@20の2 『弘前城以外も全部炎上』
「ど、どーやってここに?」
きれいなおみ足が伸びて、この天守閣の入り口は地上5メートルはくだらん高さになってるはずだが。
しかも天守閣は何が嬉しいんだか自分で好き放題ポージングタイム中だったのだが。
「私がどうやってここに来たかなんてことは、どうでもいいんですよ」
まあ現実に乗り込まれてしまってる以上は確かに方法はどうでもいい。
「この戦いが終わったあとは弘前市街地を強制接収して米軍統治下に置くはずだったのに。統治どころか戦力として壊滅状態です。マクダウェルさんはじめ指揮官のみなさんも、作戦が成功していればともかく、もう権力の座からの追放は免れないでしょう。すべてご破算じゃありませんか。同じだけの人脈を作るのに今度はいったい何年かかるか。ふ、ふふふ。ああ、おかしい」
何がおかしいのか、腹をくの字に曲げてめっちゃウケてるオトヒメさんだ。
このままほがらかムードになって話が終わってはくれまいか…。
「中途半端でした。ああ、中途半端でした。私としたことが、あんなに大勢の有象無象に頼ろうだなんて。隙を突かれて失敗するのも仕方ありませんね。いつのまにか船越さんの姿も見えないじゃありませんか。あははははは。最初から最後まで、すべてをこの手でやっていればよかった…本当に反省します」
「お、お姉ちゃん」
「反省の手始めにあなたたちを一人も逃さず殺し尽くします。それでこの無様な失敗をなかったことにしましょう。今度はもっとうまくやります。誓います。それじゃあさようなら」
「お姉ちゃん!」
疾。
影を置き去りにするかの如き一瞬の足裁きでオトヒメさんの姿がかき消えたかと見えた、その次の一秒には鬼の貫き手がつららのように突き刺さった。
議長を庇って立つ、ウラシマの腕へと。
「…ウラシマ?」
オトヒメさんが尖らせた素手の剣が、ウラシマの腕の肉にえぐり込む。
それを見て、初めてウラシマを認識したというように、オトヒメさんは呆然とした顔をする。
「っっっいっっっ…たあああぁぁぁ」
「だ、大丈夫かウラシマ!?」
「へ、平気! タツオさん、みんな連れて下へ逃げて…」
「…逃がさないといったでしょう?」
ウラシマや俺どころか、それ以外の誰一人、一歩も踏み出せないうちに2階との階段に回り込まれた。
ただ立っているだけだというのに、今し方見せられた圧倒的な暴力のために誰も行動を起こせなくなる。
「さすがオトヒメさんですぅ! 白雪信じてましたよぉ! さあこの白雪一流の毒ガスでこの建物のなかの連中皆殺しですぅ!」
「いりません」
「…無理しないで! 一人は寂しいですよぉ!」
「話を聞いていなかったんですか? 一人も生かしておかないと言ったでしょう? もちろんあなたもですよ、白雪姫」
「…」
「たったのいま寝返った奴が救い求めるような顔してこっちを見るんじゃねえ」
より正確には寝返りたかったが寝返りを拒否された奴だが。
しかし正直気持ちはよくわかる。俺もできれば寝返りたい。
俺はたぶんこの天守閣内に居る人間のなかでコロスソートが1位なので無理だが。
馬鹿話に呆れる暇も共感する暇もない。
どうせ殺すと決した俺たちの相手をまともにする気はないらしい。
オトヒメさんの姿がまたブレたと思ったその瞬間、俺はしゃがむでもなく身を捻るでもなく、体ごと2メートルばかり跳ねた。
ドン
すぐさま俺の居た場所に大穴が空く。
それを為したのはオトヒメさんの細腕である。
ざまあねえなヤマトの100倍の装甲! 使えねー!
ドン、ガン、バン
オトヒメさんが拳を振るい、俺がそれを避けるたび、天守閣3階はやたらに風通しが良好になっていく。
ぐるぐる回る。モノリス・コンソールを中心とした追いかけっこ。
驚異的なのはオトヒメさんが狙ってるのは俺だけではないということだ。
同じくらいの割合で白雪ちゃんに蹴りを放ったり、一般人の脳天を叩き割ろうとしてウラシマに阻止されたりしてる。
ときにはモノリスごしにパンチや蹴りが飛んでくる。
もちろんそれでモノリスにまったく触れないということはなく、大勢の人間がべったべったと、時にはガツンガツンと接触しまくるたび、モノリスは不穏な輝きで赤や青や緑に光ってるのだが。
「ね、ねえタツオさん。お姉ちゃんも白雪も」
「なんっ、だよっ」
いま話してる余裕はまったくない。
こう、なんつーの? 失敗すると死ぬし止まっても死ぬダンスダンスレボリューシ○ンやってる感じ?
