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スーパーニートプラン 〜おとぎ草子血風録〜  作者: 海山馬骨
最終決戦・弘前城炎上
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@21の1 『日本一の桃太郎(1)』

 彼の身になにが起きたのか。


 匍匐全身のような地に這い蹲った姿勢で、腕も体も擦り傷や切り傷がない部分が見あたらないほど。


 さらに全身泥を被ったように汚泥まみれで、当然、無数の裂傷にもその泥が付着している。


 桃色の長髪も煤けてくすんだ色合いで、よく見ると髪の間に小石や土くれが挟み込まれていた。


 なにが起きたのか。簡単だ。


 オトヒメさんに敗北した弘前公園から、軽く3キロほど距離があるここまで、這ってきたのだ。


「情けなや。身動きならんように腰から下を砕かれた程度のことでこうもままならんようになるとは」


 砕かれた、と桃様本人が称する下半身に目をやれば、腰の部分に一目でわかるほど巨大な陥没があって、足はそれぞれ3つ4つに折れ曲がってあらぬ方を向いていた。


 どう見ても病院で今すぐ手術を受けるべき容態だった。


 こんな状態で数キロも這って歩けば、どんな激痛に見舞われたことか。


 命こそ奪ってなくても、こうまでするかと戦慄が俺に走る。


「龍王よ。そう泣きそうな顔をするでない。人というのはなかなか、己がこうあらねばと思う自分にはなれんものだ」


 だというのに、そんな有様だというのに、この人は五体満足で立っている俺を気遣うというのか。


「悔いはな。消せるぞ、龍王。消し方は俺が知っておる。俺の足となれ」


「…はい!」


 初めて、俺はこの人の舎弟になってよかったと思った。


「…タツオさん、お姉ちゃんをよろしく。ちゃんと話し合わないとダメだと思うから」


「おう。待ってろ」



 桃果会の連中を見舞いたい、という桃様を背中にかついで、避難所のようになっている駐車場に案内した。


 もちろんこんな状況だから土地の持ち主の許可などないが、緊急避難として許されたい。


 それぞれ致命傷ではないとはいえ、真新しい銃創を負ったやつが居る。


 トランポリンで運悪く同僚に押しつぶされ、打撲や骨折したやつも。


 せいぜい10人以下しか受け止められないトランポリンで200人をいっぺんに受け止めたのだから、クッションが人間になったやつや、自分自身がクッションにされたやつも出てしまったのは仕方ないことだ。


 人が死んでないことだけが本当に救いだった。


 白雪ちゃんが疲労で青い顔をしながらかけずりまわっている。


 桃様はそんな折り重なるように密集して痛みに苦悶する部下たち一人一人の肩を撫で、ときに俺の背中の上から身を乗り出して、抱きしめてやったりした。


「すまぬ。俺の不甲斐なさじゃ。ゆるせ」


「兄貴ぃ。行っちゃダメだ…ありゃバケモンだよ…」


 心配するやつがいる。


「そんな体で、無理だ…! もういいじゃねえか、兄貴もともとこの街の人じゃねえんだ。逃げてくれ」


 泣いて頼むやつがいる。


「俺らなんかが止めたって止まる人じゃねえのは俺が一番知ってる。せめて生きて帰ってください。俺たちみんなあんたが大好きなんだ」


 何かを託すやつがいる。


 それらすべてに丁寧に声をかけ労って、避難所を後にした。


 そして俺の背中の桃様が一言だけ漏らした。


「仇は、雪がねばならん」


 重い一言だった。



 俺たちを城内…いや、体内といったほうがいいか。


 体内から放り出した天守閣ロボは、そのまま歩みを南へ向けていた。


 これまでとは違いわき目も振らないというほど迷いない速度だ。


 桃様をかついで追走するが、歩幅が違いすぎるせいで正直きつい。


 なんせあっちの一歩はこっちの20倍近い距離だ。


「山に入るか」


「みたいっすね。どこに行こうとしてんのか知らないけど」


「首都であろうな」


「…なんで?」


「敵を征するにもっとも容易い手段てだんは大将首を獲ることじゃからな」


 賢きところに史上最大の命の危機が迫ってる!?


