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スーパーニートプラン 〜おとぎ草子血風録〜  作者: 海山馬骨
愛と闘争の日々
7/65

@3の3 『ウラシマちゃんマジックショー』

 数日が過ぎた。


 場所は俺のアパートである。先週はなんだかんだあんまり有意義な休日にならなかったので、今日は部屋でシンタとゲーム三昧である。


「あーほら爆発したー! だーからさっきのターンで港取って羊売るか、カード買っとくほうがいいって言ったんすよー、さすがに13枚は持ちすぎですって!」


「馬鹿野郎、男って生き物はいつでもギャンブルに挑み続けなきゃ器が磨かれねえんだよ」


 …いや、みなまでいう必要はない。


 さすがに、ああまで脅しつけられれば俺としても重い腰を上げるだろうと俺自身思っていたのだ。だが上げなかった。


 だって、そんな、後で困ることになるからいまのうちに頑張りなさい! なんていわれてやらなきゃなって思ってちゃんとやれるような人間だったら、俺は学生時代に勉強してるし、会社だってもうちょい待遇や給料のいいところで働いてると思わないか?


 真実の俺はといえば学校には遊びに行ってたし、会社はとりあえず入れそうなとこ選んで転職五回くらいして弘大に拾ってもらった立場だし、なんの資格も専門知識も持ち合わせないのだ。まして仕事の終業後に、体をいじめてバトルだの修行だのするはずもなかったのだ。


 ピンポーン


「あー誰か来たっすよー」


「誰だよ」


「それを俺に聞かれても…ゲームは俺が進めとくんで行ってくださいよ。ちょうど5出たとこだし」


「カードは買うなよ」


「目指せ騎士王っすね」


「カードは買うなよ」


 念押しして、しぶしぶ玄関に向かう。


 魚眼レンズから外を覗くと、そこには一匹のデコ助が居た。


 俺はそれを見なかったことにして戻りたかったのだが、耳ざとくこっちの足音でも聞きつけていたのか、デコ助が許可もなくドアノブに手をかけやがるので、俺は素早くドアノブを握り締めて固定しなければいけなくなった。


「…このっ、そこに居るんでしょタツオさん!?」


 いません。


「結局昨日もおっといもその前も修行しないで、今日こそ休みだから絶対行くって言ってたじゃん! ここで何してるのさ!? 仕事の責任があるからとかっなんとか言ってっ」


 ひとちがいです。


 修行ってなんですか。その手のスピリチュアルな施設はここじゃなくて弘南に固まってるのでそちらへどうぞ。


 しょせん肉体的にはただの子供であるウラシマ少年の握力では、召喚時に超強化された俺に勝つことはできない。勝敗は決したのだから潔く成仏してもらいたい。え、いや意外と力つえーなこいつ。マジでか。うおおおぉぉぉ!


 なんとか勝った。ドアノブの回る力が緩んだ。


 しかし、やっと諦めてドアノブを離したと思ったら、今度は猛烈な勢いでドアにガンガン蹴りを入れ始めた。おいふざけんなヤの字仕込みかこの野郎。


「出て来いオラッ、居るのはわかってんだぞコラッ! カネ返せオイッ」


 借りてねえ。なにこの子こわい…。


 俺はこの後のご近所付き合いを考えて、仕方なくドアを開けた。



「…え? なんすかこの子?」


「この子はだな」


 …なんだろう…? 親戚の子とかでもないし、俺はこいつと自分の関係をどう解釈して他人に伝えればよいのだろうか。仲間とか友達とかのポジティブな関係でないことだけは確かだが。


「オトギキングダムという異世界から来ました。姫巫女のウラシマっていいます」


 あ、それ言っちゃうんだ。そういえば別に秘密にしてる場面なかったな。


 ぺこなんと頭を下げる少年。


 ところで今日の少年のカッコはジーパンにベージュのちょっと高そうな革ジャンというもので、胸にfly highとなんかかっちょいい筆ペンっぽい字体で大書きされたTシャツという、異世界要素をどこかに置き去りにしてきたものである。


 唯一それっぽい部分があるとすれば、別に染色もしてない頭髪が、素のままの緑髪だということだけだろうか。


 ウラシマ少年の発言を受けて、シンタが俺を振り向いた。俺は肩を竦め、困ったようなジェスチャーを返す。


「…なんなのさその反応! この人はともかく、タツオさんは私がほんとに異世界の人だって知ってるじゃん!」


「いやあ…」


 それを俺が知ってるということと、お前ら異世界と関わりない一般の友人の前でまで、その漫画ちっくな認知を開陳できるか、ということとの間には果てなく高くて分厚い壁がある。


