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コイハナ〜恋の花咲く平安絵巻〜  作者: 秋鹿
もみじ愛ずる姫君
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第54章 寒菊

「あ~…感動のご対面中失礼しますよ」


 聞き覚えのある、しかしその声よりも格段に低い声が急に頭から降ってきて、もみじ姫は体をびくりとさせて頭上を仰ぎ見た。

 満開の月華の下、月影に照らされたその人は、まるで輝夜姫のような美しさを湛えた眼差しをこちらに向けていた。


 ―えっと、誰だったかしら?見覚えがあるような…。


 月影のような色合いの、蝋梅色の狩衣に身を包んだ少年。

 年の頃は十三、四だろうか。

 頭の上で高く結んだ黒髪が風に揺れる様は心に染みるほど印象的だ。

 おそろしく整った顔立ちに、凛とした眼差し、そして美しさを湛えた口元。

 そのどれもが洗練されていて、匂いたつほどだ。

 まるで大輪の華が咲き誇ったかのような美しい顔立ちに見惚れてしまいそうになる。

 これほどの美しさを兼ね備えた人はもみじ姫の知り合いの中ではあまりいない。

 その見覚えのある雰囲気に驚きつつも、その狩衣姿から一瞬誰だか検討もつかなかった。


「え、えっと……」

 戸惑うもみじ姫に、その少年は不敵な笑みを浮かべて答える。

「ああ、俺が分かんないのか。まあ、この姿で会うのは初めてだしな」

「知ってるような、で、でも……」

 悩むもみじ姫に、少年はこほんっとひとつ咳をすると居住まいを正した。

 そして……。


「ひどいですわ、もみじ様。あんなにも長い時間一緒にいましたのに」

 甲高い声で大げさにしなを作ると、涙をこらえるように自らの手を頬に当てた。

 あまりに急激な変化にもみじ姫は呆然。

 ぽかんと口を開き、目の前の少年を見つめる。

 そんなもみじ姫の反応に満足したのか、少年の行動はさらに過剰過激になっていく。

 大きく目を見開いたもみじ姫の手を取ると、輝く美貌をもみじ姫に近づける。

「私、もみじ様のことが心配で、心配で……。部屋でお休みだとばかり思っていましたのに、まさか嘘をついて出奔なさるなんて。裏切られるなんて思いもしませんでしたわ」

 握った手に力が入る。

 整い過ぎているがゆえに、引きつった笑みが空恐ろしい。

 その私情入りまくりの台詞は冗談のようで、冗談に聞こえなかった。

 怒りを笑顔で押さえつけたいびつな笑みに思わずもみじ姫は身を引いた。

 その横で綾乃は小さくため息をついた。

 まさかこんなところにも、彼の協力者が隠れていたなんて。

 気づけなかった自分に自己嫌悪が込み上げる。

 だが、それ以上に目の前の相手に全然ピンときていないもみじ姫の鈍感さに呆れるを通り越して驚かされる。


「うふふ…ほんっとご無事で何よりですわ」

「おい、寒菊。それ以上もみじに近づくな!」

 少年ともみじ姫の間に押し入るように春香は入り込むと、少年が握っていたもみじ姫の手を解放した。

 その手をぎゅっと握り締め、春香は寒菊と呼んだ少年を睨んだ。

「俺の前で何度も何度も見せ付けるようにもみじにくっつきやがって!俺が隠れているの知っててもみじに手を出してただろ!」

「あははっ。当たり前だろ?お前をからかうのは俺の趣味だからな。それに隙あらば俺がもみじ姫を奪おうと思ってね。……でも女の子だと信じて疑わないから、どうしてもお友達の域をでないんだよね~」

 いけしゃあしゃあと答える寒菊は悪びれることなく、肩をすくめた。

「でもかなりの友情をはぐくんだつもりだよ?ねえ、もみじ様」

 寒菊は軽くもみじ姫に片目を瞑ってみせた。

 が……。

「えっと……春香君のお友達?」

 事態についていけていないもみじ姫はきょとんとして、二人のやり取りを見ている。

「えっ?まだ気づいてないの?これは逆に俺が悲しくなるよ。個体として認識されてなかったの?」

 うめくように寒菊はつぶやき、さすがの春香も顔をこわばらせた。

 綾乃はふとため息を漏らし、助け舟をだす。


「姫、撫子姫様にございます」

「え、ええ~!!!」

 なんとなくひっかかりを覚えた面影が確かな確信へと変わり、もみじ姫の中で撫子姫の姿と目の前の少年の姿が一致した。

「な、な、撫子ちゃん?え?今、目の前にいるのは男の子だよね?撫子ちゃんはとっても可愛くて女の子らしくて……」

「どうやら私達は根本からだまされていたようですね」

 あまりの衝撃の事実に戸惑うもみじ姫をよそに、綾乃はいたって冷静だ。

 渋い顔で春香を見やる。

「それにしても大々的な計画だったのですね」

「まあね、どうしても成功させなきゃいけないことだからね。念には念を入れて……。もみじの情報を一番に得れて、ついでに他の男からの文をつぶし、かつ出会わせない。そのためにはこの屋敷内に一人味方を入れておくのが一番!これがどれだけ重要なことか分かるでしょ?綾乃お姉さん」

 さすがの春香も綾乃に睨まれるとばつが悪いのか、あらぬ方向を見てもごもごと言い訳をした。

「で、あの馬鹿男も計画の一部?ほんっと、振り回されましたわ」

 呆れるように息をつくと、綾乃は眉を寄せた。

 そして非難の眼差しを春香に向ける。

「いや、あれは勝手にしゃしゃりでたというか、まさか一番の難関だと思っていた綾乃お姉さんがこんなにもうろたえてくれてると思わなくて。……ああ、そんなに怒らないでよ。正直一番怖いから」

 この雲の上ほど身分の離れた少年は、どんなに大人を食っていても綾乃にだけは弱いらしい。

 常の堂々とした態度からは想像もつかないほどに小さな子どもになってしまう。


 そんな綾乃と春香のやり取りを聞いていたもみじ姫は不思議そうに首を傾げた。

「計画って何?」 

 自分以外の三人が全てを分かって話しているのが理解できないのだろう。

「え?おい、まだ話してないのか?」

 寒菊が端整な顔を歪ませ、春香に問いかける。

 春香が困ったように眉を寄せ、頬を掻いた。

「えっと、さっきまでのやり取りで分かってる訳……ないか。事が事だけに説明している間もなかったし」

「この際まだ秘密にしといたら?それの方が面白い。だって、もみじ姫は近々宮中まで東宮様に結婚を断りに行くらしいし」

 事態を面白がるように寒菊が笑った。

 そして、内大臣邸の正面門辺りを振り返る。

 屋敷全体が松明に照らされほの明るくなっており、あちこちで人の声がする。

「そろそろ騒がしくなったな。さすがにこのままここにはいられないだろ?外に牛車を用意しているから、早く戻ろう。宮中には柊を向けている。あっちでは柊が上手に処理するから」

 春香を急かすように寒菊は騒がしくなった辺りを指差す。

「そうだな。さすがに馬でここまで駆けてくるのは無謀だった。後悔はしていないけど」

 寒菊の言葉に春香は曖昧に微笑んだ。



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