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春に嵐のたとえもあるが  作者: 翠雲
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4話:リリィ・シュタットフェルトの未来予想図

お久しぶりですね(震え声)


 この世界には秘密がある。

 そう教えてくれたのは、ナナちゃんであり、シオさんだった。二人はこの世界の秘密を予め知っていた。この世界で意識を確立していた時には既に、当たり前のように所持していたと言う。

 この世界の秘密、それは、未来の話だった。

 そう遠くはなく、それでも近くもない未来。将来と言い換えた方が正確かもしれないね、とシオさんは言った。

 それは、ある女の子のはなし。

 一人の女の子が、生まれ、育ち、生きて、死ぬ物語。平凡と自称するその子は、一つ特異な才能を持っていて、その才能を以てすったもんだやんやこらある物語だ。ざっくりしすぎだと揶揄されるかもしれないけれど、細かく説明すると、それは数千ぺーじにも渡る黒いインクの束となってしまうために大雑把に語らせて頂く。

 そんな物語の主人公とも言える少女の人生の一番輝く時間、高校二年生に、主人公はある少女と出会う。

 高慢で、高飛車で、傲慢で、この国でもトップクラスのお嬢様。主人公が恋したひとの婚約者、庶民嫌いで、恋に盲目、主人公を蛇蝎のごとく嫌い、嫌がらせは日常茶飯事。会えば嫌味を言うし、取り巻きとは悪口に勤しむ。絵に描いたような嫌なライバルキャラだ。

 当然主人公の女の子はそんなライバルキャラに負けず挫けず、遂に好きなひとと一緒になった。ただの庶民だった少女の快挙、快進撃。万の歓声と雷のような拍手が彼女を祝福した。

 ライバルキャラは主人公に嗾けた魔物に反旗を翻され、噛み殺された。

 でもライバルキャラなんていないほうが主人公は有難い。それからも困難は続くが、最後には大好きな人との穏やかな日々を甘受し、嫌な事はぜんぶ忘れてとっても幸せ。ハッピーエンド、めでたしめでたし。

 ―――そんな、ありふれた、幸せと不幸せの物語。

 ここまで語れば、どういうことか分かってもらえるはずだ。

 つまりそのライバルキャラが、リリィ・シュタットフェルトということである。同姓同名の上に容姿も酷似していて学校名や国名、都市名や人物背景、王族の名前すら同じで、被害妄想だよわははなんて笑えるはずもなかった。

 いっそなにもかもただの夢だったら良かったのに。たまにあるじゃないか、ちょっと現実味があって、そこで自分がとても嫌な目に会う夢なんて。よくあるよくある、ただの夢だから、今日元気に生活してたら忘れてるって、明日の夢に期待しよう、今日の朝ごはんは何かなぁ、なんて、だめ? そっか。

 そう、ダメなのだ。世界は忘却を許してはくれない。目を背けることも、諦めることも許してはくれない。

 抗うことすら満足に許してくれないのに、神さまって本当にひどいなぁ、とリリィはリカのときからずっと、そう思っている。

 ともかく、私にとっては将来のヴィジョンなるそれを、ナナちゃんとシオさんも知っていたのだった。まだ何も知らなかった私に、ナナちゃんとシオさんは言った。


「安心しろ、リリィ。アタシがいる限り、リリィには指一本どころか、髪の毛一本すら触らせねぇよ」

「安心してよリリィ。私はこう見えてそこそこやるよ、かなりやる。きみを不幸になんて、絶対させないからね」


 頼もしすぎてちょっと引いたくらいだった。

 この二人が本気でタッグを組んだら国すら亡ぼせるに違いない、そう思った。

 けど、実際に未来を見た私は思う、これ、阻止無理なのでは? と。

 だってこのライバルキャラ、意地が悪いのはともかくとして、周囲の人間からの主人公への凶行の罪も被せられているのだし。その上、婚約者からはやはりお前とは考えが違うようだと悲しい眼で言われて婚約解消。そして肝心なのは、ライバルキャラの婚約者はイコールで主人公の好きなひとなのだ。ひどい略奪愛、ライバルキャラは誰が婚約者になっても吸い寄せられるように破滅の運命へと歩む。哀れリリィ・シュタットフェルト、彼女は誰からも見放され、誰にも知られず、誰にも見向きもされず、自滅するのだった。

