【915:や】追憶のマニフェスト
私が通っていた中学校は、地元の殆どの子供達が通ってきており、顔見知りばかりで友達作りには苦労しなかった。小中一貫校と勘違いしてしまいそうな空気さえあった為、『彼』の存在は余りに異質であった。
…………今から少し、昔話をしよう。これは、中学校に入学したての私と『彼』が出会った頃の話だ。
彼は、中学一年生にしては身長が高く、170近くあったのでは無いだろうか。そして短く切り揃えられた黒髪に大人びた顔立ち。学ランが誰よりも似合っていた。薄い唇はいつも一文字に閉じられ、切れ長の瞳はいつも活字に向けられていた。
「啓介、お前あいつと何か話した事ってあるか?」
その日、私は隣の席の啓介にそう尋ねた。啓介は一番廊下側の前の席に座る『あいつ』をちらりと一瞥した。
「いや全然?小学校を卒業して、柬京から引っ越して来たって他の奴が聞いたらしいけどな。そんな事より早くサッカーしに行こうぜ」
「あ、ああ…」
啓介は余り関心が無いようで、そう声をかけ乍ら教室から出て行こうとした。頷いて、私も彼の後に続く。
私は何故だかあの男の事が気になっていた。休み時間はいつも一人で難しそうな本を開いて読んでおり、誰かと話をしている所を殆ど見た事がない。尤も、入学当初はこんな地方都市への転校生(の様なものと皆受け止めていた。)に物珍しさから声を掛けては居た。しかし一週間も経ってしまうと彼に近寄る者は誰も居なくなった。彼は、あっという間にクラスで孤立してしまっていた。
私自身も彼に話しかけた事がある。だが本から目を離さず素っ気ない返事しか返してはくれなかった。会話が続かず困っていると、友人達に遊びに誘われてしまい、ついそちらへと流れてしまったのだった。
本を閉じて、もう少し周囲に目を向けたら良いのにーーそれに、私達の話し声だって彼の耳に届いている筈だ。「自分もサッカーに混ぜて欲しい」と一声かけてさえくれれば喜んで迎え入れてやるというのに。このままだと体育の授業などでペアを組まされる時が地獄だぞ。
…それにしても、柬京か。私の父も柬京で仕事をしている事が多い為、妙に親近感を持ったのかもしれない。
この時は未だ、クラスの変な奴という印象でしかなった。
だが、そんな人を寄せ付けない彼と本の壁無しに会話をする機会を得た。
ーー一体いつの事だっただろうか。記憶が定かではない。ある日突然、私の危惧していた事が起きたのだった。
体育の授業で、二人一組のペアになり準備体操をする事になったのだ。普段は軽い体操しかしないのに、今日は二人居ないと出来ないストレッチをするのだという。私は直ぐに相方を見つけたが、彼はぼんやりと一人で突っ立っている。…せめて探す素振りしたらどうなんだ、とやきもきした。
「…正志。今日はやっぱり別の奴と組むわ!悪いな!」
「ちょ、おい太郎!」
今思えば本当に、人付き合いの苦手な人間の心が分からない奴だったと思う。とはいえ「人前では常に笑顔でいること」と教育を受けていた私は努めて明るく彼に歩み寄った。彼からしてみれば、胡散臭い、空気の読めない男だったに違いない。
「なあ、お前まだペア決まって無いんだろ?わたしと組まないか」
「え…」
教師とペアを組むと決め込んでいた彼は、俯いた顔を上げて不思議そうな目を此方に向けた。
「いや、あんたは他に友達が居るだろ。おれは別にいい」
「でも、お前は友達居ないんだろ。だったら良いじゃないか」
ああ、子供の私はなんて残酷な物言いをしていたのだろう。今なら彼の表情が歪んだ理由が分かる。強引な私に反論する術を持たなかった彼は、恐らく物凄く仕方なく私とペアを組む事にしたのだろう。
ーー教師の指示で体育館に散らばりストレッチを始める。私は彼の背中を押し頭と膝をくっ付けてやろうとした。
「ッ!痛い!それ以上押すんじゃない!」
「は?でも全然背中曲がってな…」
「痛いって言ってんだろ!!」
この読書魔は見た目通り文系らしい。運動は苦手と見た。大きな図体をして勿体無い。私は「痛くないと意味無いだろ」と言って冷酷にもその手を緩めなかった。…すまなかった。
