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スーパーニートプラン 〜おとぎ草子血風録〜  作者: 海山馬骨
最終決戦・弘前城炎上
43/65

@16の1 『弘大、彼女に振られたってよ』

 このところ、店が忙しい。


 なぜかというと、弘大の彼女だったJDが弘大と喧嘩別れして、気まずさからと思われるが突然退職しやがったからである。


 きっかけはもちろんホテルデートがおじゃんになったことであるが、それ以前から兆候はあった。


 お別れの口上は「弘大さんはあたしを愛してない」だ。


 なんでそんなこと知ってんのかって? 驚くなかれ、JDはなんと仕事仲間が顔を揃える休憩室で、これ見よがしにこの別れ話をやってのけたのだ。


 ちなみに、弘大が女に振られるときというのは、その理由が100%これである。


 俺からいわせてもらえば世の中で仕事以外のたいていのものに執着を持ってない働く機械である弘大が、こと女にかけてはかなり気を使ってるもんだと、長い付き合い上の経験から思うのだが、実際に弘大と付き合う女にとってはまるで物足りないものらしい。


 まあ、長年友人やってる俺でも本心の見極めが難しいやつではある。まして、その大物オーラがそうさせるのかなんか知らんが、こいつは付き合った女を妙に発奮させるのだ。


 具体的な事例をあげれば、料理したことないって女が毎日弘大のために弁当作ってくるようになったり、月給10万で働いてるアパレルのバイトにジョーダンのバッシュプレゼントされたり、将来は音楽やりたいから大学進学で東京に出たいつってた女が、弘大と付き合いたいがために進学先を地元国立に変えたっつーこともあった。


 ちなみに上記の例は全員別の女の話である。


 付き合うことに、とにかく女側のコストのかかる男、対馬弘大。


 タチの悪いことには、それらの奉仕を弘大が求めることは一切なく、いつも女側が勝手に自発的に尽くして、勝手に潰れるのだった。弘大の感情表現が薄いから、女はいつのまにか空回りしてる気分になるらしい。


 繰り返しになるが、俺からいわせてもらえば弘大は弘大なりに女に気を使ってるのだが。


 弘大がいつも女に高いものもらってるくせに地味な服しか着てないのは、振られるたびにもらったものを捨てて終わった恋に区切りをつけてるからだ。


 別れた女の贈り物だろうが、モノはモノ。高級ブランドは高級ブランド。そういう割り切りが出来ない程度には弘大には情緒があるし、別れた女に愛情もあるようなのだが。


 それも言葉に出さないと伝わらない。男女関係って難しいものだね。


 俺だったらジョーダンのバッシュなんてくれた女と別れることになったら即『萬屋』に売りに行くけどな! 『萬屋』は弘前市内安原と城東にそれぞれ1店舗ずつ、県内で合計4店舗を展開する大型総合中古品店だ。ゲームから漫画からフィギュアから服からなんでも買えるゾ。


 盛大に話がそれたが、そんなわけでただでさえ少人数で回してる我がスーパー『ほいど』は最近めっぽう忙しい。


 忙しいだけならいいが、弘大があからさまに機嫌が悪いので空気が重苦しい。勘弁してほしい。


 いつもより1.3倍速で働いて、それでも品出しが追いつかずケツから突き上げ喰らいまくって泡吹いてるところに、空気も読まずにウラシマくんがやってきた。


「たいへん! たいへんだよタツオさん!」


「…」


 まさに俺がいま大変な思いして働いてるのが見てわからんのかこのガキ。見ろ、この額を伝う汗。一月中旬だぞ、いま。暖房が仕事してなくてギリギリ零下ではないという程度の店内気温なのに。


「あ、ごめんね忙しい…? いや、でも、本当に大変なんだって!」


 そうだろうとも。お前が持ち込んでくれる案件はかなりの確率で大変だ。


 だから係わり合いになりたくないのだ。俺はいまお前が持ってくる大事件より先にこなすべき仕事が山盛りなのだから。


 だって、見ろ。


 お前と無駄話をしてるとでも思ってるんだろうね。俺の背後に立ち上がる、この空気だけで人を圧殺できそうな殺気。


 俺の肩越しにその殺気の主を見たウラシマがあわあわと固まった。


「トノ。いま仕事中だってわかってんのか?」


「スグニハタラキマス」


 俺はギアを上げて1.6倍速モードに突入した。



「…おつかれさま」


「…おう」


 疲れすぎてなんもいえねえ。最終的に3倍速まで加速して、常に全開というか全力ダッシュする短距離ランナーみたいなスピードで動き続ける羽目になった。死ぬわそんなもん。二度とやらねえ。


