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スーパーニートプラン 〜おとぎ草子血風録〜  作者: 海山馬骨
最終決戦・弘前城炎上
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@16の2 『弘前城血戦(上)』

 弘前公園周辺は人でごった返していた。


 弘前というのは城下町なので、必然的に元々お城である弘前公園の周辺は全部市街地なのだが、この沿道といい車道といい、桜祭りの数倍の人出で歩く隙間もない有様だ。


 十数キロに及ぶ長大な外周の至るところに人がいる。ある意味城攻めみたいな光景である。


 つーか、どっから湧いて出たこんなに。弘前市民の半分くらいここに居るんじゃね? ってくらいの人の山だ。車道にまで人の波があふれ出て、交通は完全に麻痺している。


 そんな人、人、人の人いきれを掻き分け歩くと、いきなりぽっかり誰も居ない空間に出た。


「おう」


 その無人空間の真ん中には、やはりというかなんというか桃様が居るのであるが。


 俺たちの姿を認めるなり、顎を軽く引いて挨拶をお寄越しになった。


「とんでもねえ人出っすねえ…」


 そのご尊顔を拝すなり、俺の口から愚痴が漏れ出る。


 これから市長をやっつけに行くとか、馬鹿じゃねえのと思わざるを得ない。もう一週間ぶんくらいのエネルギーを使い果たした気持ちだ。


「元旦も遠く過ぎたと申すに、弘前町衆総出の『領主参り』じゃな。見上げた忠勤よ」


 桃様が皮肉げに薄く笑う。領主というのは言うまでもなく、この弘前公園が元弘前藩の領主の屋敷だったことを言っているのだろうが。


 普段は弘前公園などないもののように暮らしているのに、こういうお祭り騒ぎのときだけ物見高く集まるのだから、なるほど弘前市民の大した忠誠ではある。


「どうも」


 俺の隣で弘大が会釈する。


 桃様はそのとき初めて弘大の姿が目に入ったとでもいうように、目礼しかけて、目をわずかに見開いて「ほう」と呟いた。


「うぬはこの街のものかや」


「まあ弘前から出たことはないっすね」


 なんだか要領を得ない会話である。それを聞いて桃様はどうしようというのだろう。


「この世にこれほどの使い手がおるとは思わなんだわ」


「あんたもね。俺より強そうな人間見るの生まれて初めてだ」


 獅子と龍がなんか不穏なことを言い出した。


 そんなにか。バケモンとは思ってたが、桃様にそういうことを言わせるほどか。


 俺はとりあえず横に立ってるバケモンと微妙に距離を取った。


「そんなことより、これからどうする?」


 バケモン同士が力を認め合うようなバトル漫画的シーンをさらっと流して、ウラシマが状況開始を迫る。


 ウラシマがなんかまったく似合わない真剣な顔つきでじっと見つめる先には、大手門を封鎖する数十人の機動隊の姿があった。


 え、青森県警って機動隊とかあるの?


 まあ実際そこで重武装かつタワーシールド装備の、浅間山荘事件映像でよく見るタイプな人たちがスクラム組んでんだから、あるんだろうが。


 まさかこの馬鹿はあれを突破してでも、貴くんのクビを取りに行こうとか言い出すのだろうか。まさかな。


 そもそも彼らは貴くんの手下でもなんでもなく、今現在ここで発生してる誘拐事件に対処すべく出動してるだけだと思うのだが。


 とはいえ一応見た目一般人でしかない俺らを、こんだけの大事件の渦中に通してくれんとは思うが。


 じゃあもうふつうに全部おまわりさんに任せちゃ駄目なのかしら。さすがにこんだけの事件起こしたら貴くんだって終了だと思うのだが。


「しばし待て。通れる手はずが整う」


 しかしウラシマのみならず桃様にも、あとは見てるだけという選択肢はないようであった。


 まあそりゃ全部警察に任せようぜって考えならこんなとこ来てないですよね。


 つーか手はずが整うってなに?


 俺が疑問を感じていると、間もなく俺たちに近づく人影。

 

「桃太郎さん、それではあっちの仮設対策本部にいらしてください」


 それは青い制服と青い帽子にカッチリと身を包んだ、どっから見ても完全なるワンワンスタイルのおまわりさんであった。



「現在犯人グループは300人を超える大人数で弘前公園の要所を占拠しています。特にここ」


 説明役の警官が、ホワイトボードに張り紙された弘前公園の地図を、指示棒のようなものでパンパンと指した。


「先日移転式を終えた本丸と、植物園。この2箇所の兵員が手厚い。人質もこのどちらか、もしくは両方にほぼ囚われているものと考えられます。人質の数は最低でも23名。立てこもり事件発生から家族と連絡がつかないという市民からの問い合わせが数件ありまして、この連絡不能な行方不明者も人質になっているとすると、人質の数は最大で35名にのぼります」


