@11の3 『ス○ルの青は夏の空』
日付と所変わってまた俺のアパートである。
あのあとウラシマが適当にボコった奴に俺がトドメを刺すという連携プレイで、なんとか鬼婆が満足しそうな財宝を手にしたわけではあるが、その休日労働にほぼ丸一日かかったわけだが、それを5%のレートで換金すると俺の手元には一万円しか来なかったわけだが。
日給一万というと立派なようだが、20時間くらい働いたので時間給でいくと500円を割り込むわけだが。
そして20万近いカネを手にした鬼婆は「たったこれっぽっちですか? 次からはもっと気合入れてくださいね」という人間のクズそのものの捨て台詞を残してヨーロッパへ旅立ったわけだが。
その翌週の休み、俺は高照神社に俺を連れ出しに来たウラシマをそこへ留めて、作戦会議をすることにしたのであった。
「いや、実際問題休みのたびにあんなんしてたら死ぬわ俺」
36歳のおじさんだぞ。
そりゃ分身ちゃんは自分から化け物探しに行ってくれるわけじゃないし、あれに頼ったって稼ぎにならんっつー理屈はわかるが、だからといって俺は成果を出すために必死こいて働こうって年ではない。そういうのはもっとガツガツした20代前半の若い人がやればいい。
「うん、いや、うん。なんていうか本当にごめん」
べつにウラシマに謝られることではない、と思ったが、そもそも俺があの鬼婆と関わりを持つようになった端緒はこいつに召喚されたことだった。
いやまあもらった能力自体は有効活用してるし、いまさらそこにこだわってケチはつけまい。つけまいが。
「なんかいいライアードリアルねーか。ほんと、マジで、やってらんねーよあんなこと」
「うーん…」
ぶいーん
と、ライアードリアルの一覧を空中に呼び出し眺めるウラシマを眺める俺。初対面のときは俺のほうへ向けて表示されてたんだろう、今は全部鏡文字になっててさっぱり読めない。
「んーんーんー…えっと、こういうのはどうかな? 『共感』っていうんだけど」
ウラシマが一覧表のスクロールを止め、ぺしっと叩くと画面が俺向きにひっくり返った。
画面の裏からウラシマが、目的の場所を指差し示す。
『共感』
他者と視界、感覚を共有する。相手の状態によっては肉体の操作権を得る。よって、共感後には実際に自分が行動したように経験も得られる。
「俺知ってる。これ視界ジャックだよね?」
「あんまり具体名は出さないほうがいいかなって。まあ、これだったらそんなに苦労もなく地下探索できそうじゃない? 分身使っちゃ駄目っていうけど、タツオさんが遠隔操作するなら大丈夫だと思うし」
「いや、でも感覚の共有だろ? 痛みとか疲労も共有すんじゃねーの?」
「え、しないと思うけど。そんな機能、そもそも分身についてないんじゃないかな。必要ないし」
「ほーんーとーかーなー」
実際ライアードリアルをインストールするのは俺だし、そして結果として分身と共感の食い合わせがクソ以下だった場合、結局死ぬ思いで地下潜りすることになるのも俺なのだ。ここはちょっと慎重に行きたいと思う。
その後、また一覧表を呼び出して、ウラシマと二人あーでもないこーでもない悩んでいること数十分。
ピンポーン
襲撃者あり。
※
「こんちわっす! なんか呼ばれてる気がしてきたっすよ! あ、これなんすか? ホログラムっすか!? え、このなかのスキルで好きなの選べるんすか!」
まったく呼びもしない馬鹿が来た。
「任せてくださいっすよ! こういうの得意技なんすから! 老け込みすぎでセンスゼロのトノのために最高にかっこいいステータスエディットしてあげるっす!」
「じゃあもうこの『共感』でいいや。『共感』我願う、うつろよまことになりたもう。ういーん。はいインストール終わり」
「早速試してみよっか。分身出してみてよ」
「おう」
出ろー、と内心念じるだけで、俺そっくりの肉で出来た人型が生まれる。
自分じゃない自分が直近に立ってる姿というのは見るたび思うがちょっとキモイし怖い。だって鏡とかじゃないから、見た目は俺なのに変な方向向いてて無表情でピクリともしないんだぜ。
「つねってみるよー。どう? なんか感じる?」
「視界は繋がってるっぽいけど、あとはなんもねえな。いや、ちょっと待て、もしかしたら『共感』がバグってんのかもしんねえ。お前に視界ジャックしていい?」
「ええ…なんかやだなあ…まあいっか、どうぞー」
「ほいきた。おお、ウラシマくんだけの秘密の場所が見える。おい、自分のほっぺつねれウラシマ」