「つまりそういうお年頃なんすね。いやあわかるなあ。俺もこの年くらいのときは前世の運命とか信じてた」


 他人事のように言ってやがるが、シンタはかわいそうなやつなので今でも半分その運命を信じてる。年を取って一般社会に適応し、それを表に出さなくなっただけである。


「嘘じゃないし! あったまきた、どうすれば信じるの!?」


「んんー、月並みっすけどおー。やっぱ異世界云々語るんなら魔法のひとつも見せてもらわないとネー。火炎系とか暗黒系とかぁ」


「火って…そういうのは出せないよ…」


「あれあれえ? 勢いが急にしぼんできちゃったすねぇ。んふふふふふ。じゃあねえじゃあねえ」


 自分の通った道を後から歩く後輩をいじるつもりか非常に楽しそうだが、いい年こいた大人の態度として浅ましすぎて、ウラシマ少年の先輩どころか人間として同じステージに立ててないことにこいつは気づいているだろうか。


「やっぱ異世界つったら召喚術! これでっしょー!」


「なんか呼べばいいの? はい」


 ドン


 ウラシマ少年と俺たちの間のテーブル上にケツをめり込ませ、白黒の巨体が突然出現した。


 どう見てもパンダなんですけど…。


 きょとんとしたパンダさんと目があった。


「なんてもん呼んでんだ!? 今すぐ戻せやボゲ!」


「え、う、うん」


 思わず口汚く叫んでしまった。少年がうなずくと、シュン、とたちどころにパンダの姿が掻き消える。


 呼んだ元の場所が国内だろうと国外だろうと絶対に大騒動になること確定の生き物呼び出しやがって何考えてんだ。犬猫くらいにしとけよ。


「…うん。うん。え?」


 目をしぱしぱと瞬き、ごしごしとこすり、頭を振って、また目をぱちくりとして、シンタが今しがたまでパンダの存在したテーブル上を凝視する。


「…つかれ、疲れたかな?」


「まだ信じてないの?」


「おい、今度はもっとありふれてる生き物呼べよ。希少価値とかないようなの」


「え? えー、じゃああれかなあ…えい」


 気の抜けたウラシマ少年の掛け声とともに、ポンッとピンク色の煙が生まれて、細長い体躯と厳しい顔つきを持つ、全長40センチくらいの生き物が現れた。ものすごいノスタルジーを感じる出現方法である。


「おい、なにそのピンク色の煙。さっきそんなん出たか?」


「え? ああ、これは次元を隔てる壁を越えるとき、跳躍者にまとわりつく膜みたいなものだよ」


 つまり俺もあっちとこっち行き来するとき、ポンッとピンクの煙で登場してたわけか。ちょっと恥ずかしい。


 で、その呼び出された異界の生き物は、ピギューと甲高く鳴く声とともにライターみたいな炎をちろちろ吐き出し、背中には体格のわりに小さめの翼を3対揃えるという、どっからどう見ても完璧なる異世界仕様なのであったが。


「愛玩龍のヘロンくんです。ふふん、今度こそ私が本物の姫巫女だってわかったはずだよ!」


「で、どうよシンタ? 今度こそ信じたか? …シンタ?」


 なんでそこまでして信じさせたいんだ、と思いつつ、シンタに呼びかけると、なぜかついさっきまでそこに居たシンタの姿がなかった。


「…あれ? お前、シンタまで消したの?」


「してないよそんなの! それより、今日こそ修行してもらうからね! タツオさんが超魔に負けたらオトギキングダムは大変なことになるってわかってるでしょ!?」


「えー…ところでなんか飲む? コーヒー? 紅茶?」


「ジュース」


「それはちょっと置いてねえなあ…牛乳と砂糖ざくざく入れてコーヒー牛乳にしてくれ」


 さて、現在時刻は三時すぎだからもうちょっと粘れば日没であり、「今日は暗くなりすぎたからまた今度」戦法が使えるんだが、なんかこの小僧を黙らせるいい映画とかあったかな。


 ウラシマ少年がコーヒーカップにドバドバ牛乳投入してるのを横目に、リモコンを操って有料動画サイトの定額見放題枠で、なんかいいアニメかアクション映画ないかなとか調べていると、玄関がバーンと開いた。

