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コイハナ〜恋の花咲く平安絵巻〜  作者: 秋鹿
もみじ愛ずる姫君
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第45章 きっと大丈夫

「駆け落ちしよっか?」

 にまりと微笑んでそう言った春香の言葉を、もみじ姫は意味を図りかねて目を見開いた。

「駆け落ち?」

「そう。二人だけで、誰もいない世界に行こう。」

 より二人の距離を縮めるように春香が顔を近づける。

 甘えるように見つめれば、もみじ姫が何も言えないことを分った上での春香流の攻め方だ。

 現実に駆け落ちをしたいわけではない。

 都を捨てることは命を捨てることに等しい。

 でも、そこまでしてでも一緒にいたい覚悟をもみじ姫に知って欲しかった。

「ダメよ!」

「へ?」

 思いもしない大声で否定され、春香は戸惑った。

「駆け落ちなんて、そんなこと簡単に口にしちゃだめよ。駆け落ちってね、全てを捨てることなのよ!」

 いきなり怒り出したもみじ姫に春香は訳が分らずにポカンとした。

 こんなに真剣に怒っているもみじ姫は本当に珍しい。

 しかも怒っている理由がよく分からない。

「全てを捨てるなんて、簡単に言っちゃダメ!大切なものを置いて行くことの辛さを甘く見ちゃダメなのよ!それに……」

「もみじ?」

「それに、失敗すれば二度と出会えない。」

 熱の篭った言葉が湿った響きをもって春香の耳に届いた。

 俯いたもみじ姫を気遣うようにその髪を撫でる春香。

 少し落ち着いたもみじ姫は春香の手を取り、恥ずかしげに微笑んだ。

「あっいきなりごめんなさい。春香君の気持ちは嬉しかったけど、でもね、大切な人を捨ててしまうのは悲しいことだから、だから、それは最後の最後まで言っちゃいけないことだというか…ごめん、何が言いたいのか分んないね。」

「別に構わないけど、ビックリした。何か駆け落ちに思うところがあった?俺の言い方が悪かった?」

「ううん。春香君は悪くない。ただ、昔お母様がおっしゃってたことを思い出して。あのね、昔、お姉様が駆け落ちをしたことがあったの。」

「ええ!あの女御が!」

 あまりの衝撃に言葉を失っ春香にもみじ姫は不思議そうに首を傾げる。

「あの?春香君はお姉様のこと知っているの?」

「あっいや…話に聞いてるぐらいにね。」

 言葉に詰まり、あらぬ方に目をやる春香に気付かず、もみじ姫は過去に思いを馳せるように目を細めた。

「駆け落ちしようとしたお姉様にお母様が言ってたの。全てを捨てる覚悟はあるのかって。二度と家族とは出会えない。頼ることも出来ない。信じられるのはただ相手のみだって。時にはその相手だって信じられない時が来るって。」

「……それで女御は?なんて答えたの?」

「さあ?そこまでは覚えてないわ。わたしも幼かったし。でも、お姉様が何て答えたか分らないけど、お母様がおっしゃられた科白は覚えているわ。」

 にこりともみじ姫は微笑むと春香の両頬を包むように手を当てた。

「こうやって、お姉様の目を見ておっしゃったの。『ここで引くようなら、私の娘じゃないわ』って。」

「なんか、豪快なお母様だね。」

 ふっと笑いながら、春香はもみじ姫の手に自分の手を重ねた。

「うん。とても素敵な方。皆大好きだった。」

 切なげに眉を寄せるもみじ姫は思い出に流されないように、きつく唇を噛んだ。

「もみじ、きっともみじのお母様は今のもみじに対してもそう言うんじゃない?そういう人でしょ?」

「うん。きっとうじうじしているわたしの背を叩いて、そう言ってくれると思う。そしたらわたしは全てを捨てでも春香君を選ぶ。」

「もみじ……。大丈夫。俺はもみじを悲しませるようなことはしない。悲しい選択なんてさせない。」

「春香君……。」

「もみじ……。」

 見詰め合う二人の距離が一層近付き、もみじ姫がそっと瞳を閉じた。

 目に見なくても相手が分るほどの距離まで近付き、そして……。


「もみじ様~!!」

 遠くから撫子姫の声が響いた。

 衣擦れの音がこちらに近付いてくる。

「ちっ。空気読まない奴だな!」

 寸でのところで水を注され、春香は忌々しげに顔を歪めた。

 いきなりのことに対処できず、戸惑っているもみじ姫の頬に素早く口付けをすると春香は身を翻した。

「じゃあ、また会いに来るから。」

 そう言ってもみじ姫に背を向けた春香の指貫をもみじ姫は慌てて掴んだ。

「待って。春香君!」

 近付いてくる撫子姫を気にするように背を気にしながら、もみじ姫は上目遣いに春香を見上げた。

「今日はありがとう。あの、それでね、わたしも春香君に悲しい選択をさせないようにするから。もう、迷わない。」

「もみじ……。」

 もみじ姫の強い言葉に春香は胸を打たれた。

 返す言葉も見当たらず、しかし、撫子姫の声はすぐ近くまで来ている。

「俺も、覚悟は出来ている。…約束したあの日から。」

 そのまま撫子姫の来る方とは反対の御簾を押し、外へ出ると春香は身軽に高欄を飛び越えて、風のように去っていった。

 揺れる御簾と漂う春の香りにもみじ姫は祈るように見えるはずのない春香の背を見つめた。


 ―きっと大丈夫だよね?春香君。わたし達は幸せになれる。

 

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