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スーパーニートプラン 〜おとぎ草子血風録〜  作者: 海山馬骨
弘前市長出現
39/65

@15の1 『血のクリスマス』

 ジングルベージングルベーうるせえ店内放送からようやく開放されるときが来た。


 ようやくだ。


 朝から晩まで何がそんな楽しいんだか知らんが愉快で弾んだリズムとメロディ垂れ流しやがって。こっちはクリスマスなんてケーキ食って終わりの日になって久しいというのに。自分と一切関係ないことで浮かれ騒いでるやつらって無条件に死ねって思うよな。


 ところでうちの店は、一般食品小売業としては非常に珍しいことに、クリスマスにケーキを取り扱わない店です。


 なぜかというと提携するケーキ屋がないからです。


 大手のパン屋から仕入れれば、と思われるかもしれないが、うちくらいしょぼい店になるとまともにお客さんから注文取れないのね。さすがに注文件数2件や3件じゃ、このクソ忙しいXデーにパン屋のほうでもいい顔しないのだ。


 あ、うちの店ではケーキ等販売協力のノルマもありません。なぜって給与条件悪すぎるクソ店でそんなもん強要したらみんな一瞬で辞めるからだ。


 こんなスーパーマーケットは日本でここにしかないと思う。すごいなあ『スーパーほいど』。我が店ながらベ○マとは大違いであった。


「おつかれ。今日はクリスマスだし早く上がっていいぜ。つーか俺ももう上がるし」


 主任こと弘大が店を早く上がる。幻聴だろうか。仕事がなければ仕事を作って、タイムカードを押したあと1時間くらい居残ってなんやかんや作業するのが通例となっているという、ハイパーワーカーホリッカーの口からそんな言葉が出るとは。


 俺なんか自分がやらかしたときの尻拭いくらいでしか残らないし、残業なんて絶対拒否なのだが。絶対拒否といいつつ弘大に「頼むわ」って言われると「わかった」以外のお返事ができないのだが。


 しかし、今日に限ってはこれは幻聴ではない。


 なんでかって、みなまでいうまい。今日はイエスキリストが生まれた日であり、お外でセックスする日だからだ。


 弘大も例に漏れず、というかこいつは女のことには兎角マメな男なので当然のごとくというか、いま付き合ってるJDバイトとロマンチックハメハメいたすべくホテル上階の部屋とレストランの予約を取っているらしい。


 なんで田舎の零細マーケットの主任ごときがそんなカネ持ってんだと思われるかもしれないが、ちょっとだけいい車に乗ることと女以外に一切趣味がない弘大くんは、服も地味だしパチンコや酒はやんねーし食い道楽もないしで残業代がそのまま貯金になる一方なのだそうだ。


 同じ店で似たような給与で働いてるはずなのになんだか別世界の話のようだ。俺なんか維持費が惜しくて車も持ってないのにこの差はどこから来るのであろう。やっぱゲームにカネかかってんのかな。それとも動画サイトとかPC関係の定額サービス利用しすぎなのか。思いつきで輸入物の高級紅茶買ったりしてるのが駄目なのか。


 俺の通帳はこないだ一瞬だけすさまじい風速を記録した以外は基本的に残高ゼロ行進なんだが。本当におかしい。この差はどこから。


「もしかして弘大は店の金に手をつけてるんじゃ…」


「お前それ冗談のつもりなのか知らんけど店で口に出して言うんじゃねえよ殺すぞ」


「めんごめんご★」


 違うようだ。


 堅実で真面目に生きてる人にはその分の幸せがやってくるなんて、そんな腐れたメッセージは信じたくないなあ…。人間に生まれてやりたいことや楽しみたいことばっかりやって生きて何が悪いんだろう…。


 全作業を終えて控え室に戻りながら俺が世界に対して失望(一ヶ月ぶり85回目)しているのを尻目に、いそいそと黒いダウンコートを着込む弘大。ダウンコート?