「武器は?」


 顎の前で手を組んだすげー偉そうなおっさんが質問する。


「全員武装していると考えたほうがいいですね。隠す気もなく拳銃を持ち歩いている姿が、ヘリなどでの高所撮影で確認できました。公園に隣接する市役所および市役所駐車場の屋上に狙撃班を配置はしましたが、なにせ数が多すぎる。一人か二人撃ったところで状況はかえって悪化するだけでしょう。最悪、人質の生命に危険がおよびます」


「要求はやはり変わらんのか」


 別の偉そうなおっさんの問いかけに、説明役が残念そうにかぶりを振る。


「桃太郎氏を出せの一点張りです」


「ならば行くだけだ」


 それらのやりとりを総括するように、桃様は上座からこれからのご予定を一言で決された。


 上座である。


 上座て。


 よくある刑事ドラマのテント会議っぽい状況なのだが、通例のそれと決定的に違う場面があって、ふつうは長机を挟み込むように両側に人が別れて座り、上座に当たる場所にはホワイトボードという感じかと思うのだが、そのホワイトボードがわざわざ部屋の側方に寄せられており、桃様は将軍を前にした軍議みたいな感じで中央正面におかけになっておられる。


 刑事ドラマではなく大河ドラマの光景であった。


 そのために、偉そうなおっさんの半数は、背をねじって後ろを向くというつらい姿勢を余儀なくされている。なぜならホワイトボードが彼らの背後にあるからだ。


 そうまでしてこの形でないといけなかったんだろうか。いけなかったのかもしれない。桃様をお招きするからには。気持ちはちょっとわからんでもないが。


 桃様が国家の暴力機関にそういう扱いを受けてること自体についてはもはや突っ込まない。そのうちこうなるだろうと思ってたことが実現したかという程度の感慨しかない。


「しかし桃太郎さん、危険です。連中はあなたを生かして帰す気がありませんよ」


「であろうな」


 それはまあそうでもあろうが、現実問題あいつらが拳銃通り越してAK用意して一斉射撃したところで桃様を殺せないように俺は思うのだが。


 あいつらの思惑なんぞなんの関係もなく別に桃様に危険はないと俺は思うのだが。


「だが、無辜の民が不自由しておる」


 しかし仮に万一命の危険があったとしても。


 どこかで誰かが泣いているなら、桃様が足を止める理由にはならないのである。


「…情けありません。本来なら警視庁の大動員か、自衛隊の出動で解決すべき大事件だというのに」


 警察幹部が悔恨をにじませていう。


 まったくもってその通りで、なんで桃様というか俺がこんなことに巻き込まれねばならんのだろう。そこだけが本当に許せない。マジでこんなの国が動くべき事態では?


 貴くんつーか唐牛家の揉み消し能力のおかげとすればほんとすごい。どんな馬鹿でも家の力だけで一国の総理になれそうであった。


 まー、今弘前公園を包囲してる県警が一斉突入なんてしたら人質がエライことになりそうというのもあるのか。


「なに。俺も一人で行くのではない。唐牛の首級しるしごときさしたる手間でもあるまい」


 なんか、あれだ。話の流れでいけば、ここは人質のためにも降参して桃様が身柄を貴くんに委ねるということになりそうなもんなのだが、なぜか真逆に『戦う』という選択肢しか存在しないようだ。不思議なことである。


 まあ、桃様がそういう行動を選ぶからには人質を助ける方法はもう手配ずみなんだろうけども。


 そして桃様がいわずもがなのことをあえて言うのは、心配げに見守るおまわりさん達を安心させるためなのであろうが。


 ところで、戦うことはもうどうしようもないとしても、一人で行くのではないその勘定には、どこまでの人数が含まれているのだろう。


 桃様、ウラシマ、あと弘大かな。計3人。


 しかしいずれも劣らぬ一騎当千。立派な戦力であった。うむ。存分に励んでもらいたい。


「地図は頭に入ったな。では参るか、タツオ、ウラシマ」


「よっし、やるぞー!」


 声をかけられ、ウラシマが気勢をあげた。最後に弘大のほうを見て、桃様が名乗りを促す。


「弘大っす。対馬弘大」


「ではコウダイ。一戦つかまつろうか」


 桃様が久しぶりで獰猛に笑った。


 それより不思議なんだけど、なんで俺が筆頭で呼ばれたのだろうか。やはり逃げ場はないのだろうか。



 大手門は内側から封鎖されており、機動隊数十人の力を持ってしても開かない。


 かといって門も含めて文化財なので、重機でガツンとぶっ飛ばすわけにもいかない。


 やむなく堀を乗り越えるような形で、レスキューのはしご車で渡る算段になった。


 桃様旗下の参謀のように喜々としてそれらの手はずを整える、弘前市の公僕ども。まあ市民が選んだ市長より億倍の仕え甲斐はあろうが。


 そしてそんな準備がなくても、桃様たちならえいやつって大ジャンプすれば、弘前城の堀ごときならたぶんというか絶対越えれるのだが。


 まあ、無駄なことでも部下に仕事を用意してやるのだって上に立つ人間の仕事のひとつだからな。桃様本人がそんなこと考えてるかはわからんが。


「タツオさん、早く行ってよ」


「お前が先に行きなさいよ」


「この狭い場所で交代なんかできないでしょ…」


 俺の後ろから呆れたように言うウラシマ。


 いざ突入という段になってのこのやり取りであるが、こいつはわかってないのだろうか。


 連中は飛び道具を持って篭城しとるんである。


 ということは、俺らがのこのこと城内に侵入した途端に十字砲火が俺らを襲うことは確定的に明らかではないか。光秀得意の殺し間ってやつだ。


 それで桃様とかウラシマとか弘大とかモンスターどもはさくって避けれるかもしれんが俺は死ぬぞ。下手しなくても死ぬ。上手にやっても死ぬ。自分のことだから自分が一番よくわかる。


