表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スーパーニートプラン 〜おとぎ草子血風録〜  作者: 海山馬骨
愛と闘争の日々
9/65

@4の2 『戦わなければ生き残れない感じ』

 ぶわあ。


 俺の目に大粒の涙が盛り上がる。泣くわそんなん。


「うわあ!? タツオさんがめちゃくちゃ泣いてる!? 人間らしい心があったの!?」


 同じ王族でこうも違うものか。虫って一言でいってもカイコガ様とゴキブリってくらい違う。無論このクソのほうがゴキブリのほうだ。白雪ちゃんの爪の垢でも煎じて飲んで毒に当たって死んだらいいのに…。


「それから気がついたら白雪はあ、ヤナギダ様のところで目が覚めてえ、いまここにいますですう」


 久渡寺山の中腹。急峻な崖地に、俺たちは立つ。


 流行らない観光地とはいえ、人の姿はまったくない。これでも土日祝日ともなれば少しはハイキング客などが居るから、俺がサービス業で休みが不定期なこと、おかげで今日が平日だったことに救われた格好だ。


「で、白雪姫としては俺を殺すことになんのメリットがあるのかな?」


「ヤナギダ様へのご恩返しとお…あとお…あなたを倒して魂を持ち帰るとお、この体から毒を消してもらえるんですう。そしたら国に戻ってみなさんにごめんなさいしてえ、お母様お父様に会いに行きますう。だからあ、死んでくださいい」


「なるほどね、壮大な計画だ。何がなんでも俺を殺さないわけにはいかんなそれは。このクソウラシマの命にしておくわけにはいかないかい?」


「ちょっと」


「いかないですう。…ごめんなさいい」


 心底からのものと素直に受け取れる、まじりっけなしの謝罪をする白雪姫。


 とてもじゃないが、これから人を殺そうって人間の態度ではない。根っからいい子なのだろう。本当にいい子なのだ。滲みでてる。肩の上から俺を睨み殺すほど目ん玉むき出しにしてきやがる馬鹿とのこの差はどうであろう。


「…いま思えば、白雪の毒虫食いは超魔ヤナギダの策略だったのかもしれないね。ずっと昔からオトギキングダムを支配するために暗躍してきたんだ。手ごまを増やすためには何をしたっておかしくない。それこそ子供の味覚をちょっと操って、その体内に毒を住まわせるくらいのことは」


 ウラシマ少年が前触れなく長広舌を始めた。


 いきなりどうしたんだこいつ。枝に引っかかってた腐った虫の死体でも食ったのか。


 まあ、なんだ。


 おじさんになるとね。笑い話より人情話に弱くなるんだ。涙腺が脆くなって大変である。


 ウラシマの与太話はともかく、できれば白雪ちゃんを傷つけないような方途を探りたいものであるが、さてどうしたものか。


「というか、何がどうなったら俺の勝ちなんだ? あの子を気絶とかさせりゃいいのか? ギブアップさせりゃいいのか?」


「べつにそういうルールがある戦いじゃないと思うよ…。白雪が自分で目的を諦める気持ちにならない限りは戦いは終わらないんじゃないかなー」


「まあゲームじゃねーからな。つまり、教師ドラマの古典みたいに目を覚ましなさいつってビンタかましたりしても無意味なわけだ」


「まあたぶん」


 ずっとウラシマ少年を肩にかついだまま、久渡寺山中を駆け抜ける。


 それを追ってくる白雪姫はふわっふわの見た目に反して結構エグい速度を出している。木に当たらないようにスピードをセーブして回避動作を取りながらとはいえ、百人力の脚力で走ってる俺に追従するのだから大したものだ。


「すげーなしかし、女の子の駆け足じゃねーぞ。ヤナギダの刺客ってのはみんなあんななのか?」


「こっちと同じに見くびらないでよ、僕らの世界の人間ならみんなあれくらいは動けるよ」


「つまりお前もあんくらい動けんの?」


「もちろんだよ」


「ならてめえで走れや厚かましい」


 迷わず肩の上のお荷物をほうり捨てた。


「ぶえべしっ」


 そのまま杉の太い枝に顔面をめり込ませた少年はとりあえず無視して、いまは白雪姫に意識を集中する。


 彼女を一人の戦士として考えたとき、その特質はなんといっても猛毒をその身に宿していることだろう。ただそこに居るだけで周囲の人間をまとめてぶっ倒れさすような、呼気がそのまま毒ガスになるというすさまじいまでの毒性だ。


