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コイハナ〜恋の花咲く平安絵巻〜  作者: 秋鹿
もみじ愛ずる姫君
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第29章 訪れたきっかけ

「ねえ、もみじ姫は可愛いね。春香君。」

 狂おしいほどに匂い立つ梔子の香り。

 廂の間で寝転がっていた春香を覗き込むように梔子の宮が微笑んだ。

「君の気持ちがよく分かるよ。自分の色に染めたくなる。」

「っざけんな…。」

 寝転がったまま、上で嫌味なほど機嫌よく微笑んでいる梔子の君を睨む。

 しかし梔子の宮はどこ吹く風と肩を竦めた。

「怖くて何も出来ないお子様に睨まれても何だか、怖くないね~。まあいいや。私はちょっと屋敷を開けるよ。ま・た、もみじ姫の所に遊びに行ってくるよ。しかも今日は来てくださいとの手紙つきだ。」

 自慢げにもみじ姫の手で書かれた文を取り出し、春香の目の前で見せびらかす。

「なっ!」

 さすがの春香も身を起こし、信じられないと顔を強張らせた。

「見せたげない!」

 手紙を奪い取ろうとする春香の鼻を掠めるように素早く文を自分の袖のうちに隠すと、梔子の宮はにっと微笑んだ。

「じゃあ、私は出かけるよ。留守番よろしく、春香君!!」

 そう言って御簾の向こうに消えた梔子の宮の背を春香はずっと睨みつけていた。

「…。」

 ぎりりと歯を食いしり、そして意を決したように立ち上がった。



「お誘いありがとうございます。美しい姫。」

 御簾を隔てて相対したもみじ姫に、梔子の宮が満面の笑みを浮かべた。

「いえいえ。ぜひ、梔子の帥の宮様にお話したいことがあって…。」

 ほやんと微笑みもみじ姫の側では虫の姉妹が顔を寄せ合っている。

「なんでひぃ様、この人に文とか出したの?」

「さあ?何か聞きたいことがあるとか言ってたけど…。」

「こうも帥の宮が通ってきたら噂になるでしょうが…ってか、そんなことより…。」

 二人はひそひそと話しながら、そっともみじ姫の後ろの几帳を見た。

 几帳の裏では綾乃がピクリとも動かずに座っている。

「ああ~あの顔見て!超怖い!!」

「しかも手にはわら人形…。日々進化していってるような…。」

「…退化じゃなくて?」


「どうしたの?そこだけ温度差があるような?」

 ひいっと息を飲む二人に梔子の宮が微笑みかけた。

 その二人に几帳の影から綾乃の鋭い視線が飛ぶ。

 無言の圧力に二人は必死に取り繕う。

「あ、あ、なんでもございませんわ!!」

「昨夜二人で寝ずに怪談などしておりましたから、その余韻が残っているのでしょう!多分!!」

「へ~怪談?どんな?」

 屈託なく微笑みかける帥の宮。

 二人の焦りは最高潮に達する。

「ええっと、あれですわ!ねえ、お姉様!」

「そう!あれです。あの~ねえ、鈴虫。なんだったかしら、あの、わら人形をね~。」

「そうそう、わら人形ですわ!!」

 滑稽なほどに慌てる二人に、帥の宮はくくっと喉で笑いながら、そっと扇を広げ笑みを隠す。


「そ、そんなことより!ひぃ様!帥の宮様にお聞きになりたいことがあるのでは?」

「そうですわ!ささっとお聞きにならなくては!」

 二人は一人ぽやんとしているもみじ姫に話題を振る。

 ぼけっとしていたもみじ姫は二人の緊迫した声に戸惑いつつ、口を開いた。

「え、ええ、そうなの。帥の宮様にお聞きしたいことが…。」


 もみじ姫は先日の撫子姫との語らいで気付いたのだ。

 春香とこのまま会えずじまいになるのはよくないと。

 たとえ、どうなろうと、手遅れになる前に言いたいことを言わねば、と。


 ―春香君の顔が見たい。

  春香君の声を、あの香りを、もっと身近に感じたい。


「あの、春の香りのようなわら…。」

「春の香りのようなわら人形?」

 ごくりとつばを飲んで春香のことを聞こうとしたもみじ姫の言葉を遮るように帥の宮が口を挟んだ。

「何だか可愛らしいな、その人形。」

「ええ!違います。わら人形じゃなくて…。」

 童だと言いたいのに、帥の宮は一向に話を聞こうとしない。

「もみじ姫はとても前衛的な感覚をお持ちのようだ。恨みを果たすわら人形に、香りを求めるとは…。その感覚、常人には中々行き着かない…。」

 感動の面持ちで震える帥の宮。

 対するもみじ姫は話の急展開についていけない。

 

「や、貴方の感覚の方がおかしいから…。」

 ぽそっとつっこんだのはもちろん鈴虫。

 相手が誰であろうと言いたいことは言わなければ気がすまない。


 必死で春香のことを聞こうとするもみじ姫に対し、帥の宮はのらりくらりと見当違いなことを答えて、一向に話が進まない。

 確信犯でそうしているのだが、素直なもみじ姫が気付くことはない。

 その姿を遠く、庭影から見つめる姿があった。

 もちろん、件の春の香りの童である。


「くっそ!あいつ、何、もみじと楽しげにしてんだよ!」

 山茶花の木の裏からは遠くにある母屋は見えない。

 今までは簡単に近寄れたのに、何故だか足が竦んでしまうのは、また拒絶されかもしれないという怖さから。

 追いかけて、追いかけて、やっと手に触れることができると思ったのに…。

 寄せては返す波のように、ひらりひらりと舞うもみじ葉はあっさりとその手をすり抜けていく。


「…簡単に手放せるわけないだろ。俺の全てなんだ!」

 感傷に耐えるように俯き、春香はぎゅっと木の幹を握り締める。

 ばさばさっと木の葉に積もっていた雪が落ちた。

 そうしていたのもしばしの間。

 前を見据えるように春香は顔を上げた。

 その顔には、いつも通りの生気に溢れた、煌びやかな魅力に溢れていた。


「どんな手を使っても手に入れる。―もみじ…。」



 


 

 

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