表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パリピ探偵ポア  作者: 吉良 瞳
28/50

【913:あ】ポアロvs怪盗マープル1


 《登場人物》

 丸井ポア…大学生探偵。顔に似合わずミステリ好き。

 阿笠図書…探偵助手。ポアの手綱を握る保護者。

 山田太郎…刑事。阿笠の幼馴染。性格に難はあるが勤務態度は真面目。

 芝崎眞理…刑事。暴走しがちな山田の保護者。

 富永ジェーン…ミステリ研究会に所属する女子大生。

 ミステリ研究会の部員達…ジェーンの取り巻き。冴えない所があるが、彼女の言う事には忠実。





 一般的な大学よりも狭めのキャンパス。図書館と教授達の研究室、博物館が一体になった建物が一棟と、生徒達の使用する教室がある建物が五棟。学食やカフェ、講堂、何も徒歩圏内にあり、サークルの部室もその例外では無かった。三階の一番日当たりの悪い、奥の部屋。

 彼女は部屋に入る前に、コンパクトで前髪を整える。パステルピンクのフラットシューズに同色の縞模様のニーソックス。水色のプリーツスカートに真っ白なブラウスを合わせた女の子らしいコーディネート。黒髪のストレートヘアに星の形をしたヘアピンが良いアクセントになっていた。

 乱れを確認してから、その扉を開く。


「おっはよー!ってぇ、もう夕方かぁ。てへ。今日も元気に始めよーう☆」


 甘ったるいような高い声。その声で呼びかけると、中にいた男子大学生達がだらしない顔をして頷いた。


「今日も元気が良いねじぇんたん」


「じぇんはいつでも元気百倍なのだー☆」


「か、可愛い…」


 この場に漫才でいうツッコミ担当という者は存在しない。見目のパッとしない男性達の中に、語尾に星マークが付きそうな話し方の女性。察しの良い若年層読者諸君にはおわかりの事だろう。


 このサークルはインキャと呼ばれるオタク気質な男子と、女性一人で構成される。ちやほやされたいが褒められる程の容姿を持たない女子が、オタクなサークルに入って女性経験の無いオタク男子達に甘やかしてもらう逆ハーレムのサークルだ。日頃女性と関わり合えない男子達にとっても、これはウィンウィンの関係といえよう。

 これを世間一般の者達は、彼らのサークルをオタサー、彼女の事をオタサーの姫と呼んだ。

 こういった者達のサークルは、アニメや漫画の研究部、同好会のパターンが多い。 しかし、彼女達のサークルはそれらとは一風違っていた。


「でわでわ、時間になりましたので『ミステリ研究会』の活動を始めたいと思います!いちどー、礼!」


 形式的に彼女が号令を取る。本当は部長は一番後列の座席に座る、太めの眼鏡の彼である。

 10畳しかない畳敷きの部屋に男子部員が5名、姫が1人。本棚や家具でスペースを取っているお陰で、かなり窮屈な部室だが、彼等は更なる部員を募ろうとしているところであった。今日の議題も、まさしく新入生の勧誘についてだ。入学式も終わり桜も散り始めたというのに、未だ新入部員は一人も居なかった。


「みんな、部員募集のチラシはちゃんと配ってくれたんだよね?まだ見学に来る子いないんだけど、どーなってるの?ぶーっ!」


「ご、ごめんねじぇんたん…チラシは配ったんだけど、本に興味ありそうな人居なくてさ。読書好きって言ってた人も漫研にもっていかれて…」


「読書って、そいつラノベしか読まない奴だったんじゃない?そーいうのはいらないから」


「で、でも、ミステリって言うとみんな嫌がって…」


「え〜ん、そんなんじゃ先輩達が抜けたら、廃部になっちゃうじゃ〜ん」


 姫は嘘泣きをして、男子部員達にご機嫌を取って貰った。ある者はただひたすらに謝り、ある者は彼女の好きなジュースを注ぐ。更にある者は「じぇんたんの事狙う奴が来るよりはいい」などと宣っている。