白雪ちゃんもそれは同様で、オトヒメさんはもうウラシマと口を利く気がないようだが。
「戦ってる場合じゃないよ! ホログラム見て、ホログラム!」
見ろといわれても、見る余裕もない。
いまさらウラシマの制止ひとつでオトヒメさんが攻撃を止めてくれるわけもなく。
「このお城、公園から出ちゃってるよぉ!」
「え?」
「へ?」
「は?」
止まった。
※
それは深酒してぶっ倒れた夜に見る夢のような光景だった。
見慣れた弘前の街並みを闊歩する、城。
中学校が、弘銀の本店が、土手街の商店街が、教会が。
天守閣が好き勝手歩き回るたび、なぎ倒され、踏みつぶされ、火の手があがる。
あまつさえその城には生身の手足が生えていて、それでもってスキップさえかましている。
うきうきるんるん殺戮びよりなんな。
「…悪夢か」
「自分のほっぺ捻ってる場合じゃないよタツオさん!? 現実だから! これ現実だから! お姉ちゃんも電卓取り出して何してんの!?」
「あの建物が評価額1200万であの店には2000万の資産があって…」
「それ全部べつにお姉ちゃんのもんじゃないでしょ!」
「何を言ってるのウラシマ…この弘前のすべてのものはアルミの硬貨1枚に至るまで将来的に私のものなのよ…」
言ってることがいつぞやの貴くんそっくりになってきたぞこの女。
「そんなのよりもっと切実な問題があるでしょ! このままじゃこのお城、鍛冶町に行くよ!? お姉ちゃんのおうちもお店も壊されちゃうよ!」
あまりの事態に我を失っていたオトヒメさんが、ウラシマの発言を受けてにわかに理性の光をその目に宿した。
「…させるもんですか。誰の力も借りないで私が築いた、私の城なのよ」
オトヒメさんがコンソールに取り付き、あれこれと操作し始めた。
しかし当然ながらオトヒメさんにもこの弘前城ロボの操作知識などない。
ロボはその足が止まるどころか、フィギュアスケートよろしく空中三回転半ひねりを決めたりする有様だ。
「止まりなさい。止まるのよ。どうして言うことを聞けないの。たかが機械の分際で。粉々にされたいの? 早く止まりなさいよ」
発火点の低いオトヒメさんがガンガンとコンソールをぶっ叩きはじめた。
「ちょ、お姉ちゃんそれはさすがにまずいって!」
「おいこの天守閣、格ゲーのしゃがみ強キックみたいな下段回転蹴りやりはじめたぞ!」
今まではせいぜい踏みつぶす点の攻撃か、あるいはサッカーボールキック式の線の攻撃程度だったのに、街並みがマップ兵器を食らったように半円に吹っ飛んだ。
弘前市民にとって第二のランドマークともいえる○三デパート屋上の逆円錐が地上に落下する。
世紀末じみた光景が展開されながらも逃げまどう人や車の姿がないのは、避難誘導がしっかりしていたからだろうが。
まあ公園内であんだけ火薬ぶち込んでお祭り騒ぎやってたらそりゃ外では警戒するわな。
いまはロボに追随する形で警視庁って横書きのある白黒ツートンカラーのヘリが見える程度だ。
ひとつの歴史ある街が灰燼に帰ろうとしている。
これを作ったのが弘前人自身である以上は自業自得としか言いようはないが、それはそうとこれだけの事態なのだからまもなく自衛隊が来るだろう。
しかし自衛隊が来たところでこんなもん止めようあるのか。
ちなみにヤマトより旧式の超弩級戦艦であった長門は、戦後の実験で核の直撃に2発まで耐えたという。艦これ知識。
つーことはこれ、核落としても止まらないんだろうか。
核が落ちてもアウト。このロボを止めれなくてもアウト。
どっちにしろもう東北が焦土になるのも不可避の運命か…。
「ああ、そう。わかったわ。どうしても言うことを聞けないというのね、ガラクタの分際で。くくくくくく、ふふふふふふ、ほほほ」
結局どうやっても止まらんどころか暴走の度を深めるだけの弘前城ロボにオトヒメさんがキレた。
そしてコンソールに頭突きをかました。
ゴッ
と、100キロ超の重金属同士を打ち合わせたような音が部屋中に響いた。
オトヒメさんの額が割れて、血が吹き出す。
「おね、おねえちゃん!? なにしてんの!?」
後ろからしがみついて姉を止めようとするウラシマをふりほどき、オトヒメさんの頭突きは回数を増すごとに、その速度と重みも増していく。
家財を失う恐怖に、とうとう発狂したか…。
「たかが。機械が。人に。逆らって。財産を。奪おう。なんて。ふざけるんじゃ。ないわよ」
なんだろう。オトヒメさんの怒りが、コンソールの表面をぶち抜きはじめたかに見えるが、気のせいだろうか。
気のせいじゃなかった。
ヒビ割れが広がっていく。
黒曜石のような漆黒の筐体に新しく生まれたひび割れの隙間から、痛みを訴えるように赤や紫の激しい光彩がめまぐるしく明滅する。
「逃がすか」
オトヒメさんがコンソールの下部を掴む。
それは、ちょうど相撲取りが下手回しを取る絵に似ている。
見れば、コンソールが少しずつその筐体を地面に沈み込ませようとしていたところだった。
オトヒメさんはそれを許さず、限界まで背をのけぞらせたかと思うと、渾身の大金槌と化した頭蓋を叩きつけた。
パーン!
