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パリピ探偵ポア  作者: 吉良 瞳
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毒婦礼讃1

丸井ポア…大学生探偵。女好きでお調子者。

阿笠図書…探偵助手。女子高校生を恐れている。

山田太郎…刑事。よく探偵事務所に入り浸っている。

芝崎眞理…刑事。山田の子守をさせられている。

染谷千冬…捜査の依頼主。病弱だが美しい女性。

村久夏樹…調査対象の女性

花江奏太…染谷の恋人の男性。

寺内美佐子…情報提供者。花江と村久の上司。

 



 石河県判沢市にひっそりと佇むその探偵事務所は、本日限り恋愛相談所と化していた。そういう相談は余所でーーと口に出すのも憚られる剣幕で、その女性は小一時間も恋人の事をただ二人の職員に語って聞かせる。人の恋愛話を聞く事が好きな名探偵ーーポアも今回ばかりは表情が引きつっている。阿笠は途中で考える事を放棄したのか「分かる」「それは凄い」「成る程」と話を聞いていない時の相槌トップスリーを連呼していた。


「ーーそんな優しくてお人好しの奏太君が、悪い女に騙されているんです。何度も別れて欲しいって話しても、あの女が彼を手放してくれなくて…」


「分かる」


「え?」


「…いや、それは大変ですね」


 うっかり相槌を間違えてしまったが、直ぐに訂正する。やっと本題らしいぞ、と阿笠はポアに視線を送った。女は特に気付いた様子は無いようで、腕に巻かれた包帯を摩り乍ら口を開いた。


「女の名前は村久夏樹。奏太君と同じ会社に勤めるOLです。仕事帰りはしょっちゅう奏太君に食事を奢らせて、休みの日は洋服やアクセサリーを買わせているんです。

 奏太君、押しに弱いからついつい許しちゃうみたいで、村久…ああ、名前を口にするのも悍ましい。あの女、どんどん付け上がってくるんです。私はなかなか奏太君に会えないのに。分かっててやっているんですよ、本当に最低の女なんです」


「それが本当なら、とんでもない悪女ですね。…因みになかなか会えないとは、どういう事なんですか?」


「私、生まれつき身体が弱くて。こうして気分の良い時は外出出来るんですけど、悪い時は全く家から出られないし、場合によっては入院する事が多いんです。奏太君は忙しい人だし、会いに来て欲しいとも言えなくて、それに具合の悪い所ばかり見られたくないから…」


「女心だね〜」


 うんうん、とポアは訳知り顔で頷いた。元々体が悪い事に加え、今回の事が相当精神にきているに違いない。左腕の包帯の下にはリストカットの痕があるのだろう。その腕には薄っすらと血が滲んでいた。


「事情は分かりました。それで、弊事務所に何をお望みなのでしょうか?」


 村久夏樹と彼女の仲介に立てと言うなら、それは完全に職務外のものである。彼女には悪いが、お帰り頂く他無い。しかし如何やらそれは違うらしく「探偵さん、」と言葉を切ってから真剣な面持ちで二人を見つめた。


「村久夏樹の素行調査をお願いしたいんです。あの女がどんなに悪い女なのか事実を突きつけられたら、奏太君もきっと納得します。何が何でもあの女と手を切って、私の所に戻って来てくれる筈。」


 体の悪い彼女の代わりに我々が別れさせる材料を集めよ、という事だ。ポアは「殺人や怪盗が現れない事件はつまらない」とぼやいたが、阿笠は咳払いをして彼を黙らせた。本来探偵というものは不倫調査や犬猫探しをしているものである。物語の中の探偵に憧れるポアはさておき、実際の所はこんなものだ。


「まぁ良いけどね。俺は可愛い女の子の味方だし!今回は手伝ってあげる」


「…相手によって態度を変えるの、やめた方がいいぞ」


 ポアは基本的に女性に甘い。しかも、可愛い女の子限定である。興味の無い依頼はいつも阿笠任せで手伝おうともしない。この事務所の探偵は彼だと言うのに、阿笠は頭が痛かった。好きな事だけしていれば良いというのは社会では通用しない、と指導しても彼には全く響かないらしかった。

