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パリピ探偵ポア  作者: 吉良 瞳
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夜行巡査2

 




「…ポア」


「なーに?阿笠さん」


「…本当にこのまま張り込む積もりか」


「当然でしょ」


 ーー夕日が落ちかけ、薄暗くなった住宅街。山田と芝崎と別れた二人は、牛乳と餡パンを片手に張り込んでいた。


「それに、何故に牛乳と餡パンなんだ。阿呆なのか」


 昼間より気温が下がり肌寒い。冷たい牛乳を喉に流し込み、小さく体を震わせる。


「張り込みと言えば牛乳と餡パンでしょ。阿笠さんだってそういう定番、好きじゃない」


「否定はしない。…が、もっと状況を考えろ」


 防寒の準備も特にせず、昼間と同じ格好で細い路地に立ち往生。一度事務所に戻れば良かったと阿笠は後悔した。そうしようとはしたのだが、ポアが急かすのでそのまま此処へやって来てしまった、ということである。


「この位大した事無いって。お洒落は我慢が大切って言うし?俺、寒いのって結構得意な方」


 寒いならもっとくっついてあげよっかー?と芝崎が喜びそうな事を言う。阿笠はいらん、と言って様子を伺う。


「…ところで、如何してこんな所に張り込む必要があるのかちゃんと教えてくれ。」


 ーー二人の張り込んでいる場所。其処は伊藤家である。件の伊藤吉三と、依頼主の伊藤紗季達の住む自宅だ。周囲は店の類は殆ど無い、住宅やアパートが犇く閑静な場所だ。派出所からは事件のあった浅井川の橋を渡って行く必要がある。


「てっきりお前はあの警官達を疑っているのだと思っていたぞ。伊藤吉三に何の用がある」


「何の用って…吉三さんは渦中の人物だよ?会わなくてどうするの」


「だったら直接会いに行けば良いだろう。何故こそこそしなければならん」


 ポアはわっかんないかなー!と唇を尖らせた。阿笠は不満そうに彼を見下ろし、説明を催促する。


「あのね、相手はゲートボールと水泳を現役でやってる元漁師のおじいちゃん。正義感溢れる生真面目な警官と口論。これだけでなんとなく性格が想像出来ない?」


「性格?」


 阿笠は会った事の無い吉三の人物像を考える。元漁師という事は分類するに、体育会系。警官とも互角に口論をする様な、頑固で恐らく怒りっぽい人。八田巡査は三村巡査部長に「まだまだ自分は元気だと思っている様だが、頼りなく見える」と話していた事から、意地っ張り、堅物。……昭和の昔気質な人間な気がしてきた。


「………やっていないの一点張りで、何も答えてくれない気がする。そもそも会話になるのか疑問だ」


「でしょ?俺みたいな若造の相手なんてしてくれないだろうし、阿笠さんの根暗な顔見ただけで怒り出すよ、きっと」


 それは言い過ぎだろう…と思ったが、阿笠は反論しなかった。吉三と接触するのが急に嫌になったからである。孫である伊藤紗季が代理で依頼に来たのはある意味正解だったのだろう。


「でね、阿笠さん。俺の目的は想像じゃなく吉三さんの人物像を明らかにしておく事。まぁ予想に反して穏やかな人だったら話を聞いても良いけどね。有り得ないけど。

 …後は、もし犯人が吉三さん以外に居るとしたら…犯人は、あの人の前にまた現れると思うんだよ」


 ポアは、長期戦になるかもねーと言い乍ら餡パンの袋を破く。がぶりと噛み付き、「これ餡子少な過ぎっしょ」と不満を漏らした。


「…それが本来の目的という事か?」


「まぁそうなるね」


「どういう事かきちんと説明しろ!俺は殺人者と渡り合うだけの技など持っとらんぞ。何の準備も無しにそんな事を言われても…」


「大丈夫、犯人には吉三さんを殺す事なんて出来ないよ。だって大切な身代わりだよ?今吉三さんを殺したら、八田巡査を殺した犯人は別に居たってバレるじゃない」


「だったら何故…」


 ーー閑静な住宅街に足音が響く。阿笠はハッとして、会話を中断させて息を潜めた。平和の象徴とも呼べる様な夕食の香りが家々から漏れ出す。何者かの履いている靴がその平穏を拒絶し、不穏な存在がそこまで来ている事を告げていた。

