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1-04 よだか

ルビの振り方が分かったので調子に乗りました。


「旅人……?」


 少女は首を傾げる。老女は少女を見つめて目を細め、座るように促す。角度を変えるたびにキラキラと輝く瞳は星空のようだ。促されるままに少女は座り、老女を見つめ返す。好奇心に膨らんでいた気持ちが徐々に冷静さを取り戻していく。


「まあ、落ち着きな。今から説明してやるから」


 少女が開こうとした口を、老女が制する。喉まで出かかった言葉を抑えたところへ、妖精が少女をうかがうようにゆっくりと飛んでくる。


「さっきは、助けてくれてありがとう。改めて、お礼を言わせて」

「あ、いえ、無事でよかったです」


 丁寧に頭を下げる妖精に、少女もまた深々と頭を下げる。頭を上げると、妖精は奥へ飛び、老女の横へと移動していった。老女の肩へ腰かける。


「いろいろ尋ねたいことはあるだろうが、今は聞いとくれ」


 そう言ってその美しい声で話し始めたのは、少女が何一つ知らない世界の話だった。地球とは異なった世界、キーヤトーブについて。火が着け直されたキセルから、また煙が上がり始める。


「ここはキーヤトーブ。あんたたちタビビトの住む世界とは、絹一枚分ほどズレた場所にある世界。簡単に言うと、異世界ってやつだよ」

「異世界、ですか」


 にわかには信じがたい言葉に、少女は眉をしかめる。老女の目は少女を通り越し、はるか彼方へと向けられているかのようだ。


「チキュウ、だっけかな。あんたたちの世界とはそれほどズレた位置にない世界だからね、時々そっちからこっちへ落っこちてきちまうやつらがいるのさ」

「それが旅人、と言うことでしょうか」


 話が早くて助かると、老女は妖艶にほほ笑んだ。少女は老女の言葉に嘘がないか、悪意がないかを見極めにかかる。探るような少女の視線に、老女は笑みを深くする。

 

「あんたたちの世界とは異なった文化、異なった価値観……もちろん、常識だって違う。まあ、安心しな。タビビトが落ちてくるのは稀だが、特別珍しいというわけではないからね。あんたの見知ったものだってあるはずさ」


 数年に一人ほどの割合で、一定数落ちてくることがあるらしい。老女は他人事のように呟く。静かに時間が過ぎる中、煙の揺らぎだけが沈黙を破っていく。


「いくつか、聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」

「もちろん」

「では、まず一つ目。キーヤトーブなる存在を聞いた覚えはないのですが、そちらから地球に行くことはないのでしょうか」


 聞いたことはない、と老女は淡々と答える。少女はその答えが分かっていたかのように、次の質問へ移る。

 

「二つ目に、先ほど行われた儀式は、言語疎通を可能にする何か、ということでいいのでしょうか」

「ああ、『バベル』の魔法のことかい」

「バベル……魔法?」

 

 これまた信じがたい存在に、少女はオウム返しになってしまう。パチクリと瞬いた瞳に、猜疑心は見られない。静まっていた好奇心が、再び鎌首をもたげる。


「言ったろう、そっちにはない文化が、こっちにはあるってね。バベルは、過去のタビビトが苦労の末に作り上げた汎用魔法でね。ある程度の学がありゃあ誰にだって使えるようになってるのさ」


 少女はちらりと妖精を盗み見る。妖精は静かに首を横に向け、照れたように頭を掻いた。使えないらしい。聞こうと思っていた疑問が一つ消える。妖精は少女と意思疎通のため、ここへ案内したのだろう。クツクツと笑う声に、再度老女へと目を向ける。

 

「三つ目。あなた方は、どういった存在なのでしょうか。妖精など、怪奇の類でしょうか」

「あんたたちで言う妖精で、間違いないよ。私は海の歌姫( セイレーン )。この子は風の友達( エアリエル )で、私の寝屋子さ」


 寝屋子。その言葉を頭の中で反芻する。もう一人の親、寝屋親。それが夕飯後から就寝後の朝まで面倒を見る存在が、寝屋子だったはずだ。少女はそれを伝え、老女に確認をとる。