「馬鹿、やめろって山田!!」
…名前を呼ばれて、思わず手を止める。すると彼は涙ぐんだ目で私を睨んできた。
「…わたしの名前、知っていたのか?」
「ゼッケンにそう書いてあるだろう」
不機嫌そうに、体操服を指す。確かに半袖のシャツの胸元に『山田』と手書きされている。その発言は私の名前など今のまで知らなかったという事なのだろう。とっくにクラス全員のフルネームを覚えている私としては、クラスメイトに名前を覚えて貰えていないのは少々残念な事実であった。
「山田かぁ。苗字呼びはよそよそしくて好きじゃないんだ。太郎でいいぞ!お前の事はなんて呼べば良い?」
「………」
めげずに人懐こい表情を浮かべて、強引に名前呼びを進める。その時、一瞬彼の無愛想な顔が揺らいだ。
昔からあいつは人の好意には弱い男だった。自分から歩み寄る勇気も無く疑り深いのに、手を差し伸べられると実に単純だ。そんな彼だからこそ、こいつだけは裏切ってはならない、きちんとした友達で居てやろうと思うのだ。
…はて、如何して私はこうも上から目線で話しているのだろう。否、違うのだ。私は彼が羨ましいのだ。どんな人間にも良い顔をするのは非常に疲れる。だからこそ自分の感情を表に出す事が出来るのは、とても自分には出来ない行為だった。…今も昔も、私は彼が羨ましい。大事な事なので二度言うぞ私は。
「ーーー図書。ずしょでいい」
「…ふうん。漢字、そのまま読めば良かったのか。みんな苗字でしかお前を呼ばないから、名簿を見てなんて名前なのか気になってたんだ。
…あれだろ、小学校の頃、図書館って渾名付いてたりしなかったか?」
「……何で分かるんだ」
…本当にずけずけと物を言う少年時代だった。後から聞いた話だが、『図書館』という渾名は愛称ではなく中傷の名であったらしい。私の『山田太郎』なんていう書類の一例に出されて居そうな名前などより余程良い名前を持っているのに、彼ーー阿笠は、自分の名前を気に入っていないらしかった。
「…兎に角、これからは図書って呼ぶからな!本も良いがわたしとも遊んでくれよ」
「……変な奴」
***
ーー私が俗に言う『厨二病』というものに目覚めたのも、ちょうどこの頃だった。当時小中学生の間でカードゲームが流行しており、そのゲームを題材にしたアニメが放映され始めた。その主人公が少年の私の目には格好良く映り、夢中になった。クラスの男子達も皆そのカードを集め、こっそり学校に持って来ては交換をして自分のデッキを強くしようとしていた。無論阿笠も夢中ーーにはならず、相変わらず一人で読書を決め込んでいた。一緒に遊ぼうとは言ったものの、私はカードゲームの話をするのが楽しくて仕方なく、彼との距離は一向に縮まらなかった。
「武、このカードやるよ。遼太郎はこれが欲しいって言ってたよな」
「太郎、マジでくれんの!?超レアなカードだぜ!?」
「良いんだ、ダブってるし」
「サンキュー!!」
私の母は、テストで良い点を取りさえすれば欲しい物は何でも買い与えてくれた。カードはランダムでしか買う事が出来ないが、箱買いをして貰える私にはランダムなど関係の無い事だった。運も悪い方ではないので、レアとされるカードもすんなりと手に入る。お陰でクラスでは一目置かれる存在であった。
「遼太郎、帰ったら新しいデッキで勝負しようぜ!」
同級生の武が目を輝かせて遼太郎を見た。私も嬉しくなって頷いた。
「ああ、やろう!…見せてやるぜ、俺のエターナル・デッキの力をな……!はーっはっは!」
「え〜、太郎は嫌だよ、レアカードばっかりだし絶対勝てないもん」
「え…」
どうしてそんな事を言われなくてはならないのか。「だよな〜」と同意を示す友人達。楽しくて楽しくて仕方がなかったカードゲームが嫌いになりそうな瞬間だった。デュエルをして貰えないのにカードを持っていても意味が無い。
彼等は私の事を好ましく思っているから友人で居てくれたのではなく、“強いカードを持っているから”友人で居たのだ。
思い返してみれば、似た様な事は何度もあった。新しいテレビゲームを買った時も私に会いに遊びに来ていたのでは無かったのだろうし、毎月買って貰っていた漫画もいつの間にか友人達の手によってボロボロにされていた。