 そして私がリリィ・シュタットフェルトが幸せにならないと確信している要素はもう一つある。

 リリィ・シュタットフェルトの死因、魔物の出所なのだが。何を隠そうその魔物、シュタットフェルト家の地下に封印されていた国家機密らしいのだ。

 なんでも、遠い遠い昔にこの国を襲った魔物の頭領とかで、どう頑張っても殺せないから封印することにしたらしい。そして、当時から王より最も信頼を受けていた我が家の地下に封印した、ということだった。ご先祖様、あなた何をしてくれちゃっているのですか。

 未来のリリィは両親からそれを聞き、代々伝わる封印の教えを実行していたが、婚約者が振り向いてくれないやら周囲の媚やら親からの軋轢やらメイドたちの塩対応に疲れ、もうどうにでもなーれ、と封印を解いた。魔物に殺されるかと思いきや、魔物はリリィをその場で害することはなかった。言語を持たないその魔物に、リリィはペットのような下僕のような扱いで接していたが、それでもである。というのも、シュタットフェルト家全体に強力な結界が張ってある上にリリィの両親に封印されては脱出しても意味がないため(実際にはリリィの両親には意識が覚醒した魔物を封印できるほどの力はなく、結界は魔物の力を制限するためのものでしかなかった)、虎視眈々と好機を狙っていたというオチなのだが。つくづく残念な少女である、リリィ・シュタットフェルトというやつは。流石私。

 そしてリリィ・シュタットフェルトの残念伝説は終わらない。


 なんと、その封印、もう既に解いちゃってたのでしたーーー!


 はっはっは。

 ……………………………

 いや笑えるかーーーーーーい!!!

 失礼、取り乱してしまった。

 でも許してほしい、だって国亡ぼせる魔物が既に覚醒しててというか自分の手で覚醒させてて、実はいつでも逃げ出せる状況で、それをその魔物だけが知らないとか、ちょっと、そんな現実信じたくない。

 定期的に訪れてたリリィが行かなくなったら不審に思うだろうし、会いに行かないという現実逃避が割と許されない。そして解決する方法もなければ頼れる人は――二人いるけど。


 そんなわけで、リリィ・シュタットフェルトは現在地下室前にいた。無駄に責任を感じてしまう心が恨めしい。

 石造りの、冷たくて固い地下室。壁には等間隔に魔法の炎が灯った松明が掛けられ、燐光を放つ太い線が血管のように脈打ちながらそこかしこを走っている。おかげであまり暗くはないことだけが救いだった。暗いのは昔から苦手である。

 鉄扉に手をかけてはひっこめ、ようやくしっかりとつかんだ頃には三十分が経過していた。深く息を吐いて、ギ、と扉を押し出す。


 そこには、うつくしい獣がいた。


 赤みがかった金の毛並みと、縦線が入った夕日よりも力強い金色の瞳。高さだけでリリィ二人分以上ありそうな体高、力強くしなやかで、丸太のように太い四つ足。形容名詞としておそらく一番似ているのは狼だ。

