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スーパーニートプラン 〜おとぎ草子血風録〜  作者: 海山馬骨
弘前市長出現
41/65

@15の3 『大本営発表(下)』

「あ、ヘロンくん」


「すごく懐かしいものを見た感じっすね!」


「お前が呼び出したあっちの世界のバケモンじゃねーか」


「そ、そういえば戻すの忘れてた。ふへへ。そっかー、唐牛さんに捕まってたかー。げ、元気そうでよかった?」


「ぐったりしてんじゃねーか」


「そうだね…」


 仮にも自分のペットじゃないのか。かなりひどい話である。


 ガックリとうなだれるウラシマに関係なく、画面のなかの番組はどんどん進行していく。


『なんですかこの生き物! え、え? 作り物じゃないんですか?


『作り物だと? そう思うならそら、君の前の書類を渡してみたまえ』


 女子アナが萎縮しておずおずと手渡す書類を受け取り、それをヘロンくんの前に掲げると、貴くんがヘロンくんに爪を立てた。


『ぴぎゃー!』


 ヘロンくんが痛みを訴えて悲痛に鳴く。


「あ、ひ、ひどい! なんてことするの!」


「ヘロンくんがああなってるのはある意味お前のせいだけどな…」


 それを言われると弱いらしく、ウラシマが口をつぐむ。


 画面のなかのヘロンくんは痛みにこらえかねて、チロチロと真っ赤な舌のような炎を吐き出す。貴くんが左手に掲げた書類がたちまちメラメラと燃えあがる。テレビ局ってスプリンクラーとかないのかな。大丈夫? といらん心配をしてしまう演出である。


『これを見ろ! こんな奇怪な見た目で口から火を吐く生き物など、この世界のものであるわけがなかろうが!』


 大見得を切る貴くんである。すべての事情を知る俺から言わせてもらえば、たぶん何も知らない人からは自分とこの市長が狂気を発して、隠したライターか何かで火をつける手品で異世界どうこう言い張ってる、という非常に面妖な状況に見えてると思うのだが。


「ううう、すっかり忘れてた私も悪いけどあんまりだよ…絶対助けてあげないと」


「ウラシマちゃんも案外クールっすね! 自分が飼ってるペットの存在忘れるとか!」


「いや、いや。違うんだって。あの子はお姉ちゃんのペットなんだよ。お姉ちゃんまでこっちの世界来ちゃってしかもしばらく帰りそうにないから、あっちに置いといても構ってあげる人がいないよなあって、あくまで親切心のつもりで…」


「お前の姉に動物を可愛がるような情緒があってたまるか」


「ちーがーうーのー! オトギキングダムに居たときは毎朝『おはようヘロン』って微笑んで挨拶してたんだよお姉ちゃん! すっごく可愛がってたんだから!」


「なんかファンタジーのお姫様みたいじゃないっすか!」


「お姫様なんだよ! タツオさんたちのせいでああなっちゃっただけで! …まあ、こっちに来てからヘロンのヘの字も言わなくなったから、ついつい私も呼び出したっきり忘れちゃってたけど…」


 ちょっと待て。オトヒメさんがああなった原因について、当初は俺もホスト遊びなんか紹介したのが悪かったと反省してたが、その反省自体を反省してんだぞ今は。どう考えてもあれがあの女の素だ。なんか俺らのせいみたくいわれるのは心外を通り越して不愉快です。


「うー。ヘロンくん。どうしよ…」


「またピンクの煙出してぼわっと召喚すりゃいいじゃねーか」


「無理だよお」


 ここで唐突に召喚の仕組み。


 召喚というのは基本的には異世界の壁を飛び越えて何かを呼び出すための技法であり、そこに時間や空間の概念は関係してこない。例えば世界Aから世界Bのものを呼び出すとき、対象のものが世界Bのどこに所在し、どういう時間軸のなかに存在していようが、A側では呼びたいとき呼びたい場所へ召喚することができる。


 しかし、この時空間無視という法則が適用できるのはあくまで正式に異世界からの召喚という手順を踏んだ場合であって、同じような術式を同世界に行使すると、時間空間の制約はしっかり受けることになる。


 ウラシマがシンタと初めて会ったときお隣の国のマスコットアニマルを呼び出してみせたのは、それゆえ召喚ではなくテレポートというまったく別種の技能を使っていたらしい。数十年に一度の天才召喚士という設定があるウラシマは、移動に関する様々な技能のスペシャリストなのであった。