「そんなぁ、あたしはみんなのじぇんだから、心配しなくて大丈夫だよぉ☆」


「流石俺達のじぇんたん…!」


 男達の望む返事をすれば、いとも容易く懐柔出来る。彼女はこの手管を完全にものにしていた。


 そんな時である。部室の扉を叩く音がしたのは。


 部員は既に室内に全員揃っている。という事は、ミステリ好き、本好きの新入生が見学に来たのかもしれないーー。皆は顔を見合わせて、頷いた。


「はぁい、どうぞ〜☆」


 彼女がノックに答えると、がちゃりとドアノブを回す音が響く。


「すいませ〜ん。ミステリ研究会って、ココっすか?」


「え………っ?」




 ーー顔を出したのは、金色に染めた髪を遊ばせた童顔の少年。大学生になって間も無いあどけなさを感じさせる。服装はラベンダーカラーのスカジャン。インナーにピンク色のカットソー。耳には大粒の苺のピアスを揺らした、個性派ファッションの男だった。オタサーの男子達は、ぽかんと口を開いて返事が出来なかった。


(うそ…超イケメンじゃん!すっごくタイプなんですけど…!)


 姫の目の色が変わった。

 今まで、ニキビ面の脂っぽいデブ、汚い長髪のガリガリ、ボサボサ、薄い顔のチェックシャツ野郎にしかモテなかった。それが、今度はイケメンを彼氏にするチャンス。なによりパステルカラーな服装…お似合いのカップルになれるに違いない。年下は趣味では無かったが、彼なら有りだ。


「…え〜っと」


 戸惑っている新入生に、我先にと姫が声を掛けた。


「はじめまして☆あたし、富永ジェーンです☆ミス研へようこそ〜〜ぱちぱちぱち!!君のお名前は?」


「…丸井、ポアです。どーも」


「ポアくんね!珍しいお名前!あたしもね、ジェーンって珍しいって言われるんだけど、イギリス人のママと日本人のパパのハーフなの。日本語しか喋れないんだけどね☆」


「へ、へぇ〜〜」


 普段より更に高い声で、きゃっきゃと可愛こぶってみせる。そんな姫の態度に、男子達は焦りを覚えた。


「ま、待ってよじぇんたん。我がサークルはお遊びじゃないんだ。こんなチャラチャラした男…本当に本が好きなのかなあ?」


「そそそうだ!冷やかしなら帰れ帰れ!」


「ちょっ…みんなひどーい!!」


 ごめんねぇ〜☆☆と困った顔でそばに寄り、「本当は良い子達なの」としな垂れかかる。部員達に向かって、余計な事を言うなと視線を送るが、コミュニケーション能力の高くない彼等には察する事が出来なかった。

 少年は、困った様に顔を歪めた。


「…え〜っと。本は好きだよ。いや、本当に」


「なら好きな作家の一人でも上げてみたまえ!」


 イケメンが苦手なインキャのガリガリが、震える声で抵抗する。周りのデブやチェックシャツも、よく言ったとガッツポーズをした。好きな作家や作品を挙げれば、俄かかそうでないかなんとなく判別がつくものだ。


「…コナン・ドイルとか」


「ほーらみろ。どうせシャーロックだろ。にわかだな」


「アガサ・クリスティーに、ポーも読むよ。日本人だと江戸川乱歩、綾月来人も好きだし、縦溝世史も好き」


「…フ、フン!メジャー所ばかりじゃないか。これだから…」


 眼鏡の部長が腕を組んで、これでは入部を認められない、と言い出す。


「な、何言ってんのよ!そんなのアンタの決める事じゃないでしょ!?これはあたしが決める事なんだからっ!!」


 部長はこれだけは譲れないと突っぱねた。このサークルにイケメンは不要なのだ。姫は思い通りにならない空気に憤慨する。

 素気無い対応に、少年はムッとして言い返した。


「メジャーの何が悪いんだ。そういうお前等はどうなんだよ」


「お、俺は島田庄司先生の…」


「へー、占星術殺害事件か?」


「そ、そうだ」


「他には?何読んだの?どのトリックが好き?」


「そ、それは……」


 部長は何も答えられない。当然だ、この一作しか読んだ事が無いのだから。


「………はぁ。俄かが悪いとは言わないけど、期待はずれだな。俺、真面目に語り合える友達が欲しかったんだけど…女の子もイマイチだし。これなら阿笠さんと話してる方が断然良いわ。さいなら」


