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スーパーニートプラン 〜おとぎ草子血風録〜  作者: 海山馬骨
イントロダクション
5/65

@3の1 『労働とは現代人を奴隷化する苦役である』

 弘前の街に初雪が降った。


 例年よりだいぶ早く、11月初頭のことである。


 働くということ自体嫌いだが、とりわけ通勤時間というものを憎んでやまない俺こと外崎龍王さんは勤務する店から徒歩3分の場所にアパートを借りているので、なんとなく寝不足だなって日にちょっとくらい寝過ごしたって、朝起きて歯磨きして顔だけ洗ってクソ垂れてアパートから出れば起床20分で働くマンになれるのだが。


 この街は雪が降る時期になると、気温が急速に人体に優しくない水準に突入しはじめ、もはや仕事だろうがなんだろうが布団から出る気力が根こそぎ消滅してしまう。


 若いころから冬が来るたび思ったことだが、こんなクソ寒い上に雪深い土地に好んで住んでるやつらは何を考えてるのだろうか。なお、春が来るたびに雪解けの春こそ本物の春であり、この喜びを本当に知らん南のやつらは哀れだなと思うのだが。


 だいたい、なんで俺は働くのだろうか?


 いつぞやオトヒメさんにこの世界がいかに素晴らしいか、ということを言葉を尽くし手を尽くしてさんざんっぱら自慢したわけだが、しかしオトギキングダムがこの地球世界に完勝している部分がたった一つだけあって、それは何かというと労働時間である。


 中世レベルのちょんまげ古代人国家だけあり、やつらの世界にはなにもない。だが現代の我々が願ってやまない宝物がひとつだけあり、それは暇である。やつらには暇がある。


 ウラシマ少年と何回か話したところによると、あっちの世界の農家は日の出からかなり経つまで仕事せんという。そして日没よりかなり早く仕事をやめるという。こっちの時間に換算すると、それは何時間ほどかと聞くと、一日五時間かそこらだという。


 そして、一日せいぜいそんだけしか働かないくせに、雨や雪が降れば完全休業なのだ。


 オトギキングダムにも梅雨がある。梅雨時の農家は、毎日ただ家でごろごろしてるだけだという。


 暇なのは農家ばかりではない。商人も、よっぽどやる気のある一部以外は朝遅くから夕方早くの昼前後数時間しか働かない。しかも、昼休みを二時間は取る。


 なぜか。客が来ないからだ。来ない客を待って馬鹿面さげて店の奥に陣取ってるような真似をやつらはしないのだ。


 さらに、雨ではさすがに休まないが、代わりに祝日と年末年始、お祭り期間は全部休む。むしろ人より余分に休む。総合すれば梅雨時寝てる農家とタメを張るほどに休む。


 クソが。と思った。


 だがすぐに思い直した。


 俺たちの世界だって歴史を振り返ればかつてはそうだったのだ。


 農家は日中の数時間しか働かないし、商家は休みは全部休んだのだ。


 それがどうしてこうなってしまったのか。現在の俺たちは、というか俺は、そろそろ一ヶ月先に迫った年末大晦日商戦となれば、店への泊り込みを強要される。それも、必ず、毎年のことだ。


 年末だけではない。盆休みもそうだ。世間のやつらはのうのうと休んでいるのに、俺たちサービス業は泊り込みでほぼ徹夜仕事なのだ。毎年二回。


 毎年それをするたび、こんなくだらない仕事はさっさとやめようと思うのだが、思いつつ年をとるうち、転職の難しい年齢になってきた。これから先ますますそれが難しくなり、呪詛の仕方だけが上達していくのだろうか。いくのだろう。


 おかしな話である。いったいどこの馬鹿が、休みの日に買い物しようなどと思ったのだろうか。買いだめしておこうと思わないのだろうか。


 そんなに毎日新鮮なものを食わないと気がすまないのか。


 そんなに欲しいと思ったときなんでも即手に入らないと許せないのか。


 狂ってる。


 俺たちは進歩と引き換えに本当に大切なものを手放してしまったのかもしれない。


「そう思わないかシンタ」


 隣を歩くシンタに同調を求めた。


「思いますね。どうして世の中に仕事なんかあるんだろう。みんな働きすぎなんですよ。神様はアダムをニートにするつもりだったのに」


「そうだよな。なあ、そう思うよな主任」


「店の外で主任って呼ぶんじゃねーよ」


 逆隣からつれない返事をしたのはその名を対馬弘大。俺の上司にして友人である。大なる弘前とか田舎者根性を隠しもしない名前は、俺なら自殺してる恥ずかしさだとひそかに感じている次第だが、それをあえて口にしない優しさが俺にもある。