「させはせん。龍王、跳べい」


「はい。はい? え、あんなもん相手にするのに策もなんもなしっすか!?」


「策なぞ立てても致し方あるまい。うぬがどう考えておるか知らぬが俺は正々堂々の勝負で負けたのじゃ。あの女は強いぞ。それがあのような物語の如き大甲冑を手に入れおったのだ。もはや小細工でどうかなる段など遙かに過ぎておるわ」


 じゃあ戦ってもしょうがないってことじゃないすか!?


 という苦言を飲み込みながらとりあえず、飛ぶ。


 両足をバネとして、追いついた天守閣ロボの背中めがけ飛びかかる。


「つか、じゃあどうするんすか!」


「俺を前に突き出せい」


「はい?」


「はよういたせ。攻撃が来るぞ」


 そういう桃様の言葉どおり。


 俺たちが飛びかかるのをずっと以前に察知でもしていたのか、天守閣ロボが振り返って…というか顔すらないのでどっちが前面かもよくわからんが、とにかく反転して、手をこっちに突きだしてきた。


 そしてその手がまたガシャコンガシャコンと変形して、機械的ライフル状に変わっていく。


 …え?


 俺らみたいなちっちゃい的を潰すのに、それを使うんですか?


「はようせい!」


「は、はいいい!」


 言われるがまま、背中に背負った桃様をぐっと天守閣ロボの方向へ差し出した俺を叱らないでください。


 人間として最低だとは思うが、あの完全な破壊を見せつけられたら、それを我が身に向けられたというとき正気の判断とか人間としての矜持など

維持できるわけがない。


 こちらへ向けられた銃身が特徴的な機械音を発する。


 都市ですら殺せるほどの超破壊力だ。


 それが人間に向けられたら、葬式もあげられないほど完璧に蒸発するしかなさそうだ。


 くそっ、マジか。


 同胞市民の仇も討てずウラシマに姉を引き合わせることもできず、こんな簡単に死ぬのか!?


 また、あの光が弾けた。


 どんっ


 と大型トラックどころか飛行機にでも追突されたような、意味がわからないほどの衝撃で吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられる。


 桃様を前面に抱き変えていたのは、桃様を潰さずに済んでよかったのか?