「あれ、なにそのコート。いつものスカジャンは?」


「ホテルデートでスカジャン着るような馬鹿は女と付き合わないほうがいいな」


 ごもっともではあるが。


 女は勝手に寄ってくるものだ、と豪語する対馬弘大にしてはなかなかの本気度のようだ。そりゃそうだ。JDだもんな。ぴちぴちしてんだろうなあ。いいなあセックス。


「じゃ、お先」


 片手をあげて退出する弘大。俺もすぐ後を追う。


 クリスマスっぽい催しを一切やらないくせに音楽かけるのはタダだとばかりに、たった数曲のクリスマスセットリストを朝から晩までリピートするという、キチガイそのものの暴挙が繰り広げられる阿鼻叫喚の巷から一刻も早く立ち去らないと俺の脳が死ぬ。


 示し合わせたわけでもないが、俺と弘大が足踏み揃えて控え室から出、帰宅するべく裏口を目指すその途上。


 俺たちを出迎えたものは店内から流れてくるジングルベーではなかった。


 絹を切り裂くような絶叫。絶叫。絶叫。


「キャーーー!」


 店内に居るすべての人間が口々に叫んでいるものと思われる。思わず、弘大と顔を見合わせる。これほどわかりやすく異常事態が起こってるというしるしもそうはあるまい。


 やむなく二人で店内に戻る。タイムカードはすでに押してあるので、これから何が起こっても完全なるサビ残だ。


 ※


「外崎龍王を出せ!」


 そこに居たのは、黒服であった。先日のクラブ『観音』乱闘事件のおりに見た覚えのあるツラだ。所属はキンニクーズではなくモヤシーズのほうだ。見た目に可哀相なほどのガリである。


 で、そんな服装だけキマってるガリがなんか喚いたからって、なぜこれほどの騒ぎになっているのかというと、それは彼が左手にパートのおばちゃん大湯さんを抱き、右手に握った拳銃の銃口をその眉間へと突きつけているからなのだった。


「おい呼ばれてるぞ外崎龍王」


「外崎龍王はお前だろうが。つか、なんだありゃ。なんで実銃持ってる奴がお前を狙ってんの?」


 なんでだろう…。いや、それをやってる犯人が黒服である以上、心当たりはバッチリあるのだが。


「というか待て。あれ実銃? エアガンってオチは? 仮に実銃だとしてなんでお前にそれがわかる?」


「エアガンでわざわざトカレフ持ちたがる奴って通だなぁ。本物そこらへんで売ってんのに」


 …ええー…。


 桃様登場あたりからひょっとして弘前は合法都市なみの無法地帯なのではと予感してはいたが…俺の知らんところでそんな世界が広がっていたとは…。


「嘘だよ。金属製のエアガンなんかねえだろ」


 どっちにしろアレは本物なんですね。


 いつぞやの猿パナマ君といい、簡単にチャカ入手できすぎだろ弘前。やっぱ無法地帯じゃねーか。


「出たな外崎! おま、お前のせいで俺は! くそ、ころ、殺してやる!」


 いや、外崎龍王は俺の隣のメガネ男です。


 と言い張りたいのはやまやまなのだが、どうやら面が割れてるらしく、黒服モヤシは大湯さんを突き飛ばし、迷わず俺に両手で構えた銃を向ける。


 いや、迷ってる。ちっちゃい子供がお子様ランチで何から食うか迷い箸をするがごとく、だいたい俺のほうを向きつつも、上下左右あっちへふらふらこっちへふらふらする銃口。


 喧嘩もままならん奴が人を撃った経験などあるわけがなく、撃つ度胸もあるわけがないのだった。


 よかった、命拾いできそうだ、と息つく間もあらばこそ。


「情けねえ。なんで唐牛様はお前みたいなの飼ってんだ。どけ」


 その有様に業を煮やしてか、モヤシの後方からもう一人の黒服が姿を見せた。そして、モヤシ傲慢に蹴りでどかし、ピタリと俺に狙いを定めた。

 その手にはモヤシとは種類の違う、しかしやはり容易く人の命を奪うであろう凶器が光る。


「今度はリボルバーかよ。またずいぶん趣味的なもん持ち出したな」


 横で弘大が呟く。俺は銃器マニアではないので相槌すら打てない。


「念のためについてきてよかったぜ。何日かぶりだなぁ、外崎ぃ」


 こっちはキンニクーズの一員のようだ。やはり見覚えがあった。


「お前が唐牛様に舐めた態度取りやがるから、ぶち切れた唐牛様がお前を殺せとさ。無様を晒したこいつらは、可哀相によぉ。三日でお前を殺らないと、唐牛家のカネを横領したことにされて消されるんだってよ。可哀相だよなぁ。だから、こいつらのために死んでやれよ外崎ぃ」


 大物ぶって余裕ぶってはいるが、黒服筋肉はその目が憎悪にギラついている。俺みたいな見た目しょぼいオッサンに全員チョップ一発でぶちのめされたのがそんなにプライド傷ついたのメーン?


