1-02 であい
重たい背中に少々苦戦しつつも山を下り終え、ようやく平地へと足をつける。ショベルは折りたたんで鞄の脇にしまわれていた。小さくため息をつき、伸びをする。太陽の光は真上から降り注ぎ、少女には少し眩しいほどだ。
辺りを見回す。めぼしいものは目につかず、緩い勾配で草原が広がっていた。風が吹き抜け、さわさわと音を立てる。
「――エン――レ――!」
風に乗って聞こえたかすかな声。風上の方角、少女からして右側へもう一度耳をそばだてる。もう一度、さっきよりも確かに声が聞こえた。山のふもとをぐるりと回るように、その方向へと少女は走り出す。
数分もしないうちに、小さめな湖が見えてきた。よく見ると、岸から少し離れたところがナブラのように騒がしい。近づくにつれ悲鳴は少しずつはっきり、か細くなっていく。ようやく岸にたどり着き見えたものは、何かが溺れている姿だった。
辺りを見渡すが使えそうなものは何もない。湖は深く、足は付きそうにない。少女はふと思い立ち、片づけていたショベルを取り出して組み立てた。手を伸ばせばぎりぎり届きそうだ。
「掴んでください!」
おぼれている何かに向かってショベルの柄を差し出す。声が聞こえたのか、最後の力を振りしぼるように柄につかまった。負担が掛からないよう、ゆっくりと引き上げる。
少女は安堵の息を、何かは咽たようで咳を吐いた。少女は座り込み、改めてそちらを見る。
そこにいたのは羽の生えた小さな人間――妖精のようだった。身長は20cmにも満たない。下半身や髪、背中を覆っている茶色い羽毛が、水を吸って重たそうだ。鞄のポケットに入っていたハンカチを渡す。
「スクナット……」
妖精はハンカチを受け取り、体をふき始める。まるでバスタオルを使っているかのようだ。ゆっくりと全身を拭きながら、こちらを見つめ返してくる。美しい緑の瞳は、先ほどの森を思い起こさせた。やがてこちらにハンカチを返し、もう一度口を開いた。
「ウォイクナット」
「あの、すみません。ことばが分からないのですが……」
少女のことばに緑の瞳を瞬かせる妖精。そして羽を羽ばたかせ、少女の目の高さまで飛びあがる。少女は常識離れした現状についていけず、同じように目を瞬かせた。
「ウォエラオフゥ? レリヴァートゥオイェライリルス?」
「一体、何語なのでしょう」
少女を置いてきぼりに、妖精は納得したように頷いている。そして、伸ばされた少女の手を取り、引っ張り始めた。促されるように立ち上がる。何が起きているのか分からず、少女は困惑するしかない。そのまま山の方面に引っ張り始めるので、何かあるのかと引かれるままに歩き始めた。やがてふもとに映える一本の大樹の前で立ち止まる。
振り向いて少女が立ち止まったのを確認した妖精は、自分を指さして言った。
「チュン。チュン!」
「チュンって、名前ですかね。ぼくは、」
少女がチュンと繰り返したとたんに、妖精は目を輝かせる。そして己を指さしたまま固まってしまった少女を、再度促すように引っ張った。予想外に強く引っ張られ、少女はバランスを崩し大樹根本の洞あたりに手をつこうとする。
――スルリ。
目測を誤ったかと手元を見る少女の顔に、驚愕が刻まれた。まるでホログラムのように、その手は木をすり抜けている。唇が言葉にならない悲鳴を上げる。崩れたバランスは体重の掛ける場所を失い、そのまま前向きにゆっくりと倒れこんでいく。どんどんとスピードを増して、大樹は悲鳴ごと少女を飲み込んでいく。そして少女がそっくり飲み込まれ、妖精は大樹の洞に飛び込み。
そして、だれもいなくなった。
連日更新。まさか一日にして多くの方にお目通りいただけるとは思ってもおらず、幸甚の至りにございます。まあ定期更新はできませんが。
当初は喋らせる予定じゃなかったのに、いつの間にやら喋ってました。翻訳はわりと簡単にできると思うので、よければ解読してみてください。「――エン――レ――!」は「エンプレヒ!」です。