 …そんな、まさか。





「ーーきゃはは、それマジ?ウケるんですけど〜〜!!」


「っしょ?てかさ、今日のセンコーウザくなかった?」




 …………………。




「阿笠さ〜ん」


「黙れ。話しかけるな。わたしは空気だ。」


「あっがっさっさ〜ん??」


「ぶつぶつ……」


 薄暗い路地にしゃがみ込み、頭を抱えて独り言を喋り出す。ポアはやれやれまた始まった、と肩を竦めた。


「ねぇ、ミサ。何あの人、まじキモいんですけど…」


「えっ、やだ不審者…?怖っ…」


 派手な化粧をした女子高校生達が、気味悪げに阿笠を見下ろした。彼の近くは通らず、なるべく道の端へ迂回して通り過ぎて行く。


「…ポア、ポア」


「はいよ〜」


「行ったか、奴は行ったか!?」


「うん、もう行ったよ。姿も見えない」


 一人念仏が終わったのか、必死な声色でポアの名を呼ぶ。まだ顔は上げられない様で、綺麗に整えられていた髪を掻き毟り何かから必死に耐えている。


「本当に、女子高校生はいないのか?」


「だからいないって」


 面倒臭そうに、投げやりに受け答える。


「探偵が不審者として逮捕、なんて御免なんですけど〜?」


「そ、そうだな…すまん」


 やや時間を要して、阿笠はポアと向き直った。だが未だ額に汗を浮かべ、顔色が悪い。目の焦点も合っていない。もし警官がこんな阿笠を目撃しようものなら、問答無用で連れて行かれる事だろう。


「ねぇ、まだ女子高校生が怖いの治らないの?」


「治る様なものではない。だから私は、徹底して学生の登校・下校時間の外出は控え、どうしても出かける際は通学路を避けていたというのに…」


 お前がこんな所に連れてくるから!と冷静さに欠けた悲鳴に近い声でポアを非難した。


「はいはいそりゃ悪ぅござんした〜。でもね、吉三さんに犯人が会いに来るとしたら、俺達はそれを確認する必要があるじゃん?…俺の推測が正しければ…吉三さんは、真犯人によって犯人に仕立て上げられる。事件はまだ終わってないんだよ」


「…何を根拠に。それに、今日これから吉三氏の前に犯人が現れる確証など…」


「無いね。でも、俺が犯人だとしたら、今晩中に行動を起こす」


 乱れた呼吸を整え、ポアの言葉の意味を咀嚼する。今晩、何かがある。その理由は?彼は、既に誰が犯人か見当が付いているのだろうか。だとしたらー…


「…ポア、お前は吉三は犯人では無いと宣言したな。真犯人は他に居るー…そして、あの警官達を疑っていたな」


「うん」


「あの中に、犯人が居るのか」


「多分ね。あの三人の内誰かー…俺はあの人が来るって確信してるけど、現れるまで推理してみてよ」


 その方が気が紛れるでしょ、と満身創痍気味の阿笠に笑いかける。阿笠は残っていた牛乳を飲み干し、時を待った。




 ***




 ーー二時間程して、吉三が紗季を伴って自宅へ帰宅して来た。警察の事情聴取があった様で、漸く自宅へ帰された、という所の様だ。吉三老人は白髪混じりの所謂角刈りで、小柄な体型の人物であった。杖を突いて歩いているが、それ程杖に頼っている様子は見られない。彼を心配する紗季達家族が持たせている物なのかもしれない。吉三は長時間の取り調べに大層ご立腹の様子で孫に愚痴を零している。


「だから儂は何もやっとらんと言っとるだろうが。最近のお巡りは年寄りを馬鹿にして拉致があかん。ちくしょう、ふざけやがって」


「そうだよね。でもきっと大丈夫だから。ちゃんとお祖父ちゃんの無実を証明してもらえる様探偵さんに頼んであるから」


「ほん、その探偵もどうだかね」


 …などと随分大きな声で宣い、家の中へ入っていった。阿笠とポアは顔を見合す。


「…やっぱ会いに行かなくて正解だったね」


「…そうだな」


 虫の居所が悪いのもあるだろうが、まともな会話が出来るか怪しい。…少なくともポアの軽いノリと阿笠のコミュニケーション能力では。


「それよりも、見た?あのお祖父ちゃん。杖持ってたよね。あれ日常的に使ってるものなのかな」


「その可能性は高いだろうな。歩行の補助をするものなのだから、日によって持たないという事はまず無いだろう」


「だったらますます酒瓶を凶器にする必要無くない?だってその杖を使えば良いんだからね」


「それに、酒瓶に指紋は付いて居なかった。指紋は皮脂の油によって付くものだから、濡れた程度で消えはせん。元々酒瓶に吉三氏は触れて居ない。第三者が手袋でも嵌めて使用したと考えた方が自然だ」


「そういう事」


 ポアは吉三に罪を着せようとしている人物が居るという確信を深めた様だった。あどけなさの残る目と口を三日月に歪めて、くつくつと喉を鳴らして笑う。阿笠は出来の良い生徒を見守る様に、僅かに頬を緩めるのだった。



 ーー夜の帳が下りて、辺りが暗くなる。寂しい街灯の明かりに蛾が集まり、二人はその後もその光から身を隠す様に一層暗い路地に身を潜め続けた。数時間前に食べた餡パンと牛乳だけでは身が持たず、そろそろ食料調達に行こうかと考え出した頃ーー家の中から一人、吉三が出て来た。杖を手に、周囲の様子を伺い乍ら何処かへと向かう。


