@16の4 『弘前城血戦(下)』
「のおのおもおっえいやあっあなあ、おのあいぃ!」
「のこのこ戻ってきやがったな外崎ぃ」
「ああいええあっえんおあもいれええあ、くおっいあううえんえもえのうえいるあんあうあああうんあ!」
「弾切れ狙ってんのかもしれねえが、こっちには10年でも戦争できる弾薬があるんだ」
ココア二号すげーなあ。なんであの発音を正確に汲み取れるんだろう。なんかそれだけである種の専門的な仕事ができそうだ。
二号の驚異的なヒアリング力と判断力に驚嘆していると、横からくいくい袖が引かれる。
「いちおーさっきと同じやり方で行こう」
「上手くいくかあ?」
侵入時の遭遇戦と違って、じっくり観察するとこの植物園はある程度の要塞化が施されていた。
それはそうだろう。青森県警が胸を張る推論として、ここには人質の何割かが囚われているわけだから。
むしろこの要塞化が、その推論の裏づけになったと思ってもよさそうだ。
で、要塞つって具体的にどういう風になってるかというと、まず植物園の侵入路がバリケードで閉鎖されており、簡単に乗り越えられそうな場所や低木しかない辺りなどには簡易的な木製の櫓が建設されている。
そしてその櫓は銃眼を除いたほぼ全面がなんらかの木板で覆われているという仕様だ。おそらくコンパネ合板だろう。下手な金属より耐久性に優れ、厚みがあれば拳銃弾くらいはシャットアウトする。
それらを指揮するココア一号二号は屋根の上ゆえになんも設置できず、いわば丸腰丸裸の状態なのだが、いいんだろうか。
「おえいええあいえいおお、いおいいあああおあええろお」
「俺たちに手出ししてみろ、人質はただじゃおかねえぞお」
喋りすぎて口のなかが残酷なことになったのか、一号がとうとう母音しか発音できなくなってる。
しかしまあ、そういうことならあいつらを撃ち落してはい終わり、ってわけにも行くまい。
お優しいことに反撃を禁じられたわけではないが、こっちの攻撃手段は投石しかないのに、あっちの指揮官以外の兵隊はきっちり防備された拠点に篭ってるわけで。
詰んでね?
「詰んでないよ。全然詰んでないよ。『分身』と『共感』の使いどころでしょ!?」
……。
あー!
あーあー、あー!
そういえばそんな能力使えたな俺! 最近なんか地下洞窟に近づきさえしてないから忘れてたわ!
特に『共感』に至っては使って一瞬で飽きらかしたあんとき以来一切使ってない。まったく馴染みがないので思い出せないのは仕方ないと思われる。
いやー、そもそもあれだ。「権力者が武装した部下を大挙して率いて公共施設を占拠」なんつー一大テロル事件な時点で、もう自分が能動的に解決するっつー発想すらなかった。
桃様がなんとかするんでしょ? みたいな。協力を頼まれたらしぶしぶ弾除けくらいにはなるけど、みたいな。
「なるほどなー。なんで俺が普通に頭数に含まれたのか、実は真剣に不思議だったんだけどそういうことかあ」
「タツオさんって人生ほんとに他人事だよね…」
こんな暇な中学生が授業聞かないで考えたような事件を、自分の問題としてシリアスに捉える中年なんて逆に嫌だ俺は。
まあ、しかしそういうことなら、オッケー。やるか。
ウラシマともどもいっぺん物陰に身を隠し、かなり久々に『分身』を発動。ただちに『共感』をかけてその行動を制御する。俺の視界が分身ちゃんの視界に変わる。
よしいけ。レッツゴー一匹が斬る。
「ああめ! あうおいえうっこんえいやああっあ! あいのういいてあれええ」
「馬鹿め。丸腰で突っ込んできやがった。蜂の巣にしてやれえ」
もちろんすぐさま集中砲火が分身ちゃんを襲う。一瞬で分身ちゃんが掻き消え、視界が失われる。痛覚共有じゃなくてほんとよかった。
「ういききいいいきいいいいい! あった! あっえあっあろおお!」
「うひひひひいききいいいひい。やった。やってやったぞお」
ココア一号が我が世の春とばかりに大喜びである。