 ともあれ今回の所は積極的な姿勢を見せているので、小言は飲み込む事にした。

 阿笠は染谷に了承の意を伝え、そのまま依頼の手続きをして貰う事にした。


 ーー染谷千冬。通院の傍ら近所の書店でアルバイトをしている二十歳。艶やかなストレートの黒髪に色白の肌、痩せ細った身体には不釣り合いな豊満な胸。恋人の事になると過激な反応を見せるが、普通に会話をする分には控えめで落ち着いた印象の女性だ。悩みを自身の中に溜め込みがちで、男の問題も自分がなんとかしなければと気負っている様に見受けられる。


「大丈夫大丈夫!このポア様に任せたからには、絶対その女の化けの皮を剥がしてやるからさ!千冬ちゃんはちょっとでも身体治して元気になっておくんだよ。彼氏に会った時げっそりしてたら最悪じゃん?可愛くしておいてね!」


「そうだな。後の事は此方に任せて、気を病まず療養に専念していて下さい」


「…有難う御座います」


 染谷は話がひと段落着いた事でほっと表情を緩ませた。全く手を付けられていなかった珈琲に、漸く手が伸びる。


「入れ直しますよ」


「いえ、良いんです。折角入れて下さったのに、勿体無いですから」


 冷えた珈琲にミルクと砂糖を多めに投入し、口を付ける。それでも苦かったらしく、再び砂糖を追加していた。


「甘党なの?かわい〜」


 阿笠はまさかと思いポアを見た。その視線の意味に気付いたポアは、慌てて弁解を口にした。


「ち、違うって!別に狙ってるとかじゃないから!」


「だと良いがな」


「幾ら俺でもそんな見境のない事しないよ!可愛いものを見たら可愛いって言うのは当然じゃん!!」


 ポアの事をよく知る阿笠は不安で仕方がなかった。今度は染谷の方が悪い男に引っかかってしまいそうだ。よくよく注意しておこうと心に決める。


「ふふ…宜しくお願いしますね」


 そんな二人の様子を微笑ましそうに、染谷は丁寧に頭を下げた。




 ***




「それで、村久夏樹を調べるったって何するの?家か会社に張り込む?牛乳と餡パンいる??」


「お前な…」


 推理をするのは好きだが特定の人物を調べる事などしてこなかった、手伝いもしなかったポアはきょとんとした顔で阿笠を見上げた。


「……はぁ。彼女の行動をこの目で確認しておく必要はあるが、張り込みはそれ程重要ではない。浮気調査なら兎に角、今回の仕事は彼女の正体を暴く事だからな。

 彼女が本当に悪い女なら花江奏太の他にも被害に遭った男が居るだろう。染谷さんと同じ様な事を思っている女性が居たとしても不思議じゃない。そうは思わんか?」


「成る程!確かに知りたいのはそこだもんね。でもどうやって見つけるの?」


「……協力するなどと言って、今日はちっとも灰色の脳細胞が働いてないじゃないか」


「ーーヘイスティングズ。それは違うぞ。手慣れている君に教わろうって言ってるんじゃないか」


 阿笠が呆れて軽口を叩くと、ポアは逆に嬉しそうな顔をしてそれに便乗してきた。そうやって人をからかい戯けた事ばかり言う辺りだけはかの名探偵、エルキュール・ポアロとそっくりだと評価しても良いだろう。

 ポアロの助手であるヘイスティングズと冠された阿笠は微妙な表情をして、その問いに答えた。


「先ずは彼女の友人らしき人物を見つける。これは簡単だろう。染谷さんに教えてもらった村久のSNS。写真が幾つも投稿されているだろう?…多くの友人に囲まれている様だな。同僚なら退社の時間に待っていれば誰かが現れるだろう」