 

「待たせだぶふっげへっげへっふぐうっ」


 俺んちの玄関先に黒ずくめ全身スーツのスーパーヒーローが居た。なぜスーパーヒーローかわかるかというとツノがついた仮面をつけてるからである。仮面にツノをつけるのはヒーローしかない。わかるだろう。わかるはずだ。


 スーパーヒーローはこっちがちょっと心配になるほど咳き込んだかと思うと、ドアに両手をついて俯いたままぜえぜえと肩で息を整えだした。


 体育の体力測定で全力ダッシュを強いられた直後の中学生のようで、すごいダサい。そのダサさを自分でも察しているのか、スーパーヒーローが片手を俺たちに向け突き出す。


 無言で。


 無言のまま突き出されたその片手が何を意味するのか俺たちには察することができない。まさか「ちょっとタンマ」などという意味ではないと思うのだ、だってスーパーヒーローなんだから。


 そのまま、数分間を費やして仕切り直しをしようとするスーパーヒーローを見つめたまま、ウラシマ少年がもはやコーヒーではなくコーヒー風味の牛乳@角砂糖7個入りを、両手でマグカップを持ってちびっと飲んだ。どうすればいいのかわからない、何が起こっているのかわからないという顔だ。残念ながら、俺はそれを説明してやることができない。それはとても残酷なことだからだ。


「ふうー。…ふふふ。ふははははははっ! 待たせたな姫巫女よ! 2000年、ナザレのイエスが生まれるその以前から、我々に継承されてきた真祖の力と、闇の秘術、そして破邪の秘蹟! それを組み合わせ、この現代に復活させるべきときがようやく来たのだ!」


「絶好調だな…」


 めっちゃくっちゃいい声の名調子ではあった。こんなのでもいちおう元プロの端くれだからな。ただし、こういうかっこいいヒーロー声かやれやれ系主人公の疲れたアピールっぽい演技の二つしか出来ないが。


 十年以上前に養成所に受かり、無事卒業し、事務所預かりの立場になって、それが一年きりで終わって、他のどこの事務所も引き取ってくれず、弘前に帰ってきたという過去を持つ男、今慎太郎。元声優の卵だ。元声優ではなく、声優の卵として「元」である事実が大事だ。


 俺んちから結構離れてる自分ちまでダッシュで戻り、このスーパーヒーローの格好で白昼の往来を駆け戻り、そしていま玄関先でこんなことをいい声で叫んでる男の年が30を越えてる事実を思うと、俺は辛すぎて胸が張り裂けそうだ。


 あ、違う、この男はシンタではなくてスーパーヒーローだった。


「さあ、私を導いてくれ姫巫女よ! 秘匿された古代の神秘、奇跡をわが身に!」


 しかもたった一言の間に話がまったく変わっていた。シンタがご先祖から継承してきた真祖の力と闇の秘術と破邪の秘蹟はどこへ行ったのか。なんかウラシマ少年に100%頼ってなんとかしてもらうみたいな完全なる他力本願に内容が摩り替わってる。それでいいのかスーパーヒーロー。30過ぎた男がスーパーヒーローなだけで人として終わってるくらいに恥ずかしいのに、そこに別ベクトルで同クラスの恥ずかしさを上乗せするとは、駄目人間のダブル役満でも目指してるのか。


 シンタに詰め寄られ、両腕をぎゅっと握りこまれ、ウラシマ少年が恐怖と困惑のあまり、半べそになりながら俺に助けを求めるアイジェスチャーを寄越したが、俺にはどうしてやることもできない。どうしたらいい?


 やめろよシンタ子供相手に、困ってんだろ。


 そういって引き剥がすことは簡単だが、それはシンタに向かっていい年こいて何考えてんだお前、馬鹿なんじゃねえか、と直言するに等しい行為である。俺にはそんなこと、絶対できない。できるはずがない。


 そのときである。


「…うふふふふう。こんなに明るい時間から茶番だなんて、楽しい人たちですねぇ…。でも、その楽しさも今日限りですよぉ…」


「何やつ!?」


 開きっぱなしの玄関から勝手に入ってきた、謎の人物! この騒ぎは何事かと玄関から覗き込む近所の人たち! 破られた俺の平穏な日々! いったいどうなってしまうのか! ちなみに何やつ!? とか反応したのは言うまでもないが俺ではなくシンタくんだ。もうこのまま面倒ごとの類はすべて引き受けてくれはしないだろうか。

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