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スーパーニートプラン 〜おとぎ草子血風録〜  作者: 海山馬骨
イントロダクション
3/65

@2の1 『異世界からの追撃(上)』

「改めまして、ウラシマの姉のオトヒメと申します」


「あ、どうもどうもご丁寧に。ご存知のようですけど外崎龍王です」


 テーブルを挟んで向かい合い、お互い正座のままでおじぎしあう。なんと美しい日本の作法であろう。相手は日本どころか現代ですらない格好をした、外国人ですらない異世界人の女だが。アニメみたいな赤い頭髪を長く垂らした美女だが。


「…おねーちゃん! なんでふつうに挨拶してるんだよー!」


「ウラシマ、どういう場合で誰が相手でも礼儀を失してはいけないわ」


「私、この人に石にされた上にゴミに出されたんだよ!?」


「誰だそんなひどいことをしたのは…まるで人間に対する仕打ちじゃない…」


「なんで自分がやったんじゃない風にしてるのー!?」


 軽く挨拶がわりのジャブとして責任転嫁しようとしたら、即座にガビーンという書き文字を背負ってウラシマ少年が絶叫した。実に鋭い突っ込みといえる。常識や他人の感情に関する感覚もそれくらい鋭敏ならよかったのになあ。


「大変だったのですよ。悪臭を放つガラクタの山の中からウラシマを引き出すのは。どこにも欠損がなかったことが不幸中の幸いでした」


「あ、そこまでは行っちゃったんだ」


「感想それ!?」


 お姉さんの説明に俺が相槌を打つと、いちいちウラシマ少年が騒ぐ。うるっせえな。


「お姉さん、失礼ですが人が話してるときに口を挟むなって弟さんに教育されなかったんですか」


「お恥ずかしいです、まだまだ世間知らずで…」


「なんか私が全部悪いみたいな感じになってる! なんで!? うぎぎぎぎぎぎ! ていうか弟じゃないし!」


 怒りと悔しさのあまりか、真っ青になって歯軋りするウラシマ少年をほっておき、俺は一応でも話が通じそうなオトヒメお姉さんにだけターゲットを絞って会話することにした。


「まあこちらとしましても、ほとほと困り果てたわけでしてね。いきなりそっちの世界に引っ張り込まれて、お前は勇者だーとか悪と戦えーとかいわれましてもね」


「そうですよね…ええ、そこは重々承知しております。大変申し訳ありません。当方としましても、被召喚者の方にはなるべく丁寧にご説明申し上げて、あくまで了解を得てからご協力願うというのが通例なのですが、なにぶん妹は幼くしてこのような立場になったものですから、ええ、もちろんそれについてはこちらの事情、不手際ですので外崎さんにご理解を求めるわけではないのですが」


「ところでその、ウラシマ君が女性であるという設定はどうしても通さないといけないんですか? 妹って…」


「設定じゃないし! 設定じゃ…うぇ、うえ」


 いかん、いじめすぎた。怒りすぎて喉が詰まって声が出なくなってる。マジで泣き出す五秒前だ。


「ごめんねウラシマ君はどっから見ても女の子だよね。さあこんなの見たことあるかいチョコレート味のキャンディーだよ。これあげるからあっちでゆっくりお食べ」


 でっかく丸っこい飴ちゃんに棒がついてるという有名なあれの新味をたまたま買ってあったので与えたらウラシマ少年は一発でおとなしくなった。子供だろうか。


「ええと、話がそれましたけどね。こう、そちらはそちらで大変な事情はおありなんでしょうけど、それはまあ理解しますんですけどね。僕のほうでもね。こっちに生活の拠点があって、責任を負うべき家族や仕事というものもあって、これを放り出すということはいち大人の在り方としてとうてい出来ないわけでしてね」


「ええ、ええ、わかります。はい、わかりますとも。そこが一番難しいところですよね。さらに、これ以上の遺漏のないように今のうちにご説明申し上げますと、オトギキングダムの魔軍と戦うためには、もう一度私どもの世界においでいただいた上で本契約をしていただき、すべての潜在能力の解放をしていただく必要が生じます。そうしますと、今回外崎さんがご自身のご判断でこちらの世界にお帰りになったようなことは、ライアードリアルを持ってしても出来なくなるのですが、もちろんアフターケアとしまして、オトギキングダムにいらしてからの生活のすべてを王侯貴族のレベルで保障させていただきます」


 …マジで?