思いのほか軽薄で甲高い音が炸裂し、コンソールの真ん中に、ちょうど頭部大の穴が空く。
オトヒメさんはそこに迷わず頭を突っ込んだ。
「…」
「…」
数秒、その場の全員が沈黙する。
あまりに凄まじい憤激と狂行を見せつけられて、金縛りにあったようになんの判断も行動もできない有様だ。
しかし俺たちは次の瞬間もっと怖気を振るうものを見せられる。
穴から顔を出したオトヒメさんが、牙を剥き出して何か線のようなものを噛みしめていた。
その口には無数の線が乱雑に挟まっているのだが、そこからなにやら赤黒い液体が漏れ出ているのは、機械油かあるいは赤い血か。
まるで生き物の血管と神経を食い破る肉食獣のような様相に、俺の股間がちょっとぬるくなった。
ホラーじゃねえか! ホラーじゃねえか!
『ビイイイイイイイイイイイイイイイイイイ』
突如、部屋中を震わすような大音量で、耳障りな機械音が鳴り響く。
それはあたかもある種の動物の断末魔を思わせた。
映像に目を転じれば、弘前城ロボが膝をついて、屋根に手を当てている。
人に換算してみれば偏頭痛をこらえる人間のような姿だが、じゃあこの屋根がロボにとっては頭に当たるのだろうか…。
まあそんなことはどうでもいい。
いきなりだ。
なんの予兆もなく、コンソールの穴から、数千数万本のコードが放水のようにわき出した。
コンソールの前に居た、どころかコードを食んでいたオトヒメさんには無論回避の術もなく、コードの津波に飲み込まれた。
「お姉ちゃん!?」
「待て、待て待て!」
コンマの空白のあと、すぐさま姉に駆け寄ろうとするウラシマを俺は羽交い締めで止める。
なんつーか説明はできんのだが、あれは本当に本気でやばい感じがする。
「止めないでよ! お姉ちゃん、お姉ちゃんが!」
姉の心配のために本気で暴れるウラシマの力はものすごく、俺一人ではとてもじゃないが止められない。
「白雪ちゃん! 手ぇ貸してくれ!」
「は、はいですぅ!」
そんな俺たちのくんずほぐれつを前にして、事態はさらなる急転直下を始めていた。
「ガアアアァァァ! ガアアアアアアァァァァァァ!」
コードが、オトヒメさんの額に、突き刺さっていた。
あきらかに致命の傷のはずだ。
しかしオトヒメさんは生きて、なにかと戦うような形相で目を血走らせて叫んでいた。
獣のよう、どころか獣そのものの叫喚だ。
「うおっ」
「きゃぁ」
そちらに注意を取られ、思わず拘束の手がゆるんだらしい。
ウラシマが俺たちを撥ねのけて駆けだした。
飛翔のような勢いでまっしぐらに姉に駆け寄ろうとするのを、コードの束が阻害する。
それはまるでロープのようにお互い絡み合ったコード群は、とてもじゃないが素手でどうにかできる範疇のものじゃない。
「なんだよ…なんだよこの! どけ、邪魔だったら! お姉ちゃん! お姉ちゃあああぁぁぁん!」
争っていたとはいえ姉の身命の危機に、そばに行くこともできず、ウラシマが鼻声で怒鳴りちらす。
「うるさいわね」
そんな声が聞こえて、ウラシマが泣きやんだ。
その悲嘆に水を差したその声は、誰あろう心配されたオトヒメさんのもので。
「…ああ。なるほど。はじめからこうしてればよかったのね。なにもかもがよく見える」
この場全員の注視を浴びながら、歌うようにそう語ったその人は、前髪のように額から無数のコードをぶら下げて、超然たる笑みを浮かべたのであった。