その事に気がついても尚、私は道化の様に笑顔を貼り付けては友人達のご機嫌を取り続けていた。友人とはそういうものだと思った。悲しくて泣きそうで堪らなかったが、私の顔は笑顔を貼り付けたままちっとも動かなかった。
だがやはり友人達に集られるだけの存在となるのが嫌で、カードを集めるのをやめた。
その頃になると、カードを学校に持ち込んでいる事が教師達にバレて持ち物検査をされる様になった。カードを持ち込んだ者は宿題を増やされるか反省文を書かされる事になった為、友人達は大人しく下校してからカードを交換する様になった。次第に遊ぶ約束もしていないのに家までやって来て『カードをくれ』と言われるようになった。
私がカードを集めるのをやめたと伝えると、学校では遊んでくれるが家に遊びに来る事は無くなった。来る事はあっても、私の漫画が目当てであった。打算的な友人達に辟易としていても、本当のところは私に会いに来てくれる友人が欲しかった。
カードゲームのブームは中学を卒業するまで続いたが、またやろうという気は全く起こらなくなっていた。アニメだけは見ていたが、テレビの中の主人公は強いのに多くの友人に囲まれていて不思議で仕方がなかった。私もあんな風になりたかった。
ーーカードゲームをしなくなった私は、再び阿笠図書の事が気になる様になった。年がら年中自分の座席で本ばかり読んでいる。一体何が面白いのか、否、ずっと仏頂面だから面白くは無いのだろうか。一人で活字の海に沈む男にもう一度声を掛けてみようと思った。
「よう図書、何の本読んでるんだ?」
「……山田」
「太郎って呼べって言っただろ?」
「……太郎、くん」
ーー本当に愛嬌のあの字も無い男だが、今に比べればまだ可愛げがあった。“太郎くん”だなんてもう何年も呼ばれていない。
「江戸川乱歩の本。短編集だ。……お前は別に興味無いだろう」
「そんな事無いぞ!わたしも本くらい読むぞ!最近読んだのは………、…………」
パッと思い浮かばない辺り、不味いと思った。今では一般的となった“ライトノベル”もこの頃の私はその存在を知らずにいた。
これでは彼との会話が成立しない。胡乱げな瞳が私を見上げていたが、また黴臭い本に目を落とされる。…勝手に話を終わらせないで欲しい。
「…嘘だ、教科書と参考書以外本なんて全然開かない。……だから、面白い本教えてくれないか。絶対読むから!!」
何故あの時の私はあんなに必死だったのだろう。私は常にクラスの中心に居たし、多くの友人に囲まれていた。
…だがその友人達は私という人間を見てはいない。その事実に気付いて焦り始めた私は、誰にも流されない阿笠なら仲良くしてくれるのではないか、仲良くして欲しいと、その様な事を思っていた……のかもしれない。
やはりよく覚えていない。或いは、何も考えて居なかったのかもしれない。
阿笠は唇を指で触り乍ら何か少し考えてから、再び私の顔を見上げてくれた。
「……そうだな、どんなジャンルの話が好きなんだ?」
やっと話が続いたと思った。
「!そうだな、ファンタジーとか?バトルする話が好きだ」
「漫画でも読んでろよ」
「ちょっ」
私の反応に阿笠はクスリと笑った。阿笠の笑った顔を見たのはこの時が最初だった。
「…明日持ってくる。読んだら、感想を教えて欲しい」
その日から私は阿笠の勧める本を読んでは、感想を言い合う仲になった。
***
どう頭を捻っても、二十年も前の記憶を鮮明に思い出すのは難しい。これでもよく覚えている方だと思う。これ以上忘れない様に努めたい。だってこれは大切な私の思い出。大切な少年時代の一頁である。
中学生の頃の私の事件といえば、『友人が本当の友人じゃなかった事件』の他にもう一つ、『将来の夢を馬鹿にされた事件』がある。
