其の2 松平容保
「世の中が物騒だ。此の京都などは殺し合いの巣窟のようだな。岩倉」
「幕府を倒さんと争乱が始まっております。御門」
「幕府をの。して見解はどう視る?」
「解りませぬが、侍は既に時代には合わないと考えます」
「朕は平和が何よりだ」
「すると、革命を支持しない・・・と?」
「そうは云っておらん」
「御門」襖の奥から声がした。
「何だ?」
「須佐と申す者達が・・・・」
「来たか、通してくれ。岩倉、其方は外してくれ」
「御意」
岩倉は幕末の策士と云われている。現に志士たちと繋がって、宮廷工作を行っていた。「御門は如何様な考えか?」歩きながら考えていると、廊下で須佐達とすれ違った。軽い会釈をし合って通り過ぎた。
「何だ?あいつらは?忍びか?御門が忍びを呼んだ?」
「御上、久しゅうございます」
「近う寄れ、武角。出雲から遥々(はるばる)よく来てくれた。しかも夜半に済まぬ」
「屯でも御在所ません」
「佐助、遠慮するな。女人は何と申す?」
「舞で御在所ます」
「女人ながら戦士の顔だ。美人でもあるな」
「御用は?」
「うむ、時勢は知っているな」
「はい、時代の変革時期かと」
「どちらに動くと思う?」
「解りませぬ・・・」
「いかに須佐と云えど、解らぬか・・・」
「未来を見通す力は持ち合わせておりませぬ」
「朕の命も危ない・・・」
「御上には側近たちが・・・」
「信用出来ぬ。攘夷親征(じょういしんせい~王が自ら敵(外国人)を打ちに出る)の詔(しょう~天皇の命令、みことのり)などとは・・・騙されたに等しい。廊下で会ったか?岩倉に?」
「はい。あの方が岩倉さま?」
「奴は志士と通じて何やら企んでおる」
「長州や薩摩などは自藩主が新しい将軍にと、目論んでいる筈です、御上は当て馬でございます。わたくしめはそう睨んでおります」
「徳川幕府を倒して朕を天とした新しい日本を作るのだと云っているぞ」
「戯言です。信用出来ません」
「朕もあの志士とやらは好かん・・・徳川幕府が牛耳る世の中で善い。平和だからな。が、此れを視ろ!」
孝明天皇は自らの冷えきって残した横の食膳を指差した。
「鯛だ。幕府は見窄らしい食事は出さないと宮廷には云ってはいるが・・・腐っている。天子の朕を虚仮にしているのだ」
「・・・・・・」
「武士、武士、武士!奴らは何だ!何百年経っても空威張りだ。朕に真の忠義者は居ぬか?!」
「我々が」
「お前らは人世は関知せぬだろう?」
「御上のお命が危ない。其の時は従者となります」
「何時か須佐を側近に置きたい...以前からそう考えていた」
「我々を?其れは出来ませぬ。須佐之男殿が許しませぬ」
「武角、もしも朕が急死などしたら、疑ってくれ」
「暗殺ですか?・・・・」
「朕は邪魔だと思っている輩が居る。其の輩達は自分達の息の掛かった次天皇を配するよう仕向けるだろう」
「御意」
「だがの、信用出来る大名も居るぞ」
「そんな者が居りますか?」
「隣の部屋に居る。今、呼んでこよう。会ってくれ」
暫くすると1人の男が顔を出した。
「お呼びで御座所ますか?」
「武角、会津藩主・松平容保だ」
「会津藩主!」
容保は御門が腐った鯛を食べているのを視て、即座に会津に新鮮な魚をお与えになるよう配慮した。
「此の腐った食膳は武角、お前に視せるために置いておいた。此れが侍の世の天皇の扱いだ・・・」
○松平容保