「変な言い方しないでよ! たくもー。はひ」
ほっぺを両側から引っ張ったために発音がおかしくなったようだ。確かに頬に抓られ引っ張られる感触がある。ということは。
「あー、マジで痛覚とかねーんだな分身って」
「私はわかってたけどね。だって分身って自我も意識もないのにそんなのあってもしょうがないでしょ」
「まあそりゃそうか。じゃあ早速このやり方で地下潜ってみっか。よし今から高照神社行くぞ」
「はーい」
実験もひとまず成功を見たことであるし、俺とウラシマは連れ立ってアパートを後にするのだった。
※
「…ちょっと!!!!!!1111」
馬鹿が目を血走らせて俺たちの肩を掴み締めてきた。
「なに場面転換しようとしてるんすか!? 俺は! 俺の登場がなかったことのように扱われたっぽいんですけど!」
「お前の登場をなかったことのように扱ったんだけど、なんで食い下がってくるんだ」
「それが20年来のツレに向かって言うことっすかあああぁぁぁ!」
テンション高すぎてうぜえ…。平素もしくは酒の席なら我慢も利くが、これから休日労働しなきゃいけないためにやる気ゲージの底が割れて燃料漏れしてる勢いの俺としては、いままったくこいつの相手をしたくない…。
「ウラシマちゃんもウラシマちゃんっすよ! こんなやる気ないおじさんにばっかり構って! 俺にこっそり異世界の隠し魔法を伝授する話はどうなったんすか!」
「えええ…そんな話ぜんぜん身に覚えがないんだけど…」
「言ったじゃないっすかあ! 『闘鬼魔装』を失って打ちひしがれてる俺に、元気が出る異世界のおまじない教えてくれるってえ!」
伝授されるほど大層な『隠し魔法』と『おまじない』って言葉には、新渡戸稲造でも橋がかけられないほどの内容の乖離があるけど大丈夫かこいつ。
そしてトウキマソウってなんだ? あの黒光りボディのことか? 闘だの鬼だの魔だの馬鹿が好きそうな漢字がたくさん詰まってるけど、34にもなってこんな言葉が大好きな奴にセンスゼロとか言われたのかと思うとちょっと泣きそうになる。
「それならもう教えたじゃん。眠る前に太陽が昇る方角に向かって両手を合わせて『犬と猫とロバと鶏の神様、明日の朝日に今日の悪いことみんな投げ入れてください』って祈ると明日は幸せが来るんだよ」
そしてウラシマのおまじないはマジでおまじないだった。
「そんなクソの役にも立たない迷信なんかどうでもいいんすよおおおぉぉぉ! 俺が欲しいのはリアルな力なんすよおおおぉぉぉ!」
そして純粋な子供の親切心にこういう言い草を返すこの男は、本当にどうしようもないドブクソ野郎であることだなあ。ウラシマがちょっとショック受けて軽く涙ぐんでいる。
「いや、つーかほんとにお前に構ってる暇ねーんだよ。早く神社行って早く帰るんだ俺は。ほら、行くぞウラシマ」
「…うん」
ウラシマの肩を押して馬鹿を振り切ろうとしたのだが、残念回り込まれてしまった。
邪魔くせえ、両手を広げてマジで立ちはだかってきた。本当になんなんだこいつは。
「ふ、ふふふ…この寒空にお得意の原付で二人乗りっすかあ…今日は天気が悪いし、いつ本格的に降ってもおかしくない寒さっすよねえ!」
「ああ、うん、わかったからどけよ」
雨が降ろうが雪が降ろうが槍が降ったところで、それを事情として一切斟酌してくれないであろう鬼婆が居るから俺たちは行かないわけにはいかんのだ。
「いいんすかね、そんな態度で! ええ!」
さらに回り込んでくるシンタをさすがにそろそろぶん殴って黙らせようかと思案してると、シンタが大きなジェスチャーで何かに向けて手を振りかざした。
何か、とは何か。
初冬らしい灰色の曇り空の下、悪天候にもめげずにギラギラした輝きを放つ、寒々しいほど強烈に印象的なメタリックブルー。インプレ○サだった。
「インプレ○サがある以外は変哲もない景色じゃねーか」
「だからインプレ○サがあるじゃないっすか! 俺の!」
「いや人んちの車を自分の車とか言い張るのは病院案件だからやめろよ」
「本当に俺のなんすよ! ほら、キーあるでしょ! ほらこれ!」
「…本物だ…いや、でもシンタに窃盗かます度胸なんかあるわけないし、真実と事実が矛盾してるぞ…」
「なんの矛盾もないっすよ! 俺は盗まないとインプレ○サも乗れない男なんすか!?」
「そうだが」
「即答しないでくださいよ! 確かに、確かにこの車は親の車なんすけど!」
