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春に嵐のたとえもあるが  作者: 翠雲
7/8

6話:予測可能回避不可能

生きてます(死んだ魚の目)


「―――それで、どうして君たちまでいるんだ?」

「あ? いて困る事でもあンのかよこの薄らヴォケ」 

「ふふふ、私たちのことは気にしなくても良いさ。曲がりなりにも婚前の男女二人を同じ部屋に押し込むのは世間体が悪いと判断した故の行動だからね。君たちを思いやってのことだ、感謝してほしいな」

「帰れ」


 麗らかな春の日差し降り込む小さな教室の中、麗しの王子殿下のこめかみに青い筋が浮き上がった。



 話は、二日前に遡る。

 花畑で授業を二つさぼった翌日に、殿下はリリィに正面から向き直って真面目な顔をした。


「改めて言おうリリィ。俺は君の事を妻に迎えるつもりだ」

「……何故私なのですか、と聞いても?」

「構わん。そうだな、初めは、君の悪辣ぶりに期待しての事だったんだが―――………まぁ、気分……いやこれでは俺が軽薄みたいだ……興味が湧い……これでは上から目線だな……」

「……あの、殿下? 言えないなら、あの、言わなくても……」

「………………すまない。いつか、言う」

「え、あの、はい……」


 顔を片手で覆ってがっくりと項垂れる殿下に、私はぎこちなく頷くしかなかった。聞いておいてなんだけれど、そこまで言い繕うのが難しいなら言わなくても構わないのにと思う。昨日わかったけれど、このひとは意外と、律儀だ。そうしていると、ゴホン、と殿下は一つ咳払いしてから話を戻そう、と言った。


「それで、もし、君が婚約を嫌がらないでいてくれるなら、俺としても……都合がいい」

「ええと、嫌がるという自由が私にもあるのですか?」

「率直に言って、ない。身分あるものとして生まれてきた以上、親の決定に従うのは義務だ。そして俺達の両親が円滑に事を進めている以上、俺達はいずれ結婚するだろう」

「ですよねぇ」


 まぁそんな未来は来ないんだけどね。すごいなあの女の子、世界の秘密の通りに進むなら、彼女はリリィの両親と陛下と王妃様を説得できたということになる。すごい、普通に尊敬する。


「そういう訳で、君の性格矯正をしようと思う」

「待って、どういう訳ですか!?」

「逆に聞くが、君は今のままで生きていけると思ってるのか? 十割無理だぞ」

「………………そんなにですか?」

「もし、そのままの状態で社交界に出た時は、俺は君の事を情報漏洩娘と呼ばざるを得ない……!」

「そこまで!?」


 胸元を抑え、心底苦しそうに言葉を絞り出す殿下に、私は思わず少し声を張り上げた。急いでぱっと口を手で塞ぐと、ケロッとした殿下がほらな、と肩を竦める。


「とはいえ、感情をコントロールするのは難しい。君のような人間には特にな。……つくづく疑問なんだが、君の悪辣令嬢とかいう綽名はどこから来たんだ?」

「………私こう見えて、とても我儘で傲慢で人を人とも思わない性質をしているのです!」

「つまらん。もっと面白い言い訳ができんのか」

「面白いかどうかなんですか!?」

「学習しないな君は」


 心底馬鹿にするような目を向けられ、私はうっと胸に刺さる痛みを堪えた。昨日はとてもやさしい笑みを浮かべていたのに、何なのだろうかこの差は! 実は双子、いや二重人格、いや隠してただけで実はドSとか?(意味が違うかな)もしそうならば全力で距離を取りたい。


「失礼だな、俺にそんな性癖はない」

「心を読まないでクダサイ……」

「顔に書いてあるんだ」


 まさかこのセリフをリアルで拝むことになるとは。私は両頬に手を当てて顔を隠した。そういうこっちゃないと思うが、そうせずにはいられなかったのである。


「というわけで、減点形式を取る。勿論0になったらそれなりの罰は用意してあるからそのつもりで」

「ノリノリですね、殿下」

「うむ、我ながらはしゃいでいる自覚はある。だが許せ、俺もこれからの時間がそれなりに楽しみなのだ」


 尊大な言い方だが、まったく嫌味を感じさせないのは、生まれと育ちが原因か、本人の性質か。どれにせよ、リリィでも足りなく、リカにはないものだ。でも楽しみ、うん、そうか。息を大きく吸い込んでいるような、眼の奥で光が弾けるようなこの感覚は、そういうことなのだろう。