「…怪しいね」


「追うか?」


「もっちろん」


 誰かに見つかる事を危惧している様な素振りで、どんどん人気の無い路道を進んで行く。足音を立てない様に神経を研ぎ澄ます。最終的に老人は、神社の参道を潜り境内の裏手で歩みを止めた。…誰かを待っている様だ。


「…吉三の前に犯人が現れると言ったな。これは想定内なのか?」


「いや、思ってたのとはちょっと違うな…」


「!、誰か来たぞ」


 暗がりに目を凝らす。吉三もその人物に気付いて、「おう」と声を掛ける。


「お待たせ致しました、わざわざ御足労頂いて申し訳ありません」


「全くだ、孫の目を盗むのに苦労した」


 ーー画して、現れたのは柔和な顔立ちの、眼鏡の似合う中年警官であった。市原警部補は伊藤吉三と面識が無いと昼間話していたというのにである。阿笠は「まさかあの人が?」と首を傾げる。


「今日も警察で酷い目に遭った。儂の話など何も聞いちゃおらん」


「はあ。警察署の人間として、私からお詫び申し上げます。それよりも、例の件についてなんですが…」


「ああ。あの事は誰にも言っとらんよ。お前さんとの約束だからな。全く人間ってもんは分からんものだ。あの生真面目な男がまさかー…。」


 …暫しの沈黙。阿笠とポアには二人が何の話をしているのか分からなかった。が、表情はよく見えないが、吉三から落胆と悲しげな雰囲気がその声色から伺えた。少しでも理解しようと、目を見張り耳をそばだてる。


「無論、有耶無耶にするつもりはありません。公表は直ちに、此方で致しますので。どうかもう少々お待ち下さい」


「そうさな。儂が言うよりも、穏便に事が進む筈だ。…くれぐれも頼んだぞ」


 そう言って、二人は別れた。阿笠とポアは目標を市川警部補に定める。すると間も置かず、神社から去ろうとする市川の元へもう一人の男が現れた。


「市川さん」


「ああ、三村か。伊藤さんと話して来たが、お前の心配する様な事は何もなかったぞ。八田の事を心配している風ではあったが、事実を捻じ曲げる様な事はしていない。」


「なら、良いのですがー…。今日、刑事が探偵なんて連れて来るからドキッとしましたよ。この事が外部に露呈しては大変ですからね。全く、部外者をわざわざ連れて来るなんて引っ掻き回す真似、同じ警官として恥ずかしいですよ」


「まあそう言うな。ーーさて、遅くなったが飲みにでも行くか?」




「ーー阿笠さん」


 現れたのは、三村巡査部長。阿笠には意味深な会話だったが何が何やら皆目見当もつかなかった。その一方で、ポアは神妙な顔つきになって助手の名を呼んだ。


「犯人が割れた。ショータイムの時間だよ」


 暗がりでポアの目が光かりを帯びる。猫の様に細められたその目には、真実が映っているのだろう。


「………。分かった。お前の舞台(ステージ)を整えよう」




 ***




 翌朝、山田の携帯に阿笠からの連絡が来た。吉三に紗季、昨日事情聴取をした三人を集めて欲しいとの事である。突然何を言い出すのかと思われても仕方のない、理由も何も書かれていない、業務連絡の様な文面である。山田は彼の性格をよく知っているので、ただ肩をすくめて特に疑問も持たずにそれに従った。


「随分唐突ですね。関係者を集めて欲しいって、皆さんそれぞれ仕事や都合があるのに……。」


「事件の真相が分かった、という事なのだろう。自分の関わる殺人事件なら、どんな事情があっても来るだろうーーと思っているのだろうな」


「釈然としませんが、まあ余程の予定が無い限り来ますよね」


 阿笠が指定した場所は警察署などでは無く、昨晩吉三と市川が会っていた、三村も居たーーあの神社であった。賑やかな表通りと反し、静かな場所だ。神社が面している道路は殆ど人も通らず、車の走る音も聞こえない。


「しかし、何故犬角神社なんだ…?」


「さ、さあ…私、初めて来ましたがこんな怖い所初めてですよ。見てください先輩。あの木、藁人形が刺さってーー…」


「よせ、神聖な場所の悪口は良くない」


 昼間だというのに薄暗い。心霊スポットととして取り上げられて居ても可笑しく無い様相だ。芝崎は居心地悪そうに視線を左右に動かしている。山田は、無言で藁人形の刺さった御神木から距離を取った。予定の時間が近くなって集まり出した面々も困惑気味であった。


「おー!皆集まってんねー!」


 午後13時55分。ポアと阿笠が、集合時間の5分前になってやって来た。ポアは相変わらず、オーバーサイズの派手なプリントのカットソーにじゃらじゃらとチェーンの付いたパンツ姿。耳にはユニコーンの大きなピアスを付けていた。厳かな神社に全く似つかわしくない、この集まりで一番突拍子も無い若造であるーーが、この場を設けた主催者は彼である。一斉に一同は二人を見た。