 だが、それはどうやら俺には効かないようだ。姫巫女(笑)に召喚された勇者に備わる、疫病、毒への耐性のおかげだ。実証例として、少なくともさっきまで白雪姫を抱いたまま走って何事も起こっていないのは確かだ。


 そしていかにオトギキングダムの人間が頑強な肉体を持っていようが、それが数百年に一度の奇跡で呼び出されたとかいう勇者たる俺を上回ることはあるまい。なんだかんだ白雪姫はただの女子なわけだから。


 うむ。


 つまり、俺は全異常無効のスーパーアイテムを装備した状態で、緑色でバブリーなスライム状のやつと戦うレベル99の勇者だ。


 なんだそれ、もう絶対負けないじゃん。負けないどころか勝負に時間がかかったら恥ずかしくて土下座しないといけないくらいのマッチングじゃん。


 彼女の攻撃は俺に絶対に通らんし、俺のほうじゃ攻撃し放題なのだから、彼女が諦めるまで終わらないつっても諦めるまでいくらでもぺちぺちぺちぺり彼女を叩き続けりゃいいだけの話である。あれ、考えれば考えるほどイージーミッションだぞお?


 まあ、大切なご両親に会わせてあげられないのは非常に心苦しい。しかしさすがに殺されてはやれない。人生ってクソだなあって出勤日の朝になるたび思うけど、それはそれこれはこれだ。


「そろそろいいですかあ?」


「うんまあいいんじゃない?」


 気がつくと俺たちは久渡寺を飛び越えさらにひとつの山を越えていた。道路どころか獣道すらなかなか見当たらない完全な山中。地元民でも名前を知らないような山のなかだ。


 実に走った。よく走った。これで今日のお仕事終了ってことにならないものか。


 初冬、東北の夜は早い。いつしか周囲には闇の帳が降りている。それでもなぜか視界がクリアーなのは勇者の能力の恩恵であろうか。

 

「白雪ちゃん。これだけははっきり言っておくぞ。人を傷つけ、それどころか殺してまで自由な体になったとしても、そんなこときっとご両親は喜ばないぞ」


「そうだと思いますう…。それでも白雪はお母様たちに会いたいですう」


「…」


 わかってはいた。もはやいかなる説得も無意味。言葉で彼女を翻意させることはできないだろう。あとは実力行使あるのみ、だ。


 大人として。人生の先輩として。人が決してしてはいけないことを教えてあげよう。


 大丈夫さ、君は優しい子だ。そして若い。どんなハンディキャップがあっても、いくらだってやり直せるはずなんだ。


「さあ、きなさい」


「はいい」


 白雪姫の姿が消えた。


 ゴッ


 なにかが俺のほっぺたに突き刺さる。俺の顔面がゆがむ。痛い、というよりは熱い。


 と感じた次の瞬間には、俺は地べたに叩きつけられていた。


 両足を揃えた女の子座りっぽいポーズで座り込み、俺は一発で腫れ上がったほっぺを抑える。


「…あれ?」


「なるべく痛くないようにしますう」


 言いながら、白雪姫が上半身をねじりにねじって、めちゃくちゃパワーが溜まりそうなパンチの発射ポーズを作り始める。


 見た目だけはふわふわ真っ白お姫様なのに、背中に筋肉ムキムキのマッチョのオーラが見える。


 白雪(姫)じゃなくて白雪(鬼)って感じだ。いつどのタイミングでクラスチェンジしたのか。


「待って、待ってまって。タイム。タイムを要求します」


「はあ。いいですけどお」


「…強くない?」


「そうでもないと思いますけどお」


 これがそうでもないとしたら超魔ヤナギダとかいうのはいったいどんなバケモンなのだ。


 いや、國男のことなんか気にしてる場合ではない。


 本能が警告してる。次の一撃をもらったら普通に死ぬ。誇張もクソも一切なしで。


「いや、あの、あれだね。休憩しようか」


「べつにいいですう。もう続きしていいですかあ?」


「白雪ちゃん。これだけははっきり言っておくぞ。人を傷つけ、それどころか殺してまで自由な体になったとしても、そんなこときっとご両親は喜ばないぞ」


「でも白雪はお母様たちに会うんですう」


「人の心がないのか君は! まだ36なのにこんなとこで死ぬなんてかわいそうだと思わないわけ!? いまどき平均寿命80年の時代だぞ! まだ半分も生きてないのに! 殺さないでえ!」