「はい、殿下。私も楽しみです」



 ――――そして、冒頭に戻る。


「話は聞かせてもらったとも。リリィちゃんにポーカーフェイスを特訓させるため、本日教室内で彼女が教師及び学友たちにした振る舞いを点数化するというものだろう? 中々良い判断だ、リリィちゃんをこのまま放置するのはウサギを縛って吊るして森の中に放置するようなものだからね。ふふふ、ジーク殿下がやらなくとも私が直々に、手取り足取り腰取り教授させて頂いたのに」

「取り合えずお前は黙れ」

「イタタタタタ」


 コーヒーカップを片手に朗々と語るシオさんの頭部を、ナナちゃんががしりとわし掴んでギリギリ悲鳴を上げさせる。こわい。ちなみにナナちゃんは片手でリンゴを潰せる。こわい。

 そして、なんと殿下と二人は昔馴染みらしい。世間って狭いなーと思いつつ、再会出来てよかったですねと言ったら、「あの二人とだけは婚姻したくないと探したら君がいたんだ」と殿下に真顔で言われた。ナナちゃんは当時の殿下を剣技の試合で殺しかけたときの知り合いで、シオさんはお父様に連れられて向かった社交界で殿下と会って、会話を始めて三秒で嫌味の応酬になったときの知り合いらしい。なるほど、両者思い出したくもない記憶に分類されるかもしれなかった。


「シオさん……なんでそこまで知ってるんですかこわい……」

「アリアフェスト家の間者だろう。有名だぞ」

「ふふふ、間者が有名だなんてのはあまりつまびらかにする話ではないけどね。リリィちゃんにはまだ見せてなかったかな。コタ」


 シオさんが虚空へ名前を呼びかけるも、扉からは誰も入ってこず、しんと空気が鎮まる。首を傾げていると、殿下がふと私の横をじっと見つめていたので、何かと振り返れば――――そこに、居た。


「……………………ひぇあ!?」

「うん、ナイスリアクション」


 シオさんが満足そうに微笑む(未だ頭を掴まれたままだが)と、私のすぐ横で跪いたままだった青年がスッと音もなく立ち上がった。シオさんのすぐ傍らへ移動し、頭からスッポリ被ってた黒い布を剥ぐ。


「チッス! はじめましてー! オレっちはコタロウマル・サラゴザッス! お嬢共々よろしくッス!」

「相変わらずキャラ濃いなお前……」


 陽の光よりも淡い金髪、森よりも瑞々しい緑を瞳に宿した美丈夫―――が現れたと思ったが、気のせいだったかもしれない。美しい容姿を持ちながら、同時に自らそれを全て台無しにしているようなひとだった。ナナちゃんが稀に見るほどドン引いてるのが視界の隅に映る。しかし、そんなことは私の眼中にない。そう、私がこの時、頭の中を沸騰させていたのは。


「に………」

「リリィ?」

「ニンジャーーー! ジャパニーズニンジャだーー! わーー!」

「おっ? オレっちに興味津々って感じッスか? いいッスねー! 趣味が合いそうッス!」

「サイン下さい!」

「さらさらさらーっと、はい、ドーゾッス!」

「ありがとうございます!」

「没収」

「あー! 殿下ー! 困ります! あー! あー! そんな殺生な!」

「君、今までで一番輝いてるな……」


 咄嗟に鞄から出したノートに淀みない動作でサインされたそれに目を輝かせたのは一瞬、すぐに殿下にノートを取り上げられ、リリィの身長の届かないところまで持ち上げられてしまう。くそう、この身体が初めて恨めしい。いやリカの方が身長はかなり低めだったけれども。


「ごほん、紹介しよう、リリィちゃん」

「あ、はい」

「コレ、私の手足。下僕」

「ひどい説明ッスね! 万事その通りッスけど!」

「その通りなんですか………」

「ああ。その上この通り喧しいだろう? だから普段は先程のように布をかぶせてテンションを十段階ほど下げさせている」

「黒って、オレっちにはどうも似合わないんスよねー、マジガン萎えッス」

「それテンション下げる為にやってたんですか!?」


 はたから見たら完全にコントなやりとりを交わす私を、不意にナナちゃんが後ろに引っ張る。若干よろめきつつも三歩ほど下がると、ナナちゃんはいつも険しい顔を三割ほど更に険しくしていた。


