其の13 孝明天皇崩御
慶応2年(1866年)12月21日
「佐助殿、此れは憑依ではござらぬ」
「え?と云うと?陰陽師殿」
「脳の中に入り込んでいるようです」
「脳の中に?」
「つまり、脳を薬で刺激して夢の中で探っているんです」
「では、起こせば善いのですか?」
「其れすら、探られているんです」
「どうすれば祓えるんですか?」
「悪霊が頭の中に取り憑いていれば、やり方はありますが、直接、脳に入るこんでいては・・・危険です」
「何故、危険なんですか?」
「我々が何かすれば、脳を暴発させるでしょう」
「助ける方法は無いのですか?」
「善い考えがありません・・・此のまま、死を待つばかりです」
「なんと云うことをおっしゃる!」側近達が騒ぎ立てた。
「佐助殿!須佐の力でどうにかなりませんか?!」
「・・・何も出来ません・・・」
陰陽師は悲痛な貌でこう述べた。
「此れから脳の虫垂で御門を、幻想で苦しめます」
「なんと云う陰惨なやり方だ。昔、宮廷に雷雲を起こし、呪い殺したのとは訳が違う」
「う、うううーーーー」御門が苦しんでいる。
「御門!御門!」
「く、苦しい・・・朕は・・・磔にされている・・・手と足を釘・・で打ち抜かれて・・・苦し・・い・・・・」
「意識がある!御門!」
「佐助殿、此れはわざとです。より、苦しめさすためです」陰陽師が呟いた。
「お、鬼が・・・槍で・・朕を・・や、やめろ!・・・」
「まるで基督の磔の様だ。御上を帰天させましょう」
「ま、待ってください。そ、そんな御門を殺すなど!」宮廷たちは反対した。
「しかし、此のままでは窶れて死を待つだけです!精神的にも梵論梵論になって死に至ります」
「協議を、協議をさせてください」
宮廷たちは場を去っていった。佐助は視た。岩倉具視が、やけに怯えていたのを。
「岩倉は何を怯えているんだ?」
「佐助殿、このやり方は・・・怨霊が出来ることではないです」
陰陽師が横で囁いた。
「出来ることじゃないって?現に御上は其れで苦しんでいますよ」
「脳に直接入り込むなど・・・出来ない」
「云っている意味が、理解出来ませんが?」
「頭の中と脳の中とは違うんです。頭の中とは感覚です。頭の中なら祓いは出来ますが、脳の中とは、大脳に直接働きかけます。云わば脳に巣喰う病原菌のようなものです」
「つまり・・・?」
「大脳に幻覚を視させます。病原菌に祓いは効きません・・・取り出すことも・・・」
「病原菌とはまだ此の国では認められていませんね」
「はい、だから説明しても理解出来ないでしょう」
「医学を持っても直すのは無理。理解しても・・・脳では治療もままならない。ましてや怨霊が直接入り込んだ細菌のようなもの・・・ですか」
「理解不可能だと思います。怪訝しいのは・・・・」
「怨霊などと云うものが一人で出来ることでは無い?幻覚剤のような薬を飲用させてでは無いと」
「そうです。想像ですが、誰かが御門のお茶っ葉や酒に幻覚剤を入れておく・・・少量づつ飲ませて時間をかければ疑われない・・・」
「陰陽師殿、天皇の厨房などに部外者が立ち入るのは無理です。が、完全なものなど無い。大瓶や茶葉、特に粉茶などに混ぜておけば善い。毒味が居ても気づかない。確かに御上は体調が優れなかった」
「人間の脳は繊細です。異物が入れば直に反応する。除除に行って意識が遠のくようになったら、脳内に入り込む。道真公はそんなことが出来る悪霊なんでしょう」
「しかし、誰が毒物を?」
「思うに道真公は若日子の一派でしょう。奴なら空間移動で何処にも入り込める。厨房など軽いものです。そうして毒を入れたんです」
「厨房に入っても御上の好みなど解らないでしょう?」
「其れを教えた者が宮廷内に居ます。若日子に操られている者、あるいは脅されている者が宮廷内にいます」
「厨房を探れば何か薬物が出る・・・と云うことですね」
「想像が当たっていれば・・・です」
「幻覚を自由に探って除除に呪い殺すなど・・・なんと云う残酷な・・・・」
其の後、天皇は苦しみ続けた。側近、宮廷は決断が出せぬまま、時だけが過ぎて行った。
「彼らが決断してくれねば、我らは何も出来ない」須佐と陰陽師は苦々しく思った。
厨房を調べるよう佐助は要望した。しかし、彼にはさせず、宮廷内で調べたと云うが、毒は出なかった。
慶応2年(1866年)12月25日
孝明天皇崩御。其の死に顔は悲惨であった。
奇しくも其の日は基督の誕生日。天皇は磔の基督の様にされた夢を視ていた。
菅原道真公の悪霊は消えていた。
武角たちは一つの確信は得ていた。
「岩倉だ。奴が共謀犯だ。しかし、何の証拠も無い。犯人探しなど宮廷は我らにさせないだろう」
尊王攘夷の強健だった、孝明天皇。志士たちと孳尾んでいた岩倉。何故?そんな彼が天皇を殺そうと思ったのか?世継ぎの誘惑か?何か政か?若日子は何をした?須佐と陰陽師には解らなかった。
素志て彼らは何も出来ず、天皇を苦しめて呪い殺されてしまった。