「ああ、やっと来ましたか。犯人が分かったらしいですが、それは本当なんですか?」


 先に声をあげたのは市川である。顔は青褪め、挙動は落ち着かない。他に三村と吉三も、浮かない表情をしている。この場に集められた理由を察しているらしい。


「その通りです。ですから、皆さんにお集まり頂きました」


「今から事件の真相を披露してあげるから、耳かっぽじって聞いてよねー?」


 ポアが賽銭箱の上に登る。自分が主役だと言わんばかりに、罰当たりにも神の居城を背ににたりと笑う。阿笠は神に合掌をしてから、ポアの側に侍った。


「結論から言おう。八田巡査を殺害した犯人。伊藤吉三さんを川に突き落とした犯人を。」


「!!それじゃ、犯人はお祖父ちゃんじゃないって事……?」


 淡々とした阿笠の言葉に、祈る様に手を握っていた紗季がパッと明るくなる。祖父の顔を見て、嬉しそうに微笑んだ。


「犯人はーー」


 ポアが、人差し指を天高く指す。そしてその指を、一人の男の前に降ろした。


「君だよ」




「三村巡査部長。ーー貴方が犯人だったんですね」


 阿笠がポアの言葉を引き継ぐ。ぽかんと、何が起こったのか分からないという様子の三村。三村はやがて、自分が犯人だと言われた事実を漸く受け入れられたらしく、破顔し可笑しそうにこれを否定した。


「ーーは?私が犯人、ですか?それは違いますよ探偵さん。だって私は八田とは友達で、事件当日はずっと篠原と居たんですよ?」


「……ポア、如何して三村巡査部長なんだ?昨晩、吉三に会いに来た人物が犯人だと……」


「ああ。あれね。市川さんは犯人じゃないよ。それに三村さんもあの場に来たじゃない。それで俺は確信したんだ。順を追って説明するからちょっと待ってよ」


 賽銭箱の上に腰を下ろして足をぶらぶらさせる。ポアは何処から説明しよっかなー、と呑気な独り言を零す。


「篠原さんは犯行時刻寝ていらっしゃったじゃないですか。三村さんが篠原さんと居た証拠にはなりませんよね」


 ポアが考え中なので、仕方なく三村の疑問に阿笠が答える。すると、待って下さい、と篠原が声を上げた。


「三村先輩は無いですよ。だって、あの日、確かに僕は眠っていましたがーー。派出所の前には防犯カメラがあるでしょ。出掛けたならあれに映る筈です。」


「そうですね。お二人のアリバイの確認の為調べましたが、誰も出掛けた様子はありませんでした」


 芝崎も警察の調査を思い出し乍ら答える。「ああでもーー」と言葉を重ね「あの交番には裏口がありましたね」と三村を見た。


「あの裏口には何時も鍵が閉まっているんです。古い建物を改築した交番ですから、その扉だけ後付けの南京錠式になっておりまして、鍵が無くては開けられません」


「その鍵は何処に?」


「金庫の中です。金庫の鍵は市川さんが持っていますし、無理に開けようものなら警報音が鳴って篠原が起きます」


「その通りです。そんな音は聞こえませんでした。」


 皆のやり取りに、ポアが溜息を吐く。「そんな事くらい、簡単じゃん」と頭の固い大人達を見て呆れ顔をした。


「事件当日になって裏口の鍵を入手しようだなんて、計画不足もいい所だろ。そんなもん、事前に市川さんの居る時に開けてもらってこっそり持ち出すなり、複製するなり出来るでしょうよ…」


「そんな事をしなくても、特注品や余程古い物で無い限り、事前に同じ南京錠を購入すれば同時に鍵が手に入る。昨日見た所そんな大層な南京錠でも無かったしな」


「阿笠さん頭良い〜〜」


「そんな所まで、よく見てましたね…」


「よって裏口からの出入りは可能だ。三村さんのアリバイは成立しない」


 芝崎が感心して阿笠を見た。成る程〜と口々に言う面々に眩暈を覚えるポアだったが、気を取り直して推理を続けた。


「三村さんは、篠原さんに睡眠薬を盛って眠ったのを確認してから、裏口から派出所を出た。あれだね、もう一つ付け加えるなら、一服盛っておけば多少煩くしても篠原さんにバレたりはしなかっただろうね。飽くまで篠原さんは仮眠な訳だから、計画的に犯行をするなら念には念を入れた筈だよ。

