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コイハナ〜恋の花咲く平安絵巻〜  作者: 秋鹿
エピソード1~久方の光のどけき春の日に~
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思い通りにいかない逢瀬

 実は今日からこの綺紅殿に麗景殿の女御がお宿下がりすることになったのだ。

 もちろん臨月が間近に差し掛かったので、お産をするためのお宿下がりだ。

 しばらく宮中から離れることになる。

 いつも女御がお宿下がりするのは実家ではなく、弟の参議と弟の妻である内親王しか住んでいない屋敷を使っていた。

 これは北の方への遠慮よりも、人の少ない参議邸の方が好き勝手できるからに他ならない。

 女御はそんな人である。

 それが今回、お宿下がりの直前でいきなり「お母様の対の屋で暮らしたいわ」などと言い出すのだから困ったものだ。 

 実はもみじと東宮の馴れ初めを周りから伝え聞いた女御が、自分も何かできないかと考えた結果なのだが、そんなことなど周りの人間は知る由もない。

 ぼんやりとした父に代わり、家を取り仕切る中将は、姉のわがままに振りまわされて大童だ。

 お宿下がりとは、何も女御だけがやってくる訳ではない。

 お産を迎える女御のために、多くの女房が後宮からやってくる。

 結果、もみじ姫が参議邸に預けられ、中将がしばらく五条の別邸に住むことになった。

 しかし残された父兄弟はのほほんとしたもの。


「いや~久々に家族そろって、花見がしたいね~そうだ、梅。場を設けてくれ」


「梅、姉さんの好きそうなものを適当に取り寄せてみたんだ。部屋に飾ってもいいかい?」


「お姉さまが落ち着いたら、わたしも会いに行っていい?梅の兄さま」


 と来るものだから、温厚な中将もさすがに怒鳴り声を上げたとか。


「もう!そろいもそろって好き勝手言わないで下さい!父上!手伝いもしないで、何が花見ですか!兄さんも訳の分からない上に場所をとるものばかり取り寄せて、姉さんが気に入らなかったら、どこに保管すればいいんですか!もみじも!……もみじはどうか大人しくしててくれ。今一番いろんな意味で時の人なんだから」


「時の人?」


 言われた言葉が分からず、もみじ姫は目をパチクリとした。


「わざわざ日程を調節するまでもなく、女御自身が勝手に訪ねて行きそうで怖いな」


 そう言って頭を抱えた中将をその場に控えていた綾乃は大層同情した。

 綾乃自身女御と面識はないが、内大臣家の兄弟の中で一番個性的で豪快なのが一番上の女御であると聞いている。

 身重の体で参議邸までもみじ姫に会いに行くなど、想像に難くないのだろう。

 中将は小さくため息を吐くと、もみじ姫の頭をポンポンと撫でた。


「ちゃんと姉上に合わせてあげるから、それまで兄上の家でゆっくりとしておきなさい。もみじも、色々と気疲れしているだろうから」


 その声には、言葉以上の温かさと優しさに溢れている。

 真面目一辺倒に思われがちの中将だが、情に厚い人柄だ。

 あの夜の騒ぎを聞きつけ、誰よりも素早く綺紅殿に戻ってきたのは中将だった。

 その中将には春香のことも併せて詳しく話をしていた。

 驚きつつも、どこか思い当たるところがあるのか、中将はあっさりともみじ姫の言葉を信じた。

 そしてもみじと春香が他の思惑に邪魔されないようにと、心を賭してくれたのだ。

 参議邸への移動はその一部。

 女御の宿下がりで、普段以上に人の出入りが多くなる。

 そうすれば自ずと皆の注目は噂のもみじ姫に向かう。

 だから人の少ない参議邸にもみじ姫を移す。

 参議の北の方は内親王。

 つまり御今上や梔子宮の妹であり、春香の叔母である。

 全面協力は当たり前。

 どころか、先の件で春香を参議邸に入れる手筈を整えたのはこの内親王の北の方であったとか。




「貴方がここまで勝手に来たら、日時を調整した意味がないでしょう」


 かの中将の苦労を思い、綾乃は春香に苦言を呈した。

 中将を追い詰めている原因は、何も家族だけではない。

 勝手な行動をとる春香もそうだが、中将に直接関わって、彼を振り回す厄介な人物もいる。


「わざわざ日時を調節って、綾乃お姉さん、梔子宮と連絡取り合ってるの?」


 綾乃をからかうように、春香は口の端を上げた。

 あえて、梔子の部分を強調したが、綾乃は取り乱すことなく、そ知らぬ顔だ。

 やはり経験豊かな朧月夜の君を籠絡することは難しい。


「私ではありません。中将様ですわ」


「なあんだ」


 春香は大げさに肩をすくめた。

 何か綾乃がボロを出せば、畳みかけるように二人のことを聞こうと思っていたのだ。

 梔子宮と綾乃の関係が何なのか春香は知らない。

 今回、梔子宮からの恋文を春香が運び、そこでもみじ姫と出会うという作戦だったが、恋文自体は二の次になっていた。

 いつ知り合ったのか、何故別れたのか。

 そして綾乃がもみじ姫の側仕えになったのか。

 いつか話を聞きたいと思っているのだが、なかなかうまくいかず、どちらも隙を見せないのだ。

 梔子宮は綾乃のことを好きだなんだと語るくせに、一番重要な部分ははぐらかしてしまうし、綾乃は梔子宮という単語が出ただけで苦虫を噛み潰したような顔をする。

 更に春香が言葉を紡ごうとする前に、綾乃はその話題を終わらせた。

 すっともみじ姫の方を向く。


「そろそろ出立のお時間になりますので、準備いたしましょう」


「じゃあ、僕も一緒に」


 春香は甘えた声で、子どもっぽい無垢な笑みを綾乃に向けた。

 だが、対峙しているのは百戦錬磨の朧月夜の君。

 綾乃は春香に負けず劣らずの屈託のない笑みを浮かべた。


「却下」


「ええ~!」


 すげなくそれだけ告げると、綾乃はもみじ姫に手を差し出した。

 そして柔らかく微笑みかける。


「参議邸までは大臣の殿がご一緒されるそうですわ。あまりお会いできていらっしゃらないでしょ?久々に親子水入らずでお話くださいませ」


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