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スーパーニートプラン 〜おとぎ草子血風録〜  作者: 海山馬骨
弘前市長出現
31/65

@12の2 『ラーメンキングダム』

 桃様の昔語り、つーほど時間もたってないはずだが、それによるとこうである。


 桃様が呑んでた店で、客同士の喧嘩が起こった。弘前では珍しいことながら、掴みあい殴りあいの集団戦で、それはもうガチな喧嘩だ。


 もちろん全員桃様に秒殺されて、店の外に放り出された。


 桃様はなんでもないことのように店に戻って酒を呑んでたが、店を出る際に会計しようとすると、料金はいらないと断られるどころか謝礼金を封筒で持たされた。


 そんなつもりはなかった桃様、再三固辞したのだが是が非でもと粘られては仕方ない。受け取った。これではこの店ではもう飲めんなあと思いながら。


 それから三日と開けずに、別の店でまた似たような事件が起き、桃様が解決して、店が謝礼をするという一連の流れが起こった。


 気に入りの店が二件行けなくなったことに心を痛めつつ、桃様はこのころ、急に思い立って旅に行くことにした。


 秋田県の小坂町という集落からちょっと山に入ったとこに、天然自然の温泉がある。宿はおろか番台すらない、モノホンの自然湧出の温泉で、山んなかに滾々と湯の湧き出る穴がぽんとあるのだ。泉質は完全酸性泉で、入るとびりびり肌に刺さるような強烈な刺激がある。


 何がすごいって、周囲に遮るものも民家もなにもない自然のど真ん中なのだ。わずか数メートル先はごうごうと荒ぶる急流だ。


 温泉に入りながらにして、まさに360度の大パノラマを楽しめる。ある意味で究極の温泉といえよう。


 ただし、当然シャワーなどの浴場施設は何もない。しかも泉質の都合上、錆垢がめっちゃ肌につく。湯から上がったその途端、べっとり付着した錆のせいで肌が変色してるのがわかるほどだ。はっきりいって身を清める観点からすれば、逆に汚れに行くようなものだ。


 使い捨てていいようなバスタオルの用意と、湯上りには別の温泉か家で即シャワーを浴びる必要があるのは難点といえば難点ではある。しかし温泉好きを名乗るものなら一度は体験するべきものであることには間違いない。


 で、山中にあって特に自治体が営業として料金を取ってるわけでもないことから、冬場になると当然のごとくこの温泉へのルートは雪に埋もれる。


 いくら桃様の超人能力を持ってしても、冬道に足を取られながら進むのはちょっと難儀である。まだ雪が積もらない今この時期が、行ける最後だな、と思った桃様は、誰に告げることなくふらっとここへ遊びに行ってしまったのだ。


 徒歩で。紅葉を見ながら酒飲んで歩くのも風流だな。野宿も懐かしいではないか。ある日突然の思いつきでこんなことが出来るのだから、それはもう無敵である。それはよい。


 さて、桃様が登場してからというもの、弘前の盛り場ではあんまりはしゃいで人様に迷惑かけることがないように、静かに飲もうね! という不文律が特に桃様の狩りの対象であるチンピラを中心に広がっており、いわば桃様が重石の蓋の役割を果たしていたのだが、それがいきなり居なくなればどうなるか。


 地獄の釜が開いた。


 やったー! とうとうあのクソッタレの桃太郎の野郎が、どっかの誰かにぶっ殺されたんだー! 俺たちの時代が戻ってきたぜえー! 歓喜雀躍とはこのことであろうというほどに、大暴れする元アウトローのみなさん。


 そう、元アウトローなのだ。ヤクザなど面子の商売だ。何べんも桃様に痛めつけられて路地に転がされたくせにそのリベンジもできないで続けられる仕事ではない。


 つまり、こいつらは態度だけでかくて暴れまくって店に迷惑かけるくせに、飲み代は人並みにしか払わんどころか時々踏み倒そうとさえするという、立派なゴミカスに成り下がっていたのだ。しょうがない、いまや彼らは単に素行不良のしみったれた貧乏人でしかないのだ。