「ああそれならなんの不思議もねえわ。馬鹿野郎、物事はちゃんと筋道だてて伝達しろよ。世界の法則が乱れるとこだったろ」
シンタの親父はとある医療系法人の理事をしてる小金持ちである。その息子が万年金欠のセミプロアルバイター(アルバイトしか仕事経験がないバイトプロだが、そのアルバイトすら満足に勤まってない、の意)なのは海より深い事情があるようでいて、単につける薬がないだけなのだが。
「で? 頼んだら貸してくれんの? インプレ○サ」
「ふ、ふふふ。どーするっすかねえ! さっきからのトノたちの態度には、いくら森の賢者のように心優しい俺でもちょっと引っかかるものを感じないではないっすからねえ!」
ゴリラはマジ森の賢者なのでシンタと同定するのは非常に失礼だ。
「あっそ、じゃあいいわ。バイバイ」
「貸します! 貸しますから! なんのためにここに来たのかわかんないじゃないっすか!」
インプレ○サの自慢しに来たんだろうが。いや、インプレ○サを決して馬鹿にするわけじゃないが、人に自慢するような車として持ってくるならせめてレク○スとかにしとけよ。インプレ○サでドヤ顔で見せびらかしに来て、しかもそれが親の車ってところが最高にシンタらしいとは思うが。
「キーよこせ」
「キーレスエントリーすよ!」
「わかった。じゃあありがたく借りるわ」
「ちょ、なんでトノが運転席に座るんすか! ちょっと! これうちのインプレ○サなんですけど!?」
俺は思わずまじまじとシンタの顔を見てしまう。
「だって俺とウラシマが出かけるのに俺が運転しないでどうすんだよ」
「俺が運転するんすけど!」
「俺が、お前の、運転する車に、乗るわけねえーだろ。一足お先に春でも来てんのかお前の頭」
豆腐屋が峠を攻めまくる漫画が流行ってたころに、「スピードの向こう側に行きたい」とか抜かして出来もしないドリフトを失敗して、親の名義でローンを組んだ新車のスカイ○インを崖下に葬り去り、もはやこの世に存在しなくなった廃車のローンを毎月5万円払ってたという伝説的なクソ馬鹿の運転に命を預けられる人間がこの世に居るだろうか。居ないだろう。ちなみにそのローンはもちろん定職にすら就いてない男が払いきれるわけもなく、最終的に金持ちの親父が引き取ったはずだが。
そして、当然のこととしてついてこようとしてる厚かましさがすごい。シンタには、一切、まったく、これっぽちも関係ない用件での外出なのだが。こないだもこんな感じで勝手についてきてくれたおかげで、俺たちは非常な面倒を背負うことになったのだが。
「車だけ出してお見送りなんてしたら、なんか俺の存在価値が車一台以下みたいじゃないっすかあああぁぁぁ!」
「お前インプレ○サより人として価値があるつもりでいるの…?」
すごい自信だ。たぶんお前の親でさえその思い込みを認めてはくれないだろうが。
「タツオさん。タツオさん。タツオさんとシンタさんが漫才始めると話が全然進まなくなるから。もういいから、シンタさんも一緒に行こうよ。今回はどうせ地下に本当に入るわけじゃないし大丈夫だよ」
ウラシマ奉行の裁定により、余分な馬鹿を一人乗せて行くことになった。
そして、その決断をウラシマはまもなく深く後悔することとなる。
こっちの頭が痛くなるほどの大声で、せっかく非日常的世界観がすぐそこにあるのにネーミングのセンスがないとかどうたらこうたら、頭の悪いことを喚き続ける馬鹿スピーカーによって、以下のようなことが決まった。
地下洞窟『不帰洞冥魔窟』
俺は何回も潜って何回も帰ってきてるんだが、それは夢であって本当の俺はとっくに成仏してるのだろうか。
地下の化け物『邪念体』
化け物じゃ駄目なワケが知りたい。区別のため、っていや他にあんな化け物がどっかに居るわけでもないんだし地下の化け物は地下の化け物でいいじゃないか。
オトギキングダム『幻想夢郷』
字面が色んな意味でやばい。あと上二つもそうだが当て字と読みにほとんど関係ないのはどうかと思う。そして故郷の名前を「ダサいから」って理由で勝手に改名されたウラシマは、静かに無表情のままマジギレしていた。だから俺はこいつを連れてくことをおススメしなかったのに。
そしてもちろん、俺はこのクソみたいな提案を受け入れるつもりなど微塵もないのだが。
何はともあれ、実験は成功裏に終わり、俺は休日なら休日らしく家で体を休めながら、地下洞窟に潜って化け物退治をするという相反する案件を両立できたのだった。
が。