「ちょっ…」


 少年は溜息を吐いて、あっさりと部室から出て行った。追い返した筈の男子達も、敗北の表情になっている。姫も、逃した魚の大きさにガタガタと震える他ない。


「…一体、なんだったんだ」


「なんだったじゃないっつの!どうしてくれんだよこのグズ共!!!」


「ヒィッ、姫が御乱心だ!!!」


 姫に夢中の、“推理小説読む俺カッコイイ”集団には絶対に勝てない相手だった。そして、本当は本なんて一つも読まない姫に彼の相手など、出来る筈が無かったのだ。


「だいたいなんなんだよ、このあたしを見て、イマイチ…!?ふざけんじゃねェーーッ!!!!絶対に許さない…許さないだからなァァア!!!!」


 アニメの女の子の様に可愛かった声が嘘のような、低い声で呪詛を唱える。


 そんなミステリ研究会の面々の事など既に頭に無い少年ーーポアは、ひとつクシャミをして帰路に着いていた。




 ***




「…て事が前にあったんだよ。だからサークルに入るのはやめたの」


「そうだったのか。お前からサークルだのという話は聞かないから、不思議だったんだ。きちんと事務所にも来るし…」


「ミス研以外も覗いたんだけど、飲みサーとかヤリサーとか、わざわざ入んなくてもやる事やってっし?そもそも俺が探偵事務所やりたいって言ったのにサークルなんかに入ったら運営出来ないっしょ」


 ーー丸井探偵事務所。

 自分の仕事など放り出して遊び歩いているかのように思えるが、ポアは結構な頻度で事務所に居着いていた。といっても、居るだけできちんと仕事を果たしているかは疑問だ。今現在も、不倫調査の報告書を作成する阿笠の手伝いは一切せず、スマートフォンを開いて世間話に興じていた。阿笠も今更手伝えと言ってもやらない事は目に見えているので、最早何も口にしない。


「そういう阿笠さんは、学生の頃なんかやってた?」


「私は教育学部だったからな。忙しくてそれどころじゃ無かった」


「そういうもんか」


「そういうものだ」


「今じゃ苦労しただけで資格の取り損だけどね〜」


 ウケる〜とからから笑うと、阿笠は渋い顔をして「思い出させるな」と一言苦言を呈して、視線を書面に戻した。ポアが協力してくれないので、一人で調査した事を一人でまとめている。これではどちらが探偵なのか分からない。


「…まぁ、そのお陰でお前に会えたと思えば無駄では無かった。そうだろう」


 独り言の様に呟けば、ポアは画面を落として阿笠の方へ視線を送る。にやにやと目を細め、口元が緩んでいる。


「素直なのは良い事だぞ、ヘイスティングズ」


「素直ついでに、本来はこれもお前の仕事なんだぞ、ムッシュ」


 軽口に軽口で返す。こういうやり取りが出来るのは、矢張り阿笠だけだ。ポアは居心地の良い場所を見つけた猫の様に、ソファの上に寝そべり欠伸を一つした。


「だって、そういう面倒なのは嫌いなんだもん。俺は殺人事件とか芸能人の事件とか、面白いのしかやらないから」


「…探偵の仕事は地味なものばかりだと、散々最初に言っただろうが」


「チマチマ不倫調査や犬猫探ししてる金田一や御手洗が居たら幻滅もんだよ。ポアちんには無理無理の無理」


「はぁ……」


 かたり、と阿笠がボールペンを机に置く。一通り書き終わり、判を押すと一旦それを隅に追いやった。そして、今日事務所に入る前に郵便受けから引っこ抜いてきた手紙を改め始める。封筒の端を鋏で切り、中身を取り出す。


