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スーパーニートプラン 〜おとぎ草子血風録〜  作者: 海山馬骨
弘前市長出現
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@15の2 『大本営発表(上)』

 世はなべてこともなし。しんしんと雪の降り積もる、静かで救われた時間だ。


 うちのアパートは幹線道路にほど近い立地であるために、常日頃ならばひっきりなしに車両の通行音が聞こえてくるのだが。


 今日に限って、まるでこの部屋だけが時代から取り残されたように静寂に満ちているのは、ひとえに本日が一月の一日いっぴ、お正月であるからなのだ。あけましておめでとうございます。


 銃撃事件は弘大との関わりを断つことが最も安全になる術だと悟ったモヤシの献身的な証言によって、すべてモヤシ単独の事件ということで処理され、その後はとりあえず俺への干渉は一切見られないようになっていた。


 おかげで、このように心穏やかな正月を迎えられたことを嬉しく思う。やはり正月という日は一年を通しても格別に特別なのだなあ、と眠くなるほど静かな環境に過ごすと思う。ほら、日本人なんだから正月くらい休まないと駄目だよやっぱ。元旦に店休めたのって何気に久々だがな。


 というわけで、一年の始まりを怠惰に浪費するべく俺がまったりしていると、突然スマホが着信を知らせて物々しくも悲しいメロディを唄いだした。ちなみにこの曲は愛のテーマ。オトヒメ一家共通の着信メロディである。


「…」


 せっかくの寝正月を妨害されて、すっげえ不愉快になりながらスマホを手繰り寄せると、その画面にはウラシマの名前が表示されている。妹のほうならまだマシか、と出ることにした。


「あー。なんの用?」


『もしもし。寝てた?』


「いや。クソつまんねー正月番組見てた」


『テレビのチャンネルをAABにして。唐牛さんの放送が始まるよ』


 AABとは青森嵐放送(Aomori Arashi Broadcasting)の略である。民放テレビ局が2つしか存在しないという文明に見放された土地であった青森県に、俺が子供のころに突如として光臨なされた神のごときテレビ局だ。よく考えるとそれ以前から青森に放送提供してた局のほうが貢献度は高いのだが、あのころの青森県民どもは寝ても覚めて猫も杓子もAABAABという忘恩の徒であった。そういう時代もありました。


「てか、は?」


『あ、やっぱり知らなかった。新聞の折込で先週から毎日めっちゃ宣伝されてたのに』


 俺が新聞など取ってるわけもなかろうなのだ。むしろなんでお前んちが新聞取ってるんだよなのだ。


『30分くらいしたら始まるから、私もそっち行くよ。唐牛さんが何を言うのかちゃんと見ようね!』


「ええ…」


 俺はこの静謐のお正月を大事にしたいので、元旦早々あの駄目なオッサンの顔など見たくもないのだが…。べつにウラシマが来るのは構わんが貴くんのツラを見るくらいならマロカーインフィニットしたい所存なのだが…。


『元日から唐牛さんなんか見たくないと思ってるでしょ! 駄目だよ! 船越さんのためにも頑張らないと!』


 まだその話引きずってんのか。

 いや、シンタやウラシマが同情して盛り上がるのはお優しいことで結構なのだが、なんか俺はいまいち彼女の話に乗り切れない部分を感じるのだが、それは俺が冷徹なのだろうか。そうじゃねえと思うんだけどなあ。


『なんならウチに来て見る?』


「もういいから早く来い」


 何が悲しくて元旦から貴くんウォッチングするだけで死にたい気持ちなのに、わざわざお出かけして悪魔の巣へ足を踏み入れねばならんのか。あまり意味のわからないことを言わないでほしい。


 計ったようにきっちり30分後。番組が始まる直前に、ウラシマとシンタが雁首揃えて出現した。なんでシンタまで来てんのか。まあいいけど。


「あけましておめでとー。おうちでお雑煮作ったから持ってきたよー」


「オヤジのお歳暮から大吟醸くすねてきたっすよ」


「よく来たマイフレンド」


 なんて気が利くやつらなんだろう。俺はこいつらが来ることを待ちわびていたんだよ。本当だ、嘘じゃない。


 正月に雑煮食うなんて何年ぶりだろう。つゆ作るのはダシ取る延長でいいんだが、餅がこびりついた鍋や食器洗うのも面倒で、一人暮らししてるとあんまり作らない料理のかなり上位に来ると思う。お汁粉とかきなこ餅はよく食うが。というか店でパートさんからおすそ分けされてしまったのでこれから一週間は三食餅かなと思ってたが。