中学一年生といえば、思春期真っ盛りの敏感なお年頃である。子供だが子供じゃない、大人ぶりたい年齢。そんな中学生達を捕まえて、女の担任教師は『将来の夢を作文に書いて発表しよう』と小学生がやるような課題を出してきた。まあ確かに、生徒達の文章力を上げるには作文を書かせるのが一番だろう。二、三年生には不相応だが、一年生なら許容範囲か。私は真面目な生徒であったので、よくよく考えて作成した。読書をする様になってから難しい言葉も覚え、実際に使ってみたいと思っていた所である。非常にこましゃくれた文章になっていたに違いない。
ーー四百字詰めの原稿用紙三枚分を、出席順に発表する。皆、野球選手だの、サッカー選手だの、美容師だのと夢一杯な話をしてくれた。人の夢を聞くのはなんだか楽しい。私の番が来ると、わくわくした気持ちのまま作文を読み上げた。みんなにも聞いて欲しい。そう思っていた。
「次、山田君」
「はい」
「頑張れよー、太郎〜」
私は隣の席の啓介の応援に頷いて、作文を読み上げた。
「『将来の夢』山田太郎。
将来の夢は、内閣総理大臣になる事です。国のトップに立って様々な問題を解決しより良い国造りをしていきたいと考えています。わたしは…」
「山田君」
話し始めてすぐ、先生は怒った顔をして私の名前を呼んだ。和やかな空気は一瞬にして冷え上がり、クラスメイト達もにやにやとした顔で私を見ていた。
「ふざけるのはやめなさい。真面目に書いたんですか?」
「ーーーえ」
…この時の私は、本気で総理大臣になりたいと思っていた。というのも、当時法務大臣だった父に政界の道に進む事を強く願われていたからである。父の事は非常に尊敬しており、大好きであった。仕事の合間を縫って時折会いに来てくれるのをとても楽しみにしていたし、父の口から語られる政治の話は大人の仲間入りをした様で好きだった。大きくなったら父と仕事がしたかった。
政治家の親を持った子供が総理大臣になりたいと口にする。何ら違和感の無い話だ。しかし、この担任は私の父親の職業など知らなかった。友人達も私の家が裕福なのは知っていたが、そんな話題が出た事も無いので『太郎がまた馬鹿な事を言っている』と思ったのだろう。
「真面目に書きましたよ?何か変でしたか?」
そう答える私は笑顔だった。全く良く出来た子供だった。
「変でしたか、ではありません!総理大臣って…なれる訳無いでしょう!ちゃんと考えて書いたんですか?書き直して、明日までに提出しなさい」
「太郎怒られてやんの〜」
「ばっかじゃねえの」
私には野球選手やサッカー選手が良くて総理大臣が駄目な理由が分からなかった。如何して自分だけ。担任やクラスメイト達に悪気が無い分、余計に悲しくなってきた。「分かりました」と口は勝手に動くが、どう書き直して良いのか見当もつかない。この作文は稚拙ながら自分が思い付く限りの政策を懸命に纏め上げ、何とかこれなら発表しても問題無いだろう、ひょっとすると褒められてしまうんじゃないかーーと思って書き上げたものだ。これ以上筆を加える所など有りはしない。最初から書き直すなんてあり得ない。私は将来絶対に総理大臣になるのだと、決めていたのだ。
…これは父との約束だった。
「ーー私より偉くなりなさい」
と、父は言った。
大臣より偉くて、担任教師に駄目だと言われない職業とは。
頭の中がぐるぐると回って、とうとう表情を保てなくなった私は皆の前で泣いてしまった。
「太郎?」
「山田君?」
不思議そうな顔、驚いた顔が並んでいる。奇妙な事に、口角は上がって笑っているのに目からは沢山の涙が溢れて来る。取り繕う言葉も紡げない。訳が分からなくなった私は、作文をぐしゃぐしゃに握りしめて教室を飛び出した。
もう限界だった。
***
逃げ出した私が向かったのは、図書室であった。此処なら授業中は誰も来ないし、司書もいない事を知っていた。部屋の隅で一人蹲る。
みんなみんな嫌いだ。こんな作文、破り棄ててやろう。…しかし、作文を破る事も出来なければ自分を笑った友人達を本気で嫌う事も出来なかった。
ーーどれだけの時間そうしていたのだろう。担任が来たらどうやって話をしよう、と思ったがあの女教師は探しには来なかった。代わりに、何故か阿笠が私の元へやって来て蹲る私の隣に座り込んだ。
「…太郎くん、大丈夫?」
「…………」
返事は返さなかった。