「でも本当に仲良しの人なら教えてくれないと思うよ?それに阿笠さんって見た目怪しいし」


 図星を指されて阿笠はうっと喉を詰まらせた。確かに彼の見た目はお世辞にも優しげには見えない。急に声を掛けられたなら怪しまれるに違いない。


「刑事である山田が居れば事は簡単なんだろうが……あいつはあいつで忙しいし、こんな事で呼びつけるのもな。

 案は二つだ。

 私が村久夏樹に振られたが未練のある男の振りをして彼女の友人に話を聞きに行く。…村久をよく知る者なら直ぐに事情を察するだろう。本人に漏れたとしても今まで付き合った男の内の誰かだと判断してくれる。」


「その役、阿笠さんめっちゃ似合うんだけど。元カノの事とか一生許さなくて執着しそう」


 ごつん、とポアの頭に拳骨が落ちた。あんまりな評価である。「何するんだよ!」と涙目になって睨むが、阿笠は動じなかった。反抗的なその態度に拳をぐりぐりと彼の頭を刺激する。軈て余りの痛みにポアは降参した。


「はいはい俺が悪うござんした!だからもうぐりぐりしないで、禿げる」


「次人を侮辱したら本当に怒るぞ」


「…はぁい」


 仕方無くこうべを垂れる。受けた恨みは忘れない上(女子高校生限定だが)妄想癖なこの性格を思うと似合う以外の感想が出てこない。しかし再び鉄拳制裁を受けるのは嫌なのでポアは口を閉ざした。代わりに「もう一つの案は?」と質問した。


「……もう一つは、お前が村久に片思いをする少年という設定で彼女の事を聞きに行く。多分これが一番相手も警戒しないだろうし、話してくれると思う」


「確かに。ポアくんって可愛いから」


 俺なら上手くやる自信あるー!と諸手を挙げてやる気を見せたが、はたりと動きを止めて発案者を見た。


「…でもそれって二人で行ったら駄目なの?村久女史の親戚なり、兄弟なり言ってさ。やりようは幾らでもありそうだ。……何かそうしない理由があるんでしょ?」


「………私とお前はどう見ても血縁には見えないと思うが。しかし、矢張り分かるか」


 漸く灰色の脳細胞が働き始めたらしい。阿笠は依頼人である染谷千冬の姿を思い返した。ポアも問い掛け乍らも既に察しているようで、自分でその回答を示した。


「千冬ちゃんは彼氏の事『お人好しで優しい』って強調してたけどさ。それは彼女の主観であって、本当かどうか分からない。彼女、思い込みが激しそうなタイプっぽいし…。無理に村久女史に付き合わされているのではなく、本人が望んで一緒に居る可能性もある訳だ。純粋な、浮気の線は消せない」


 その通りだと阿笠は頷いた。依頼には無い調査だが、此方も調べておかなくてはならない件だ。村久夏樹の事だけ調べていては、事実は見えてこない。染谷は村久が悪女だと分かりさえすれば納得するだろうが、阿笠とポアは真実を突き止めなくては仕方無い性分だった。


「何方かが村久夏樹の友人に近付いている間、もう一人は花江奏太に近付く必要がある。彼の場合は…偶然を装って接触するのが良いか?原始的だが態と落し物をして拾わせるなどして、御礼だと言って食事、会話の機会を作る。その場の流れで彼女の名を聞き出す。染谷さんと村久の何方の名が出るかで判明するだろう」


「時間短縮になるし、それが良いね。じゃあ俺が花江さんと友達になってきてあげるよ。」


 事務所のソファからぴょんと立ち上がりスマートフォンをポケットに捩じ込んだ。そして落し物、落し物…と呟き乍ら彼方此方と目を彷徨わせて、「これだ!」と無造作に置かれていた自宅の鍵を手に取った。その鍵の先には緑色身体をした宇宙人のマスコットが付いている。以前ポアが友人達と柬京のテーマパークへ行った際買ったものである。大きな一つ目が可愛いのだと話してくれたが、阿笠にはこのマスコットの愛らしさを理解する事が出来なかった。因みに、阿笠はこのテーマパークのお土産に緑色の宇宙人の相棒である青色の巨人のマスコットを貰った。付ける場所が無かった為、それは机の引き出しの中に眠っている。