 と挑発したいのだが、俺は桃様ではないのでその結果アタマがフットーしちゃった筋肉に撃たれたら大変なのでしないです。


「話が見えねーけど、とりあえず後ろに隠れてろトノ」


 この場の人物相関図ではむしろまったくの部外者である弘大がなぜかずいっと前に出た。


「なんだァ? テメェ…」


 無関係の第三者の登場に、筋肉が不快感を露にして弘大を睨みつけた。


「こいつがどういう理由で実銃で狙われるような羽目になってんだか知らないけどさ。勘弁してやってくれねえ? 喧嘩もまともにしたことないんだわ、こいつ」


 俺が召喚されて勇者の力を手に入れたなんて露知らぬ弘大の、男気と友情溢れる発言が飛び出した。あ、いかんちょっと本気で感動しそう。なにこいつかっこいいじゃん…。そりゃ女にもモテるわ…。


 しかしその発言は、筋肉にしてみれば噴飯ものなのであったが。


「喧嘩もしたことねえ? 何言ってやがる…つまらねえこと言ってねえでどけよ。お前から先に撃ってやろうか? あ?」


「こんな市街地のど真ん中で撃てるのか?」


「撃てるさぁ」


 へらへらと筋肉が笑う。


「もう客どもみんな逃げちまって人目はねえし、鉄砲から出る指紋はこのガリガリ野郎のもんだけなんだからなぁ」


「…」


 モヤシのほうが悔しいんだか悲しいんだか、いろんな感情を滲ませる。


 なるほど。この筋肉なんかやたら余裕綽々の態度を取りたがると思ったら、捕まってお勤めしてくるのはモヤシの仕事で、実際の実行犯である筋肉は無罪放免が確定してるってシナリオなのだな。


 トカレフとリボルバー、モヤシくんは種類の違う銃で二挺拳銃をかます達人ということになるんだろうか。


 すげー。なりふり構わない的なことは確かに言ってたが、ここまでなんでもしてくるとは思わんかったわさすがに。仮にも市長の座にある男のすることだろうか。犯罪どころか、巨悪とか社会の敵って表現がピタリと来る。アル・カポネかな?


「そうか。なら撃ってみろよ。トノ、アイスケースの裏とかに隠れてろ」


「いや、さすがにそれは」


 いちおー勇者でもあることだし、つーかそもそもこいつの狙いが俺であるのに、すべてを弘大に任せて雲隠れとか、なんぼなんでもそれは俺が自分自身のクズ感に耐えられなくなる。


「いいから隠れろっつってんだよ。俺が殴り殺すぞ」


「はい」


 すぐさま指示通りアイスケースの裏に隠れる俺だ。


 …ん。いや、大の大人として自分のへなちょこぶりに思うところは大いにあるのだが。


 これは駄目なのだ。俺はいざって局面では弘大に逆らってはならぬことがDNAに刻み込まれているのだ。ちなみにオトヒメさんと桃様にも逆らえないが。駄目なのだ。


「おい、おい。勝手なことしてんじゃねえぞ。本当に死にたいみたいだな」


「御託はいいからさっさか撃てよデブ」


 筋肉達磨に向かってデブとの挑発。まあ横幅は確かに常人以上だが、その大半が筋肉なのだからふつーはデブとはみなされないと思うのだが、筋肉の単位面積当たりの出力が通常人の10倍くらいあると思われる、一般人のフリをした化け物対馬弘大にとってはただのデブなのかもしれない。


「死ね」


 もやは弘大の言うことに取り合わず、冷徹かつ冷静に、黒服筋肉がトリガーを引いた。続けざまに3発。パン、パンパン、とリズミカルな拍子で乾いた音が鳴る。


 マジで撃ちやがった、と思う間もあらばこそ、その発砲音と同時に弘大がダッキングする。


 タン、タンタン、パキ


 と、俺が身を隠すアイスケースの向こう側に着弾の音。


「え?」


「え? じゃねえよタコ」


 そのまま踏み込んだ弘大が全力で振りかぶったパンチが、大砲のような衝撃でもって黒服の頬に突き刺さる。巨体を空中で錐揉み反転した筋肉が、そのまま床に頭をたたきつけられた。