「…な訳無いか。最低だよな、人の夢を否定するなんて」
「…………」
「おれは、良いと思う。太郎くんなら、なれると思う」
「………図書は、私が馬鹿だとは思わないのか?」
やっと出た言葉は、友を疑う低い声だった。偽善者め、とさえ思っていた。
「思わない。だって、お前はテストもいつも一番だし、運動も得意、社交的で友達だって沢山居る。おれからしたら太郎くんは凄いと思う。完璧超人かよってな。だから総理大臣を目指していても、無謀だとは感じない」
彼なりに慰めようとしているのだろうか。こんな田舎の中学校で中間や期末試験が一位でも、スポーツが出来ても何の自慢にもならない。友人だって上辺だけである。残念乍ら、私の心には響かなかった。
「…それに、親父さんが法務大臣なんだろ?父親と仕事がしたいって、そんなに可笑しな事じゃ無いだろう。おれは、太郎くんならやれると思うけどな」
「……知っていたのか?父のこと」
続けられた言葉に、思わず顔を上げる。かなりみっともない顔をしていた筈だが、彼の表情は相変わらずの仏頂面で私を笑ったりはしなかった。
父の事は、あの担任は兎も角、他の教師達や友人の親なら知っている者も居ただろう。柬京に居るとはいえ選挙区は地元の石河県であるし、地元の名主と言っても過言では無い。ただ山田という性は沢山ある為、私がその政治家の息子だとはなかなか気付かれなかった様だ。
それなのに阿笠は如何して私の父親の事を知っていたのだろう。
「…知っていた、というより気付いた、だな。小説の感想を言い合っていても、いやに悪徳政治家の肩を持とうとするし、自分ならこんな法律を作ってエルフを救うのになぁって主人公に自己投影するというよりは為政者になろうとするし。後は、歳上への会話が他の奴らより慣れている感じがした。
……いや、こんなのは全部後付けだな。本当はテレビに出ている山田法務大臣とお前の顔、そっくりだと思っていたんだ。それで、さっきの作文を聞いて納得した」
真面目にニュース番組を見ている中学生はどれだけ居るのだろう。法務大臣に似ている、などと友人達に言われた試しがなかった。もしあったなら、あれは自分の父親だと話していたのだろうが…。
確かに阿笠は周りの中学生よりも大人びていた。よく気付いたものだと寧ろ感心してしまった。
「…よく分かったな」
「…おれ、太郎くんしか友達居ないから」
全く分かった理由にはなっていなかったが、阿笠のその答えが私にはとても嬉しかった。打算では無い、本当の友人が出来たのだと思ってしまったから。
「ありがとう」
やっと涙が止まった私を見て、阿笠はほっとした様な笑顔を見せた。私も釣られて微笑み返す。
「…作文、書き直す必要無いからな。おれも一緒に先生に話してやる」
ほら行こう、と阿笠は私に手を差し伸べた。私はその手を取って立ち上がった。
なあ阿笠、お前はこの日の事を覚えているか?
…別に忘れていても構わない。これから先もずっと、私の良き友人であり続けてくれるのなら。
***
後日、どういう経緯があったのか分からないが『学校で総理大臣になりたいという夢を踏み躙られた』という話が私の父の耳に入った。大切な会議がある筈であったのに、父は学校に乗り込み「子供の夢を台無しにしようとする教師はどいつだ」と物凄い剣幕であった。
担任の女教師は真っ青で卒倒せんばかりで、他の教師達も慌てふためいていた。父が私の味方をしてくれるのは嬉しかったが、そんなに怖い顔をして先生達を怒る様は本当に恐ろしかった。寧ろ私の方が「やめてくれ」という側になってその場を諌めた程である。
しかしお陰で作文は書き直さなくて良い事になった。代わりに父に「絶対に皆を見返す政治家になるんだぞ」と指切りをさせられた。
ーーそれなのに私は政治家にはならなかった。
勿論、今でも目指す事は可能である。しかし今は、刑事として駆けずり回っている方が私が私であると思うことが出来る。やっと上手くやっていけそうな、気の合う部下にも恵まれた所だ。
親愛なるお父様。
約束を破ってしまってごめんなさい。
太郎は今日も大切な人達を守る為に頑張ります。