「だからってここで粘ったってしょうがないでしょ!」


 くっそ、最近めきめきと単なるいい子化が進行してると思ってたのに、出会ったころの君のようにクソガキのソウルを取り戻しやがった。


 ちくしょう、せめてここに桃様が居ればなあ…。なんか攻め手を複数に分けることになって、俺とウラシマは工業高校に隣接する裏門の担当なのだ。


 おかしくねえか? なんで300人の篭城戦力に挑むのに、4人しか居ない攻撃側が戦力分散させてんの?


 しかし桃様がこうしようと仰ったからには深いお考えがあるのだろう。従うほかない。


 だから、従うつもりはあるから、早く早くとせっつくつように背中を押すんじゃねえ。


 あ、駄目。駄目よ。駄目よ。


「あ」


 後ろからガンガンどつかれ、バランスを失ってつんのめって、おっとっととよろけた拍子に城内に突入してしまった。


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ


 直後、耳をつんざく大轟音。


「なんだこいつ!」


「侵入者だ! 指示通り殺せ!」


「うおわあああぁぁぁ!?」


 あかんこれあかんやつだ。


 拳銃の一斉砲火なんてなまっちょろいもんじゃなかった。


 どう考えてもサブマシンガンの集中射撃である。俺を囲むような配置で、建物の陰や木陰に黒服数人の姿が見えた。


 俺はとっさにバランスが崩れたままの自分の体をそのまま無理に倒れさせ、のめるように生垣の陰に飛び込む。


 もちろんそんなもん何の盾の役にも立たず、あっという間に葉っぱが風穴だらけになっていく。


 俺はさらに転がる。銃撃がその後ろを追いかけてくる。


 弘前公園ご自慢の生垣が、アーティスティックに見晴らしよくなっていく。


「てめえええぇぇぇ! どうしてくれんだウラシマあああぁぁぁ!」


「ま、待っていま助けるから! 召喚で…あ、私もう召喚使えないんだった」


 使えねえええぇぇぇ! 召喚じゃなくてコイツ本人が使えねえええぇぇぇ!


 どうすんだよこの状況、完全にロックオンされてんだぞ!


「あ、そーだ! タツオさん全力で逃げ回って!」


 とっくに、とっくにその状態である。


 達人級逃げ足レベル2を発動して、脳内感覚としては光に迫るようなスピードで走り回る俺。しかしなんぼ俺の逃げ足が速かろうと、鉄砲から発射された銃弾より早いわけもない。


 チュンチュン


 と俺の足元に先回りした銃弾が跳ねて、地面を灼く。


「えい! えい、えい!」


 俺が生きるか死ぬかの鬼ごっこを繰り広げているというのに、ウラシマの野郎が実に気の抜けた掛け声をあげる。その声で脱力して死にそうだ。


「ぎゃあ!」


 遊んでんじゃねえぞこの馬鹿、とウラシマに向かってドロップキックを叩き込もうか俺が迷っていると、なぜかいきなり銃撃が止まる。


「いっちょあがりー!」


 ウラシマが腕まくりして小さい力こぶを作って見せていた。


 俺が見回すと、あちこちにサブマシンガンを抱えた黒服どもがうめき声をあげて転がっている。


「なにしたんだよ」


「簡単だよー。鉄砲ってまっすぐしか弾が飛ばないから、誰かを撃つときは自分もちょっとは体見せないといけないでしょ。そこに向かって石ころ投げただけー」


 本当に簡単な話であった。


 まあその簡単な話も、ただの投石で大の大人を仕留める膂力とコントロールがなかったら実現しないが。


「やー。私もちょっとしたもんだね。百発百中だったよ。女子プロ野球選手になれるんじゃない?」


「横浜なら大歓迎かもなあ…」


 哀れなのは黒服連中である。


 弘前公園――元弘前城は、当たり前の話、現代において城塞としての機能はオミットされている。この裏口にだって本来であれば火口だとか物見櫓だとか、簡単に反撃されない攻撃施設があったはずなのだが。


 現代の弘前城は単なる公園でしかないので、いくらこいつらが頑張ったところで、野外で遭遇戦してるのと変わりゃしないのである。


「何人やった?」


「7人。意外と少なかったね」


「あと290人以上いるのか…」


 ほんとにめんどくなってきた…。

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