「げべっぶっ」


 とん、とん、とん


 と、ゆっくりと弘大が、倒れた黒服に近づく。握っていられず放り投げられた拳銃を、弘大が拾い上げる。


「はへ、へ? あ、あんで? 撃ったお? 当たったお?」


 口んなかがめちゃくちゃになったらしく、まともでない滑舌で疑問を口にする黒服。思いっきり頭をシェイクされて、夢見心地で何が起こったかもいまいちわかってない様子だ。


 もちろん当たってないから、今このような状況になったのだが。


「一切迷いなくどこ撃つか、いつ撃つかも予告してるみてえな発砲くらいそりゃ誰でも避けれるだろ」


 弘大がなんか言ってる。当たり前のように馬鹿みてえなことを言うな。そんなことできる人類はオトギキングダム出身を除いたらお前だけだ。


「まだそっちの白くて細い奴が撃ったほうが当たったかもな。照準デタラメもいいとこだったし」


 そうなのか。そのバケモン的なモノサシを共有できる人間はこの場に誰もいないが。弘大のなかでそうなら、そうなんだろうきっと。


 弘大が拾った銃をしげしげ眺めたかと思うと、やおらにそのシリンダーを回転させた。


「3発撃ったよな」


 呟きつつ、弘大がその銃口を倒れた筋肉の口のなかに突っ込んだ。


「ごがはっ!?」


「今から3発撃つ。全部空砲だったらお前のラッキーに免じて許してやるよ。駄目だったら死ね」


「あいいい! ばはっばっあべえ!」


 筋肉がもはや体裁もクソもなく、涙を流しながらいやいやをする。


「暴れたら4回トリガー引くから。覚えとけよ。はい一発目」


 ガチン!


 シリンダーの回転音が、クリスマスソングの流れ続ける店内に、それを圧する異様に大きな音として響く。それはなぜかといえば、俺も、たぶんこの場に居る全員も、意識をトカレフに集中させているからだと思われるのだが。


 …あくまで脅しだけだと思ったんです。だって考えないじゃないですか。仮にも戦後日本の一般家庭で育った人間が、人の口に突っ込んだ鉄砲の引き金を一切の躊躇いもなく引けるなんて。


 マジか。狂った男だとは思ってたが、よもやこれほどだったとは。


 うわ、こええ。めっちゃドン引きする俺だ。こいつが一般人として市民生活に混ざって暮らしてるなんてこと、許されていいのであろうか。


「いびぎっ…ヒィヒィヒィ」


 踏み潰されたカエルの断末魔のような声を出して、絶息に似た拙い呼吸を繰り返す筋肉くんは、今まさに生きた心地がしないってやつだろう。ていうか待て、さすがに止めたほうがいい。止めないと。いくらなんでも目の前で銃殺刑が行われちゃうのも友達が殺人犯になるのもトラウマすぎる。


「おい弘大待て」


 しかしながら。


 俺がそれ以上いけない、と制止のために近づこうとするのより、良心とか世間体のブレーキが存在しない狂人の指先が動くほうがずっと早かった。


 ガチン!


「…フヒュー…フヒュー」


 もはや声もあげられず、荒く息を吐き出しながら、目を限界まで見開いて、自分の口から生えた銃身を凝視する黒服をつまらなそうに見下ろし、弘大が言う。


「お前なかなかの豪運だな。でもま、最初は2分の1で次は3分の1だけど、今度は一気に確率が跳ね上がって6分の1しか生存率ないぞお前。せいぜいお祈りしろよ」


 6連装の弾丸のうち、3連発分をすでに撃ちだしたシリンダーだから、2発が空砲という結果を出したあとの今では、残り4分の1のスロットのうちたった一つしか安全地帯はない。


 それは言い換えれば、弘大がシリンダーを回転させたあとの発砲一発目が、黒服がさっき自分で撃ったときの一発目と重なった同じ場所でなかったら、あらかじめ黒服の死が決まってるのと同じだということだが。


 過程がどうあれ、これから4分の3の確率で人が死ぬ。


「待て! 待てよ弘大おい!」


 俺の制止など気にも留めず、弘大が引き金を引いた。


「あべべえええぇぇぇ!」


「バーン!」


 フリをした。


「…ほ、ほぎょ」


 シリンダーは回らず、引き金にかかる指は元の位置で、黒服は魂消て口から魂を吐き出す。


「なんつってな」


 まったくギャグになってない。笑える要素がどこにもない。なに考えてんだお前、と俺が突っ込もうとした次の瞬間。




 ガチン!