 実はついさっきまで、エレベーターに乗るような気軽さでぽんぽんと両世界を行き来できるんであれば、まあ王族を名乗る人が二人も雁首揃えて出向いてくるほど困ってるみたいだし、休みの日とかでよっぽど暇してたとき手伝ってあげるくらいはいーかな。などとごく気軽に考えていたのだが。


 いやマジで? 馬鹿じゃね? そんなあやふやな仏心すっとんだわ。


「あのー。話は変わるんですけど、ちなみに、参考までにお伺いしますけど、お姉さんはシャワーとかバスルームってご存知ですか?」


「…? い、いえ、それはちょっと存じ上げません、申し訳ありません」


「わかんないかな。ちょっと来てください、そちらの世界では名称が違うだけかもしれないんで」


 といってユニットバスに案内することに下心はない。俺の部屋に普通の女の人が入ったのは何年ぶりかなので軽い興奮を覚えてはいるが、念押しして下心はない。滅相も無い。


「…ええと、ごめんなさい。ここは何をするところなんでしょう?」


「こうやってですね。つまみを捻ると、はい」


「あ、水が出ましたね」


「こういう施設ってそちらにあります?」


「いえ…寡聞にして見たことも聞いたことも…これはなんのための設備なのですか?」


「これは水浴びのためのものです。湯殿に毎日お湯を張るのは結構な出費になりますから」


「毎日? まあ、こちらでは毎日水浴びなさるの?」


 な?


 次に俺は、テーブル上のリモコンを操ってテレビの電源を入れ、ニュース番組にチャンネルを合わせる。


「あら、板のなかに映像が。これは遠見鏡のようなものですか?」


「逆に俺は遠見鏡というのがなんだかわからないんですけど、それはどういうもんですか?」


「ライアードリアルの一種を利用して、どんなに遠く離れた場所も覗き見ることができるという道具です。オトギキングダムの通常の人間であれば、発現できるライアードリアルは一生に一種だけですので、ただでさえ貴重な能力者の一生をその道具のために拘束するのも同じということで、非常に稀かつ高価な道具ですわ。ふつうは王宮など特別な施設にしか置かれません」


「これは、どこでも好きな場所を見れるってわけじゃないですけど、番組って形で提供されれば地球の裏側の光景も一瞬で見れる道具なんですよ。ちなみに値段は月給の5分の1くらいかな。あ、俺はこっちの世界じゃはっきり言って低層階級に位置するクソちんけな労働者ですからね」


「まあ…」


「で、これはテレビっていうんですけど、これで毎日、世間ではどんなことが起きてるかっていうニュースを知ることができます。たとえばどこどこの政治家が、どっかの政党に移籍したとか、近所で野犬が出没してるから注意とか、有名人が結婚したとか、とにかく幅広い情報ですね」


「庶民宛に、ということですよね…? そういうことを庶民に知らせても仕方ないような…あ、あのところで政党というのは…?」


「その庶民宛ってのがこっちの世界じゃ重要なんですよねぇ…。政党というのは…説明難しいなあ。王権が暗君によって暴走することを防ぐために、民衆のなかの高位者からなる議会っていう集団が、王権乱用への制限として働くためにまず生まれて…いやほんと込み入った説明なんで、またの機会に。とにかく、そちらだと立憲王制すらない段階だってのはわかりました」


 な?