「お前が男の方を選ぶとは意外だな」


 ぽつりと阿笠が呟くと、ポアは心外だとばかりに抗議した。


「もー!俺だって自分の向き不向きくらい分かってるよ!警戒はされないだろうけど、大人の事情ってやつをお姉さんが純粋な俺にありのままに話してくれると思う?パッと見高校生って言われるポアくんだよ!?」


 先日も友人達と居酒屋へ行った折『未成年ではないのか』と店員に疑われたらしい。学生証と友人の証言で成人男性である事が証明されたが、あの怪訝そうな店員の顔は一生忘れない、とポアは憤りを露わにした。

 しかしそれは彼にとってよくある事なので、阿笠はさして興味を示さず、別の感想を口に出した。


「そうか?何方かと言えば村久の友人を垂らし込む所まで見えたが」


「自分が人を侮辱するなって言い出した癖にぃ!」


 そんな無節操な事はしないと言い張るポアだが、過去の行動を思い返して見ても余り信用ならない。とはいえ、これが最善の判断だろうという事で頷いた。


「私も初対面の人間と友人になるのは、正直荷が重い。ポアがやってくれた方が確実だろう」


「もう!」


 ポアは不服そうに頬を膨らませた。今に見てろよ、と子供じみた態度で啖呵を切るなり、早速事務所を飛び出して行く。阿笠は溜息を吐いて、読みかけの本の頁を開いた。………花江と村久の終業時間は、まだ五時間も先である。




 ***




 阿笠は切りの良い所で読書を中断し、花江と村久の会社へと向かった。商業施設が少なく、様々な企業の建物が並ぶーーと言っても風景は寂しいもので、それ以外は田圃や開発途中の現場がぽつりぽつりとあるような場所だ。歩行者は少なく、時折自動車がこの閑静な地帯を切り裂く様に通り過ぎる。そんな場所で突っ立っていては、警備の者達の目に止まるというもの。会社の入り口がよく見える、無人のガソリンスタンドの隅に車を停め、社員が出て来るのを待った。


『ポア、今何してる』


 阿笠は勢いだけで事務所を飛び出して行った探偵に連絡を取った。未だ花江は目の前の建物の中に居る筈で、この後何処へ向かうとも分からない。それなのにあいつは一体何処で何をやっているんだか…と溜息を吐いた。此処まで一緒に来れば良かったものを。探偵の真似事などやっているが、本当の所彼は馬鹿なのだ。


『いまみんなと飲んでる!阿笠さんも来る?なんちゃって!』


「……は?」


 意味が分からない、と思わず独りごちる。チャットアプリの画面を起動させたまま何と返事を送ったものかと思っていると、ポアから再び返事が来た。


『花江さん達がよく来る居酒屋さん。今日は週末だし、十中八九来るでしょ。俺ってば頭良い♡』


 ハッとして村久夏樹ではなく、花江のSNSを開く。同僚や村久と仲良く写っている写真の背景の多くが、同じ店の内装だ。また、店から『何時も御来店有難う御座います』というメッセージまで届いているではないか。この店は会社ぐるみで利用している店なのだろう。店のアカウントにはご丁寧に場所の住所がしっかりと書かれていた。


『よく気付いたな』


『うん。ベロベロに酔っ払った振りして花江さんに近づいて、態と鍵を忘れて帰る。追い掛けて来た花江さんを、無理矢理二軒目の店に誘い出すって寸法さ。これなら村久女史や同僚が一緒だったとしても、鍵を渡すくらい一人で店を出て来るだろうし、そのまま彼だけを連れ出す事が可能だ』


