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コイハナ〜恋の花咲く平安絵巻〜  作者: 秋鹿
もみじ愛ずる姫君
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第26章 届かない歌の真意

「あの、気になることがあるんだけどね…。」

 朝、寝間の片付けをしていた鈴虫、松虫にもみじ姫は神妙な顔を向けた。

 今、もみじ姫の側には二人しかいない。

 気兼ねなく話せる状態を見計らうように、もみじ姫は二人を手招きする。


「どうなさいましたの?ひぃ様。」

「お腹でもすいたんですか?」

 松虫は不思議そうに、鈴虫はめんどくさそうに側に寄る。

「大丈夫、お腹はすいてないわ。」

 鈴虫の冗談に真顔で答えてから、もみじ姫は気になることがあるの、と前置きした。


「最近、綾乃の様子がおかしくない?」

 重大な秘密を告白するような深刻なもみじ姫。

 しかし、対する虫の乳姉妹は顔を歪ませ、絶句した。


 変な顔で固まった二人にもみじ姫はぽやんと微笑んだ。

「どうしたの?」

「今頃、その話題ですか?どんだけ気付くのが遅いんですか!!女房の間ではもう語り尽くしたネタですよ!」

「いいえ、鈴虫!この場合は、ひぃ様が気付いたことに感心しなくては!!」

「確かに!!でもお姉様、このことに関してはひぃ様の鉄板鈍感説を助長させるだけだから、触れないでおきましょう!」

 矢継ぎ早に失礼の応酬をされているのに、もみじ姫は不思議そうに首を傾げた。

「鉄板鈍感説?」

「そうです!けして破られることのない、鈍感中の鈍感という意味です。」

「ええ!なんで!?」

 鈴虫の言葉に今度はもみじ姫が絶句する番。


「なんでって、あの帥の宮様の恋歌攻撃に微動だにしない姫は本当に鈍感だと言ってるんです!女房の中には側で聞いてるだけで腰砕けになっている子もいるのに!」

「ええ!あのおかしな話に!!」

 目を見開いて驚くもみじ姫。

 話をおかしくしている一端は自分にもあるのに、それを棚に上げて、帥の宮をおかしいと評価する。

「え…ひぃ様もおかしいと思ってたんですか?」

「当たり前でしょ?何時までたっても名前は間違えるし、急に伊勢物語の話をしたかと思えば、まったく伊勢物語に関係ない歌を歌いだすし。別に好きな歌を詠むのはいいことだけど、こうも話が飛ぶとわたし、話題についてくだけで精一杯よ?」

「ひぃ様……。」

 二人はそろって頭を押さえた。


 帥の宮はもみじ姫の名前を間違っている訳ではなく、ただ秋の竜田姫に喩えているのだ。

 陰陽五行説では西は秋に対応する。

 つまり、屋敷の一番西の対に住むもみじ姫を秋の女神竜田姫と見立てて呼んでいるのだ。


 ―口説き文句の常套句でしょ?美人の喩え!春の佐保姫、秋の竜田姫!!

 ―竜田姫手向くる神のあればこそ   

           秋の木の葉の幣と散るらめ

  竜田姫が旅立つ季節になると秋も残りわずか。竜田姫を旅出させる神がいるから秋の木の葉が幣とな って散っちゃうのねって歌があるじゃないですか!!

  竜田姫ともみじは縁が深いんですよ!


 二人の心の声など気付かぬもみじ姫は目をぱちぱちさせている。

「それにしても、あの帥の宮の攻撃に怯まないのはひぃ様だけでしょうね。」

 ため息を吐く鈴虫にもみじ姫は分らないと首を傾げるばかり。

「どういうこと?」

「あれだけ素敵なことを言われてもまったく気付かないからです!!」

 断言する鈴虫に、もみじ姫は屈託なく微笑んだ。

「ああ、そのこと!!」

「そのことです!他に何があるんですか?」

「だって、鈴虫。男君は女の子を見ると口説かずにはいられない生き物なのよ?」

「はい?」

 呆れ顔をしていた二人は、思いもしないもみじ姫の言葉に目をむいた。

「男君はその心のうちにある心を隠すために、甘い言葉を囁くものなのだから、一々反応してたら大変よ?ね、そうでしょ?」

「ひぃ様!熱でもあるんですか!!なんですか、その大人の女発言は!!」

「やあね~大げさよ。」

 と笑いながらも、まんざらでもないもみじ姫。

 常日頃幼いと言われてきたもみじ姫にとって、大人の女性とはほめ言葉も同然だった。


 ―梔子の、帥の宮様に教えてもらったことは内緒にしておこう。


 ぎゃあぎゃあ騒ぐ二人を楽しそうに見つめながら、もみじ姫はそっと帥の宮のことを思い出した。


 ―確かに、女の子がときめくことばかりおっしゃるわ。

  でもどうしてかしら?

  春香君も同じようなことを口にするのに、ドキドキの感じがまったく違うの。

  春香君の言葉はそのまま胸にしみこんでくるのに…。でも、あの方の言葉は何処か空を彷徨っているよう。まるで…。


「わたしじゃない、他の誰かに歌いかけているみたいに思えるの。」

 ポツリと呟いたもみじ姫の言葉に、鈴虫が怪訝そうにする。

「ひぃ様じゃなかったら、他に誰がいるんです?」


「そうね、多分、花散れじれにのお歌の方じゃないかしら?」


 カタン―。

 もみじ姫がそう呟いた瞬間、簀の間に置かれた几帳から音がした。

 三人が顔を向けた先にいたのは綾乃。

 一瞬、立ちくらみでも起こしたかのような深刻な顔を浮かべていたが、すぐにいつも通りの澄ました顔になった。

「失礼しましたわ。私としたことが、几帳にぶつかるなんて。」

 そう言いながら、綾乃はもみじ姫の側に腰を下ろした。

「大丈夫?少し顔色が悪いわ?」

「ちょっとした、眩暈のようなものが一瞬しただけですわ。ご心配なさらずに。」

 卒なく微笑む綾乃と心配げに眉を寄せるもみじ姫。


 その二人を盗み見ながら、虫姉妹は顔を寄せ合っていた。

「ちょっと、お姉様!あ、綾乃様に聞かれちゃったかも!!どうしよう、血祭りよ!」

「だ、大丈夫よ!見て、いつも通りじゃない!怒ってたら、もっと空気が荒んでるわ!」 

 ―この子達…後で覚えてらっしゃい!


 二人のひそひそ話に内心、怒りを覚えながら、綾乃は平静を装いながら、もみじ姫に薄紅色の文を手渡した。

 手に取りながら不思議そうにするもみじ姫に綾乃は笑顔で答えた。


「東北の対の撫子姫様からでございます。」


 


      

 

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