2話:お茶会×初顔合わせ×婚約者=?
ようやっとリアルが落ち着いてきたので投下。エラーで投稿できていなかったことを知った三日前。
さて、もうひとつ、私がこの世界がどうしようもなく現実であることを突きつけられた時の話をしようと思う。
その前に、リリィ・シュタットフェルトの生家、シュタットフェルト公爵家の話をしなければならない。
シュタットフェルト公爵家は建国時代から国王との繋がりが深い、所謂最も古き良き血統のひとつであり、代々家長が宰相を務めていて、三代前と五代前には女性が家長を務め宰相としての腕を奮った事もある。
とにかくそういうわけで、数多ある貴族のなかでも、ほぼ最重要といっても良いポストであるのが、このシュタットフェルト公爵家なのだ。そりゃ娘が何やっても放置できるくらいの権力がありますわ。
そして、このシュタットフェルト家はそのほかにもう一つ、重要な事項がある。
王家との婚約だ。
当然、向こうにも選ぶ権利はあるにせよ、公爵家と宰相という国のトップレベルの権限を得られるというお得物件を見逃すような阿呆はそうそういない。シュタットフェルト家の他にも財務大臣を多く輩出しているシオさんのアリアフェスト家、外務大臣を代々務めるアーベンライン家、一つ位を下げて剣聖の家系カンナビヒ侯爵家、軍部大臣クラインシュミット家。大抵の第一王子はここら辺の家系から一人嫁を貰い、第二王子・第一王女以下は婿入り、嫁入り。時たま隣国との関係を強めるため嫁入り・婿入りする際もあるが。
一方、王子王女と繋がらなかった前述した貴族家はと言えば、前述した家の第二子以降か、有用な家系との関係保全のための政略婚が通常である。そして通常、幼いころからの婚約者がいない限りは相手はそれなりに年を召している場合が多い。
リリィがいずれどこぞのオッサンとでも結婚させられるのだろうと思っていた所以である。
今代の国王と王妃は大変長生きかつ、子宝に長く恵まれなかった為に高齢出産となり、それはそれは大変だった。その結果、両親が就任している間研鑽をするはずだった日々を失くし、幼いころから徹底的にそれはもうぎっちぎちに経験と知識を詰め込まれた王子二人が完成したらしいのである。次代の王は大変若い事になるだろうともっぱら噂であり、嫁にもハイスペックを要求されるだろうということで、私はすっかり自分を除外していた。リリィは自分こそはと思っていたみたいだけどね。
今思えば、それがフラグだったのかもしれない。
「俺はジークフリート・ラインヘルツ。ご機嫌麗しゅう、婚約者殿」
夜色の青みがかった黒髪、紺碧の眼は長い睫毛に縁取られ、すっと通った鼻は高く、いっそ芸術的なまでに整った容姿。あんまりにも綺麗なので、マネキンなのではないかなと一瞬思ったほどだった。マネキン見た事ないけど。
母親にお茶会をするので用意をしておくようにと一方的に言いつけられ早一週間。
使用人たちに丸洗いされ、頭の先から爪先まで飾り立てられた。セレブが飼ってる大型犬にでもなった気分だった。
閑話休題。
「リリィ・シュタットフェルトと申します、殿下」
言ってから白々しいなと思ったけれど、自己紹介は重要だ。たとえお互いがお互いの名前を知らないはずがないのだと分かっていても。
本来は親同伴のはずだったけれど、王妃様がリリィの母親を連れて行ってしまったがために二人きりになってしまった。その時の王妃様の変なものを見るような目が印象的だったけれど、当然スルーが安定だった。
それにしても。
「……………………………………………」
「……………………………………………」
圧倒的無言である。
ここはお見合いの定番「ご趣味は」とでも聞いた方が良いのだろうか。いやお見合いなぞという親公認の乱痴気パーティ(ナナちゃん曰く)と崇高なるお茶会(笑)を一緒にしないで頂きたい。
何か、何か話題。ぐるぐると脳内と視界が回る中、ふと足元に見覚えのあるものが見えた。
「あ」
「どうした」
「いえ、あの………」
「なんだ、さっさと言い給え」
急かされて(後の彼の話では、急かすどころか穏やかな声を出したつもりだったらしいが)見事に慌てた私は、考えの赴くままぷつり、とそれを手折った。
「四葉の、クローバーが」
――『リカ、見てみろよ!』