 そこまで考えていたのか…と阿笠は感心した。花江に近付くにしても、近くに村久が居る可能性がある。彼に本音を話させるには、一対一である必要がどうしてもあった。こればかりは彼の動向を見守りタイミングを狙うしか無いだろうと思っていたが、成る程強引だが上手い手段である。


『酒を飲んで盛り上がる大学生の演技をする為に、協力してくれる友人を集めに早く出掛けて行った訳か。てっきり不貞腐れて勢いで出て行ったものだと思っていた』


 前言撤回だ。ポアは優秀な探偵だ。きちんと情報を掴んで行動を起こす事が出来る。この人気の少ない場所で偶然を装って花江に近付くより自然であるし、酔っ払い相手なら普段口に出来ない様な事も話してくれるかもしれない。阿笠はスマートフォンを弄る傍ら、花江と村久、同僚数名が楽しげに会社から出て来るのを確認した。

 花江奏太。癖の無い黒髪を短く切り揃えた、色白な男だ。大きな垂れ目は頼りなさげに見えるが、女性受けしそうな人相である。

 一方村久夏樹は一見大人しそうな女性に見える。染谷とは若干違ったタイプで、健康的な肢体をしておりミディアムヘアを肩の位置で遊ばせていた。

 あの様子だと、ポアの居る居酒屋へ向かう所なのだろう。


『花江の姿を確認した。まもなくそちらへ着くだろう。本当に酔っ払うんじゃないぞ』


 冗談を交えて花江が出て来た事を報告する…が、何時も素早く返事を返すポアからの反応が無い。訝しく思っていると、赤いリボンを付けた猫のキャラクターが『しまった!』という顔をしたスタンプが送られてきた。


『ごめん』


 続いて謝罪の三文字が画面に更新される。何かあったのだろうか、ひょっとしてまさか…と思っていると、その嫌な予感は見事的中してしまったのだった。


『酔っちゃった♡』


 二度目の前言撤回。何故本当に酒を飲んでしまったのか…そう問えば其処に酒があったからと答えるだろう。この役立たずめ!と阿笠の独り言が車中に木霊した。




 ーー張り込みを続ける事暫く、村久の友人と思しき女性が中から出て来た。彼女は飲み会へは参加しない様で、今日の所は一人だ。阿笠は彼女に狙いを付けて、車から降りた。


「すみません…」


「はい?」


 ビジネススーツにショートカットの小綺麗な見目の女性。年の頃は三十歳前後だろうか。少なくとも村久より歳上だ。仕事の出来そうな意志の強い瞳が不審げに阿笠を写した。


「村久夏樹さんの御友人、ですよね?私は彼女と昔、お付き合いをしていた者で…」


 申し訳無さそうに、そして何かに悩んでいる風を装い乍ら言葉を選ぶ。すると女性はこの会話だけで納得した様に「ああ」と頷いた。


「また、ですか。…いえ、あの子、そういうの多いんですよ。何せあの性格でしょ?」


 村久の性格など染谷からの情報でしか知らないのだが、話を合わせる為そうですねと同意した。彼女の口振りからして、村久の性格に難があるのは事実らしい。


「でも本当は皆さんの思う様な人では無いんです。誤解されがちではありますが…」


「はあ。村久さんと付き合った男、みんな同じ台詞言うんだから。馬鹿みたい」


 当たり障りのない妥当な言葉で誘導すると、女性は簡単に乗って来た。阿笠を疑う様子は既に無く正面から見つめている。幾度も同じ事があれば、疑う方が難しい。


「……友達、なんですよね?」


 そう問えば、女性は乾いた笑いを漏らす。


「あの子に良い顔をする女は居ても、本当の友達なんて居やしないわ。あれは女の敵だもの」


 会社内外のイケメン達をみんなあの子が食い散らかして行くんだもの、当然でしょ。……そう口にする彼女の目は笑っていなかった。ぞくりと背筋が凍る様な、嫌な表情だ。


「それで?貴方は私に何の用なの?」


 どうやら此方の用件を聞き入れてくれる様子である。阿笠は此処まで上手く行くとは思わず面食らい乍らも口を開いた。


「夏樹さんの事、如何しても諦められないんです。今、彼女に恋人が居る事は知っています。それでも、もう一度やり直したい。彼女の気を引くには、何をしたら良いんでしょう?」