「待て」


「? なに?」


「そんな便利なウラワザがあんのに、なんでお前は高照神社行くときいっつも俺の原付に2ケツなの?」


「え、へっへっへ」


 ウラシマが微妙な笑い方をした。自分のずるさを誤魔化す、妙に大人びた笑いであった。


「シンタさんと会ったときくらいまではまだ使えてたんだけど…あの、うん。こっちのご飯、おいしいから…」


 菜食主義どころか粟や稗を食うことしか許されない厳しい修行によって培われた、法力。


 弘前に来てからのウラシマは、もちろんそんなもん守れてはいないのであった。そういや普通にラーメンとか食ってたなこいつ。


 はじめは姉への付き合いで。そのうちずるずると誘惑に負けて自主的に。当たり前のように生臭を食いまくる生活が板につきはじめたころ、ウラシマ少年はとある冷厳なる現実にぶちあたる。


「さすがにあのときは青ざめたね…。あれ!? 私もう召喚もなにもできないじゃん! って。まあ、あんな食生活してたらこうなっちゃうのは予想してたんだけどね…」


「てめえ人には散々修行しろちゃんとしろホザいといてそれか」


「私は座禅瞑想とか荒行とかちゃんと続けてるもん! タツオさん雑穀以外何も食べちゃ駄目な生活なんて耐えれるの!?」


 開き直りやがる。もちろんそんなもんまったく無理だ。


 つまり現在のウラシマ少年は、無駄に身体能力が高い以外は普通の人間と大差ないただの小娘だったのだ。むしろ職業がポン引きで学校に行ってないことを考慮すると、人として同世代の女の子に大幅に劣るかもしれない。


「あれ、その割りに地下への『門』はポンポン引き出してたじゃねーか」


「ああ、あれは術式さえ知ってれば清浄とか関係ないからね。こっちの世界の穢れそのものだもん。むしろあれを引き出せば引き出すほど生臭食べてるのと同じことになるっていうか」


 そんなことを妹に当然のように義務化させる姉に、何も感じることはないのだろうかこいつ。


「あ、なんかまた新展開っすよ」


 俺らの会話をよそにテレビ画面を注視してたシンタが声をあげる。


 画面の中では、ヘロンくんがいかに有り得ない化け物かってことを力説してまったく女子アナに信じてもらえず、貴くんがキレて話を打ち切って別の『証拠』を呼び出したとこであった。すごいグダグダっぷりだ。せめて打ち合わせくらい事前にしとけよ。


『くそっ、こんなやつを司会に据えおって! AABの局長に断固抗議してやる! ええい、次はこれだ!』


 こんなくだらねー子供のワガママに付き合って名を落としたいアナウンサーというのは、いかに地方局とはいえこの新人っぽい女以外ただの一人も居なかったんだろうなあ。


 と画面を見る俺ら3人とたぶん全青森県民共有の感想をよそに、貴くんの合図で画面いっぱいに新たなパネルが映し出される。


 紅葉の公園をバックにお猪口を傾けうっすら微笑む、長い睫毛が憂いありげで艶っぽい桃色髪のイケメン。


 桃様であった。


 なんでこんなファッション雑誌のテーマ写真のようなのか。


『あ…すごいかっこいい…』


 女子アナが頬を染めて呟く。


『かっこよくなあああぁぁぁい! 誰だこんな写真を用意したやつは! 責任者はあとで処分してやる! 本当の写真はこっちだ!』


 蓬髪振りみだし、涙目どころかモロに涙を流しながら大声で喚きたてる貴くんはどう見ても正気ではない。


 桃様がモテるのがそんなに気に食わんのだろうか。それはもう自然の摂理だから諦めるべきかと思うが。


 そして、貴くんがいう本当の写真というのがまた正気を疑うものであった。


 どう見ても隠し撮りっぽいピントの荒い画像に、太線のマジックで鼻毛とかにきびとか鼻水とかツノとかたらこ唇とか描いてあるという。


 どうしよう、大変だ。俺らの市長の精神レベルが小学生なみだった。


 いや、小学生は怨恨で教科書に落書きするわけではないので、ある意味で小学生より大幅に品格で劣る。人間のクズオブクズであった。


『この男がすべての元凶! 鍛治町に巣食う邪悪の総本山、桃太郎だ!』


『…』


 もはや相槌を打つことさえ放棄し、しらーっとした顔で邪悪の総本山はお前だろっていわんばかりの女子アナである。まあ桃様と目の前の気狂いじみたオッサンを並べて、後者に正当性を見出す女ってのはたぶんこの世に居ないとは思うが。


 しかし、いざやとうとう桃太郎めの話題に切り込んだ貴くんは、女子アナの無礼な態度にも気づかず、口角泡を飛ばすという表現がしっくり来るほどの勢いでまくしたてる。


『盛り場に毎夜繰り出しては数百人の女に秋波を送り! 少しでも気に入らぬとみれば暴力に訴え! この弘前に現れてからたったのふた月足らずで、裏社会の顔役に納まった! この男の手にかかって死んだものは数え切れず、いまや桃果会なる愚連隊すら組織して市民生活を圧迫しておる!』