 店の側ではそれが仕方ないでは済まされない。元の上客がゴミカスに変身した以上、一般のお客さんが安心して遊べるというところにのみ商機があるのだから。


 桃様が三泊四日の徒歩野宿旅行から戻ってきたとき、弘前近辺の飲み屋業界は騒然としたらしい。それ以上に騒いで、かつ青ざめたのがチンピラーズであったことはいうまでもない。


 11月29日、弘前のアウトローでまだ桃様と対抗しようという気骨が残ってた奴らが結集し、桃様打倒を誓って気勢をあげた。その数実に300人。


 これを一瞬で全員ぶっ飛ばした桃様は、二度とカタギに迷惑をかけないことを誓わせ、それとともにもう馬鹿な暴走をさせないために全員自分の舎弟とすることを決めた。これがひろさきいいにく事件である。


「そんとき兄貴の舎弟になった奴らが結成したのが、俺たち桃果会っつーわけですよ!」


 ご推察の方もあったことだろうが、話が妙に微に入り細に入っていたのは、途中で話を猿スベリ君が引き取っていたからである。というかほとんど猿ヌルリ君の話である。


 つまり猿シバリ君はその300人いっぺんにぶっ飛ばされてキャンとなっちゃった連中のうちの一匹ということである。自慢げにいうことか、つーかなんだ桃果会って。


「1129事件のあと鍛治町の飲み屋の経営者が会合開いて、これからは一括して兄貴に面倒見てもらおうっつーことになったんですよ。面倒ごとが起きないように兄貴に監視してもらって、なんか問題起こすやつが居たら兄貴に処分をお願いするってことで。その感謝料として毎月店の売り上げの3%を兄貴にバックするって契約です。兄貴も最初はそんな金はいらないし受け取らないって仰ってたんですけど、飲み屋連合のほうでまたどっか兄貴にフラッと行かれたら困るし、兄貴との契約があるからっていう確かな安心感を欲しがったんですよね。なんとか受け取って欲しいって平身低頭頼み込んで。で、それを間に入って取りまとめたのが俺らなんです。それからは兄貴の舎弟として飲み屋とかでなんか起きてないか見回って、極力俺らで問題片付けて、兄貴のお手は煩わせないって形にしてるんですけど。なんかそんな活動続けてるうちにあちこちの店がうちも面倒見てくれうちもうちもって寄ってきちゃって、今じゃ鍛治町に限らず弘前の近くの飲み屋関係は全部兄貴の世話んなってんですけどね!」


「そっか、なるほど。みかじめ料じゃねーか」


「顔役が実際の手出ししない形が出来てるとこまで含めて完璧っすね!」


 何がみんなの感謝の気持ちなのか。完全にシステム化されたヤクザのシノギじゃねーか。おまわりさん何してんだよ。こんな古臭いヤクザの営業許してんなよ。あ、マッポも桃様のマブダチだったわ弘前市。


「純粋な善意の謝礼ですよ!」


 カネに『善意』だの『謝礼』って表現を用いること自体がドブくさい所業だとわかれよ猿イカリ君…。


「ああ、だから合法的な泥棒のせいで給料が減ったってお姉ちゃんイライラしてたんだ最近…合法的な泥棒ってなんだろと思ってたんだけど、こういうことかあ」


「切った張ったの事件に発展してないだけで合法かどうかには大いに疑問があるとこだが…」


 そしてつまり、いま桃様から俺が借りたこのノルマ金は、オトヒメさんの手に渡ったあとそのままスルーパスのように桃様にみかじめ料として支払われ戻るということだ。お金は天下の回りものとはいったものである。お金がある人のところからお金がある人のところへぐるぐる回ってるだけなんだなあ。経済って深いようで蓋を開けるとたかが知れたもんなんだな…。