 一応の礼儀として話を振ったが、この男は働くことが大好きすぎて別に休憩時間もいらないし、下手すりゃ休日もなくてもいいとかいう重篤の精神疾患を抱えているので、俺たち真人間の思考に同意できるわけがない。悲しいことだが見えてる世界が違うのだと思う。屍にビトがつくアレの可能性が大きい。


「そういやトノ」


「あー?」


「こないだちらっと在庫調べたら、ジュース一箱分の謎の発注があって、しかもそのジュース自体は影も形もなくなってんだけどお前なんか知らない?」


「休みの日にまで仕事の話はじめるとかお前たった今過労で死んだほうがいいんじゃねえの?」


「言いすぎだろ」


 もしくは異世界に置き去りにされたダンボールのことなど忘れてしまうべきだ。


「わっかんねー。それいつの話? 俺最近あんま発注のほうやってねーし、店長じゃないの?」


 未来ある青少年のために重大な人生訓を示しておこうと思う。


 大人という生き物は真顔で嘘を並べることができるのだ。


「えー、そうかあ? いくらなんでも箱単位で発注間違えなくね?」


「知らねー。疲れてたんじゃないの?」


 なお、そのような嘘は弘大にはなかば見抜かれているだろう。付き合いも長い。


 バレてるのがわかってて嘘を突き通してる俺と、嘘だとわかっててあえてそれを暴かない弘大。波風立てないで問題を処理する処世術というものだ。


 この問答によって、弘大は主任として「在庫の管理ミスについて立場上きちんと問いただした」というフラグを立て、俺は「潔白を証言した」というフラグを立てたのである。


 世の中というのは、おおむねこのようにして回っているのだ。この傾向は田舎に近づけば近づくほど顕著であることも併せて述べておく。


 ことほどかように社会生活とはくだらぬものなのだ。


「はあ…。それにしても、そろそろクリスマスだってのに三十路超えた男が三人肩並べて何してんですかね…」


「カラオケ行くんだろ」


「カラオケ行くんだよ」


 ハモった。このようなとき、俺と弘大は妙に波長があって気色悪い。


「そういうこと言ってんじゃねーんすよ。こう、色気とかそういうの? あってもいいんじゃないですか? こないだ妹にディスられたっすよ、『兄ちゃんっていっつも外崎さんたちと遊んでるけどホモなの?』ってえ…」


「お前ってそうなの? じゃあちょっと付き合い考えちゃうなあ」


「ホモではないけど素人童貞だもんな。女っ気とかあるわけねえよな」


「対馬さん往来でそういうこと口に出すのやめてくれません!?」


 シンタが本気でキレた。なお、年の離れたシンタの妹は23にして一児の母である。


 シンタもどっちかといえば整った顔の作りはしてるほうだろうが、似たような顔の妹はさっさと結婚して子作りし、一方さっきからウザいくらい彼女欲しいアピールしてるシンタは、こういうことをごく親しい友達の俺たちくらいにしか言えない腐れヘナチン野郎なので、女性とのお金が介在しない関係というものを築けた試しがないのだった。


 俺は人並みに専学時代だったが、この中で童貞卒業が一番早かったのは戦慄すべきことにキチガイ仕事人間の弘大で、なんと高一のときだ。まあ、若いころから他人にまったく物怖じしなかったからなこいつ。当時は大人っぽいつってモテていた。


「ああー…もうー…トノも対馬さんもなんでそんな枯れてるんすか? もう三十路だけど、まだ三十路でしょ?」


「枯れてるつーか、女が欲しいとかって発想がすでに終わってんだよお前。出会いなんて求めるもんじゃなくて勝手に来るもんだ」


 シンタの泣き言を切っては捨て切っては捨てしてる弘大は、俺の知る限りほぼ女が切れたことがない。そういう男でなければなかなかいえない発言が飛び出した。


 ところで、俺の知るこの男の最新のお相手は短大一年のバイトだ。社内恋愛というだけでアレなのに、俺らの年で去年までJKだった女に手を出すのはさすがに犯罪ではないか? 友人として更生を促すために、ここは涙を呑んで通報すべきではないか? と、店の裏口で元JKにキスしてるおっさんという絵面を発見したときは思ったものだが。