 そんな俺にウラシマが甘い缶コーヒーを差し出す。今はこの糖分がすごくありがたい。


 まあ、おかげで何日かぶりにまるまる休める昼休みになったのは、よかったのか悪かったのか。


「また休憩室に部外者入れてんのか」


 そこに登場、鬼。


「ひっ」


 ウラシマが恐怖に絶息した。


 すごいな弘大。オトヒメさんとか桃様とか、あんな生き物が我が物顔で闊歩する修羅の国から来た女をここまで怯えさせるとは。うすうす気づいてたがたぶん人類じゃないんだろうな。


「まあめっちゃ頑張って働いた俺に免じて許せや…」


「珍しくな」


「うっせ」


 俺をねぎらうつもりか、弘大がなにかパンのようなものを投げて寄越す。


「うおおおぉぉぉ!? マジか!?」


 そのブツを見た俺は一瞬にすべての疲れが吹き飛び、腹の底から狂喜が湧き出す。


 ダブルチキンカツバーガー。


 まちかど厨房とのラベルが貼ってあるその商品は、弘前市内でもたぶん、特定の店でしか買えない。


 名前のとおり2枚のチキンカツを、ふわっとした食感でありながらしっかり食べ応えもあるバンズに挟んであるバーガーだ。


 このチキンカツというのがすごい。パイ生地のようにサックリかつしつこくない衣で包んであるチキンは、どこまでも柔らかでジューシーで、歯を立てるとまるで溶けるようなのに、それでいながら少しも脂っこくないのだ。


 ふつうチキンカツだのフライドチキンで柔らかさを追求しようとすれば、必然的に腿肉主体で脂身が多くなりがちだろう。


 それなのに、この雪解けのような肉汁感の溢れる瑞々しい肉で、味わいはあくまでさっぱりヘルシー。どんな処理をすればこんな鶏肉になるのか、という驚きの逸品だ。


 これが2枚も重なっているものだから、大口を空けてこいつにかぶりついたときの充実感ときたらただごとではない。


 ハンバーガーというジャンルに留まらず、弘前市で食えるあらゆる食い物のなかでベスト5に含まれるだろう最強チキンバーガーである。お値段わずかに350円。


 あ、ハンバーガーのわりに高いと思った? いやあ、個人的にはマ○クやモ○の同じ値段の商品よか絶対美味しいと思うから、安いくらいに感じるなあ。戦闘力でいえば倍以上の開きがあるってマジで。


 惜しむらくは、これの販売店舗である。


 大学病院併設のコンビニにしか売ってないんだよなあ…。


 大学病院に通院する知り合いが居たら代わりに買ってもらおう。それ以外のルートでの入手はほぼ不可能である。だからって用もないのにチキンバーガーのためだけに大学病院行くのはやめようね。


 もし他でも買えるよって場所があるならぜひ教えてもらいたいくらいだ。


「うわー、うわー。すげえ、ここ何ヶ月かで究極嬉しい。でもどうしたんだこれ」


「今日大湯さんも店来なかったろ。家出るときに腰やって救急車で運ばれてたんだってよ。大学病院に見舞い行ってきた」


「おお…もう」


 大湯さんも心配だが、これで恒常的に欠員がさらに一人増えた計算になる。明日からの仕事のこと、考えたくない。ここ数ヶ月究極の喜びがマッハで激萎えした。


 なんつーかもう、午後の仕事すら投げ出したいほどぐったりしてきた。


「…で、この最悪なときにウラシマくんはなんの大変案件を用意してくれたんです?」


「え、あ、そーだった! テレビつけるよ!」


「あー?」


 弘大出現でフリーズしてたウラシマが、なんの使命を思い出してか再起動する。


 その勢いに押されて、ってわけでもないが、俺もやむなくリモコンを操って休憩室のテレビをつけた。


 確かこの時間のこの局は昼ドラをやってるはずなんだけど、なんでか画面右上にはLIVEの文字。昼ドラどころか、どこぞの公園っぽい場所を上空から撮影している映像が映し出される。