 事前に自転車を裏に停めておいて、三村さんはそれを使って犯行現場である浅井川へ向かった。自転車には吉三さんがよく飲んでいたという銘柄の酒瓶を積んでね。

 そして、三村さんは八田さんと吉三さんが来るのを待ち伏せて殺害に至った。」


「待て。待ち伏せすると言っても、何時に二人が浅井川を通るのか分からんだろう」


「それは簡単さ。吉三さんはいつも馴染みの店で閉店時刻まで飲んでいた。店の閉店時刻から浅井川までの距離を考えれば、二人が通る時間は分かる筈だ」


「それも可笑しい。…何故、三村さんが吉三氏がそんな時間まで飲んでいる事を知っている。二人が一緒に居た事自体、偶然では無かったのか?」


「うん。だって、八田さんが三村さんにそう言ったんだし。それに八田さんは何度も、酔いどれの吉三さんの送り迎えをしていた筈だしね」


「ーー?ーー??」


 阿笠は何が何だかよく分からなくなり、軈て自分と皆に改めて言い聞かせる様にポアの推理を復唱した。すると案の定、三村がこれを否定した。


「いやいやいや。伊藤さんが何処で、何時まで飲んでいるかなんて私は知りませんよ。」


「ーー待て。八田のボンボンなら、儂が何時も使う店を知っているぞ。毎週金曜日、一杯やってると必ずあの野郎、自分が家まで送るって来やがるんだ」


 大人しく話を聞いていた吉三が、不意に声を上げた。阿笠はその言葉の意図に気付いた様で「成る程」と彼の言葉に続けた。


「…三村さん、貴方は唯一吉三さんの事で相談を受けていたのですよね。であれば、八田さん自身の口から聞いていた可能性がある。吉三さんがよく飲みに行く場所、時間。酒の銘柄までーー」


「違う!だいたい、何で嫌いな相手の好きな酒なんて知ってるんだよ。可笑しいだろ!」


「そう、そこなんだよ」


 ポアがにんまりと笑う。取り乱す三村をただ面白がっている様な無邪気な笑顔である。漸く山田も何か分かった様で、秀麗な眉を上げて吉三を見た。


「……そもそも、八田巡査と伊藤さんの仲が悪いという話自体、嘘だったのではないか?ーー吉三さん、八田巡査とどう言った仲だったのか、貴方の口からお聞かせ下さい」


「はあ!?私は八田に、困った爺さんが居ると相談を受けてーー…」


「三村さん、貴方には聞いていませんよ」


 芝崎が三村を黙らせる。篠原が困惑気味に三村の腕を引いた。お陰で未だ何か言いたそうではあったが口を噤んだ。


「ーーふん、別に大した関係でも無ぇ。あのお節介野郎、儂を見かける度に世話を焼こうとしてきやがって。迷惑だって言っても聞きゃしねえ…」


「ほ、ほら!私は嘘なんてー…」


「……よく分かった。三村さん、彼の顔を見ても同じ事が言えますか」


「え?」


 ーー憎まれ口を叩く吉三の表情は、決して嫌いな相手の話をする時の人間の顔では無かった。口をひん曲げて八田の話をする彼からは、その言葉の裏には息子を思いやっている様な、深い慈愛を感じさせられた。


「八田巡査と吉三さんは、本当は仲良しだったんだねー。分かりづらいけど。」


「…だから、八田さんは吉三さんの好きな酒まで知っていた。困った父親、祖父の話をするかの様にーー親しみを込めて、三村さん、貴方に吉三さんの話をしていたんだ」


 吉三は、チッと顔を背けて舌打ちをするだけで、何の反論もしなかった。隣で紗季が、如何してそれをちゃんと言ってくれないの、と怒っている。それだけで、阿笠の解説が正しい事が証明されていた。