 そしてただカネを無意味にぐるぐる回しただけなのに、なぜか俺には50万の借金をしたという負の実績がつく。社会の縮図ってこんなもんなんですかね。


 まあ、なんだ。生簀にサメを放ったかのようにクズどもを狩って狩って搾取し尽くして、その後も飲み歩きのペースがまったく変わらんので桃様はどうやって収入を得てるんだろうと思ってはいたのだが、まさか昭和初期めいたヤクザ組織が結成されていたとは…。このリハクの目を持ってしてもと言いたいとこだが正直いつかそんなことになりそうだとは思ってた。


「さて、金も入ったことだ。昼餉でも参るか」


「あ、じゃあ俺最近ハマってるラーメン屋行きましょうよ! もちろん桃様の奢りで!」


 シンタは本当にすごい奴だ。僕にはとてもできない。お前はなんだ、桃様のツレか。友達か。


「はっはっは! 堂々とほざきおる! 憎めぬやつだ」


 桃様はシンタの遠慮を母の腹に置き忘れたような妄言に超ウケておられるが、いいのだろうか? 俺やウラシマは結構イラッときたし、猿アタリ君に至ってはなんだテメエは今すぐチャカぶっ放してどてっぱらに風穴開けてやろうかという目でシンタを睨んでいるが、本当にいいのだろうか? 桃様の心の広さも時々よしあしじゃなかろうか?


 少なくともシンタと仮にもプロチンピラである猿トンビ君がゴロ巻いたら、シンタは一分で物言わぬ肉塊になりそうだから、ちょっと自重したほうがよいのではないかと俺は思う。


 しかし桃様は王であらせられるので、桃様がおられる場においてすべての行為方針の決定権は桃様の所有なされるところであるのだ。なんか特に悶着もなくシンタの妄言が通ってラーメン屋に行くことになった。いいのかなあこんなんで。



 国道102号線。


 弘前市と黒石市を直通で結ぶ大動脈道路であり、弘前経済の中心である城東地区のなかでも、特に重要な店が集い、自動車メーカーの大規模ディーラーも軒を連ねるという、駅前周辺に続くいわば弘前第二の心臓とも呼ぶべき重要地点である。


 このいつでもひっきりなしに多数の車両が往来する大通りに面して、一目見たら忘れられない巨大看板がある。


『かまラーメン』


 それを見たとき誰もが…釜? と思うだろう。新宿二丁目にいっぱい居るほうを連想する人もいるかもしれないが、いずれにしろラーメンという食い物とは直接結びつきづらい文字列ではある。


 驚くなかれ、ここのラーメンは釜に入って出てくる。


 マジで釜だ。丸くて黒光りする鉄製のあれだ。あれに取っ手がついているというだけのマジモンの釜に超大盛りのラーメンがガッツリ入って提供される。


 弘前は人口の割りにやたらラーメン屋が多い街でもあるのだが、しかしなぜか○郎系に代表されるガッツリ大盛りは不遇な扱いで、たいていの店では麺半分増しの普通の大盛りまでしかやってない。


 そんななか、かまラーメンは違う。大盛りといえば麺半分増しと倍盛りの二種類。さらに、替え玉まで対応してくれるのは、弘前市内ではこのかまラーメンだけじゃないかと思う。少なくとも弘前のだいたいのラーメン屋を食い歩いた俺は他にこのサービスをやってる店を知らない。


 とにかく、なんかたまにやってくる「ひたすら腹がはち切れるほどラーメンの麺を食いまくりたい」という衝動にこれほど完璧な回答を示してくれる店は他にない。


 量や器にばかり言及してしまったが、味はどうかというと、ダシをしっかり取った深みのあるスープで美味しいのだが、しかしちょっと薄味だと思う。麺大盛りならもっと塩辛さが利いてていいんじゃないかと感じることはままある。スープだけで飲んでみると絶妙、という塩梅だ。


 だが、これが頼むラーメンの種類・トッピング次第で事情が一変する。


 俺がこの店に来たとき必ず頼むのが『ベジコクダブル』だ。辛みそベースのスープ自体が淡い味わいなのは変わらないが、そこにスパイスとにんにくが刺激的に効いている。そして何よりトッピングの野菜類がかなりの辛口に炒められていて、これを麺と一緒にズルズル頬張り咀嚼すると、スパイシーな辛味や旨み、野菜特有の甘みと香りが一挙に香って陶然となる。