「リリィ、あんまコイツに近寄るな。コイツはアタシと初対面のときにアタシのパンツの色を言い当てたクソド変態だ」

「え」

「ちょちょちょーっと! 誤解を生むッスよその言い方! エッ、殿下なんですかその眼ーやっだなぁオレっちだって好きでナナリーちゃん様のパンツ見たわけじゃないッスよ? ただお嬢が『ナナリー嬢に隙がなさすぎるからちょっくら下着の色調査してきてくれやしゃけなべいべー☆』って命令してきたもんだからしゃーなしッスねーって感じでナナリーちゃん様のお屋敷に忍び込んで建造物の構造上の隙間を這って自室でナナリーちゃん様の生着替えウォーッチング(はぁと)しなきゃいけなかっただけなんスよー、あ、ナナリーちゃん様今日の髪型キマってるッスね! つまりやりたくてやったわけじゃなくってッスね、不可抗力ってヤツなんスよー、あ、ナナリーちゃん様今日のお召し物似合ってますねー! ヒュー!」

「死罪」

「お喋りなのは主従揃ってだな」


 見事なほどの全力の命乞いだった。ナナちゃんがこめかみをひくひくさせて左手で剣の柄を掴んでいる。それを更に右手で左手を掴んで抑えている様子がかなり必死で、おそらく全力で彼女は殺意を抑えているだろうことが瞬時に察せた。そっとナナちゃんの顔を窺って名前を呼びかけると、ナナちゃんは歪に笑みを浮かべて口を開いた。


「安心しろ、リリィ。お前がいる室内で剣は抜かねェよ」

「リリィちゃん! 今すぐオレっちと仲良くなって下さらないスか!?」

「様を付けろクソッタレ。あとリリィに近寄るな、斬るぞ」

「剣抜いてるッスーー! リリィちゃん様の前では抜かないんじゃなかったんスかーー!?」

「うるせえ黙って殺されろ」


 いつの間にか抜いた剣をコタロウマルさんの首に突き付けながら、ナナちゃんが今にも剣をスライドさせそうな剣幕を浮かべてひっくい声で唸る。コタロウマルさんが入室してきたときのナナちゃんの反応と合わせて鑑みるに、相当気が合わない相手なのだろう。いやナナちゃんと気が合う人なんて希少だけど。


「ところでリリィ、昨日今日と合わせて、クラスメイトと話した回数は?」

「………………………………………………………」

「自覚があるようで何よりだ」


 話を急に戻されて、思わず黙り込んだ。何を隠そうこの私、この二日間で教室で声を出したのは、栄光のゼロ回である。そう、話すとボロが出るなら、言葉を発しなければ良いじゃない作戦である。嘘である。

 そう、私は――――ボッチだった。え? 知ってた? そう………。


「君、少し前まで取り巻きがいなかったか?」

「え、えっとぉ……」

「あ、オレっち知ってるッスよ! 確かちょっと前にリリィちゃん様にテキトーな罪着せられて別々の学園に向かう事になったんス!」


 そういえばそんな記憶がリリィの中にあったような気がする。我が事ながらかなりひどい所業だったが、私がリリィとなったのは高校生になってからの話なので救いようがないのであった。ごめんなさい、名前も顔も知ってるけど知らない少女たち。私が謝る道理はあまりない気がするけれど。ナナちゃんとシオさんがあー、みたいな表情になって私を見つめている。悲しいけどこれ、成り代わり転生らしいのよね!


「君はまず人脈を作ることから始めようか……」

「いやージーク殿下ーお言葉だけどリリィちゃんの評判じゃ難しいと思うよ? 過去が関係ないだなぞとほざける奴は腹の中が真っ黒か、よほどの愚者かの二択だ。あぁ、あと例外的にリリィちゃんのような、底抜けな人間だね」

「………褒められてませんね?」

「ふふふ、褒めてるよ。問題ではあるけどね。いっそ改心したんです、とか言ってみるかい? 十中八九死ねって思われるけど」

「残り一二は」

「失望かな。リリィ嬢の悪辣で目元を濡らす人間もいたけど、舌を濡らした人間もいたからね」

「なるほど、詰んでるな」

「詰んでるねぇ」

「ひとの人生を勝手に詰む詰む言わないで下さい……」


 本人を目の前にしてボロクソ言う二人に、思わず情けない声でそれ以上のネガティブトークを中断させる。


「ふふふ、大丈夫だよリリィちゃん。既に対応策は準備してある。ジーク殿下と婚約するとかいうクソ話が出た時には既に私は準備を始めていたのだからね。おっと怒りのあまりつい」

