其の10 魔の襲来
「慶喜公、緊急の用があって、お訪ね申した」
「如何な申し出か?」
「京を魔が襲いましょう」
「魔・・・信長は第六天魔王と宣わったんでしたね」
「そうです。あなたや御門を狙うでしょう。そして京を我が物にする。百鬼夜行で」
「百鬼夜行とは・・・・」
「京が焼き尽くされます。先ず民の退去をお願いしたい」
「わたしの周りは敵ばかりだな。大老の井伊直弼も失って・・・志士たちの暴虎に我我は対処出来ないでいる・・・・須佐殿、あなただから云うが、幕府は今や壁際だ。薩長を中心にまた戦さが始まるだろう。時代は血を視なければ収まらない。奴らは幕府関係者を殺し、民も犠牲が出るだろう。朝廷や民は退去するよう進言しよう。魔か・・・だが、攘夷の志士たちとの戦の方が現実だ」
「攘夷の志士を優先しますか?其の前に魔はあなた方をゴミのように殺しますよ」
武角は思った。
「慶喜公は心の中では魔を信じていないようだ・・・現実の対処で頭が一杯だ・・・」
「須佐殿、もう善い。心には止めておこう」
武角は落胆して二条城を後にした。
旅籠に戻ると留守を預かっていた者たちが「どうでした?」と聞いて来た。
「二条城は・・・駄目だ」
「そうですか・・・それと・・・新撰組が来ました」
「壬生が?」
「はい、殺された仲間の検分、事情、それと山火事の件で。其のまま正直に話しました。山火事の件は、副長たちの話と一致すると驚いてはいましたが・・・」
「彼らは京の治安維持が仕事だ。職務だからな。つまり、こうだ。幕府は京を脅かす者は、自分たちが対処すると。会津もそうだろう。第一、此処らは会津の管轄だ」
「魔をどう捉えているのか・・・」
「所詮、無理なんだ。眼で視なければな。・・・土方と数人の壬生は魔を視ている。仲間が残虐に殺される処を視ている。土方はどうするか・・・」
「武角さま、土佐達はどうしますか?」
「土佐の者たちと話す。彼らは柔軟性がありそうだ。特にあの桔梗紋の坂本・・・」
「明智殿と同じ紋ですね」
ズシィーーーン!
大きな地鳴りが起きた。旅籠が大きく揺れた。
「な、何だ?地震か?」
「皆の者、始まったぞ。桓武天皇が、魔から逃れようとして建てた平安京が、四神相応を駆使した京が今、破壊されようとしている」
「北東・・・鬼門が?」
「鬼門が破られようとしている・・・・」
「逢魔が時か・・・」
○逢魔時
黄昏をいふ
百魅の生ずる時なり
世俗小児を外にいだす事を禁む
一説に王莽時とかけり
これは王莽前漢の代を簒ひしかど、
程なく後漢の代になりし故、
昼夜のさかひを両漢の間に比してかくいふならん
鳥山石燕 今昔画図続百鬼「逢魔時」より
日暮れ時を古来、「逢魔が刻(おうまがとき~逢魔が時)」と呼んだ。
昼と夜の狭間。陽が翳り、闇が覆い始める黄昏の時。闇が世界を呑み込み、冥界の扉が開き、 人界へと魑魅魍魎、物の怪たちが禍々(まがまが)しく、蹂躙し出す刻。魔と出逢う刻。忌語なりし。
辛酉。車駕遷于新京。
同十三年十月廿三日。天皇自南京、遷北京。
丁丑。詔。云々。山勢実合前聞。云々。此国山河襟帯、自然作城。因斯勝、可制新号。宜改山背国、為山城国。又子来之民、謳歌之輩、異口同辞、号曰平安京。又近江国滋賀郡古津者、先帝旧都、今接輦下。可追昔号改称大津。云々。
「日本後紀」卷第三逸文
延暦13年(794年)10月23日、此の国は山河襟帯し、自然に城をなす。此の勝(形勝 けいしょう)によりて、新号を制むべし。よろしく山背国を改めて、山城国と為すべし。また子来の民、謳歌の輩、異口同辞に、号して平安京と曰ふ
古来の民たちは、平安の都を願ったのである。
「鬼門封じの比叡山延暦寺が危ない。地主神・大山咋神が・・・・」
須佐たちは皆、外に出た。京の民達も「何事か?」と皆、外に出ていた。
「延暦寺だ!」須佐たちは延暦寺へすっ飛んで行った。
走りながら着物を脱ぎ捨て志能備の容姿になった。
延暦寺に着くと寺内から悲鳴が聞こえた。
「視ろ・・・・」
上空の空間に小さな穴が開いていた。
「あれは・・・立体の穴だ・・・・」
別次元の扉が開いた。
現代物理学の話になるが、空間に開いた「穴」は立体、球になる。何故なら私たちの世界は3次元だからである。
「随分小さいですね」
「延暦寺の鬼門封じが効いているからだろう。そう安安とは穴は開かない」
「何か生き物がポロポロ穴から落ちています」
「あれは・・・・餓鬼だ!・・・・延暦寺に落ちている。あの悲鳴は僧侶たちが餓鬼に襲われているんだ!」
「ギャアギャア、ギギイ」
餓鬼は空の穴から、次々にワサワサと落ちて来る。其の数は数千。
餓鬼は元人間である。生前、幾多の悪事を仕出かした者の黄泉での成れの果てだ。感情も理性も無い。只、腹を空かして蠢いている妖怪だ。
僧侶たちに喰らい付いていた。
「うわあ、ぎゃああああ」
一人一人の僧侶に数十の餓鬼が襲っていた。貪り喰っている。
「山法師が・・・・」
信長や秀吉に依って衰退させられた寺の武装僧である。山法師たちは、此の未知の化け物を長刀や槍で倒していたが、幾ら斬っても・・・・死なない。元々死んでいるものだ。死ぬわけがない。
「こいつ等、幾ら斬っても死なんぞ!う、うわああああ」
「ギイ、ギギイ」
山法師たちも次々と襲われている。自分の内蔵を生きながら喰らわれる。
延暦寺全体が血吹雪に塗れ、地獄絵図だ。