美濃高須松平家より、会津藩主に養子入りし、1852年、第9代会津藩藩主となった(17歳)。其の1年後に黒船来襲。「尊皇攘夷(そんのうじょういー天皇を尊び、夷敵を打つ)」であった此の藩は幕府から、江戸湾警備に駆り出された。容保は、江戸湾警備で、外国の実力を眼にし、「攘夷は不可能だ」と推察した。しかし、幕府の対応に嫌気が指した「尊皇攘夷」の志士達が各地で暴れ回っていた。
「幕府など何の役にも立たん!天皇を配して強い日の本の国にせねば、外国に乗っ取られるぞ!」
事実、隣国中国は骨抜きにされて属国化が進んでいた。長州人(現山口県)・高杉晋作は上海に渡り、属国の現状を視た。そして長州藩を中心とした尊攘派は、京で朝廷・公家に働きかけ、京では過激な無頼浪人が横行し、治安が乱れた。
此の混乱を収拾すべく、会津藩に「京都守護職」を任じた。幕府内部でも結束が乱れ、将軍達が京を離れた。この時、将軍護衛でお供をした浪士組、 京都残留組24名が、容保の預かり浪士となり「新撰組」と名乗り、市中警備(斬殺)をし、会津からは千余名の兵が上京。尊攘派はさらに朝廷に働きかけ、攘夷親征の詔を出させた。
こうした情勢を心配した薩摩藩と容保は将軍慶喜と共に、朝議に参加する事を命じられる。しかし、尊攘派の会津への憎しみは、ますます強くなっていった。
「会津藩主・松平容保で御座所ます」
「容保、此方の者達は出雲須佐一族と云う」
「先ほど報告で聞いております」
「須佐を存じておるか?」
「新撰組から先ほど、聞き及んでおります」
「只の人斬りの破落戸だ」武角がそう云った。
「武角、知っているのか?」
「先ほど、出くわしました。血の気の多い連中です」
「須佐殿、しかしどう視ても貴方達の容姿は怪しい」容保が言い返した。
「我々は数日前に京都に着いて、10人程が変装して町の情報を集めた。壬生は評判がよろしく無い」
「治安を乱す輩を成敗しているだけ」
「確かに志士などと云う連中も天誅などと云って、馬鹿な殺しを仕出かしている。油に水を注いでいるだけです。共に阿呆の集まりだ」
「何と申した?!」容保は怒りを露にした。
「須佐殿、そんなことを世間で宣えば、幕府からも志士達からも狙われますぞ」
「勝手にすれば善い」
「まて!両人!喧嘩させるために会わせたのでは無いぞ」御門が制した。
「御門!彼らは何者ですか?!」容保は怒りを押さえながら聞いた。
「我らは須佐之男の軍団・・・そして古来から天皇の軍隊」
「す、須佐之男????!!な、何を世迷い言を!」
「容保、真だ。彼らは数千年、異界の魔物を退治して来た」
「異界の魔物?武角・・・まさか、武角尊?」
「そうだ。彼らは始祖・神武天皇に仕え、天皇家に従えて数千年になる」
「や、八咫烏・・・・・」
「人知を超えた法力を兼ね備えている。物の怪さえ、彼らの手下だ」
「まさか・・・そんな。信じられません。代々受け継いだ名でしょう」
「本人だ」
武角が分け入った「しかし、我々は其の昔、厩戸皇子と約束した。人世には関知しないと」
「厩戸皇子?しょ、聖徳太子ではないか?!なんと云う法螺だ!」
「容保、徳川家も此の事を知っているのだ」
「大公儀殿が?!・・・解りました。御門が嘘など宣うとは思えませんから」
「何かと協力して貰え。まずは新撰組だ」
「御意、近藤に須佐殿達には手を出さぬ様、言い伝えます。御門の客人であるからと」
神道を根に持つ容保は須佐を信用しなかった。
「何が八咫烏だ。御門は騙されている・・・・」
岩倉具視は先ほど廊下ですれ違った忍びを気にしていた。
「岩倉さま、解りました」若い情報屋が部屋に入って来た。
「で、奴らは何だ?」
「出雲須佐一族。志能備です。忍の始祖です。異能の術を扱うそうです」
「出雲の須佐・・・・・・・」