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korosareteitanoha

作者:
掲載日:2018/03/07

「助けてくれませんか」

そんな声を聞いたのは、間違って掛かってきただろう電話からだった。

男の、喉から搾り出すようなそんな悲痛な声。


思わずピシリと固まる。


無言の相手にも男は気にせずに…気にする余裕も無いのかもしれないが…続けた。


「助けてくれませんか、僕は今日○○物産のビルの屋上から飛び降ります。その僕を…助けてくれませんか」


意味が分からなかった。○○物産…自分が働いている会社の屋上。


そう認識した時、はぁ!?と思わず声が飛び出そうになった。…なんでわたしにそんな電話をかけてくるのよ。初めに思った言葉はそれだ。重すぎる内容の電話に、手が震える。心臓はバクバクと飛び出そうになっていた。


電話のディスプレイには男の電話番号がしっかりと表示されている。


…何の嫌がらせだろうか…非通知や公衆電話からの電話だったらどんなに良かったか知れないのに。私に良心の呵責に苦しめと言っているのか…名前も知らない男は、明らかに私を誰かと勘違いして、最後の電話を掛けている。


_あの間違ってますよ…この言葉が此れほど言い辛い状況等無いのではないだろうか…変な汗までかいてきてしまう。


…もし、男が自殺したとして…、男がどんな人物なのかは知らないが…警察は動くだろう。男が私の電話番号に電話した着信履歴は残っている。最後の電話の相手なのだ。警察の取調べを受けるのだろうか。_神妙な顔をして、「…知りません。男が間違って掛けてきたんだと思います」

…なんて口走らなければならないのだろうか…


冗談じゃない。


…かといって、電話を切るわけにもいかなかった。男に自殺を…しかも自分が働いている会社のビルの屋上から飛び降りると告げている相手にショックを与えたら、それを今すぐにでも実行に移しかねない。…そうして貰ったら…自分が困るのだ。


ごくりと唾を飲み込むと、そっと、男に対して問いかける。


「……その、助けるってどうやって…」


_私は男にこう尋ねるしかなかった。不幸にも選択肢はそれしかなかったのだ。





「明日の正午きっかりに、屋上に来て下さい。そして僕を止めて下さい」


ツー、ツー、ツー。


はぁあああああ…!?


私はガクリと膝を折った。


…本当に何の嫌がらせなのか…、私は男の名前も知らないまま男を止めなければならなくなった。…なのに、男は自分を別の誰かだと勘違いしているような雰囲気なのだ。此れほど最悪なことがあるだろうか…。


止めたくとも止められない。…そういえば、男に会った時なんて言うのよ…?あなた電話掛ける相手きっと間違ってるわよ?…とでも言うの…?


……最悪だ。それで男がショックを受けてそのまま飛び降りちゃったらどうしよう…。一生のトラウマになりかねない。人が目の前から…。


私の顔は既に真っ青を通り越して真っ白になっていた。



**



私の取った行動はひどくまともだったと思う。

…つまり一人で抱えきれなくなり、誰かに助けを求めたのだ。


_啓一(けいいち)、啓一に電話を掛けよう。彼ならきっと話を聞いてくれる、打開策を見つけてくれる。



急いで啓一の登録してある電話番号を押すと、掛けた。


プルル…と、2回コールがなって、はい、と落ち着いたすっきりした声が出る。


啓一だ。


「助けて欲しいの」


電話の向こうの相手は戸惑っているかのようだった。無言のままだ。それを私は不思議に感じる余裕等無かった。


「男を助けて欲しいの。明日、正午きっかりに男が○○物産の屋上から飛び降りるのよ」


言い終わったと思ったら、電話が切れた。


…切られるとは思っては居なかった。私は相当錯乱していた。

他に相談出来そうな相手も見つからず、おまけに電話を切られたショックにも打ちのめされて、私はずるずると座り込んだ。よく分からない涙が出る。私は相当錯乱していた。



***


最悪な気分で、会社に向かう。

自分の気持ちの変化が影響しているのだろうか。会社の皆会う方会う方が何故だか張り詰めたような緊張感を纏っているような気がしてならなくて、私は直ぐに気持ちが悪くなる。青い顔をしながらも、自分に任された仕事をして…