「フッ、どうした、しばらく見ない内に可愛い性格になったじゃないか。口を滑らすなんて」

「可愛い女の子は須らく全て私の庇護対象だからね、血が熱くもなるさ。しかもその相手がお人形さんだなんて」

「…………………」(ニッコリ)

「…………………」(ニッコリ)


 思わずナナちゃんを振り返ると、彼女は未だコタロウマルにガン飛ばしていた。あれ、もしかしてここって基本的に仲の悪い人間しかいないのでは。重い空気を変えようと、私は「それで、その対応策って何ですか!?」と声を張り上げた。パッと空気を朗らかなものに変えてそうだったねと春のように微笑むこの美女は、本当に先程目の笑ってない笑みを浮かべていた人と同一人物なのだろうか。


「いいかいリリィちゃん、何もしない人間は悪人に劣る。つまり見敵必殺こそ至上、殺られる前に殺れだ」

「サーチアンドデストロイですね! わかります!」

「うん、君は中々残念な方の知識も豊富だったんだね。まぁそういうことだ。―――見下ろされる前に見下ろせ。一度演じたものは演りきれ。仮令それが本当の君でなくとも、責任は継続して然るべきなのだから。つまり、君が明日からやるべき事は―――」



 早朝の教室。廊下すらまだ足音程度しか音の無い静かな時間帯。曙鮮やかな教室に踏み込む人影が、身体を硬直させた。

 この時間にここの教室に入る生徒は自分ひとりだという確信があった。綿密に調べて、眼を光らせたはずだった。入学してから、ずっと。

 それなのに、そのはずなのに。


「ごきげんよう、善い朝ですね」

「―――ごきげんよう、シュタットフェルト様。いつになくお早いご到着でおられますね」

「ええ、少し、用事があって」


 うふふ、と彼女が口先で笑う。彼女自身の席の傍、窓際に佇んでいた彼女が、すっと至極自然な足取りで私に近付いた。コツ、と曇り一つなく磨かれたローファーが床を打つ。


「そろそろ、席に、何かあるかなと思いましたけど………案外、鈍間ですわね」


 気づかれないように口の中を噛む。頭の芯がツンと一瞬白くなった。スカートの右ポケットが落ち着かない。


「ところで、エメリー・クライウッド様」

「なんでしょうか」


 やや食い気味に返事をしてしまったかもしれない。いや、そんなことはないはずだ。私だって今まで貴族の娘として叩き上げられてきたのだから。身に沁みついている。何処もおかしいところはないはずだ。


「貴女、そう、ルナマリアという、おばあ様がいらしたわね」

「――え、ええ。ご存じでいらしたとは、祖母も身に余る光栄で御座いましょう。祖母に、面識がおありになられたのですか?」

「うふふ、三年前に少しね。美しく気高い淑女でした。わたくしもかくありたいと思ったものですから、よく覚えています」

「有難い称賛で御座います」

「ええ、その上――少々正義感が強かったらしいものだから、お相手させてもらったのです」

「―――――そうでしたか」

「ええ、ええ、たのしかったわ、胸躍ったわ、うふふ、わたくしの持ち物を傷つけられたのは久しぶりでしたから。刃物を持ち出されたのも」


 私には確かにルナマリアという祖母がいる。優しい祖母だ。賢くて、しかし足が悪い――


「刃物はよくないわ。ええ、危ないもの。危険なものは、危険じゃなくさせなければ、そう思いませんこと?」

「あの、話が……よく、」

「貴女はあのおばあ様と血が繋がっているわ。ええ、それは変えられませんわ。けれど――その愚かしさまで、繋がっては無いですわよね?」


 彼女が笑う。

 蠱惑に、艶めかしく、うふふ、と。


「あなたのスカートの右ポケットに入ってるもの、なぁに?」




「いや上手くいったねぇ! 君にはその道の才能があるかもだ。それにしても―――アッハッハ! ここまで上手くできるとは流石の私も予想外、ふ、アハハハ! すまない、笑いが……!」



「お前がその道を行くってなら、アタシはそれを守るだけだ」



「………そうさせようとした俺が言うのもなんだが、君は確実に損するタイプの人間だな」



『―――貴様は実に馬鹿だな』




 ――――――――――どうしてこうなった。


第一下僕ゲット

この物語は、無論主人公が未来の展開を知っていますが、だからと言ってそれを回避できるかどうかは別ですので、悪しからず。

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