 最後に恥も外聞もない本音が漏れた。大丈夫、こんな山んなかなら誰も聞いてないから。


「仮にもこのウラシマが召喚した伝説の勇者のはずなのに情けなさすぎる…」


「あら、ウラシマさんですう」


 聞かれてた。口封じ? 口封じする? しないと。


 や、そんなことより。


「ウラシマぁ! てめえどこ行ってたんだよ! めちゃくちゃつえーじゃねーかこの子!」


「タツオさんが自分で私を投げ捨てたんでしょ!? そりゃ強くなかったら刺客になってるわけないよ! だからあんなに何度も何度も何度も何度も修行してって言ったのに!」


「いまそんなこと言っても仕方ないだろ、冷静になれ」


「冷静にいってどうしようもないよ。死ぬしかないんじゃない?」 


「っかしーんじゃねーの? お前の召喚失敗してたんじゃねーの? なんで俺ただの女の子にぼこられてんの? 百人力のスーパーパワーどうなってんの?」


 俺が至極もっともな論理展開で問い詰めると、ウラシマは心底哀れなものを見る目をした。


「…はあ。タツオさん、格闘技とかやってた? そうでなきゃせめて殴り合いの喧嘩したことある?」


「け、喧嘩くれーしたことあるし。おじさんだし」


 ちなみに人生において二度の喧嘩は、どっちも結果敗北だった。


 中学のときに友達の兄貴の原付借りて遊んでたら、操作を誤って、当時その近くに住んでた学校で有名なヤンキーに突っ込んでしまい、原付から引き摺り下ろされてボコボコにされたのが一度。


 大人になってから、いま勤めてるのとは全然関係ない業種で弘大と同じバイトをしてて、お客さんの食べ残しをゴミにしないで一部だけカットしてまた別のお客さんに出したら、終業後に弘大に呼び出されて「お前はまだいまのうちに人間としてちゃんとしたほうがいいと思う」とボコボコにされて、弘大に逆らわないことと仕事をちゃんとする責任感を養ったのが一度だ。


「それはいじめとか折檻であって喧嘩とはいわないと思うよ」


「文明人に喧嘩なんかいらねーんだよ! 仮にも法治国家日本だぞおめー! 殴り合いしたい人はふさわしい場所に行ってくれません!?」


 ウラシマがぐるりと周囲を見回した。


 もちろん場所は夜の山中で星明りすらおぼつかない。物音といえば虫の声だけの真っ暗闇である。


「こんなにふさわしい場所もないよね。いくらこっちの警察が優秀でも、ここらへんに埋められたら見つかるのかな」


「すみませんウラシマさん今までの態度のことなら謝りますから助けてくださいお願いします」


「…はあああぁぁぁ。ねえ白雪、もしこの人を殺さなくても、毒が出なくなるとしたらこの人の命は諦めてくれる?」


 呆れ返ったため息を重たくひとつこぼし、ウラシマさんが白雪姫に向き直った。


「え、うーん。毒が消えるわけじゃないんですう?」


「それはもう白雪の体質だから、難しいと思うよ。ぶっちゃけ血液の色を変えようみたいな話だもん。実のところ、ヤナギダにもどうしようもないんじゃない? 白雪は使命を果たしたらヤナギダが本当に約束を守ると思う? そんなにあいつを信用してるの?」