 おもむろに俺は一枚のBDを取り出し、それをプレイヤーにセットする。プレイスタート。


 お見せするのはもちろん、我が世界が誇る現代最強のエンターテイメント『パシフィック・ギブ』だ。


 轟く爆音、うねる爆炎。閃光とのたうつ紫電が画面を埋め尽くし、巨大な鋼鉄の塊が爬虫類の皮膚を持つこれまた巨大な化け物に体ごとぶつかっていく。


「これは…」


「映画っていってですね…まあ演劇みたいなものですね。そちらの世界に演劇があるかわからないんですけど」


「演劇!? これがお芝居だというのですか!?」


「そう、これ全部作り物なんですよ。爆発もでっかい機械も、現実には存在してないものですし」


「こんな映像を作り出そうと思ったら、いったいどれだけの労力がかかるか…」


「ところがこっちの世界じゃこんな映像が毎年何千本も作り出されてて、俺たちはそのなかから自分好みのものを選ぶことができるんですよ。で、それをこうやって自室のテレビで居ながらにして見れる。そちらの世界じゃ考えられないでしょ?」


 ちょっと嘘だ。ハッタリこいた。さすがにパシギブレベルの映画が毎年何千本は出てこない。出てきたらうれしすぎる。


 そしてオトヒメさんが今度こそ目をまん丸にして俺を凝視してきた。「まあ」すらいえなくなって口をあんぐり開けている。


 まあ、な?


 ところで、ここまでの会話でまったく沈黙を保ってるウラシマ少年だが、飴ちゃんくわえたまんまで目玉だけできょろきょろ俺とオトヒメさんを追いかけていたのが、パシギブが始まってからというもの視線をテレビに釘付けにしている。それは男子五歳児にライダー映画を見せるがごとく。返す返すもこの子が女子という話は作り話すぎると思う。


 さて、それではトドメとして現代人にとり最も重要なこの話題を持ち出そう。


 俺は冷蔵庫を開く。


 中には一通りの野菜や調味料が揃っていて、チルド室には肉と魚も完備してある。男の一人暮らしとしてはかなり充実した内容だと思う。俺はちゃんと自炊したい派なのだ。


 さて、そこから俺は切り身になった鮭のパックを取り出す。


「これは魚っていうんですけど、見たことは?」


「あ、あります。でも、一年のうち数回しか…」


 仮にもオトヒメ、ウラシマなのにそんだけしか魚にお目にかかれないのか…。


「わが国は山に囲まれた盆地にありますから…」


 俺の無言の哀れみを敏感に察したオトヒメさんが小さくなって言い訳する。

 が。


「ちなみにですね。もちろんオトヒメさんはこっちの地理なんてご存知ないと思うんですけど、俺たちがいま居るこの弘前って地域も盆地なんですよ。それもちょっと人が住むのは無理なレベルの高い山地に囲まれた内陸なんですけど、こっちの世界ではその山を軽々と越えて、その日の朝に漁獲した魚をその日のうちにこの弘前に持ってきて市場に並べれるんですよ」


「は、はあ」


「で、さっきも言いましたけど、俺ははっきり言ってチンケな労働者なんで稼ぎなんてまるで大したことないんですけど、それでも俺の家の貯蔵庫にこれだけ充実して色んな食べ物が詰まってるのは何故かというと、たとえばこの魚。これがこっちの世界じゃ安いパン一切れと同じ値段なんですよね」


「え、ええ? それは嘘でしょう? 騙されませんよ魚がパンと同じ値段なんて」


「嘘じゃないですよ。だってそうでもなきゃこれだけ色んなものが買えるのにわざわざ魚まで買わなくていいでしょ? ちなみにこれは牛肉でこっちは鶏肉ですけど見たことは?」


「どちらもそれなりの頻度で口にしますが…」


「それって庶民の口に入ります?」


「いえ…」


「こっちの牛肉のパックがパン7切れ、こっちの鶏肉パックがパン1切れの値段で買えるんですよ。で、いま季節は秋に向かうところなんですけど、こっちの野菜室にはニンジンとかキャベツとかたまねぎとかアシタバにピーマンとかごろごろ入ってるんですけど、そちらの世界ではこれらの野菜類は通年食べれるもんですか?」