「じゃあ雑煮をつまみに一杯やっかあー」


「いえーい」


「あれ? なんか目的変わってない?」


 気のせいだ。どう考えても白髪のオッサンの暑苦しいツラ見るより高い酒で昼間から飲むほうが楽しいし正義だし。


「「かんぱーい」」


「…あれ?」


 いや、なかなかいい正月だ。一年の啓は元旦に有りというが今年はいいことありそうである。



「あ、始まった」


 もちろんそんな流れでウラシマ少年ボーイは騙されてはくれず、当たり前のようにリモコン操作してAABを映し出したのであった。


「相変わらずイカちーっすね。引退したレスラーみたいっすよ」


「すげえ、マジで貴くんが映ってる」


 夕方のニュースで見慣れたAABの収録スタジオに、今日はいつものキャスターではなく貴くんと新人っぽい女子アナが座っていた。


 何がすげえって、たかが地方番組に貴くんが出てるってことではなく、たかが地方番組が正月のお昼のお茶の間の電波を占拠してるっつーことがすげえ。


 だって正月つったら普段と違って日中が家族の揃うゴールデンタイムなわけじゃない? 当然何を放送するかの枠なんて中央キー局の意向でとっくに決まっておろうものを、どんな権力とカネのごり押しをすれば、この時間帯に地方特番なんか流せるのだろう。


 キチガイに刃物とはよく言うが馬鹿に権力を持たせると不可能を可能にするなあ、となかば感心していると、なんか画面におどろおどろしいホラーっぽい書体の赤字の大書きが浮かび上がった。いわく、


『全弘前市民傾聴せよ! 地獄から迫る侵略者に備える、緊急市民決起集会』


「おお…エライ迫力だ…」


「桃太郎さんとかタツオさんを絶対殺すという強い決意を感じる。ていうか地獄ってオトギキングダムのこと?」


「勝手に市民決起集会とか言ってるっすけど市長の手下しか参加しないんじゃ…」


 というかつまり完全に弘前市オンリーの問題であるのに、電波ジャックされて元旦の憩いを邪魔された弘前以外の青森県民の心境やいかに。


 なんにせよ出だしから面白すぎた。


 面白すぎるといえば、貴くんである。カメラが寄るとよくわかったが、セットもろくにしてないざんばら髪、泣きはらしたように充血した目と膨れ上がった下目蓋、重篤の病状を心配させるほどクッキリと濃いクマ。


 いったい何があったんだよと言いたくなる狂態であった。


『えー、本日は弘前市長である唐牛貴さんにスタジオにお越しいただいて、いま弘前市に起こっている重大な危機に関してご説明いただきます』


 経験が浅そうな女子アナが俯きながら番組の趣旨を説明。露骨なカンペである。まあこんなアホみたいな番組に一生懸命台本覚えて備えようと思えないのは仕方ない。


『…ただいまご紹介に与った唐牛である。諸君、あけましておめでとう。と市長として言いたいところだが、いま我が弘前は悠長に新年を寿いでいる場合ではない。明日をも知れぬ危険が市民生活に迫りつつあることを君たちは知っているかね』


 俺たちはその犯人っぽい想定であると思われるが、知りません。


『まずは先日、弘南某所のアパートで起こった異臭騒ぎだ』


 貴くんの声にあわせて画面が切り替わり、大写しになったのは明らかに俺んちのアパートなのであったが。


『このアパートを現場にして、弘前市民に対してテロ行為が試みられたことを諸君はご存知だろうか。幸いにして死者こそ出なかったが、無辜の市民約10名が激しい頭痛を訴え嘔吐して倒れるという事件があった。しかしながらそれだけの被害があったにも関わらず、被害者の体内からはまったく毒物らしい痕跡は発見されず、警察当局の未公表の見解では最新かつ未知の毒ガス兵器によるものであろうと見られるということだ』


 なるほど、だから途中から俺への聴取が取りやめになったのか。


『次に』


 また画面が切り替わる。


 映し出されたのは弘南の人間には実に見慣れた土淵川の光景であった。


『土淵川の下流域で、猛毒が検出された。いくら冬とはいえ川端の植物が枯れるのが早すぎることから、不審に思った大学生有志が調査したものである。この毒も、我々の知識には存在しない未知のものであった』


 なるほど。


 つまり悪いのは全部白雪姫ということだ。奴ならお前らにくれてやる。好きにしろ。


 つーか、結局土淵川に毒漏れてたんじゃねーかおい。


「白雪ぃ…」


 気まずげにウラシマが呻いた。なんかあれね。この場に白雪ちゃんが居ないでよかったね。


『落ち着いて聞いてもらいたい。これらはすべて、異世界からの侵略者の手によるものである』


 合ってる。侵略者って部分以外は。


 そしてその異世界の奴らが害を加えてきた以上は、その目的が侵略かどうかというのは些細な問題であろう。まったく許せねえ。早く自分の国に帰れ。


『い、異世界ですか? なんだかいきなり話が』


『では証拠を見せよう』


 貴くんがパンパンと拍手を打つと、黒服がカゴを持って画面のなかに入り込んだ。


 そのカゴに手を突っ込んだ貴くんが、中から『なにか』を掴み出す。


『見たまえ! こんな生き物を空想の産物以外で見たことがあるか!』


 そこに居たのは40センチほどの細長い蛇のような体躯に、3対の羽根とドラゴンみたいに立派な顔を備えた生き物であった。なんだか元気なさげにしおれてぴぎゅーと鳴いていた。


 なんかすっげー見覚えがあった。

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