「じつはあ…あんまりい…ですう。顔もよく知らないですしい…一宿一飯のご恩があるですけどお…」


「私の提案が通れば、毒が消えなくても、毒が誰にも触れないようにすることはできると思うんだ。幼馴染のよしみで信じてくんないかな」


「う、ううう…わかりましたですう。どうすればいいですかあ?」


「どうこうするのは白雪じゃなくてタツオさんだよ」



 ライアードリアル『真空呼吸』。


 読んで字のごとく、真空空間でさえ呼吸が可能になるという能力だが、ミソなのはその方法だ。『真空呼吸』は、空気の皮膜を作り出し、その内側で酸素を循環させる。


 ということは、この能力が使える場所は単純な真空に限らないということである。


 水のなか、土砂のなか、毒ガスのど真ん中。とにかく、ありとあらゆる「呼吸ができない」環境下での呼吸を可能とさせる。そして、呼吸不可能の原因が、外ではなくて内にある場合でも同じことだ。つまり、「外にいくらでも空気はあるが、能力使用者はそれで呼吸してはいけない場合」だ。『真空呼吸』は皮膜の内部ですべての空気循環を完結させる。


 それは、たとえ皮膜内部に毒ガスが充満しようとも、その内気が外気に影響しないことを意味する。


「さよなら俺の最後の宝物」


「まだ愚図ってる…死ぬよりよっぽどいいでしょ…ほら白雪、このお花にハーッてしてみてハーッて」


「ハーッ…わあ…わあああぁぁぁ。わああああああぁぁぁぁぁぁ。お花が、お花が枯れませえん。ウラシマちゃん、ウラシマちゃん、お花が枯れないですううう」


 飛び上がらんばかりの大喜びとはこのことか。いや、当然だな。女の子なのに、物心ついてから花を愛でたこともないのだろう。


 その喜びが、俺の不幸と等価交換されたものでなければ素直に共感してあげられたのに。どうしてみんなが幸せになれないのだろう。人は誰かを苦しめなければ幸せになれない寂しい生き物なのだろうか。


 ライアードリアルは選択権が俺にあるだけで、たぶん選択者が必要を認めれば他人に付与することもできるはずだ、というウラシマの読みは図に当たった。


 しかしおかしな話ではある。俺はその必要を認めてないのに。やむをえず渋々なのに。


 ところで、俺はいまさらひとつ、重大な懸案があることに気づいたのだが。


「なあウラシマ」


「なにー?」


「いまの様子だと、白雪ちゃんの毒って人間以外の自然物全般にダメージになるんだな?」


「うん。ずっと同じところに居たら森林だって枯れちゃうかもしれないよ」


「この久渡寺近辺の山って、弘前にある田畑のうちかなりの割合に農業用水を供給してる川の源流なんだけど、それって大丈夫なのか」


「…収穫がほとんど終わってる時期でよかったね」


「マジか」


 来年からしばらく青森県産のもの食べ物はよく注意して買うようにしようと心に誓いました。 ヲワリ。




「あ、トノ! やあっと帰ってきたっすかあ! ちょっと聞きたいことメガ盛りなんですけど!」


「あー…つっかれた。もう今日は風呂も入んねーで寝るわ」


「私も…じゃあ鍛治町帰るから…明日から絶対修行してもらうよタツオさん」


 俺もウラシマも夜間に久渡寺山中から徒歩で戻ってきたわけで、疲労困憊を絵に描いたようなお疲れさんのご様子だ。余計なものに構ってる余力などもうどこをひっくり返しても出てくるわけがない。


 あ、白雪ちゃんは山のなかに置いてきた。ひどいことをするようだが理由があって、その理由を説明するのもめんどくさい。疲れた。


「おうわかったわかったバイバイブレーター」


「ばいばい」


「トノー? ちょっとトノー? なんで俺を部屋から出すんすか? なんでドア閉めちゃうんすか? なんで鍵かけてんすか? トノー? ねえー?」


 あー。マジなんも考えないでぐっすり寝たい。おやすみグンナイ。


「トノー? ずっと留守番してた人に扱いひどすぎないっすかあー? トノー!?」






「…だが」


「う、ううっうう」


「だが、さらに幾年いくとせの先、はるけき明日のここではない遠きどこかで、小さな幸せを得ることは叶おう」


「…! それでも、いい…! そのためならこの身のすべてを代償に捧げても構いません! だから、だから、どうか」


――どうか、あの子になんでもない平穏を。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