュートリアルは自分でしてね。レベリングとか分からない事は教えてあげる」
「いや…登録するだけでやるとは言ってない…」
「え〜?」
「う…」
探偵事務所の何時もの風景。二人は次なる予告状が届くその瞬間まで、小さな画面に頭を寄せ合った。
〈了〉