「毎週金曜日の23時、八田さんはパトロールの時間を割いて、酔いどれの伊藤吉三氏を自宅まで送り届けに行っていた。

 事件当日も金曜日だ。この事を知っている三村さんは事前に準備をして、浅井川に待ち伏せた。」


「…辻褄が合いますね。って事は、本当に三村巡査部長が…?」


 芝崎の疑問に、三村は未だ否定の姿勢を取り続ける。先輩を庇おうとしていた篠原も確信を持てなくなったのか、顔色が悪い。


「動機は!?私には八田を殺す動機が無い!!それに、私が犯人だとする証拠は?こんなもの、証拠が無ければただの妄想だろう!?」


 三村は興奮して阿笠とポアに詰め寄った。山田が落ち着いて下さい、と静止するも効果は無い。


「はい出ましたー。犯人がよく言う言葉、テンプレート!」


「こら」


 妄想だと言われても余裕の表情を崩さず、三村を見下ろす。


「動機ならあるよ、ね、市川警部補」


「市川警部補?」


 同意を求められた市川は、突然名指しされた事に驚いて、本当に自分かと自身に指を指した。ポアと阿笠が市川から目を離さないので、目を泳がせてしどろもどろになる。


「ええ、…と。ひょっとして、例の事を知って…だからこの場所に……。話しても良いんだろうか、しかし、私の一存では……」


「だ、駄目です!!こんな奴らに話してはなりません!!」


 即座に三村が拒否するが、返ってそれが怪しく皆の目に映る。踏ん切りの付かない市川を山田が誘導する。


「話して貰わなければ困ります。正しく事件が解決される事を祈っている、と仰いましたよね?」


「………。ええ、………。確かに。これはもう、皆さんにお話ししなければならないのかもしれません。」


「市川さん!」


 縁起の良い広い額の上に、大粒の汗が滲み出ている。ハンカチでそれを拭うも追い付いていない。市川は、一同の顔を見渡してから頭を下げた。


「…黙っていて申し訳ありませんでした。…実は、八田巡査には、大麻取締法違反の疑いがあります。間も無く、上に伝える予定だったのですがー…」


 突然の告白に、一同は息を飲んだ。しかし、吉三だけは違う反応を示した。


「ーーま、まさか貴様!三村と言ったな!自分の罪を、八田の坊主に着せる為にーー!」


「お祖父ちゃん!」


 吉三は興奮の余り顔を真っ赤にして三村に詰め寄る。今にもひっくり返ってしまいそうな激情に、紗季は慌てて祖父の行動を止めに入った。


「…三村さん。八田君が大麻を所持していたという情報は全て君が持って来たものだよね。八田君は、身代わりに殺した……という事なのかい?」


 もし大麻所持が本当なら警視庁を揺るがす事件である。だからこそ市川は時期を見計らって内密に上に上げようとしたのだろう。

 しかも、その罪を同僚の警官に着せようとしたとなるとー…。


「わ、私が大麻を持っていた?……はは!馬鹿な。やったのは八田だ!私じゃない!!そんなもの、八田を殺した証拠になる筈が無い!!」


「三村さん。貴方は昨晩此処で、市川警部補を使って伊藤吉三さんの口止めをしようとしましたね。俺達が来て焦ったんだね。

 八田巡査は麻薬を所持している所を吉三さんに見られて、常の怨恨もあり犯行に至った。泥酔した吉三さんを殺すのは容易に思われたがーー、八田巡査は吉三さんに酒瓶で殴られ、揉み合いの末に両者共川に転落。結果実行犯の八田が死に、ターゲットである吉三さんは生き残ってしまった。……っていう様な筋書きだったんじゃないの?」


「吉三さんは、八田の事を憎からず思っていた。だからこそ警察からの発表とする事で騒動の過激化を抑える事に賛同し、黙っている事を了承した。」


「おい阿笠。いや、ポア君に聞いた方が良いのか?八田巡査が麻薬を所持していた、という話を吉三さんが知っている必要がどこかにあったか?市川さんにだけ話して、上に上げて貰えばそれで済む話では…」


 山田の疑問に、ポアが淡々と答える。


「いや、違うね。三村さんは、八田巡査だけでなく吉三さんも殺すつもりでいた。だから、吉三さんが生き残った事は計算外の事だったんだ。酔っていて事件当日の事を覚えていないのをこれ幸いに、“あの日偶然貴方は八田巡査が大麻を持っている所を目撃してしまった。発覚を恐れた八田さんは、貴方を殺そうとした”とでも吹き込んだんでしょ。」


 阿笠は理解の色を濃くして頷いた。犯人である三村を見下し、証拠を突き付ける。


「何も覚えていない吉三さんに嘘の記憶を刷り込み、真犯人を思い出させない様にする必要があった。思い出したとしても、突然意見を変えるのは他者から見れば不自然だ。老人の耄碌…という事でカバー出来ると考えていたのだろうな。

 それで証拠だがー…三村さん、貴方が八田さんに罪を着せる為に残した大麻の購入記録や販売経路を探れば、自ずと売人は割れるでしょう。ネットで購入したならば貴方のパソコンを調べれば或いは。」


「そんなもの、自分の販売地区で大麻所持の人間が捕まったと分かればー…」


「八田さんが大麻を持っていたという事は、まだ公表されていませんよ」


「っ!」


 三村が明らかに動揺を示す。二の句が告げない様子で口を開閉させては、その場を行ったり来たりと落ち着かない。山田はそんな三村の肩をぽんと叩き、冷静を促した。同時に、反論の余地が無い事を宣告する。


「…その売人が証人となってくれる訳だな。…いや、貴方の家を家宅捜査すれば充分、彼の言う事が本当かどうか分かるでしょう。うちには優秀な科学捜査官が揃っている。ご存知ですよね」