まあやってないんだけどな。
「…あえ? おのあいのいたいは、どおいっあ?」
「あれ。外崎の死体はどこ行った?」
分身ちゃんは半実体であり、地下洞窟の化け物どもと似たような存在なので、ダメージが許容を超えて機能を停止すると、死体も残さずに消滅する。
不思議がるココアどもの度肝を抜くべく、俺は分身ちゃんのお代わりを投入した。
「!? おのあい!? いまおめえいんああええかあ!」
「外崎!? いまおめえ死んだじゃねえか!」
ずっと棒読みちゃんだった通訳が、素でびっくりした声を出してる。
なんか普通にこの環境を受け入れてたけど、考えてみたらオトギキングダムのことをちゃんと知ってる弘前市民は俺とシンタくらいしか居ないのだった。
そりゃ異世界があるってだけでも寝言は寝て言えな感じなのに、その影響で分身出したりできるようになりましたー。ってファンタジーだよなあ。
高照神社の地下空間は魑魅魍魎がうごめいてるとか、実際その目で見なきゃ信じる弘前人はおるまいと思われる。
鉛玉という何より雄弁なリアルで八つ裂きにされたはずの人間が死体も残さず消滅し、そのあとすぐさま復活してくるなんて到底理解できない事態であろうなあ。
その理解不可能な事態を状況ごと殲滅しようとでもいうように、発狂したような息もつかせぬ大量射撃が、植物園前面を面で圧するがごとく到来する。
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ
砂埃がすげえ。舞い上がった粉塵のせいでなんも見えん。
「いうおおおお! あっあか!? おんおおお!」
「ちくしょお、やったか!? 今度こそ!」
イエスアイアム。分身ちゃんTAKE2は見事に消滅して果てました。
だからお代わりするね…。
レッツゴーTAKE3。
「おああああああ!? あんえ! あんえ、あんえ、あんえあおお!」
「うわあああぁぁぁ!? なんで! なんで、なんで、なんでだよお!」
三たび、この世の地獄のような大轟音。
まあ何回消されたって何回でも出すけどな。分身ちゃん出す労力ってすげーローコストだし。どのくらい簡単に出せるかというとスクワット3回分くらいだ。
「つーか、そんでお前は何してんの?」
「え?」
「え? じゃなくね? 俺が分身ちゃん出してヘイト集めてるうちにお前が反撃しなきゃどうもなんなくね? いつまでこんなこと続けてもしょうがねーだろ」
「えー…だってあそこに出ていくの…?」
まあ俺なら出たくないな。つーか頼まれても出ないな。
しかも、いくら黒服どもが発狂状態とはいえ、裏手から侵入したときみたいに一人ひとり気絶させられだんだん櫓が沈黙してったりしたら、攻撃元のほうに目が向くだろう、なんぼなんでも。
ざっと見るぶんでもこの植物園だけで100人近い兵員が詰めている。そいつらを全員投石で黙らせるのは不可能だ。
そうでなくても、銃眼として穴になった部分しかヒットポイントがなく、あいつらは当然そこに顔を覗き込んで撃ってきてるわけで、それ目掛けて石を投げたりしたら漏れなく頭部死球になってしまう。殺人事件である。
「おい、やっぱ詰んでんじゃねーか。分身ちゃん出してもなんも状況改善してねーぞ」
「タツオさんの使い方がおかしーんだよ! 死ぬ心配も痛みもないんだからもっと颯爽と突撃して次々櫓の足を折ってくるとかしてくれると思ったのに!」
「お前」
無理である。
そもそも俺本体でさえそんなんできる気がしないのに、分身ちゃんというのは俺のダウングレードでしかないのだ。
ロボット三等兵の背中に乗ってアバオクーを単身で落としてこいみたいなミッションだぞそれは。乗り込むどころかデッパツシンコーつったその時点で集中砲火でスクラップである。
「うーん」
「弾切れするまで繰り返す…?」
それも考えたけど、10年戦争できるなみの弾薬だろ? この調子で撃ってたって弾切れなんかしねえと思うんだよなあ…。