 

「概ねそんなところだね。妖精といってひとくくりにされるけど、私らの中にもいくつもの文化がある。こうやって集団で暮らすには必要なことさ」

「ばっちゃはねえ、朝ごはんから夕飯前まで、あたしの面倒見てくれる人だよー!」


 妖精の元気な声が返り、自然と笑みがこぼれる。二人は仲睦まじく、気の置けない仲のようだ。老女の肩口から身を乗り出し耳元で喋ったからだろう、老女がこめかみを抑え、妖精をつまみ上げる。妖精は慌てて身をよじっている。そんな様子すら、二人は楽しそうだった。

 

「ここは喜びヶ原( メグメル )。妖精の都だよ」

「メグメル、ですね。ありがとうございます。厚かましい願いですが、周辺の人里の位置なども、お聞きしたいのですが」

「ここは地図には存在してないよ。それに、行く当てはないんだろう? チュンを助けてもらった礼だ、しばらくは世話を見てやろう」


 老女の申し出を悪いからと断ろうとするが、口を開くごとに妖精の表情は曇っていく。老女も決定事項だというように、受け入れの準備を始める様子だった。悪いと口にするたびに陰る妖精の顔と、お構いなしにてきぱきと決め行く老女の様子に、少女は手出しすることができない。


「まあ、チュンの話し相手にでもなってやっとくれ」

「……すみません、お世話になります」

 

 妖精はその一言に喜色満面だ。老女は先ほど妖精とじゃれていた時のような優しい笑みを浮かべる。興奮したように少女の前を飛び、目の前20cmほどで停止する。驚愕にのけ反りそうになるが、際で持ちこたえた。


「あたし、チュン! よろしくね!」

「ミオ。まあ、先の短い老いぼれババアだよ」

「ぼくは――」


 ハクハクと喉が鳴り、言葉が出なくなる。喉元に手を当て、徐々に心臓の位置へとずらしていく。焦ったように目をきょろきょろとさせる様子に、二人の視線が飛ぶ。


「ぼく、名前……ぼくの、なまえ」

「だいじょうぶ?」


 チュンの小さな声に、誰かの声が重なる。昔誰かに呼ばれたはずだと、頭が悲鳴を上げながら回り続ける。思い出せ、思い出せ。

 確かに、自分の名を、呼ぶ。愛しい、こえが。


「よ、う……よだ――」

「よ?」

「よだ、か……」

「よだか?」

 

 チュンの声が耳元で聞こえ、思考が現実へ帰ってくる。どこを見ていたか分からない目が、チュンを視界に収めた。思い出しかけていた何かが霧散していく。小さく、知らず詰めていた息を吐いた。キセルから上がる煙が揺れる。


「ぼくは、よだか……だと、思います」

「う、うん」


 少女の物言いに、言いしれない不安を抱いたチュン。ぎこちなく笑うことしかできない少女。その後ろでは、奇怪なものを拾ったな、とミオが苦笑していた。



 さすがにこれ以上主人公の名前が出ないのはなあ…と当初の予定を切り上げて参上、よだかです。名前祭だー。

 普段はあまり人の外見を詳細にしたりしないのと、文体的に鍵括弧の前後を開けることをしないため、見ていて違和感がいっぱいです。なろうの先人はこういった形が多かったため習いましたが、難しい。まあ私の普段の書き方や文体は硬いと言われがちなため、こういったクッションがあったほうが読みやすいのかもしれませんね。

 当方は寄付のために断髪したところ、頭が軽くなりすぎてバランスが取れず、普段からひどい足取りがさらにひどくなりました。尻尾がなくなって歩きづらいです。


 今回までがある種プロローグ的立ち位置でした。次回から一章、『メグメル』が本格始動(予定)です。よろしくお願いいたします。



2018.09.10

髪の毛がもとのしっぽの半分くらいまで伸びました。前の断髪がこの時期かと思うと感慨深いです。

執筆を再開したいということで、少し変更を加えました。進行にはなんら関わりない部分ですが。

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