「…ああ、あぁ……」


 がくりと膝を落とす三村。吉三は「きっちり罪を償え!アホンダラめ!」と相変わらずの怒り調子。紗季はすっかり困った祖父を宥める孫の顔で、憂いが晴れた様子だった。


「三村巡査部長。貴方を逮捕します。良いですね」


 反応しない三村に、山田は溜息を吐く。山田は、芝崎を見て顎を引いた。


「芝崎君。初仕事だ。彼に手錠をかけたまえ」


「えっ!私ですか!?」


「ああ。やってみたかっただろう?」


 芝崎は息を飲んで、手錠を手に三村に近づいた。


「14時43分ー…」


「クソっ!!」


「ひゃあっ!?」


 初めての犯人確保の大役に緊張したのか、油断したのか。いずれでも無くー…芝崎は手錠を掛けそびれた。三村に薙ぎ倒され、尻餅を突く。


「芝崎君!!」


 慌てて山田が芝崎を背にして庇い、三村を睨む。


「抵抗するとは。無意味と知れ!」


「あいつが、あいつが悪いんだ。八田の野郎、私を告発するなどと脅すからー…!!」


 三村は狂乱した。頭を抱え、罪を告白する。山田は市川と篠原に目配せをし、三人掛りで抑えにかかった。


「大麻を持っていた位、なんだ!ああ!?折角あいつにも安くやろうって言ってやってんのに!!ヒーロー面しやがって!!」


 閑静な神社の境内に、男の悲痛な叫びが虚しく響く。ポアと阿笠は、興味を失ったかの様に三村から視線を外す。ポアは賽銭箱の上から降りて「ポアオンステージ、無事閉幕。後日談はまた改めて〜」と嘯いて鳥居を潜った。後に続いて阿笠も立ち去ろうとする。


「待って下さい!」


「?」


 二人の背を紗季が引き止める。首だけ振り向いて、彼女の言葉を待った。


「あの、本当に有難う御座いました。祖父が犯人じゃないと証明してくれて、感謝の念に堪えません」


「…いえ、私共は仕事をしただけですので。それにまだ推理は完全とは言い難いですしー…」


「え?」


「答え合わせはまた後日、報酬の話も兼ねて致しましょう」


 ポアの代わりに阿笠が無愛想な返事をして、再び帰路に着く。警官達の犯人との応酬を背に、「頭使ったらお腹空いたんだけど〜クレープが食べたい!奢ってよ阿笠さん!」と呑気な会話を始める。紗季はすっかり張り詰めていた緊張を解かれ呆気な表情で二人を見送った。吉三が「妙ちきりんな男だな」と掃いて捨てた。




 ***




「凄いです、あの推理、全部正しかったみたいですね!実は、名探偵だったんですか!?」


「ええ〜照れちゃうなぁ。そう、俺こそが名探偵丸井ポア!体は大人で頭は子供だけど〜この、他所とは出来が違うんだよね」


 数日後、八田巡査を殺害した犯人として三村巡査部長が逮捕された事が公表された。大麻所持の件についても報道され、連日テレビはこの話題で引っ切り無しであった。売人も無事捕まり、三村の犯行を裏付けてくれた。また、凶器に使われた酒瓶の購入記録も見つかったのだという。

 犯人と目されていた吉三には警察上層部から直々に謝罪があり、なんとか丸く収まったらしい。もし逮捕状などが出て留置所に入れられた状態だったなら、と思うと紗季は祖父の行動を想像して肩を震わせた。



 所変わって『丸井探偵事務所』。天井のミラーボールは電源が切られその輝きは丸い星の中に秘められて居る。


「名探偵などとやめて下さい。付け上がりますので」


「…そうは見えませんよ?」


 そうにしか見えないだろう、と阿笠はポアの耳を抓る。「あいたた」と言うポアをソファに着席させて、インスタントのコーヒーを啜った。


「ところで、その。如何して祖父が巻き込まれるに至ったのか、未だに理解が及びません。だって三村さんが殺したかったのは八田巡査だけなのでしょう?わざわざ祖父を巻き込まなくたって、他に八田さんを殺害する手段はあったと思うんです」


「…仰る通りですね。しかし、三村さんは自分が疑われない為の替え玉を用意したかった。替え玉は御し易い人間で、物言わぬ骸になって貰った方が都合が良いー…死人に口無し、です」


「……?と、言いますと…?」


「もう一回順を追って説明しようか」


 ポアは機嫌良く鼻高々に解説を買って出た。紗季が御礼にと持って来たカップケーキを頬張り、もごもごと言い乍ら話し始める。


「三村さんは大麻を所持している事が八田さんに知れた。もぐもぐ。品行方正な八田さんは当然、この事を公にしようと動こうとした。三村さんは発覚を恐れて、犯行を計画した。ーーまず、これが動機ねもぐもぐ」


「そんな事は俺も彼女も分かっている」


「はいはい焦んないで。で、ただ八田さんを殺すにしても嫌疑がかけられるのは何としても避けたい。迷宮入りの事件を考えるよりは、誰かに罪をなすり付ける方が余程簡単だ。ーーあ、マーマレード味美味しい。

 それで、誰からも好かれる筈の八田さんと唯一仲の悪いと思われている吉三さんを犯人に仕立て上げる事にした。むしゃむしゃ。本当の二人の関係は、三村さんしか知らないからね。もぐもぐ」


「ーー紗季さんは、お祖父さんと八田巡査の仲は全く知らなかったんですよね」


「ええ、少しお顔を拝見した事があるくらいで。祖父も何も言いませんし。ーー家まで送って下さったという話も、知らなかったんですよ。後で聞いたら、どうやら近所まで来ると追い返していたみたいで…」