――『なぁに、ななちゃん』
――『これだこれ、ヨツバのクローバー!』
幼き日の、昔日の記憶が瞼の裏に蘇る。嬉しそうな、誇らしそうな笑顔を浮かべるななちゃん。彼女は十本もの四葉のクローバーを手に病室へやってきた。看護師さんに見つかったら不潔だと没収されるため、プレゼントにでも見えるように下手くそに包装紙に包んで。
――『これがあれば、幸せになれるんだってさ! 本に書いてあったんだ』
だからリカにやるよ、と彼女は白いベッドに包装紙をひいてその上にクローバーを全部乗せた。
ななちゃんが見つけたのだから、ななちゃんが全て持っているべきだ、と私が言うと、ななちゃんは照れ臭そうに鼻の頭を掻いて言った。
――『アタシの幸せはリカが幸せになることだから。リカが幸せにならなきゃ、アタシはどんなに恵まれててもちっとも幸せじゃないんだ。だから、リカが持ってろよ。それがアタシのためでもあるんだからな!』
これから毎日けんじょーしてやるぜ!とニッと笑顔を浮かべて彼女は、至極当然のようにリカを、いつも救ってくれたのだった。
当然、クローバーをどの季節でも見つけられるはずもなく、秋になると彼女はへの字で不満げにしていたのだが。けれど秋と冬以外での殆どで、彼女は四葉のクローバーを毎日持ってきた。勝手に目に入るんだ、と呆気からんと彼女は言い放っていたけれど、多分四葉のクローバーってそんなポンポンみつかるものじゃない。あんまりにも毎日持ってくるものだから、花瓶はすぐにいっぱいになったし、すぐに枯れもするのでなんだか申し訳なかったのを覚えてる。反対に彼女は枯れた分だけリカに幸運が訪れていると信じていたので無邪気に喜んでいたが。
しあわせな、幸せな記憶だった。
何度忘れることになっても、何度も思い出すことになるだろう記憶だった。
人差し指と親指で摘ままれた四葉のクローバーを眺めて、私は心底嬉しかった。たぶん初めて、自分で四葉のクローバーを摘み取ったから。ナナちゃんに貰ったものでなく、自分でつかみ取ったそれ。まるで本当にそのクローバーが幸福の象徴になったような気がしたのだ。
しばしその幸福を手先で弄んでいると、不意に殿下が口を開いた。
「君は………」
「はい、なんでしょう殿下」
「阿呆だな」
「………はい?」
心底呆れかえったような目で、殿下はこちらを眺めていた。突然の罵倒に目を白黒させていると、続けて殿下は口を開く。
「手袋が汚れている。君の母親は、確実にそういうのを嫌う性質だろう。少しでもその手袋と野草なんぞ視界に入ってみろ、帰宅した君に待っているのはあったかい湯浴みと美味しい食事ではなく、延々続く意味のない説教とそのままお決まりの部屋で反省しなさい、だ」
「……バレなきゃ良いんです!」
「その上楽観的ときた。君、今まで相当適当に生きてきたんだろう」
ずばりと直球、的を射すぎたその言葉に、私は呻き声一つ上げられず、おっしゃる通りですと言うしか道は残されていなかった。
「君の眼に映っているのは、未来への諦観、自己への失望、抑制と憧憬とスプーン一杯ぶんの希望だけ。しかもティースプーンだ!」
殿下は出来の悪い生徒を前にした教師のように、わざわざ自らのティースプーンを私の眼前に掲げて見せた。
「君の生い立ちなんぞ、俺は何一つだって知らない。調べようともしなかった。未来の妻相手になんて最低な男だと罵ってくれても構わない」
「……私も、貴方のことを知ろうともしませんでしたよ」
「君とは違う、君のそれは、臆病であり、警戒であり、恐怖で、愛情だ。俺は君をまた聞きした情報でこうだと決めつけ高慢にも娶ろうとした。傲慢かつ自意識過剰も甚だしい行為だった」
紅茶を一口飲み、カップをソーサーに僅かな音を立てて置いて、空になった右手を私の方へ差し出した。
「詫びをしよう。君にいろんなものを見せてあげる。君が見たくて、見れなかったもの全部」
今までで一番人間らしい表情で――優しい顔で、殿下は微笑んだ。
あとから、思えば。
たぶん、恋に落ちたのはこの時で。
失恋したのもこの時で。
自らの勘が当たっていたことに失望したのは三度目だった。
やはりこの少女の結末は―――ハッピーエンドにはならないのだ、と。
落ち着いてきたと言っても明後日はテスト。現実は無情である。