「…また政治家の後援会の手紙に、広告…騒音の苦情の手紙だ。…おいポア。騒音って、お前の事だぞ」


「めんごめんご。先週つい盛り上がっちゃって…」


「此処はお前の為の飲み酒場じゃないと何度言えば分かるんだ」


 お前と居ると溜息が止まらなくなる、とばかりにもう一つ大きな溜息。それらをゴミ箱に捨てようとして、一通の封書がまだ未開封な事に気付いた。


「…しまった。…ん…なんだこれは」


 ぴらり、と送り主を見るが、名前が無い。住所も書いておらず、直接事務所のポストに入れたものだと思われた。

 それだけなら不思議に思うだけだが、その封筒の色は赤。血を思わせるような赤黒い色をしていた。怪しい香りしかしない。

 何かの悪戯か、振興宗教の勧誘か。先の封書と同じ手付きで開けようとすると、鋏の先がカチンと金属的な音を立てた。


「………、これは」


 …そっと封筒を開くと、上下左右に剃刀が貼り付けられていた。手で破こうとしていたなら、怪我をしていただろう。


「………はっ……女だ……」


「あん?どったの、阿笠さん」


「…かつての生徒か誰かが、私を恨んでいる!貶めようとしている!これは、私に対する復讐だ!!そうに違いない!!!違いない!!!」


 ごろごろと寝そべっていた体を起こして、阿笠の隣へ移動する。ポアは剃刀びっしりの封筒を見て、一緒にギョッとしと表情を作った。


「いや、俺が最近付き合ってた女の子かも!!重くてフったら、すげー付きまとわれて鬼電されたんだよね。とうとう俺を殺しに…!?」


 なーんてね、と、ポアは震える阿笠の手から手紙を抜き取る。中に入っていた手紙…これも赤だ。ーーを開くと、其処には小躍りでもしたくなるような言葉が並んでいた。




『名探偵・丸井ポア殿


 今宵、思考橋にてダイヤを頂きに参上します。

 お手並み拝見と致しましょう。


 怪盗マープル』



「すごい!怪盗さんからお手紙ついた!!とうとう俺も認められる探偵になってきたって事なのかなぁ!?ねぇねぇ阿笠さん!!ねぇねぇねぇ!!!!」


「煩い!!!!」


 青く染まりかけていた顔の眉間の皺を深く刻んで、近付いてきたポアの顔をむぎゅりと掴んだ。


「あと近い」


 顔を掴まれてもポアは嬉しそうな表情を崩さず、尻尾を振り振り文面を見せつけた。


「そりゃ興奮もするでしょ!こんな手紙が届いたら!怪盗って本当に居たんだ〜ヤバ〜!!」


「このご時世にそんな訳無いだろう。石川五右衛門か?鼠小僧か?」


「ダン・クーパーは?リチャード・マッコイならまだ最近だよ」


「それでも現実味が無さ過ぎるな。だいたいなんだ、マープルって。馬鹿にしているとしか思えない。予告状に剃刀貼り付けて来る怪盗が居るか??」


「細かい事はどーでもいいの!!」


 兎に角、今夜思考橋に行ってみようよ!!元気にぴょこんと飛び跳ねる。青くなったり怒ったり忙しい阿笠は「付き合ってられん」と何度目かになる溜息を零した。




 ***




 ーー思考橋。大昔に武士が茶屋に行こうか、行かざるべきか右往左往悩んでいた所から名前が付いたという、なんとも不名誉な橋だ。橋といっても用水に小さな道がかかっているような、言われなければ誰も気付かない小さなものである。大通りから少し曲がった所にあり、人通りは疎ら。橋のすぐ近くに銀箔を作る老舗店がある事以外は、ダイヤと結びもつかないような民家と飲食店があるばかりだ。

 ポアと阿笠は、『今宵』というのが何時の事か分からない為、日没を狙って橋へ赴いていた。


「…何で私まで付き合わされてるんだ」


「俺みたいな可愛い男の子が、怪しげな手紙に釣られてどうにかなったら心配じゃないの?」


「それもそうだな」


「…納得しちゃうのかよ」


 怪盗などタチの悪い嫌がらせだ、と何度説き伏せても行ってみない事には分からないと突っぱねられ、結局阿笠はポアに付き添う羽目になった。今の依頼がひと段落した事もあり、特に断る理由も無い。

