其の3 坂本龍馬
「武角、暫く此処に泊まれ。他の者は?」
「変装して旅籠におります。ご心配無く。明日、陰陽寮に寄らせていただきます」
此の時代、御所内に「陰陽寮」と云う施設があった。
明朝、早くから須佐3人は御所を出た。旅の薬屋に変装している。昨晩、仲間のいる旅籠に使いを出し届けさせた。
「武角さま、如何されます?」
「御所は堅苦しくていかんな、兎に角、外で朝飯を喰おう」
「いらっしゃいーーー!!」
朝から活気のある店である。3人は席についた。
「で、武角さま、御上の意向をどうするんですか?」
「俺は佐助、お前に任せたい」
「お、俺ですか?」
「うん、今すぐでは無いが、此の動乱が収まったらな。どうだ?」
「構いませんが、人世にも興味があるし・・・・」
「お前は頭が善い。武力も申し分無い。時代を読む力も群を抜いている。適任だが・・・心配もある」
「何でしょう?」
「人世で生きると云うこと。須佐部落を離れ、此の世界に長く暮らせば、寿命が縮まる」
「・・・・其れがわたしの務めなら甘んじて受けます」
「副族長を無くすが、仕方無いな・・・舞、お前は情報屋だ。俺の側近として残って欲しい」
「はい」
「佐助、お前は人世と須佐の導線になる。此れからはそういう者が必要になる」
「武角さま、残るのは佐助さんだけですか?」
「1人だけだ。其れなら須佐之男さまを説得出来る。其れと法力を持つ協力者たちに頼みに行く」
「誰ですか?」
「陰陽師たちだよ」
「あんたら、薬屋かい?」
後ろから声がした。振り向くと襤褸の着物を着た、にやついた浪人が立っていた。
「はい。お侍さん、何か要りますか?」
「嘘じゃろ?人斬りじゃろ?」
ギクっとした。
「儂を斬りに来たんかいの?」
「何をおっしゃいます。見ての通りの薬屋です。彼方此方で売り歩いております」
「そうかいの?そうは視得ぬが・・・商人かい?」
「はい」
「儂も商人じゃ。カンパニーを持っちょる」
「かんぱにぃ?」
「長崎での。あそこに居るのが仲間じゃ」
「貴方こそ、商人には視得ませぬぞ。どう視てもお侍です」
「儂らは、人を斬れば世の中が変わるとは思っちょらん」
「・・・・・・・」
「此れからの世の中は商人が幅を効かす。カンパニーで世直しじゃきに」
「龍馬!そんな処で油を売っちょるな!」
後方の其の仲間たちが呼んだ。
「龍馬?・・・」情報屋の舞は其の名と土佐訛りで、はっとした。
「こっちに来い!」再び仲間が呼んだ。
「わかっちょるわ。真の字」
「慎の字?・・・」舞は呟いた。
そして、ふらふらと其の浪人は戻って行った。
「舞、知っているのか?」
「情報でです。亀山社中(後の海援隊)・坂本龍馬、あちらで声を掛けたのが中岡慎太郎。他は解りません。本名称は社中。長崎亀山にあるので、通称、亀山社中と呼ばれています」
「何者だ?」
「土佐の脱藩者の集まりですが、坂本は千葉道場の師範代です。幕臣・勝海舟の弟子でもあります」
「幕臣の弟子が志士?善く話が理解出来ん」
「そういう人間です」
「どっちにしろ、儂はああいうのは苦手だ。何だ、あの軽さは?あれが天下の千葉門の師範代?」
舞と佐助は少し笑った。
「しかし、奴の話には驚いた。何を考えている?かんぱにぃ?」
「株式会社です。株主を賛同させて商いをすると云う欧米のやり方です。株主は福井藩、薩摩藩など」
「幕府が株主?!どうなっているんだ?」
「軍艦や銃などを買い入れているそうです。長州などに流しているそうです」
「密輸か?全うなのか?そんなこと・・・大丈夫なのか?」
「だから、長崎なのでしょう。長崎のみ外国に窓を開いている。何でもござれ!です。浪人、脱藩者の集まりですよ」
「う~~~~む。善く解らんが大した奴だ、しかし、変な奴だ」
「舞、あの目つきの悪いのは誰か解るか?」佐助が土佐者たちを視てそう聞いた。
「気になる・・・気味の悪い奴だ」
「さあ、人斬り・・・・?土佐の人斬りと云えば、岡田以蔵・・・」
「人斬り以蔵か?以蔵は土佐で刑死したろう?」
「あの眼は殺人者の眼だ・・・」
其の男は酒を片手に此方をじ~~~っと視ていた。