 その公園っぽい場所、というのになんか妙に見覚えがあった。


 テレビから緊迫したリポーターの声が流れてくる。


『こちら事件現場の弘前公園上空です』


「弘前公園じゃねーか」


「そうだよ!」


『えー、上空からは特に変わったところは見受けられません。ただ、地元の人の話では普段は何もない平日でも散歩する一般客などが居るという話ですが、人一人の姿も見受けられ…あ! 出ました! 出てきました! 弘前公園の本丸…お城から、どんどん人が出てきます! まるで暴力団のような黒服で統一された異様な集団です!』


 ヘリの上から、興奮したリポーターが叫びたてている。


 ていうか弘前に居る黒服の集団というのに俺はひとつしか心当たりがないんだが。


「え、貴くん?」


『現場の浪川さん。どうでしょう、市長を名乗る主犯格の男の姿は見えますか?』


『はい…はい。えー、そうですね。あ、居ます。お城の一番上、窓から身を乗り出してる、おそらく彼がそうでしょう。戦国時代めいた鎧に身を包んでおります! 弘前城の最上階に、鎧武者姿の犯人が居ます!』


『そのままリポートを続けてください。いったんスタジオに戻します』


『はい、弘前市集団監禁事件の現場からでした』


「大事件じゃねーか」


「そうだよ!」


 我が意を得たりとウラシマが勢い込んで言う。


 なんということだ。


 全国ニュースでは存在しないものとして扱われがちな、幻の街である我が故郷弘前に久方ぶりのスポットが当たったかと思ったら、その理由が市長の発狂立てこもり事件とは…。


 引きこもりが治ってお外に出たかと思えば今度は市民を巻き込んで弘前城に立てこもりとは、僕らの市長は相変わらず恥も外聞もないし空気も読めない。


 ていうかその鎧なんだよ。戦国時代か。


「こいつら」


 俺が全国の日本人に顔向けできないほどの恥ずかしさに身悶えていると、弘大がぼそっとなんやら呟いた。


「こないだ、うちの店で発砲事件起こしやがった馬鹿野郎の仲間か」


 弘大は一見ふつうの姿勢でふつうの表情でふつうの話し方をしてるが、俺は怯えた。


 ふだん物静かなこいつが、さらに何かを押さえつけるように落ち着いてるときというのは、炸裂が起きる五秒前の合図なのだ。


 どうしよう。


 弘大の推論は当たっている。まったくもってその通り。しかしそれを肯定すると、弘大が彼女に振られた怒りの正当なぶつけ先が出現してしまう。そしてそのぶつけ先がミンチになる。今度こそ殺人事件起こりそう。


「…いや、色が黒いスーツなんて珍しくないし。青○行けば半分くらい黒スーツだし」


 だから誤魔化してみた。


 ワープアスーパー店員の俺はスーツなんて同じの10年近く着古してるし、青○に行ったのなんか遥か昔の話すぎるから実際の青○がどうだか知らんが。


「そうか」


「そうさ」


「ちょっとタツオさん、発砲事件ってどーいうこと!? 撃たれたの!?」


 せっかく弘大が納得したか、もしくは納得したフリをしてくれて場が収まりそうだったのに、少年ボーイがご親切にすべてをご破算にしようとする…。


「撃たれてない」


「撃たれただろ」


「撃たれたんじゃん!」


 即座に否定する俺を、弘大が即座に否定して、それにウラシマが追従する。

 なんだこいつらめんどくせえ。


「どうして隠そうとするのさ! 撃たれたのっていつ!? 」


「撃たれてない」


「クリスマスにバンバン撃たれたろうが」


 何を考えてるのか対馬弘大。察しろよ。このまま話が進展するとすげー面倒なことになりそうだからどうにか誤魔化したい親友の心情を察しろよ。


 というか話を微妙に変えるな。バンバン撃たれたのは俺じゃないし、そして銃撃の半分はお前の仕業じゃねーか。


「お正月の前じゃん! なんであのとき言わないんだよ! もう、こうしてられないよ、市長がそこまでするなら後は戦争しかないじゃんか!」


 ウラシマはウラシマで猿リヴァイ君みたいなことを言いだした。


 やめてくれ。俺はそんな仁義無さそうなバトルには興味ないんだ。


 確かに市長がなんとしても俺を殺さずにおかない気持ちになってるのはどうにかせんといかんとは思ってるが、だからといってこないだの唐牛邸突入みたいな、どこをどうひっくり返しても犯罪以外の何物でもない行為に手を染める気はないんだ。