 形振り構わない男の演技。上手く出来ているだろうか…と不安になるが、問題無さそうだ。女性はやれやれと苦笑いをしている。


「…そんな事だろうと思ったけど。…良いわ、貴方の目を覚ましてあげる。…私、貴方の様な男達のお陰でナントカの母ってやつになれそうよ」


 皮肉を零しつつ、手近な店へ移動する。ーー無論、花江と村久達の居る店とは別の場所だ。女性は寺内美佐子と名乗った。村久夏樹の数々の悪行が、彼女の口から語られた。貴重な証拠として、阿笠は録音を忘れない。

 しかしこの録音が、とんでもない超大作になろうとは…阿笠は夢にも思っていなかった。目を覚ましてやるというのは建前で、ほぼ日頃の恨みをしこたま愚痴られ、正気になれと肩を揺すられ、つい後悔しそうになる。

 四時間もの名演説の後解放された阿笠は、放心している所を酔っ払いのポアに見つかり更に絡まれたのだった。




 ***




「女って怖いですね。ちょっと想像出来ない世界です」


「マリエンヌ、君も女だろう」


 翌日、山田と芝崎が事務所にやって来た。刑事という職務は多忙で仕方がないものなのだろうと思うが、こうして呑気に煎餅を齧っている所を見ると実は暇なのではないかと疑ってしまう。警察が暇というのは平和で良い事だが、彼等の場合そういう事ではない。仕事の途中休憩の為に喫茶店代わりに此処を利用しているのだ。全くを以って解せない。阿笠が仏頂面で不満を伝えると山田は「わざわざ親友の様子を見に来てやってるんだろう」となどと宣った。そして、お茶請けに話のネタを所望する始末だ。警官相手に守秘義務がどうと話した所で釈迦に説法。口外しない事を条件に今請け負っている案件を掻い摘んで話した。

 話の内容を聞いた芝崎は、ゾッと肩を震わせて先の台詞を口にした。


「でも確かに眞理ちゃんには縁の無い世界かもね。女と女の卑劣な争いってやつ?」


「煩いですよ」


 ポアは二日酔いの薬を飲み、ウエッと嗚咽を漏らした。結局花江に声を掛ける事もままならず、ただ友人達と宴会をしただけに終わった。気分の悪そうにするポアに阿笠は微塵も同情せず、白い目で彼を見た。


「今までの男達にも自分の欲しいものを買うだけ買わせて、金が無くなった所でポイだ。若しくは顔の良い男を選んで自分のステータスにしては、飽きたら次の男。典型的な悪女だ」


「そんな女に引っかかるなんて、男の方も馬鹿だと思いますけどね。可笑しいって思わないんでしょうか?」


「尤もだ」


 阿笠と芝崎は二人で頷き合ったが、そこに山田は混ざらず明後日の方向を向いていた。「お茶が美味いなあポアくん」などと誤魔化している辺り、身に覚えがあるらしい。芝崎は上司の変化を察知し、眉を顰め彼を見つめた。