 しかしおかげで直接激突した腰や足がめちゃくちゃ痛い。


「いっっっ…でえええぇぇぇ!」


「…騒ぐな。備えよ。もう一撃くるぞ」


 桃様の声が静かに響く。


 その落ち着きが俺にも平静を取り戻させてくれる。


 とにかく桃様にはダメージがないようでよかった、と思って桃様を見ようとしたら、鼻につくほどの焦げ臭さが漂ってきた。


「なんだこの臭い…」


 言い切る前に絶句した。


 桃様の右腕が焼け焦げて消し炭のようになりかかっていた。


「も、桃様、それ」


「光や熱はどうにもならぬがモノを刹那に投射しておるだけなら防げるかと思うてな。弾けたは弾けたが…思うたより難儀であったわ」


 苦笑し。


 桃様が今度は左腕を構えて、次弾に備える。


 それに応じてか、またも天守閣ロボの構えた銃身が耳障りな機械音を発する。


 いかん。今度こそ逃げなくては桃様も俺も死ぬ。


 だというのに、俺が『逃げ足』を発揮するより早く桃様が俺に釘を刺す。


「タツオ。避けるなよ。我らの背後には弘前20万の民がおるぞ」


「…なこと言ったってあんた!」


「いうておる時がない。両足に心血を注げい」


「…もおおおぉぉぉ!」


 世界が白濁した。



 ゴブッブゴッ


 何かがあふれるような水音。


 鼻の奥まで染み着くような鉄臭さと焦げ臭さ。


 肉の焼ける嫌な音。


 内蔵までダメージを受けたため、そして気道が血で塞がれたのだろう、ままならない呼吸音がコヒューコヒューと細く繰り返される。


 俺は桃様の背中にしがみついて懇願する。


「桃様…頼みますから、もう逃げましょう…お願いっすから」


「ふう…ふうぐ…次がくるぞ…こらえい龍王」


 レールガンに打ち出される亜光速の粒子を、桃様はすべてその身で受け止め続けている。


 手で弾くようなことができていたのは最初の五発までで、そのあとの2発は胴に浴びて。


 もう一発なんて受けたらいくら桃様でも生きていられるはずがない。


「俺は…のう…うぬらの世界に…迷惑をかけすぎた…」


「だからって死んだほうがいいなんて誰も思ってねえんだよ!」


「死ぬる気で…何かを擲たねば…成し得ぬことは成らぬものだ…」


「…」


 もういい。


 この人の自殺を見届けるわけにはいかない。



 桃果会はもちろん、この人の生還を願ってる奴はいっぱい居る。


 桃様の足を買って出たそのときから、俺はこの人を生かして返す責任があるんだ。


 だから、それまでレールガンの直撃の衝撃を受け止めるために込めていたすべての力を、ここから逃げるために回そうとした。


 できなかった。


 黒こげで異常な曲がり方をして、もう筋力が残るどころか感覚すら通ってなさそうな桃様の手足が俺に絡みついてきたからだ。


「もう…一撃じゃ…うぬに痛みは与えぬゆえ…付き合って呉れぬか」


「…大バカ野郎おおおぉぉぉ!」


 きゅいいいぃぃぃ


 神様仏様。信心の足りない俺だが、これから一生懸命拝むから、あの銃撃を止めてくれ…!


 願い虚しく、とどめの一撃が放たれる。


 ドン!


 もうしょうがない。何度も繰り返した、インパクトの瞬間の踏ん張りをまた行う。


 しかし、今度は今までのものが遊びだったような破壊的衝撃が一気に俺をぶっ飛ばした。


 もちろん、俺と手足を絡めたままの桃様も一緒にだ。


 台風に飛ばされる空き缶のように、無様に俺たちは転がった。


「ぐあっ」


 そして樹木の根本にぶち当たって止まる。


 痛え。


 でも、とにかくまだ生きてる。


 そう思って桃様の安否を確認しようとしたら、俺は自分の手が、いや、桃様と接している部分すべてに濡れた感触があることに気が付いた。


「…なんだ、なんだよこれ」


「ごびゅっ、ごぼっ、ビュー…ビュー」


「なんだよこれえ!」


 俺の腕のなかの桃様のどてっ腹に大穴が空いている。


 人の頭くらいありそうな、でかい、でかい穴。


 そこから止めどなく血が溢れ続け、血の川のようになって俺にまで滴っていた。


「たつ…お」


「しゃべんな! ふざけんな! もういい、無理だ! 逃げるぞ!」


「つ…お。たまが…きれ、たぞ…」


「はあ!?」


 まだ戦うつもりだってのか。狂ってる。


 こんな体でこれ以上なにをどうしようというのか。


 もう本当に付き合いきれない。


 そう思ったのに、もうどこにも動く力のないはずの体を捻って、首だけ俺に向けた桃様の目が。


 口の端から泡立つように血を垂らし続ける桃様のその目が。


 あまりに、悲しくて、懸命だったから。


「くそっ、くそっ!」


『…まさか生身の人間にこうまで粘られるとは思いませんでした。さすがは大豪桃太郎といったところですか。しかし、抵抗もこれで本当に終わりですよ。もうろくに身動きできないあなたたちなど踏みつぶせば終わりです』


「…みひ」


 オトヒメさんのくだらない殺害宣言を聞き流し、桃様が指示を出す。


 その桃様を背中に背負いなおして、俺は本当に最後のダッシュを始めた。


 もう、どうなってもいい。


 死に水をとることになったって。


 でも桃様のこの意志を、なにがなんでも絶対かなえる。


 それだけを願って、俺は全力で駆けだした。

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