プロローグ:さようならリカ、はじめましてリリィ
プロローグなのでどちゃくそ短い。そして会話文ゼロ
鏡を見たら、知らない女の子が映っていた。
勿論ホラーではない。
薄い桃色の天井は染み一つない。
知らない天井だ、とこういう時は言うらしい。夢かな?と頬を引っ張るがちゃんと痛いので、多分夢ではない。常々私は思っているのだけれど、夢の中 でも頬を抓ったら痛いと思う気がする。すくなくとも、リカはそう思っていた。
一週間ぼんやりと過ごして気づいたのだけれど、 どうやら私はリカではないらしい。
一週間過ごして、初めての感想がコレである。我ながら残念な思考回路だ。自覚はしている。いや夢にしてはリアル過ぎるなと常々思ってはいたのだけれど。ともかく、ここがどうしようもなく現実であると気づいたのが丁度リカでなくなって一週間後だったというだけの話だ。
楠木リカは、自らを鑑みる限り普通の女の子だった。・・・今、頭の隅で誰かが何か叫んでいた気がするが、真っ当な女の子は頭の中で響く声などに動じないのでスルーさせてもらう事にする。リカの名前はリカではなく、リカがリカでリカして・・・待って欲しい、これが噂のゲシュタルト崩壊か。
ともかく、リカは今、楠木リカではない。
――リリィ・シュタットフェルト。
それが、今の私の名前だ。
リカ、リリィ、リリィ、リカ、リリィ、リリィ。 何度も何度も自分の名前を舌の上で転がす。可愛らしい名前だ、鈴を転がすような、昔母に買ってもらった風鈴の音に似ている。りん、りりん、リリィ。うん、そっくりそっくり。
ともかく、私はリリィ・シュタットフェルトという女の子だ。外見を見る限り、結構な上物である。 失礼、山賊のような感想になってしまった。リリィは可愛い、というより美人だ。
「りん、りりん、リリィ」
着替えながら、お気に入りのフレーズを口遊む。窓の外を見る限り今日も晴天で、春先だと言うのに まだ肌寒い。リリィが住むこの国はどちらかと言うと北の方に位置する国らしいので、この寒さも頷けるというものだった。
リリィ・シュタットフェルトはある学園に通っている。
絵に描いたようなお嬢様お坊ちゃん学園。そこまでは許容範囲内なのだが、なんとこの世界には魔法というものが存在するらしい。剣と魔法の世界が許されるのはファンタジーの中だけだと思っていたが、手にしてみるとこれが中々、面白いものがある。
火、水、風、土で四大魔法、それに闇と光の特殊魔法、それがこの世界にある魔法の分類法だ。
リリィはその内の五つも使えるのだ、たぶん、凄いことである。普通は二つか三つらしいから。ただ、光魔法だけは使えない。残念だ、とても綺麗なのに。
お嬢様、と扉の向こうから声を掛けられ、今行きます、と制服にぱぱっと着替えながら返答した。
リリィは名を呼ばれない。
使用人たちにはお嬢様と呼ばれ、家族とはこの一週間顔を一切合わせず、学園では親しい人がいないので、話しかけてくる人はいない。教師に授業中指名されることもないし、点呼すらないのだからちょっと驚いた。できるだけ淑やかに返事をしなくては、と無駄に意気込んだ自分がなんだか物悲しかったことを追記しておく。よくよく考えれば『リリィ・シュタットフェルトの記憶』の中に生きるのに必要な情報は全て揃っていたのに、この体たらく。リリィには申し訳ない、中身がこんなに残念な私でごめんなさい。
悪辣令嬢と、ひとは呼ぶ。
どうもリリィ・シュタットフェルトは、性格が悪いことで有名だったようだ。気に入らない者は容赦なく潰し、時に弄び、消してしまう。その記憶を覗き見見た私は、なんというか、我ながら引いた。えっ、うわあ、あ、そういう?あーそういうことする?あー、あーあ・・・という感じである。地位が洒落にならないほど高いばっかりに、誰も諫めてくれる人はいなかった。ちなみに両親なら一人娘などに期待はとっくにしていない。揉み消し、無視し、抑え付ける。私の見立てでは、結婚適齢期になったらどこかの位の高い貴族のオッサンとでも結婚させられるのだろうなと睨んでいる。それはリリィがまだ無垢な娘っこだった頃からそうなのだから、リリィが歪むのはなんだか頷ける話だった。
ともかく、リリィ・シュタットフェルトは嫌われている。
それも、およそかかわった全ての人に。
これは忌々しき事態である、と私の脳内の賢そうな帽子を被った私が頷く。天使の輪を頭上に浮かべた私はこれからみんなと交流を図って行けば、きっとわかってくれるわよ、と主張している。蝙蝠の羽のようなものを背中に付けた紫色の尻尾を持つ私が、なんだか悪そうな顔でリリィがやってたこと、お前も引き継いじゃえばいいじゃんかー、と嗤う。ムム、賢そうな私よ、どうしようか?賢そうな私が推薦したのはとある黒髪短髪の男子中学生だった。彼 曰く、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、との事。延々呟かれているのがちょっぴり怖いけれど、その中学生の言う事は尤もである。私は気弱そうな中学生の手と手を取って現実へレッツゴー。ポケットに仕舞った切符は片道分、帰りの分はないけど問題はない。
かくして、私による新生リリィ・シュタットフェルトの行き当たりばったり確定エンド直行ジェットコースターは始まったのである。
昔から妙に冴えわたる私の直感が告げている。
―――この少女の結末はきっと、ハッピーエンドにはならないだろう。
こんな感じのゆるーい主人公です