 ポアはうきうきとアトラクション気分で、服装も普段の個性的なファッションではなくイギリス紳士風のチェックのコートにハンチングを被っていた。すっかり小説の中の名探偵気取りである。


「暗くなって大分経つが、何も無いぞ」


 やっぱりなーーと思いそう口にするが、ポアは動こうとしない。コートに合わないリュックサックの中からポテトチップスの袋を取り出し、ぱりぱりと腹拵えをし始めた。


「阿笠さんも食べる?」


「いらん」


「そう?…でもさ〜、こんなところに本物のダイヤなんてある訳無いしね。一体何が見られるのやら。…ダイヤって言うのは比喩で、別の物とか?」


「その可能性はあるな。この周辺で高級なものといえば、そこの銀箔の専門店くらいだが…後ダイヤに近いものと言えば、アレか?」


 そう言って阿笠は上を指した。見上げると星々が明るく輝いている。


「…阿笠さんって、何気にロマンチストだよね」


「…はぁ。矢張り悪戯じゃないのか?」


 考えてはみるものの、埒があかない。何かが起こるのを大人しく待つ他無い。

 そうして一刻程無駄話をしていると、頭上の方ーー位置を確認すると、二人の立つ橋の隣の建物の屋上ーーから、高笑いが聞こえてきた。何とも芝居掛かった大仰な笑い声に、通行人も何事だと見上げている。


「ハーッハッハッハ!!!!」


 カッ!とスポットライトが点灯する。その野太い笑い声の主は、白く輝くマントにシルクハットを被った如何にもな姿の人物であった。顔は、光が背後から当てられている所為もあり、暗く影が出来て見えない。


「初めましてだな!探偵!俺の名は怪盗マープル、現代に咲く闇夜の徒花…怪盗マープルである!」


「二回言った」


「大事な事らしいな」


 本物の怪盗を見た二人の反応は、至って冷静なものであった。あれ程騒いでいたポアも、実物を見ると理想と現実のギャップを感じたのか、ポカンとした表情で見上げるのみであった。…現実でやられると、どうにも痛々しいものがある。


「ダイヤは既に頂いた!残念だったな…返して欲しくば、捕まえてみろ!!ハーッハッハッハ…!!!」


 怪盗マープルは高らかにそう宣言すると、スポットライトライトの光が落とされ、再び日常の思考橋に戻る。


「捕まえてみろだって」


「あのアパートの出入り口は、正面玄関と横の螺旋階段のみだ。待っていれば降りてくるだろ」


 玄関と螺旋階段は、二人の位置からよく見える場所にある。シルクハットにマントの男など、見逃す筈も無い。


「…空とか飛べたらどーすんのさ」


「馬鹿な」


 ーーそう阿笠が口にした時ーー意識の反対側、大通りに面した通りから再びあの笑い声が聞こえてきた。

 先程の怪盗のコスプレイヤーが、車道を挟んだ反対側の歩道を駆けていく。今の一瞬でアパートの屋上からあの通りに出る事は不可能だ。しかも、玄関や螺旋階段から誰かが降りてくる様子も無かった。瞬間移動したとしか思えない華麗な逃走であった。