 なるほど、スープ自体の薄味が野菜の塩辛さを最高にアシストしているのだ。普通のラーメン屋のラーメンのようなそれだけで麺がズルズル行けるしょっぱさのスープだったら、この辛口野菜炒めとは喧嘩してうるさい味になりすぎるだろう。


 夢中になってズルズルズルズル。大盛り野菜をシャクシャクシャクシャク。冬場だというのにだらだらとひとっ走りした後のように汗かき食べるラーメンは最高だ。


「ほう」


 二口三口と麺を啜り、スープを飲んで、桃様が目を細めて嘆息を漏らす。


「逸品じゃな」


「いやーやっぱたまにこのラーメン食わないとなんかムズムズしてくるんすよねえ」


「うっめえ、マジうっめえ」


 全員で俺とシンタおススメのベジコクダブルを頼み、一心不乱にかっ込む。お釜に顔を埋めるようにしてがっつきまくるのが、この絶品ラーメンへの礼儀というものだ。


 並びは猿バシリ君、桃様とその対面にシンタ、俺、ウラシマでテーブル席である。その五つ並んだ雁首が、わき目も降らずラーメンへ没頭する姿は我が日本のラーメン文化にハレルヤと叫びたい気分だ。


 いや、ここでひとつ、この美しい情緒ある食事風景に汚点がある。


 画竜に点睛を加えることを阻害している奴は、俺の隣に居る。ゆるせんことだ。


「おいウラシマ、不景気なツラすんな。ラーメンが不味くなる」


 泣きそうな顔でうつむいて、うらむように自分のお釜を覗き込んでいるばかりで、一向に箸を進めないウラシマである。なんだその態度は、このラーメンへの侮辱だぞ。


「美味しいけど、めっちゃ美味しいけどお…私今日も客引きあるのにこんなの食べられないよお…」


 そういいウラシマが箸でつまみあげたのはにんにくの白い欠片と唐辛子の赤にまみれたニラの束だ。実に口臭と体臭がテロル化しそうな代物である。


 しかしポン引きの仕事のほうがこのラーメンと向き合うことより大事だとは、なんと度し難い奴だろうか。本当に異世界の未成年なのだろうか。ちょっと勤労意欲溢れすぎじゃないだろうか。若いうちからあんまりちゃんとしすぎてるとちゃんとした人になっちゃうぞ。おじさんがお前くらいの年のころは働くどころか毎日学校に寝るために行ってたのに。


「ウラシマちゃん食わないなら俺がもらうっすよー」


 そういってウラシマの前のお釜を承諾も得ず勝手に自分の側に引き寄せる、顔面の皮の分厚さ人類ナンバーワンこと今慎太郎34歳。


「だめっ」


 ウラシマは即座に、まるで我が子を奪われかけた母のようにお釜を死守するのであったが。


「大事にするのはいいけど、早く食わねーと伸びるだろ」


「いや…でもお…ていうか明日出勤で私と同じ客商売のタツオさんが迷わず食べてるのが納得いかないんだけど…」


「客商売つってもレジ打ちじゃねーしなあ俺」


 それに八百屋や魚屋みたいな生鮮担当でもないので客付き合いはほぼない。客との接触がまったくない日というのもそんなに珍しくはないのである。


「うううぅぅぅ…美味しいぃぃぃ…でも絶対やばい感じの味がするぅぅぅ」


 ぶつぶついいながらレンゲでスープを啜ってるウラシマを見ながら、そういえば初めてこのラーメン食ってスープまで飲み干した翌朝、自分の体から発散される生臭さのせいで布団にまで匂いが染みてるようなある種の結界というかオーラじみた臭気の放出に恐怖して、これスープまで飲んだら完全アウトだわと悟ったりしたなと思いつつ、そのことを特にウラシマに忠告するでもなく自分の分の麺を啜る俺であったが。

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