終〜生きとしきるもの いづれか歌を詠まざりける〜
紅く染まった心を種に一つの和歌が生まれた瞬間、この物語はやっと動き出します。
運命にさえ逆らって一途に思い続けた彼の恋はやっと相手の君に届いた。
でも二人の物語はまだ始まったばかり。
だってこの心の種はもっと大きく成長して、もっと素晴らしい花を咲かせるのですから。
ね、和歌って本当に素晴らしいでしょ?
人の思いは強力で、他の人々や季節、そして運命までも変えてしまう。
人の心を種に、和歌は色々なものに姿を変えるのですから。
歌は言霊。
その一言、一言に強い力を持っているんですよ。
強い想いから歌われた歌ほど、言霊は人の心を鮮やかに震わせる。
だから人は歌を詠わずにはいられない。
いいえ――生きとし生けるもの全て、歌を詠わずにはいられないのです。
古今和歌集の仮名序にはこうあります。
力をいれずして 天地を動かし 目に見えぬ鬼神をもあはれと思わせ
男女の仲をもやはらげ 猛き武士の心をも慰むるは歌なり
ね?目に見えない心が表に出ただけで、天地を動かし、神々さえも感動させることができるんですよ。
心を修羅にした者の心を慰め、乾いた心の持ち主にもそっと染み込む。
私も柄になく心震わされてしまいました。
この悠久の時の狭間にはどこよりも爛漫と麗しい花が咲き誇るのに、その花々さえ霞んでしまう、あの愛らしい花に。
この花々がこれからどんな花を咲かせ、実を結ぶかはこれからのお楽しみ。
私もこの花園から見守り続けるとしましょう。
ふふ……でも、そう簡単に認めたりはしないわよ?春香の君。
大事な娘ですもの。
簡単に渡すものですか。
めいいっぱい邪魔してやろうかしら?…なんて意地悪をみたりして。
ダメですよ?私がこんなことを考えているなんて、他の誰かに告げ口しちゃ。
私はいつだってこの悠久の時の花園からあなたたちを見守っている。
だから安心して、思い思いに心を染めて咲き誇りなさい。
貴女の優しい心が世界を変える。
ねえ、椛――――私の愛しい花。
長く読んでくださりありがとうございました。とりあえずもみじ愛づる姫君は完です。