手詰まりであった。
俺とウラシマがなにか打開策はないかとない知恵を絞って悩むこと数分。
突如、事態は思わぬ方向から動きはじめた。
※
ベキン、バキン、ボキン
急ごしらえとはいえ、銃弾の反撃も防げそうなほどの防御機能を持たされた櫓が、台風でへし折られる枯れ木のように、倒壊していく。
分身ちゃんに向かっていた銃撃が一時的にやむ。
続いて、植物園要塞陣地のほうから、怒号というか恐慌に満ちた声が次々溢れてきた。
「なにこの音?」
ウラシマが不思議そうに、角から身を乗り出して植物園側を確認しようとするのを念のため押しとどめ、銃撃されなくなったことで消されてない分身ちゃんをそのまま突っ込ませる。
そこに居たのはなんと広大くんなのでした。
すげーの。昔の電信柱みたいな、ふつうに家屋の柱が勤まりそうなでっかい木柱を、弘大くんが次々へし折ってる。
素手で。
まさか防御施設のその根元からへし折られるなんて、その上に詰めてる奴らは思いもしないだろう。
視界がろくにない箱のなかで、地上へ向けて急転直下。
交通事故で崖下に転落するようなもんだ。シートベルトなんてもちろんしてるわけがない。
阿鼻叫喚であった。
「おっす。お前らが的になってくれてたから簡単に入れたわ。そっち撃つの夢中になって裏側に全然警戒してねーでやんのこいつら」
弘大が俺、というか俺の分身ちゃんの姿を認めて挨拶してくる。
軽うい。いま確実に救急車が必要な大怪我人を量産中とはとても思えない軽さであった。
分身ちゃんは口がきけんので、俺は分身ちゃんの片手をあげるにとどめた。
つーか、これ、いいんか?
こんだけ派手に懐に飛び込んでやらかして、人質そのままほっといてもらえるんか?
「おあ、おあ、おあ」
「う、うわあ、うわあぁぁぁ!」
俺が危険な可能性に思い至って青くなっていたら、その危険を指示する奴らが、すごいことになっていた。
もちろんそのきっかけは弘大の出現であろう。
弘大を指差し、意味のわからない言葉を喚き散らし、口角泡を飛ばすどころか口の端からよだれを垂らして、腰を抜かしてガタガタと震えて、まん丸に見開いた目から涙を滂沱と流している。
まさに激甚な反応であった。
「よお、久しぶり。今から殺しに行くからそこに居ろよ」
すでに死に体の反応を示すココアたちに、残酷極まる宣告を明るくする弘大である。
一歩、その足が屋根の上のココアたちに踏み出される。
「あびゃあああぁぁぁ!?」
「いぎ、いび、ひいいいぃぃぃ!?」
それだけですべて決着した。
ココア一号二号が仲良く揃って、屋根から転げ落ちてきた。
そしてそのまま、落下した。
ベシャ
かなり不味い角度で落ちたように見えたけど、大丈夫だろうか。いや、あれ死んだっぽいなあ…。南無三。
「そこまでビビらすようなことしたっけか」
口のなかでロシアンルーレットされたら誰でも心が壊れると思う。
さて、残された部下たちの反応は?
ガシャン、ガシャ、ガシャ
まだ残っていた櫓の上から、サブマシンガンや拳銃など銃火器が投げ落とされた。
降参であった。
撃っても死なない幽霊が無限に襲ってくる時点で心が萎えてたのに、そのあと電柱なみの柱を素手でぶち折る別種の化け物が追加で出てきて、同僚たちがどんどん瀕死の大怪我を負ってると簡単に推測できる光景を見せられて、完全に戦意を喪失した結果とのこと。
なにはともあれ、植物園の人質救出成功。
ここには10人の市民が捕まっていた。撃破した黒服は90人に登った。そのうち10人が意識不明の重態であった。
箇条書き的にさらっと流したが、10人を意識不明に追い込んだ当の犯人は何事もないような顔で本丸のほうに歩き出したのだが。ほんと怖い。
「タツオさんほんと友達選んだほうがいいよ…」
まさか白雪ちゃんと友達やってる女にそんな心配をされるとは…否定しきれないのが辛いところだった。