 意外とそんなに間違ってはない人物評であった。


 ただ数百人の女から秋波を送『られて』んのにまったく女関係のトラブルの話が聞こえてこない桃様はまっこちみんなのアイドルぜよ。


『諸君らは知っておるかね! 先日、鍛治町近辺で起こった道路の断裂事故! あれはこの男が市民の交通を妨害するために仕組んだものだったのだ!』


 俺を真っ二つにするための手刀が水道管ぶち割ったあれか。


 確かにあそこを通勤通学のため通ってる人は迷惑しただろうなあ。


『この男の思惑ひとつで弘前市民の安寧は容易く脅かされるのだ! 最初に説明した毒物事件もこの男の協力者の仕業だ! いまやこの男のためにどんな犯罪も仕出かす狂信者が市民のなかからも出始めている! 目を覚ませ! この男は異世界からの侵略者なのだ!』


 白雪ちゃんが桃様の仲間っつー事実はたぶんないかと思うが、協力を求められたら特に迷いなく手を貸すだろうとも思われる。


 俺も桃様に頼られたらまあ普段からお世話になってるし、お手伝いすることに吝かでない。というか恩返しになるのでちょっと嬉しい。


 これが鬼婆の手伝いとなると気分は真逆だから、人徳というのは本当に人間にとって最大の武器であることだな。


 そしてそれは画面のなかで必死んなってるオッサンに一番足りないものでもある。人徳が一番足りてない政治家って風上にも置けねえなあ…。


『なにい!? もう放送時間が終わりだと! 馬鹿者! まだ奴の危険性の100分の1も市民に伝わっておらんぞ! マスメディアの義務を果たせこのクズどもが! そんなことでジャーナリストといえるのか!』


 番組ももう終わりらしい。スタッフ一同がオッサンに組み付いて大人しくさせようと頑張っていた。


 少なくともこのおっさんを一秒でも早く壇上から引きずりおろすことが正しいジャーナリズムの姿により近いことは間違いなく、総出になって政治家の義務を果たしてないクズを画面外に退場させようとする彼らは、ここに来てやっとジャーナリストの本分を取り戻したものとはいえよう。


「…いやー。すごいことになってきたね」


 画面一面の青背景に白字でお見苦しいところをお見せして大変申し訳ありません。放送再開までしばらくお待ちください。というテロップのあと、テレビ画面はまた正月らしいクッソだるいバラエティを映し出している。


 それを見るとなしに見ながら雑煮をパクついて、感嘆の息を漏らすウラシマは完全に他人事の体である。


 本当まあ、正月の団欒を電波ジャックしてまで桃様を社会的に攻撃しようとか、なりふり構わなくなってきたものだとは思う。


 思うが、元来そんなに日の当たる場所で暮らしてない桃様には最初から社会的名声なんつーもんはないし、仮にあってそれが傷ついたところで桃様は気にも留めまいし、だいたいこんな頭悪いプロバガンダ番組を見て『桃太郎ってのはなんて悪い奴なんだ』とか感じると思われてるなら、弘前市民はちょっと馬鹿にされすぎじゃなかろうか。むしろ番組の相方の女子アナのように、市長に反感を持つ人間のほうが多かろうと思われた。


 どんだけのコネとカネを浪費したのかしらんが、なんの意味もない攻撃であった。


「それにしてもあれっすね。オトヒメさんとトノの話が一切出なかったっすね」


「そうだよ。俺はともかく市長が発狂した元凶にノータッチなのはおかしくねえか?」


「いやいや。いやいやいや。それをいうならついこないだ唐牛さんの部下をやっつけまくって本人を直接脅したタツオさんのタの字も出ないのだっておかしいよ?」


 いわれてみれば。


 対オトヒメさんは完全にトラウマになってたから名前を思い出すのも辛いとかなのかもしれんが、この番組構成で俺のことにまったく触れないのは妙ではある。


 いったらなんだが、この内容で攻撃されるのが俺だったら、俺は桃様と違って明鏡止水の境地になんぞ至ってないので、かなり明日からの弘前生活が気まずくなってたところだ。


 その後新年いただき○トリート初めを何時間かやって解散した。


 周回ギリギリまでウラシマ寡占エリアの株を買い漁って、当のエリアの持ち主であるウラシマの1.5倍の株式を所有するに至り、寄生相手より巨大なダイオウコバンザメと化した俺がさあ早く増資するのだ! 時は金なり! マネーイズゴッド! と煽りまくってたら、持ち店5倍売りを引いたウラシマがノータイムでそのエリアの店を売り払ったので俺の株資産はすべて紙切れとなったのだったが。


 龍王、投機的な資本投資、だーいすき!

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