「たべ、食べれません…秋から春の間はせいぜいジャガイモくらいしか…」


「個人的にはイモみたいなカロリーの塊はあんまり野菜の一種として評価したくないんですけど、まあいいです。まあ、そういうわけでですね」


 俺はそこで言葉を切って、もったいぶるように数秒の沈黙を作る。


 そして、じっとりとオトヒメさんの目を覗き込んで、言った。


「俺はこっちの世界に仕事も家族もあって責任が存在するので、どこそこへは行けません。おわかりですよね?」


「はい…」


 すっかりうなだれるオトヒメさんであった。


 俺の発言をより詳細に説明すると、食い物も粗末で娯楽の類もろくになく、衣服は選べず住居は不快で風呂にすらまともに入れない、あまつさえ情報入手もおぼつかず、こっちからしたら当然レベルの司法が存在するかも怪しい古典的な王政国家。ユニットバスを案内したときトイレ事情について聞かなかったのはせめてもの慈悲である。だってもう推して知るべしじゃん。


 そんなもんに、誰が頼まれたところで行きたがるか、という話であった。


 オトヒメさんはその行間をきちんと読み取ってくれたようで喜ばしい。


 俺とオトヒメさんの間に重苦しい沈黙のベールが降りるころ、ウラシマ少年は巨大爬虫類に噛み付かれながらも、そのどてっぱらに巨大ドリルで風穴をぶちあけた巨大ロボの姿に握りこぶしを突き上げて歓声を上げていたのだった。



「いーやーだー! やーだー!!」


 翌朝。


 さすがに夜の夜中になってから女二人? 女一人と少年一人? を外に放り出すのも忍びなく、布団を出して泊まってもらったわけだが、朝飯を振舞ってまもなく少年がダダをこねはじめた。


「そんなの要するにただのわがままじゃん! 本当の勇者なら泥水を啜って藪の中で寝てでも頑張るものでしょ!?」


 まず俺が本当の勇者とやらになりたいと希望した事実はただの一瞬もないし、そんなクソみてえな苦行できるもんならおめえがやってみろ、と口に出してから殴らないだけ俺は大人なのだなあ。


 まあ、ガキの発想であろう。英雄的名声のためにはどういう苦労をしても大丈夫、とその苦労を味わったことがないからこそ考えがちで、いい年こいた大人が一度身に馴染んだ生活レベルを落とすというだけでもどんなに苦痛か想像できない。


 そこを想像できて、理解できてしまうぶんがオトヒメさんは大人ということですよ。


「ウラシマ、そもそも私たちは被召喚者に対して無理強いはできないのよ」


 そもそもあっちの世界に呼び出された時点で無理強いだと思うんですが、という感想はあえて口に出すまい。


「でも、…でも! このままじゃオトギキングダムが! あと私の一生が!」


 少年の本音は無論後者であろう。そういうのわかっちゃう。生物的な性別が女性でさえなければ、このクソガキに対して今頃グーでいってるところである。


「あー。ところで、その本契約とやらをしないと俺の能力がすべて発揮されないっつー話ですけど、それをすると俺はどうなるんです?」


 俺の問いに、オトヒメさんが答える。


「念じるだけで星の自転さえ操れるようになります」


「マジか」


 インド神話か仏教神話の世界であった。


「そんだけの力が必要な魔軍の親玉ってどんな存在なんです?」


「超魔ヤナギダは星辰の配置を自在にします」


「マジか」


 ラスボスは國男だった。そしてその力は唯一神だった。つか本契約とやらをしたところで普通に勝ち目がなかった。死ねと?


 聞くだけ聞いといてよかった。行く気など1ミクロンもなくなったぜ。


「じゃあそういうわけでお開きってことにしましょうか。はいおつかれさまでーす。ばいばい」


「やだー! やだー!」


「あの、外崎さん」


 俺がウラシマ少年の顔面にアイアンクローを食い込ませながら部屋から追い出していると、オトヒメさんはなんか真剣な眼差しを俺に注ぐ。


「はい」


「今回は引き下がりますけど、私たちは外崎さんのお心が変わるのをいつまでもお待ちしてますから…」


「…まだ諦めてねえの!?」


「諦めるわけないでしょー!? 私たちの世界が滅ぶかどうかの瀬戸際なのにー!」


 そりゃそうだが、それはそうとしてさっさと帰れよぅ。

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