「お、追うよ!」


 慌ててポアがそう口にした時、一緒に怪盗の登場を目撃した通行人が大きな声を上げた。


「あああっ!!!」


「な、何!?」


「だ、ダイヤちゃんがいないッ!?!?」


「へ…」


 学生風の男は焦った様子でリュックサックに付けられたストラップを確認している。アニメや漫画のキャラクターの美少女達が、生首を揃えてそのリュックサックを彩っていた。


「…あの、ダイヤちゃん、とは…」


「西方プロジェクトのダイヤちゃんですよ!ほら、このチェーンにだけ何も付いて無いでしょう。今のあいつが、俺のダイヤちゃんを攫っていったんだ!!」


「は……?」


 確認の為、阿笠はその男に問いかける。既になんとなく察してしまっていたが、怪盗の盗んだダイヤとは、美少女キャラクターのストラップであったのだ。


「…えっと………帰る?」


「……そうだな」


「えぇえ!?」


 ポアの提案に、阿笠は思わず頷いてしまった。他の通行人達も可笑しなものを見せられた、と興味を失い散り散りになっていく。

 ストラップを盗られた彼は、慌てて二人の腕を掴んで懇願した。


「探偵って、そこのアンタの事だろ!?あの怪盗から取り返してきてくれよ!!な!!頼むって!!」


「たかがストラップだろ?俺別に、ストラップを捥ぐ怪盗とか捕まえたく無いんだけど」


「紛失と不審者の通報なら、少し歩けば派出所がある」


「そ、そんなぁ!!」


「は〜ぁ。やっぱり現実に怪盗とか居る訳無いよね。阿笠さん、どっかご飯食べて帰ろうよ」


 本当に帰ろうとする二人に、男は尚も食い下がる。


「あのダイヤちゃんのストラップは、ただのストラップじゃないんだ。西方プロジェクトの神絵師が数年前のコミケットで一度だけ頒布した、ファンの中じゃレア物のレア物なんだよ。オークションにかけたら数万、いや十万は下らない値が付く代物なんだ!!」


「な、ナンダッテー!!!」


 くるり、と振り返るポアにやれやれと肩を竦める阿笠。ただのストラップと決め付けるのは、早計だったらしい。


「そんな大事な物、付けるなよ」


「普段は連れ歩かないんだけど、今日は付けたい気分だったんだよ!!悪いかよ!!」


「別にお前の買ったものだからどうしようと勝手だが。…しかし、あの自称怪盗とやらは、何故お前が今日気分でそのストラップを付けると知っていた?この場所と時間を指定してきたのも向こうだ。お前が此処に来る事を知っていたのか?」


「…だよね?それに、なんでたかが美少女のストラップがプレミアだって知ってるの。あの怪盗オタクなの?」


「は、はぁ…」


 一応、考えてみる事にはしたらしい。被害者の男は力の無い声で相槌を打ち、取り返してくれるなら何でもいいんですけど…と答えた。


「お前、普段からこの道はよく通るのか?」


「中原って言います。まー、ちょくちょく使う道ですけど、決まった日に通る、とかいう訳じゃ無いですよ。今日はこの先にある居酒屋で大学の友達と飲む所で」


「その事はその友人以外に知っているのか?」


「さぁ。あいつらが誰かに話してるかもしれないですけどね。俺からは誰にも言ってないですよ」


「そうか…」


 お前はどう思う、と言葉を繋げようとした阿笠は、ポアがつまらなそうな顔で先程怪盗の立っていた屋上を見上げていた。


「いくらプレミアったって…。なんだって宝石のダイヤや夜空の星を盗んでくれなかったんだ…興醒めだよ…」


「現実とは、こういうものだ」


「…犯人は、中原くんの知り合いで、序でに俺の事も知ってる奴って事になるのかな。俺の知り合いに、こんな事する馬鹿は居ない筈だけど…」


 自分も探偵風の服装をしてきた事は棚に上げて、淡々と事実を述べる。中原はその一言に「えっ」と声を上げた。


「俺と探偵さんの知り合いって?…俺達、今日初めて会ったよね…?」


「そうだけど。でもそれしか無いでしょ。中原くん大学どこ?」


 中原が答えようとしたその時、視界の端に白のマントがちらりと横切る。三人が大通りを見やると、先程の怪盗がズルズルと警察官に連行されている所であった。


「は、離してくれ!!僕は怪しい者じゃありません!!」


「はいはい。話は後で聞くからね」


「そんなコスプレ姿で怪しい者じゃない、は無理がありますよ」


「………………山田?」


「眞理ちゃんだー!!おーい!!」


 自称怪盗を連行する警察官とは、山田と芝崎の事であった。二人はポアの呼び声に気付いて、此方を見遣る。探偵ルックのポアと怪盗を見比べて何かを察したのか、山田は大きく頷いてから横断歩道を渡って来た。