 魔物と言うよりも神獣と言い表した方が正しいようなそれは、今日もご機嫌麗しくない様子で鎮座している。

 ぐるぐるという声音は喉を鳴らす音でなく唸り声だ。

 ぎらりと、金色の瞳がこちらを射抜く。その目を、リリィ、いや、リカはよく知っていた。

 それは憎悪だった。

 憎んで憎んで、悔しくて尚怨んで、恨んで―――その先に何もないと分かっていたとしても、憎悪を捗らせる者の眼だった。

 さて、ものは相談なのだが。そんな理性の狂気の最中にいるこの、整然とした獣に、リリィが抵抗する余地などあっただろうか、いや、ない(反語)。

 結論から言わせてもらうと―――対面して一分もしない内に『楠木リカ』をゲロることになりましたとさ。


 ハイパーマーライオンタイムを経て根掘り葉掘り聞かれ、すっかり精魂尽き果てたリリィがぐったりと肯定の意を示すと、獣はグッグッと喉を震わせて笑った。


『こんな可笑しい事が他にあるか? 我が怨讐は果たされず、復讐を誓った一族の末裔はお前のようなぽんこつだなどと、何処の星の漫談だこれは?』

「地球産ですかねー」

『お前の元いた星の名か、まんまだな、面白みの無い』

「流石に母なる大地に冗談みたいな名前を付けるほど恥知らずじゃないですからねー」

『―――先ほどからなんだ、その腑抜けた返答は。私相手にその不敬、自殺志願者か何かだったか?』

「だってですねぇ、もうふざけでもしなきゃやってらんねーですよこの状況! どう考えても私詰んでるじゃないですかヤダー!」

『ふむ、どの道を歩んでも袋小路、あらゆる選択肢を経ても変わらぬ結末。哀れと言う他ないな』


 聞きましたか皆さん、私、今このおそらく地上に存在する誰よりも憎悪を漲らせているこの獣に哀れ呼ばわりされましたよ。怒りを通り越して笑いしか沸いてこない。

 ついでに同情して手心加えて下さったりしないかなー、と微かな希望を乗せてちらりと視線を送ったが、鼻で笑われて終わった。なんなんだこの感情表現豊かな獣は。というか言葉を持たないんじゃなかったのか、最終戦でさえ唸り声しかあげてなかったと言うのに。


『私はこの国の生命体を可能な限り道連れにすることが出来れば構わんのだよ。この土地から残らず裸足で逃げ出してくれるのであればな』

「随分と素敵な思想をお持ちで……」


 いったい何をどうやったらこの獣を生み出せるのだろうか。これ以上ないってほど落ちていた気分が更に落ちていく。笑みさえ浮かべてそう口にする獣は、いっそ悍ましいくらいに美しい。


「……あなたは、これからどうするの?」

『未来を知っているということは、それに対応できると言う事だ。私に止めを刺すとか言うその娘をその時に闇討ちでもしてしまえばいいだけの話。それまではここで飼い殺されるとしよう』

「意外に堅実だ!」

『噛み殺すぞ不敬者。我が復讐を些末事で揺るがせてしまいたくないだけだ。無論、今のうちにその娘を暗殺するという手立てもあるが……』

「そういうのよくない!」

『…………私が言うのもなんだが、お前にとってもその方が良き人生を送れると思うぞ?』

「人を殺すのは、ちょっと……」

『成程、私が考えているよりもお前が数百倍は馬鹿だと言う事がわかった』


 なぜ至極当然の事を言って罵られなければならないのだろう。理不尽に口をとがらせるが、獣は興味無さげに視線を外すだけだった。鼻で笑いさえしてくれなくなった無情な獣相手にしくしくと拗ねていると、獣は思い出したように口を開いた。


『先程お前が言っていた結界の話だが』

「はぁ、なんでしょう」

『私を以てしてもそう簡単に破れるものではないぞ』

「………え?」

『おそらくお前の先々代の結界がまだ効いているのだろうよ。お前の無能な両親のものではなく、な』

「……つまり、このまま結界を解かなければワンチャンあなたの復讐は果たされずに済む?」

『今の私にもお前を殺すくらいの力はあるが、それでも良いならだが』

「今死ぬか未来に死ぬかの二択!?」

『遅かれ早かれ死ぬのだから、良いだろう』

「すごいや、何一つ良くない」

『ハハハ、そんなに今すぐ死にたいと言うのなら、疾く言えば良いものを。そら、そこに立て。我が牙の錆としてくれよう』


 そんなわけで、私は即堕ち二コマもビックリな速さで、ラスボスの手先になるに至ったのであった。

 生き延びたいという本能には、勝てなかったよ……。


 

これからようやっと時間に余裕ができる(ハズ)なのでちょこちょこ更新できると思いたいです(願望)

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