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コイハナ〜恋の花咲く平安絵巻〜  作者: 秋鹿
エピソード1~久方の光のどけき春の日に~
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守りたいもの

 何の音もないそこを、春香は涙を流す少女を目指して駆けた。

 必死に階を昇り、わき目も振らずに少女に駆け寄る。


「もみじ、もみじ!」

 

 自分が泣いて縋りそうな勢いで、春香はその少女に抱き付いた。

 しかし何の反応も示さず、その少女は虚ろな瞳から涙を流し続けている。

 声すらも失ったのか、微かに動く唇は何かを言っているようだが、春香の耳には届かなかった。


「春を……春を届けに来たよ!外を見て!」


 必死に少女の肩を揺さぶり、春香は訴えかけた。

 でも何も変わらない。

 このまま泣きながら死んでいくのではないか。

 それほどまでに少女は衰弱していた。

 内裏で出会ったもみじはここにはいなかった。

 いるのは、母親を亡くし、道に迷った弱弱しい少女だった。

 春香は胸を締め付けられ、感情のままに少女に抱き付いた。


「俺が、俺が守るから。俺がずっと側にいるから。だから泣かないで」

 

 体の小さな春香は、ただ少女に縋りついているだけの状態だったが、それでも彼女を何者からも守るように、手を広げ包み込もうとあがいた。


「もみじ、俺、誰よりも強くなるよ。誰よりも賢くなる。誰ももみじを傷つけないように、もう二度と泣かせないようにするから!」


 だから、もう一度笑って。

 そう少女の耳元で祈るように囁く。


「……とうに……」


 ピクリと少女の体が動いた。

 虚ろな瞳に僅かばかりの光が戻っている。

 春香は飛びつくようにその瞳を見つめ、大きく頷いた。


「もみじ、もみじ。約束を守りにきたよ。ほら」


 自我を僅かに取り戻したもみじの手に、そっと桜の枝を乗せてやる。

 美しい桜の花をところどころに咲かせた枝に、もみじは驚いたように目を丸くした。


「さくらだ……」


「そうだよ。お花見したいって、春が来てほしいって、もみじが言ったから。春を届けにきた」


「かみさま……」


 表情のない虚ろな顔が急にくしゃくしゃの涙顔に変わる。

 自分よりも年かさのもみじが縋るように春香を見つめてくる。

 春香の着ている直衣をこれでもかとぎゅっと握りしめるもみじに、春香は胸の奥から熱い何かが溢れてくるのを感じた。

 守りたい。

 それはどこまでも真っ直ぐで、情熱的な思い。

 決して消えない火が春香の中で炎へ変わっていく。


「ほら、あっちを見て!」


 もみじの肩を優しく抱くと、春香は桜の古木を示した。

 あそこにはもみじの望む人がいる。

 その一心で指さした。

 だが、再び見つめた桜木の下に、あの美しい人はいなかった。

 ただ爛漫と咲き誇る桜が風に揺れて、音もなく揺れていた。

 空から降り注ぐ光が花びらに照り返り、きらりきらりと反射する。

 天上の美が春香の心をざわめかせる。


「あれ……なんで……」


 どこを見てもあの女性はいない。

 あるのは、季節を先取りしたように咲き誇る桜木と、ただただ散って舞う桜の花びらだけ。

 もみじにあの女性の存在を教えたかったのに。

 動揺して視線を彷徨わせる春香の側で、もみじはふわりと微笑んだ。


「うわ~さくらとひかりがおどっているみたい」


 涙の跡が出来た顔で、悲しみを残したまま、もみじはたどたどしく笑った。


「ありがとう……神様。最後にお母さまと神様と一緒にお花見ができるなんて……」


 そう呟くと、もみじは桜の枝をぎゅっと抱きしめた。

 まっすぐに桜の木を見つめるもみじの目に何が映っていたのか、側にいる春香には分からなかった。



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