…とうとう運命の時間だ。正午になった。なってしまった。


そろそろと、会社の屋上へと向かう。_やはり、止めないという選択肢はわたしにはなかった。


屋上に着くと、着信履歴を探して、掛けてきた男の携帯に連絡を入れた。


プルル…


「はい」

「来たわよ。」

「はい…?」

「だから、来たわよ。あなたを助けるようにあなたから言われて…屋上に」


…と言いかけた所で、通話中に私の携帯に着信が入った。ディスプレイには、啓一。


男との会話を続ける。


「…で、あなたどこに居るの…?」

戸惑ったような声で、男は言った。

「はぁ…!?助けるのはお前の方だろう」

後ろを振り向いたらそこには啓一が居た。


???


私は訳が分からない。ここに居るのは啓一で。でも、啓一からは今着信が入って…だって携帯のディスプレイには啓一の名前が…。

「じゃあ、あなたが飛び降りるの…?」

全く状況が掴めないままに私は啓一に口走った。啓一は、だからそれはお前の方だろう…?

と言い返してくる。


…意味が分からない。


私達がそう言い争いをしている所へ、会社の人がわらわらと集まり始めていた。


???


しかも私達と同じような言い争いをしている。


「…一体これはどういうことよ」


****



啓一に慌てて登録していた啓一の電話番号を見せた。啓一は不快そうな顔をして、「これ俺の番号じゃないよ」と


男からの番号は啓一の携帯番号。


「…じゃあ、男は啓一の携帯から私に電話を掛けてきたってこと…?」

啓一は更に不快そうな顔をして言った。

「…それだけじゃない、…もしかしたら」

そういって啓一は自分の携帯を開いて私の名前が登録してある番号を見せた。

「これ、私の番号じゃないよ…」

「…」


こんな手の込んだ嫌がらせを何の為に男はしたのか私にはさっぱり分からない。


「うわぁああああああ」


突然誰かの悲鳴が聞こえて慌ててそちらを向く。


一人の男が綺麗な放物線を描いて落ち…そうになった。飛び降りそうになった男の手を掴んだのは笹山さんだ。普段は温和で穏やかな口調の笹山さんが、必死な形相でいつもはあげない強い声を上げている。

「君、死ぬんじゃない…君には優しい奥さんが居た筈だろう!全てを投げ出して死に走るのか、馬鹿なことは止めるんだ。話ならいくらでも聞く!だから思いとどまってくれ。頼むこの通りだ!」


落ちそうになっているのは…高坂部長!!


なななんでー!!!


…と、あわわと混乱し始めた私の直ぐ隣では、友人の直ちゃんが、遠藤さんに止められていた。

彼女も飛び降りようとしたのだ。


だからなんでですか…。


「君はもう直ぐ結婚する予定の筈だろう!馬鹿なことは止めるんだ!気持ちを落ち着けて、また新たに新しい見方で考え直してみたらよいじゃないか、私で良かったら話を聞こう」




*****



もう例に挙げるのもたいへんなほど、うちの会社には自殺志願者が居たらしい。…ほんとうに勘弁してください。


沢山の方々の説得のかいあって、自殺する人は居なかった。○○物産の私の勤めている会社からは。


…隣の市の○○物産という会社の屋上から、「助けてくれないと自殺してやる!」と言い張り、狂言自殺をしようとした男が警察に保護された。と言う話が後からうちの会社に情報として入った。




******


_男は間違えて、自分の自殺する屋上の会社を間違えて犯行を予告していたらしい。



…あれ…?結局私の携帯の番号と啓一の番号を摩り替えた人間は誰なのだろうか。


謎が深まるばかりである。


因みに、狂言自殺を図ろうとした犯人は、会社の方々に片っ端から自殺を仄めかす電話を掛けていた訳ではなかったらしい。


自殺話に乗っかった、誘導された為話が広がった。


そういうことだったらしいのだ。


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