「…な、何だ。人をじろじろと」


「ひょっとして先輩、この手の女に捕まった事が?」


「…………」


 返事の代わりに曖昧な微笑を作る。答えないという事が逆にそうであるという事を如実に語っていた。


「山田は金と権力に塗れた女に惚れるスペシャリストだ」


「阿笠!なんて事言うんだ!!」


「事実だろう」


 阿笠は身体を芝崎の方へ向けて、声を顰めた。釣られて芝崎も前のめりになる。


「実はな、芝崎、」


「…ごくり」


「こら!私の部下に何を吹き込む気だ!」


「私の知る限り金をばら撒かれた事は数知れず、寝取られ裏切り、詐欺紛いの目に遭いまくっている。まともな女と付き合っていた話の方が聞かない」


「ええ…」


 予想以上の遍歴に芝崎はそれ以上声が出なかった。「悪口はいけないんだぞ!」と一人で喚いている山田を、つい憐れみの目で見てしまう。


「何だ、その顔は」


「まともな女の子、紹介してあげましょうか?」


「私をそんな目で見るな!」


 顔を手の平で隠して二人の視線から逃れようとするが、それがより一層彼の残念さを際立たせていた。山田の味方をする者はおらず、ポアはトイレの中へと消えて行った。胃の中の物を吐き出している苦痛そうな声が薄い扉から聞こえてくるばかりである。


「だって…我儘を言う女性って可愛いじゃないか」


「開き直りましたよこの人」


「彼女の我儘を叶えてあげられるのが私だけだと思ったら、何でもしてあげたくなるのが男心だろう!欲しがる物を買い与えてあげて、お洒落で高級な食事をさせてあげた時の顔といったら!めちゃくちゃ好きになっちゃうやつなんだぞ!!違う所で彼氏自慢されていると思えば更に私は気分が良い!!」


「願いを叶えてあげられるのが自分だけだと言っている時点で間違っているぞ」


 必死に理解して貰おうとする山田の告白に、阿笠と芝崎は全く理解出来ないと冷たい表情でこれを否定した。山田はウッと言葉を詰まらせたが、負けじと弁解を続ける。


「間違ってなどいない。だって、その時頼られているのは私なんだぞ?また別の機会に他の人間に強請る事はできるだろうが、その日、その瞬間の願いを聞き届けられるのは私だけ!お願いを聞いて貰う為に自分の魅力を駆使してお強請りなんてされたら拒否など出来る筈が無い!!それで喜ぶ姿を見せてくれたらそれはもうお値段以上…!」


 詰まる所、頼られるのが好きなのだろう。それが金目当てであったとしても、それで自分を好きになってくれるのならと思ってしまうらしい。上手く行けば良いが、破局を何度も繰り返し手玉に取られ続けている様は見ていて気持ちの良いものではない。阿笠は何度もこの手の事で説教を垂れたが、改善される様子はない。


「だからお前は駄目なんだ。私なら高価な物を強請って来た時点で察するがな。スマイルゼロ円でなければ嫌だ」


「うわあ…」


「芝崎、これからはお前がこいつを見張っておけ。変な女に引っ掛かりそうになったら手を切らせるんだ」


「そんな事まで先輩のお守り出来ませんよ。あと阿笠さんの女性観もヤバい気がします」


「お守り?私がお守りされる側だと??」


 そんな事を言っているからこの二人は未婚なのだろう。芝崎も何か言えた口では無いのだが、どうしようもない人達だなという感想を覚えた。

 ちょうどその時、水が流れる音がしてポアが出て来た。中で使用していたのか、スマートフォンを握っている。


「…ふー、ちょっとすっきり。でもあれだね、山田さんみたいな男達が村久さんに捕まっちゃうんだろうね。

 そうそう、さっき千冬ちゃんから連絡あったよ。明日日曜日、二人がデートするみたいだって。阿笠さん、後付けにいく?」


「そうか。ならば、行くとしよう」


 村久夏樹の正体は知れたが、直接この目で確認した訳ではない。二人の関係性を知っておく必要があるだろう。花江が村久に集られているだけなのだとしたら、寺内の話の録音と共にきちんと染谷に報告し、当初の目的通り別れるよう説得して貰うべきだ。

 先輩に対してその態度は何だと喚く山田と、女に騙される断罪の堕天使プークスと軽口を叩いている芝崎を尻目に、阿笠はもそりと煎餅を齧った。




 


こちら2018年に同人誌の書き下ろしとして執筆したものです。

もうそろそろ公開しても良いかなと判断しましたので掲載させて頂きました。

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