 鼻高々で調子に乗るポアが失礼を働かない内に、阿笠が解説を横取りする。「あっ」と声を上げるがしぶしぶ、「何処まで分かってるのか見ててやろーじゃん」と紗季の隣に座って指に付いた砂糖を舐めとった。


「三村さんにとって吉三さんは犯人に仕立て上げるに相応しい存在だった。だから、二人が一緒に居る時を狙って犯行に及んだ。

 正義感の強い八田巡査なら、か弱い老人を庇うだろうと踏んで、不意を突いて吉三さんを襲った。庇い乍らだと、自分の守りが手薄になりますからね。何らかの理由で吉三さんを殺そうとしていると思わせた上で、本当の所は八田巡査を狙ったのです。しかも相手は見知った相手ですからさぞ動揺したでしょうね。

 吉三さんは三村さんの始めの不意打ちで突き飛ばされ、突き飛ばされた先の川の柵が壊れー…転落しました。ここまでは読んで居なかったでしょうが、三村巡査部長にとっては嬉しい誤算だった筈です。八田巡査は川に落ちた吉三さんを助けなくては、という思いに駆られ、柵に捩り登ります。ーーが、彼は思った筈です。自分は泳げないのに、どうやって助けるつもりなのか、と。躊躇う八田巡査を背後から、三村巡査部長は用意して来た酒瓶で手袋をはめて殴り、川へ突き落としました。

 本来なら吉三さんを庇う八田巡査を殺し、その後にゆっくり吉三さんを殺す予定だったのでしょうが、まぁ、無事二人を始末する事が出来た訳です。使用した酒瓶も川に落とし、亡き吉三さんと八田巡査二人の諍いの事件とする。諍いの原因は常の怨恨、大麻所持。これは後日友人である三村さんが市川警部補を通して公にする手筈でした。

 誤算は、吉三さんが殺したつもりが生きていた事。多少焦ったでしょうが、吉三さんはあの時間何時も泥酔している事を知っていたし、実際あの日目にもしていましたから。如何様にも言い包められる。警察も左程重きは置かないだろうと踏んでー…吉三さんを黙らせるべく、上司である市川警部補を使って八田巡査が大麻を持っていた事を話す。覚えていないとはいえ、大切に思っていた相手の不祥事。大事にしたくないと思うのが人情でしょう。警察に託すのが一番だろうと判断し口を閉ざして貰います。市川警部補に任せたのも、今思えば作戦だったんでしょうか。あの人、表裏の無さそうな顔してますもんね。

 それで警察発表では、吉三さんが八田巡査の罪を知ったが故に揉み合いとなり、正当防衛の為に巡査を酒瓶で殴ってしまった。意識を奪うには至らず、激しい応酬の末に川に転落ー…。事故死、或いは吉三さんの過剰防衛による殺人の罪。落とし所はそんな所でしょうか。警察に任せたが最後、後で吉三さんが何を言おうと覆すのは難しいでしょうねーー如何です、少しは御理解頂けますか」


「…あの、もう一つ。目撃証言が無かったというのも未だに引っかかります。三村さんの目撃証言が無かったのは偶然ですか?幾ら何でも、ずっと誰かを待ち伏せしている様な姿は不審としか言えないと思うんですけど」


「偶然ではありません。警察は聞き込みの際、市民にこう言った筈です「不審な人物は見なかったか」と。…警察が、そう聞いてるんですよ?」


「あっ!」


 警察という言葉を強調する阿笠に、紗季は表情を納得の色に変える。


「警察官の服を着た人間は不審人物には見えない。だってお仕事中か何かだと思うし、警察官は市民を守ってくれる存在ーー」


「そういう事です。思い込みとは怖いですね」


「阿笠さんがそれ言っちゃうの?」


 ポアのツッコミが入る。そのツッコミの意味を決めかねて阿笠は首を傾げた。が、彼の推理は正しかったのだろう、ポアは特に補足する事も無い様で、何個目かのカップケーキを食べ始めた。


「全て納得がいきました。この度は本当にお世話になりました。先程申し上げた依頼料は、後日また振り込ませて頂きますね。ーーでは、私はそろそろ…」


「下までお送り致します」


 阿笠が事務的な動作で紗季を案内する。ポアは「またいつでも相談しに来てね〜」と愛想良く手を振った。


 誰も居なくなった事務所で、彼は独言る。


「…良かったね、阿笠さん」


 ふっと穏やかな笑みを浮かべ、目を閉じる。…軈てポアはズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、グループチャットを開いた。


『俺ってばまた華麗に事件解決!パーティしよパーティ!!』


 そして間も置かず、返信が帰ってきた。


『ウェ〜イ!!!今からそっち行くべ』


『ポアぴまじヤバなんですけど〜〜!?!?』




 煌めくミラーボールに爆音が鳴り響く探偵事務所。阿笠の叱責は、未だ来ない。


夜行巡査編 完




次回はまた別の事件についてのお話です。

その合間に、彼等の日常編も投稿予定。


感想・誤字脱字・改善点等お受けしております。

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