 ちなみに、俺が見るところ顔面のレベルは弘大よりシンタのほうがだいぶ上だ。顔作りもそうだが、弘大はあまり髪型やファッションに執着がなく、かつメガネ男だからだ。


 だが、人生において、人間にとって一番大事なものは何か、といえば俺は「異性にモテた経験」だと思う。男だろうが女だろうが、異性にちやほやされるほど自信を育ててくれる経験など他にはなく、そして人生の早い段階でモテたやつというのはその後一生モテるし相手に不自由しない。その最たる例である弘大を見てるとなおのことそう思う。


「トノぉ、なんで我関せずみたいな顔してんすかあ。トノはなんか浮いた話とかないんっすか? 対馬さんの話はふわふわしてて参考になんねーっすわー」


 馬鹿が居た。


 ふわふわしてるのはお前の頭だ。


 浮いた話といえば、いまお前が小ばかにした弘大は天上まで一直線にぶっ飛ぶようなシチュエーションの真っ最中だというのに。


 俺はどう抑えても表情を歪める哀れみの感情を隠すため、手のひらで顔を覆うしかない。


「俺かあ?」


 浮いた話というか女の話といえば、直近で浮かんでくるのは無論のことオトヒメさんのことなのだが、俺が知る最後のオトヒメさんの消息というのは、ちょっとばかし背後関係や権利関係が不透明なお店で人気のキャバ嬢になったというものである。


 俺が彼女から回収できた浮いた感じのプラス要素は、はだワイ着せて眼福したというただそれだけであり、はっきり言ってシンタがこないだ鍛治町の男の楽園でしてきたことと、感覚としては大差ないのである。こんなのは女性との接触にはカウントできまい。


「特になんもないなあ」


「はーあああ、そうっすよねえー。ほんと寂しくて困っちゃうすよねえー!」


 口では盛大にため息をつきながら、仲間を見つけたとでも言いたげに口元を歪めるシンタくんだが。


 確かに数年彼女が居ない寂しい身の上だが、二人の諭吉に介添えされて一夜限定彼女に突入した経験しかないちんちんに、何を思われたところで痛痒も感じないし、仲間でもなんでもない。


「俺はそんなことより、今日が終わったらまた仕事だって現実のほうがよっぽどつらい」


「ああ、うん、それは確かに…」


 この点の共感だけは間違いなく俺とシンタは同志である。


「なに言ってんだよ、うちの店の仕事なんか遊びみたいなもんだろ」


 キチガイがなんか言い出した。仮にそれが遊びのような楽さだとしても、したくもない遊びにほぼ一日中拘束されることを楽しめるやつというのはマゾヒストでしかないことをわかってほしい。


 そのときである。俺の脳裏に突如としてビッグアイデアが去来した。


 俺にたった一つ残された超能力の枠。これを活用すれば、ひょっとして働かないで生きていけるような冴えたやり方が存在するのではないかな? どう思うワトスン。具体性のある話をするなら一日一時間で3万円くらい稼ぐ方法。全然稼げない詐欺師のようなやり方と一緒にされるのも嫌なので一切お金はいただきません。


 もちろん、このような思いつきはたったいま思い浮かべたオトヒメさんと異世界と仕事の話が俺の脳内でシナプス結合を起こした産物であることはいうまでもあるまい。


 ではやはり、超能力の知識、扱いにかけては本家本元であるオトヒメさんに助言いただくべきではなかろうか。


 思い立ったが吉日、善は急げだ。


「わりい、用事思い出した、完全に度忘れしてたわ。もう行かないと駄目だ」


「は? なんだよ急に。三人で休みが合うなんて滅多にないからカラオケ行こうぜとか言い出したのお前じゃねーか」


「そっすよ、しかもそれ先週の話だし。なにここに来て突如として用事とか作ってんすか」


 突っ込みが鋭い。なぜだ、素直に行かせてくれ。これから輝かしい人生に歩みだす俺を直感で妬んでるんだろうかこのクソ労働者ども。


 俺は行かねばならんのだ、光溢れる明日のために。それは男と暗い個室でカラオケで中島み○きを交代で歌うより一万倍大事なことなのだ。


「まあ、それはさ、あれだよ…あ、すげえあのトイプードル! 胴が1メートルくらいある!」


 思わず釣られてそっちを見た馬鹿どもを置いて俺は走り出した。グロリアスへと。


「そもそも犬がいねえじゃ…ってトノー!?」

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