 もう一度、撃鉄が鳴った。


 撃ちやがった。4分の3で人が死ぬ引き金を迷わず引きやがった。狂ってる。こいつは日本で娑婆に生きてるべき人間じゃない。塀の中か、中東あたりの戦場か。そんな場所に行くしかない男であると確信した。


「…」


 ぶるぶると震えながら、黒服が股間に染みを作った。


 …いや、いやいや。ちょっと緊迫した空気に当てられて呆然としてしまったが。冷静に考えよう。


 いくら対馬弘大という男がやるつったらやっちゃう系男子だとはいえ、仮にも前科のない普通人の範疇で法的社会的には扱われてる人間なのだから、人間のドタマをぶっ放すようなことができるわけがない。


 俺がまったく気づかなかっただけで、手品的な手段でもって残り3発の弾丸も抜いてあったのだろう。つまりこれは超ハイリスクのロシアンルーレットに見せかけたただの脅しだったのだ。そういうことに違いないぜ。


 ンモー弘大くんったらかますギャグまでアンタッチャブルなんだからあー。タツオくん、ちょっと信じかけて筋肉くんと一緒にチビりかけちゃったぞ☆


「いやー脅しだからって手込みすぎだぜ弘大。すっかり信じちゃったよ俺」


 俺も、モヤシも、何より当事者である筋肉が一番信じただろう迫真の演技ではあった。ジョニデを越えたか…。わりと何でも持ってる男だが役者の才能まで持ってたか、はっはっは。


「なんの話だ?」


 直後。


 パンパンパン!


 3連発の発砲で、弘大の手の中の凶器が白煙を上げた。弘大が適当に撃った先、筋肉くんの背後の棚に3つの穴が空いた。


 …嘘だろ。マジで? いやマジで?


 弘大は人間をキチガイと常人に分けた場合、あと1ミリでキチガイゾーンに分類されるギリギリの常人だと俺は思ってたのだが、見誤っていた。ふつうにキチガイだった。


 他人の脳漿ぶちまけるロシアンルーレットに罪悪感ひとつ覚えない人間ってどうやればこの平和な日本で生まれてくるんです? 人として大切なネジ外れすぎじゃね?


 あ、黒服筋肉が泡吹いて白目を剥いた。


「ちな、ちなみに、万一ですね、彼が死んでたらどうしてたんです?」


 根源的な恐怖に震えながら聞いてみた。

 どうしてたもクソも弘大くんは人殺しになった、バッドエンド。で話は終わりなのだが。


「そこに自首が仕事の臭い飯担当が居るだろ? 自分の仕事しないなら立場が分かるまで躾けてやるつもりだったけど。ま、ただの発砲事件で終わったからそんな量刑にもならないだろ。安心してお勤めできるぞよかったな」

 

 化け物を見る目で弘大を見てたモヤシくんが、哀れなほどガタガタ震えて頷く。すべてを引き受けて消えますという殊勝な自己犠牲宣言であった。


「いや…うんいいんだけど…いやまったくよくねえんだけど…やりすぎじゃないかなってちょっとだけ思うんだけど…」


 本当はめちゃくちゃ思うんだけど、目の前でこれだけの凶行を繰り広げられた後にその犯人に諫言できるほど俺は勇気も正義も持ち合わせないので。


「他人の恋路邪魔する奴は死んだほうがいいからな」


「恋路って…ああ、そういやホテルの予約…」


「おう。どうせ鉄砲持った奴が店で暴れた時点で事情聴取でホテルなんか行けないの確定だろ。クソが」


 なるほど、久々かついつにも増してキレてると思ったぜ。


 …そんな理由で?


 そんな理由で本気で殺されかかった筋肉くんも、自業自得だし一応命拾いしたんだから納得したほうがいいよね。するしかないよね。まあ、もう二度とはこの店や弘大に近づかないことと思われるが。ついでに俺にも。

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