 だというのに、この小僧勝手にヒートアップしやがる。


「生き死にの勝負はいつだって先手必勝だよ! だって死んだら殴り返すこともできないんだから!」


 価値観の相違に目の前が暗くなる。


 お前らのような社会の暗部から湧き出す黒い霧に守護られてる人種と違って、俺は殴り返しかたにも遠慮を持たないと、おまわりさんとか検察が憤怒して人生が終わる事態になることを理解してほしかった。


 お前らのように何かあれば即その場で反撃しないと駄目みたいな思想を俺に押し付けるな。


「つまりあれか、こないだの奴らは市長の手下かあ」


「そうだよ!」


 いくら言い募っても俺が暖簾に腕押しの反応しか返さないので、ぽつっと一言漏らした弘大にウラシマが乗っかる。待て。その発言に乗っかるのはまずい。マジで待て。


「この弘前に鉄砲持ってる黒スーツの集団なんか他にいるわけないよ!」


 そりゃ、そうなんだが。


 鉄砲持ってるだけなら猿えなり君だって持ってるが、それがおそろいの黒スーツで出現したとなったら、そんな奴らは貴くん軍団しか有り得んのだが。


 というか、実際のとこ明らかに見覚えのある奴らが市長の指示であるらしき旨述べつつ襲い掛かってきたのだから、黒も黒で真っ黒なんだが。


 そりゃ、そうなんだが、その話を弘大に聞かせるのだけはいかんのだ。いかんのに。


「じゃあ行くか」


 ほらあ…。


「…どこに?」


 一縷の望みをつないで聞いてみた。


「市長を殺しに」


 即断即決であった。やるったらやる男、後悔は母の腹に置いてきた男、対馬弘大の面目躍如。


 そんな面目躍如は切実にやめてほしい。


「いや。まあ、待てよ。市長がやらせたと決まったわけじゃないじゃん?」


「状況証拠が完全に黒なら黒だな」


 李下に冠を正さずという言葉が脳裏に浮かぶ。


 証拠がなくても見た感じが怪しいなら、この男に殺されるのには十分な理由なのであった。


「でもほら、まだ昼だし。店はどうする」


 俺は伝家の宝刀のつもりで最後のセーフティを作動させようと試みた。


 仕事と恋愛したい系中年である対馬弘大なら、これは絶大なブレーキ力を発揮する一言であるはずだ。だったのだが。


「閉める」


 閉めるときた。


 マジか。閉めるのか。弘大の口からそんな台詞が飛び出すのか。空から雪の代わりに野良犬の死体が降ってきそうだ。


 それが可能かといえば、可能ではある。なぜなら弘大は店長およびオーナーに絶大なる信頼を受けており、ほぼ店の運営に関する全権を委任されているからだ。


 しかしそうだとしても、まさか弘大が仕事の早仕舞いなんてことを口にするとは。それは泳ぎ続けなければ呼吸できないサメが泳ぐのをやめることに似てはいまいか。


「実はな」


 弘大が、眼窩に闇より暗いものを湛えてボソリと吐き捨てた。


「午前中に商品のことでクレームつけてきたババアを殴りそうになった。どうも、この辺で発散しとかねえと働き続けられないみたいだ」


 よくこらえてくれた。お前に殴られたら客のババアがデュラハンになるところだった。そして東奥日報の一面がお前の顔になるとこだった。


 …弘大の精神状態がこうまで悪化しているとは。


 その一因が俺にあることは否めないのでもうなんも言えねえ。そんなにJDのぷるぷるお肌が大事だったのか。いや、責めるまい。気持ちは死ぬほどわかるもの…。

 

「しゃあねえ、わかった。行こう」


「おう。まあ、俺ら弘前市民が選んだ市長なんだから、生かすも殺すも俺らの自由だろ」


 すごい新感覚の『市長』解釈だった。広辞苑に載ってない。貴くんのデスノボリがすげー勢いで乱立していく。


「じゃあ行こう!」


 そして自分が殺人教唆を仕出かしたとも気づかないウラシマ少年ボーイはノリノリなのであった。絶対あとで泣かすわこいつ。

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