「この子、君の友達かい?駄目だよ、公共の場でコスプレなんて」


「俺は本物の探偵だからいいの」


「…ふむ、言われてみればそうか」


「あの……?」


 中原は説明を求めて阿笠を見た。突然現れた警官と二人が知り合いらしい事が不思議らしい。


「ああ。こいつは私の友人の刑事でな。なんだ、犯人が捕まって良かったじゃないか」


「刑事と知り合い!?」


 阿笠を見て、ポアの顔を見る。ポアもうん、と大きく頷いた。


「なんだ、犯人って。この怪盗、本当に何か盗ったのか」


「うん。中原くんがそこの怪盗にアニメのストラップを盗られたんだって」


「…ストラップ盗む怪盗……」


 流石の山田も、残念な物を見る目で犯人の男を見下ろした。芝崎に至っては、違う生き物を見る目をしていた。


「だから!知らないんだって!!僕はある人にこのコスプレで君達の前を通るだけで良いって言われて…だから、盗みとかしてないんです!!本当です!!」


「ん…?ちょっと待って、何その声」


 先程の野太い高笑いと、この彼の少し高い声が別物である事に気付く。シルクハットを取ってみた顔も、先程の声の主とは合致しない。


「……これは、やられたね」


「どういう事なんですか、探偵さん」


「この人は、フェイクだよ。本物は恐らく俺達がこの彼に気を取られ、そして中原くんが騒ぎ出した様子に乗じて逃走したんだ。」


「なるほど〜」


 捕まった偽怪盗は、高校生の様な幼さの滲むただの少年であった。彼の着ている白スーツの中に、小さなスピーカーが入っていた。これを使って、この少年が恰も高笑いをしている様に見せたのだ。

 アパートの屋上を見上げる。確認するまでもなく、怪盗は既にいない。


「それで、お前達は何でこんな所に居たんだ?」


「実は、この近辺で指名手配中の男を見たとタレコミがあってな。捜査員と協力して見当たりしている所だ。…まさかルパンが見つかるとは思わなかったが」


「ルパンじゃなくて、怪盗マープルって言うんだって」


 偽怪盗の少年と中原は、山田の言葉に驚いてぽかんと口を開いていた。余りにも何でもない会話の様に話していた為すぐに内容を飲み込む事が出来なかったが、中原はハッとして刑事二人に詰め寄った。


「し、指名手配中って!大丈夫なんですかそれ!?」


「手配犯と言っても殺人犯という訳ではありませんから、皆さんに危害が及ぶ事はありませんから、安心して下さい」


 必ず我々が逮捕しますから!と芝崎が元気に答える。それでも中原は動揺を隠せないのか、挙動が落ち着かない。


「そ、そうなんですか…?」


「ええ、違法薬物の売人の外国人でして。一応…この顔に見覚えありませんか?」


「いや、無いですけど……」


 一枚の写真を見せられるが、当然知った顔では無かった。アジア系の黄色い肌に、切れ長の目と厚い唇のスキンヘッドの男。中原以外にも見せてみるが、全員首を横に振った。

 ーーただ一人、ポアを除いては。


「妙だな…」


「どうしたんだ?」


「怪盗が現れて、ショボいストラップだけを盗んで去る。本当にこれだけで終わる筈が無い。ひょっとしたら、この指名手配犯と何か関係が…?」


 もしかして、ストラップを盗んで終わりという事では無いのかもしれない…と思った矢先。先程山田達が渡って来た横断歩道の前で、スーツ姿の男が頭を抱えて狼狽していた。




「ーーーああ、なんて事だ!!!」


「……ん?」


「すみません、どなたか、どなたか、ダイヤモンドの指輪が落ちていませんか!?」


「ーーーーーッ!?!?」




 ポアの予想通り、完全に予想通りとは言い難いがーー。


 どうやら、怪盗からの挑戦はこれからが本番らしい。




こちら毒婦礼讃と同様に小説同人誌向けに書き下ろしていたものです。全編公開させて頂きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